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魔力について、魔術師の見解


「ジーン」

 

 ラスティの洞窟に戻り、抱き上げられたまま中に入ると、深夜だというのにジーンが飛び出してきた。前脚をあげて、私たちにじゃれついてくる。

 ここだって決してきれいなところではないけれど、通路に落ちている割れた魔石のかけらや乾いた果実の皮、床に撒かれたイグサを見るとほっとできた。やっと戻ってこられたわ。

 

「降ろして、もう歩けると思うから」

「やめておけ、雪ほども白い顔をしている」

 

 何度か頼んだけれど、結局ラスティは炊事場に着くまで降ろしてはくれなかった。

 

「解毒薬を用意してくる。座って待っていろ」

 

 椅子のそばにそっと私を降ろした彼は、私が座るのを見てから炊事場を出て行った。膝に温かさを感じて机の下を覗くと、ジーンが私の両膝の間あたりに顔を乗せている。

 

「ジーンったら」

 

 鼻のあたりを撫でながら机の上を見ると、昼に置いてそのままにしていたパンとチーズが、ジーンによって食い散らかされていた。私が自分で用意した食事……あれが昼間の出来事だなんて嘘みたい。

 エールを飲もうとしたのよね。そうしたら熊の皮を被ったラスティが来て。


 エール、と思ったら飲みたくなってきた。のどが渇いた。机の上に横倒しになっている杯をひとつ取って立ち上がる。同時にラスティが戻ってきて、わたしを見て眉をしかめた。

 

「どうした」

「のどが渇いたからエールを……」

「持って行ってやる、座っていろ」

 

 彼はすっかりいつもの彼で、不機嫌そうにぼそりと言って、食器を置いた棚の方へ行った。

 

「これが薬。エールで飲め」

 

 なみなみとエールの注がれた木の器が目の前に置かれる。その隣に茶色い丸薬をふたつ並べたラスティは、行ってしまうかと思ったのに、向かいの椅子に座った。

 

「早く飲め」

「ええ」

 

 丸い薬を摘まんで口に入れると少し苦い。顔をしかめながらエールで胃に流し込んだ。

 

「すぐに効いてくる」

 

 そう言った魔術師は、なぜかまだ立ち去らない。両手の指を組んで机の上に置き、じっと私を見つめている。なにか考えている顔をしているけれど。

 

「ラスティ」

「なんだ」

「そんなに見られたら、飲みにくい」

 

 器を両手の間で揺らしながらつぶやくと、彼は初めて私を見ていたと気づいたような顔をして、咳払いをひとつした。

 

「悪い。考えていた」

「なにを?」

「店で男たちがしていたお前の話だ」

 

 言われ、心臓が跳ね上がる。さっ、と視線を机の上に置かれたままのラスティの手に向けた。

 

「彼らは色々言っていたけれど。どの話かしら」


 意識して、平静を装って聞く。


「お前が青白い顔で城の部屋にこもっている、と」

「その話?」

「ああ。本当なのか?」

 

 てっきりバルバロスさまのことかと思ったのに。でもラスティは本当にそれが気になっているらしく、答えを待っている。

 

「そうね、だいたい部屋にいたわ。召し使いや領民は私を気味悪がっていたから、あまり姿を見せずにいたのよ」

 

 言ってこくりとエールを飲むと、頭に塔の部屋からの眺めが浮かんできた。遠く続く空を渡る鳥の群、厚い城壁、忙しそうに立ち働く領民たち……。

 

「いつもすぐ疲れて、なにかしてみてもみなの迷惑になるばかり。妹のアリアルスと庭を散歩するのは楽しかったけれど。あの優しい子は手をつないで、黙ってたびたび私を癒してくれたから」

「ここでのお前と随分違う」

 

 彼の指摘に、弾かれたように顔をあげた。

 

「そうなの」

 

 言って、真っ直ぐ魔術師を見て言葉を続けた。私も気になっていた。

 

「ここはとても暖かいし、そのせいかしら? ここはとても居心地がいいわね、ラスティ。明日にはまた元気になれると思う」

 

 そう伝えると、ラスティは一瞬戸惑った様子をみせて視線を逸らした。テーブルの上のチーズのかけらを取り上げジーンに与えている。

 

「だといいが。手をみせてくれるか」

「ええ。構わない」

「触れるぞ」


 請われ右手を伸ばすと、ラスティがそっと両手で私の指に触れた。温かい。ジーンがラスティ側の机の下から顔を出し、ふんふんと私たちの手のにおいを嗅いでいる。もうチーズはないわよ。

 

「冷たい。冷え切っている」

「いつもこんなものよ。それもあって言われるの、歩く死体とか。あなたも初めて会ったとき私を死んでいると言ったじゃない」

「あの時は胸に矢が深く突き立っていた。だが傷が癒えてからはとてもそんな風には……言ったな、ここは居心地がいいと。本当か?」

「本当よ。ここは暖かいから」

「城でも夏には体調は良かったのか?」

 

 ラスティは、右手で私の手を取り、左手でジーンの耳の裏を撫でながら聞いてきた。城の夏。

 

「そうね……そうでもなかったかしら……どうしてそんなことを気にするの?」

 

 不思議に思って尋ねると、ラスティはジーンを見つめ撫でながら、静かに教えてくれた。

 

「俺は魔術師だ」

 

 ジーンは、黒い瞳に信頼を浮かべ、じいっとラスティを見上げている。

 

「魔術師はこう考える、なにかが起こるには必ず原因があると。お前がここでは気分良くいられるというのなら、理由があるんだ、必ず。季節が関わらないなら理由は気温ではない」

 

