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彼女の未練


「ごちそうさまでした。すっごくおいしかった」


 いただきますをしたときと同様、アズサはきちんと手を合わせて軽く頭を下げた。


「いえ。お粗末さまでした」


 克真もカウンターの中からまじめに頭を下げ空になった皿を受け取り、洗って水きりに置く。


「コーヒー、もう一杯飲むか?」

「うん、ちょうだい」


 アズサは軽やかに空になったマグカップをカウンターにのせた。


「あとさー、甘いものがほしいかも。ケーキとかないの? 作れない? 激うまサバサンドみたいに、チャチャーッとさ」

「無茶ぶりすんなよ。さすがにケーキは無理だ」


 激ウマと褒めてもらえたのは嬉しいが、それとこれとは別だ。そもそもケーキを作った経験はない。そしてたとえ作った経験があっても、工程の多さを考えると、言われてホイと出せるものではないだろう。だがアズサは引き下がらない。


「無理ってさー。そんな簡単に諦めたらダメでしょ。てか普通、食後のスイーツは必須でしょ~」


 むしろ駄目だとすぐに口にした克真を責めてくる始末だ。


「普通ってお前……」


(物理的にメシを食う幽霊に普通だなんだと言われたくねぇ……!)


 突っ込みどころは満載だが、とりあえず克真はそれに目をつぶっているのだ。

 なのにアズサはさらに切り込んでくる。


「ここのお客さんたちはなにも言わないの?」

「うーん……とくに」

「甘いもの好きがいないの?」

「いや、そういうわけでもなさそうだけど……」


 言われて、サナ、ミロ、トーヤ。そしてその他の常連客の面々の顔が、頭の中に浮かんだ。彼らなら喜びそうな気がしないでもない。

 実際よろず食堂にはデザートがないのだ。常連のあやかしたちからは、スイーツを出してほしいといわれたことはないが、考えてもいいかもしれない。


(だとしたらまずは失敗しなさそうなプリンとか、ゼリーとか……夏ならアイスもありだよな。保存もできるし……そういうところから始めてもいいかもな)


「考えたことなかったけど、いつかチャレンジしてみることにする」


 真剣にそう答えると、そこでようやくアズサは笑顔になった。


「うむうむ。よろしく頼んだよ。とりあえず今日はあたしが出すからさ。ね、お皿頂戴」

「ん? おう」


 アズサは猫――センベエさんが入っていたトートバッグに手を入れ、中からセロファンの小さな袋を取り出した。それを克真が差し出した小皿の上にあける。


「はい、ドーゾ」

「いただきます」


 克真は甘いものも好きだった。幽霊から出された食べ物というのは気になったが、とりあえず躊躇なくクッキーを口の中に放り込む。サクサクとかみしめると、口の中でバターの香りと甘みが広がった。


(ちゃんとしたクッキーだ)


 女子が好きそうなリボンとシールでデコレーションされており、クッキーは全部、アルファベットの“A”の形をしている。アイシングはピンクや淡いグリーン、黄色の淡いパステルカラーで、出来はかなりいいように思う。


「うまい」


 それは素直な感想だった。

 たかがクッキー、されどクッキー。単純なものこそ味に差が出るのではないかと克真は思う。


「もう一枚いいか」

「でっしょー」


 感心して二枚目をサクサクと食べる克真に、アズサは誇らしげに胸を逸らした。


「それにしてもマジでうまいな……もしかして手作り?」


 まさかと思いながら尋ねると、


「そうだけどあたしじゃないよ!」

「違うのかよ」


 元気よく返事をされた克真は、アハハと笑いながらコーヒーを飲む。


「あたし、こういうの全然だめだもん。家庭科とかチョー苦手だったし」


 釣られたようにアズサも笑った。


「これ作ってくれた子、幼稚園の頃から同じマンションに住んでて、仲がよかったんだ。で、あたしが昔からあの子の作るクッキー好きだったからさ、たまに作ってもらってたってわけ」

「なるほど」


 ギャルなアズサとクッキーを手作りするような家庭的な女子が、友人同士というのも不思議な気がするが、アズサは隣のクラスの、教室の隅っこでぼーっとしているような自分にも話しかけてくるようなコミュニケーションの塊のようなギャルなので、そういうこともあるかもしれない。

 克真はフンフンとうなずいた。


「で、あたしが死んだ後も毎週持ってくるんだよね~」


 アズサの唇が不満げに尖る。


「ほう……それはいわゆるお供え的な?」

「そ」


 アズサは軽快にうなずいた。


(ということは今俺が食ってるこのクッキー、物理的にちゃんと仏壇から持ってきたやつなのか……)


 概念としてのクッキーではないと思うと、アズサの友人がなおのこと彼女をいかに大事に思っているのか、伝わってくる気がする。


「マジで今、あたしの仏壇、クッキータワー出来てるから。だから一袋くらいなくなっても気づかれないだろうと思って持ってきたんだよね」

「クッキータワーって……なかなかのパワーワードだな」


 他人には見えない幽霊のはずの彼女が、自分の仏壇からお供え物のクッキーを拝借する。なかなかにシュールだ。物理法則はどうなっているのか。考えると面白い。

 そしてその場面を想像する克真に向かって、


「いやいや、見た目もすごいから。でも、正直言って、ちょっとどうかと思うんだよ」


 アズサはきれいに手入れされたピンクの指先を、ビシッと向けた。


「どうかと思うって?」

「だからさー、その子、あたしの仏壇にクッキー備えて、ぼーっと涙目になってるんだよね。うちの親はあたしのことを思ってくれてるんだって、感謝してはいるっぽいけど、あたし的にはなんつーか、もういい加減吹っ切れよと思うわけ」

「お前……タフだな」

「おっ、褒められてる?」


 アズサがにやりと笑った。まるでいたずらっ子のような表情だ。


「まぁ……褒めてるかもな」


  だがそれとは別問題で、自分が死んで、友人が悲しんでいることのなにが不満なのだろうかとも思う。むしろそんな友人がいるアズサが、友達らしい友達がほぼいない克真からしたら羨ましいくらいだ。ただ、気になることと言えば、吹っ切るもなにも、いくらなんでも気持ちを切り替えるには早すぎる――ということで。


(そろそろ聞いてもいいかな)


「あのさー……お前、吹っ切れっていうけど……まだお前が死んで、一か月くらいだろ? そんな急には無理だろ」


 克真は言葉を選びながら、たしなめたつもりだったが、


「うーん……それもわからないでもないけど、まぁ、話はそれだけじゃないというかなんというか……」


 アズサは深くため息をつく。

 そこにはなにか特別な事情があるようだった。


「ね、坂田はあたしが死んだときのこと、どの程度知ってる?」

「あー……」


 問われて克真は軽く目を閉じる。


(北見アズサが死んだって聞いたのは……確か……)



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