 私の体調が良くなる理由を探してくれているのね。暖かいからだと思っていたけれど、彼は違うと言う。城の夏、どうだったかしら。


「待って、ただロインが……ロインは父が預かっているうちの騎士よ、夏になると彼が乗馬を教えてくれて、弟と三人でよく近くの原へ行ったの」

 

 緑の原、植物を揺らしながら吹き渡る風。ラスティの石鹸の匂いとよく似ていた。

 

「あの時は気分がよかったわ。薬草の密生している不思議な場所よ」

「知っているか? 太古から大地の魔力を多く吸いあげる術に秀でた種類の植物が薬草となったんだ。その原に薬草が多いのなら、その地に満ちる魔力が強いのだろう」

 

 そこまで話したラスティは、私の手を離して立ち上がった。

 

「これで確信が持てた。お前は魔力の満ちた場所にいれば体調がよくなる。ここには俺の魔力が満ちている。普通は……今までここに来た人間は誰一人、ここを居心地がいいとは言わなかった。立っているだけで吐き気がすると言ったやつもいたな。実際あとで吐いていた」

 

 それは誰? そう聞きたかったけれど、聞けなかった。ラスティは話しながら机をまわってきて、長椅子に腰掛ける私の隣に座った。

 

「あなたがいたのに、今日はどうして具合が悪くなったのかしら」

「俺じゃない、ここだ。ここには何年も俺の魔力を込め続けている。そうだな、魔石の中にいるとでも思ってくれ」

 

 魔石の中。

 ぐるりとあたりを見回す。赤みがかった石の壁に、床。

 

「魔石にできるのは特別な石だけよね? 私が知っているのは宝石だけれど、こんな石に魔力がためられるの?」

「よく知っているな。そうだ。本来魔力は特別な鉱物にだけ定着させられる。硬度や透明度、その他諸々。条件がいいほど長期間保持できる」

 

 ラスティは珍しく饒舌に、楽しそうに話している。なんだかすごく、魔術師らしい。

 

「このあたりの石は鉄が混じっているから、丸二日くらいなら保てる」

「うちには、高祖父の作った魔石があるわ。領主に代々受け継がれている首飾りについているの」

「百年ほど保っているのか、石はなんだ? 大きさは?」

 

 ふと思い出して言うと、ラスティの目がきらりと輝いた。体をこちらに向けて、食い気味に聞いてくる。

 

「蒼玉よ、大きさはそうねえ、ジーンの目くらい」

「最高だ。あと二百年は保つだろう、是非近くで見てみたいものだ」

 

 そう言って、ラスティが遠い目をしてほう、とため息なんてつくものだから、おかしくて笑ってしまった。

 

「来ればいいじゃない、大歓迎よ。いくらでも見せてあげる。私、アリアルスと一緒にあなたを――」

 

 出迎えてあげるわね、そう言おうとして、言葉に詰まる。ガウディールに向かうのだった。冷たい森の風が心を吹きぬけたかと思った。ラスティがシファードに行っても、そこに私はいない。

 

「ええと、大丈夫よ、手紙を、そう、手紙でお願いしておくわ。婚姻まで待ってくれるなら、直接お父さまに頼めるからその方がいいかしら……」

 

 慌てて取り繕うように紡いだ言葉はむなしく響いて消え、沈黙が残る。

 

「行くのか? 望まれていないのだろう、年の離れた領主には」

 

 ぽつり、ラスティが言った。そこに嘲りの色は全く見えない。それがただ無性に悲しい。私は城にいた時を思い出して、笑顔を浮かべた。明るく聞こえることを願って、少し高めの声を出す。

 

「王の命令なの、シファードとガウディールの絆を深めよとお望みなのね。お互いの領地や領民にとって利の多い、素晴らしい縁組み。光栄よ」

 

 城ではこういう風に言えば放っておいてもらえたのに、ラスティはいつもの愛想のない顔でさらに追求してきた。

 

「四度目の妻? 三度目までは墓の中か?」

「知らない。興味もないわ」

 

 笑っても誤魔化せないなら、と素っ気なく返事をしてエールを飲んだ。どうして隣にきたのよ、席も立てないじゃない。

 

「私が行かなければ、妹が嫁がされる。妹はまだ十一なのに。ガウディールの墓に入るのが妹でないのなら、私にはなにが起きてもいい」

 

 取り繕うのが面倒になって、本音を漏らした。器に残ったエールに、諦めて笑う私の顔が歪んで映っている。

 

「なぜそんな風に」

「無様なこの体。本当の死体になる前に、一度でいいからシファードのために役立てたいの」


 そう言うと、急に両の二の腕をつかまれ、無理矢理ラスティに向き合わされた。エールがこぼれて手にかかる。ラスティは、怒った顔をしていた。

 

「無様なものか。お前は魔力がないというが、そんな生き物はいない。魔力がないのは死んだものだけ、それがこの世の法則だ、例外はない、あってたまるか」

 

 怒った顔のまま、きっぱりと言い切る。

 

「だ、だって私は」

「お前にも魔力はある、こうして生きているんだからな。そこを間違えるな、ないはずがないんだ、ないように見える原因がなにかあるはずだ、恐らく――」

 

 ラスティはそこで言葉を切ると、あたりを見回し、私の手からまだエールの残る器を取り上げた。少しすると、鋭い乾いた音がして木の器の底の方に小さなヒビが入った。それはすぐに枝を伸ばし、エールが滲み出しはじめる。ポタポタと雫が垂れていく。

 

「魔力を収めておく器が割れて溜まらないのではないか? いくらお前の魂が魔力を生み出しても、器に大きな穴があるなら無意味だ」

 

 こぼれたエール目当てに机の下に潜って近付いてきたジーンを手でおさえながら、ラスティの言葉を心の中で繰り返す。

 生き物には魔力をためる器が備わっていて、私のそれが割れている、なんて。そんな風に考えたことはなかった。

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