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ギャルの無茶ぶりが拒めないのは俺が男だからです


「体で払ってもらうって、まさに労働だったんだけどな……」


 克真はアハハと思い出し笑いをしながら、はぁ、とため息をつく。



 そう、竜胆は『お前を命を助けた貸しは、お前の体で払ってもらう』と克真に告げた後、克真の首根っこをつかんだまま玄関を出てエレベーターに乗り込み、階下のこのよろず食堂に連れてきた。

 二階部分はがらんと静まり返っていたが、上の階にある竜胆の住まいを納められるほど広くなかった。建物がじょうごのような形をしているならまだしも、周囲を見渡す限りでは、いたって普通の長方形だ。

 そして竜胆は、この建物はどういう構造になっているのかと、呆気にとられている克真を食堂に押し込むと、『ここに来る客にメシを食わせるのがお前の仕事だ』と言い放ったのだ。


『はぁ!?』

『ここはよろず食堂。そしてこれが店の鍵になる』


 目を点にして立ち尽くす克真に、竜胆はシャツの中から首にかけていたらしい鍵を差し出した。

 古ぼけた小さな鍵は、竜胆が身に着けるものとしてはちぐはぐした雰囲気があったが、それほど大事なものなのだろうか。


『よろず食堂って……』


 克真は一般的な男子高校生よりは確かに料理を日常的にしていて、それこそどこかの新米お母さんレベル以上の台所能力はあると思っていたのだが、金をとるとなると話は別だろう。

 さんざん自分にはできない、無理だと固辞したが、『ミロに作ってやったレベル物で構わない』と竜胆は取り合わず、無理やり鍵を押し付けてしまった。受け取ってしまうと、返すのは難しい。そんなこんなで、気が付けば言うことをきかされてしまっていた。


(これがヤクザのやり方かーってな……)


「はぁ……」


 自嘲気味な笑いとため息しか出てこないが、当時の克真は、唖然としている内に丸め込まれてしまった。


 ちなみに竜胆は、よろず食堂には月に二、三回顔を出す程度だし、顔を出しても長居はしない。閉店間際にやってきて、お茶を飲むだけだ。そして克真に「調子はどうだ」と尋ねて「別に」と応えると「そうか」と言って帰っていく。


(とはいえ、俺もこの半年、いろいろあるうちに馴染んでるし、人のことはいえないかもしんねぇ……)


 克真はいつの間にか、あやかしに食事を振舞うこの状況に慣れてしまっていた。小さい頃から両親や周りの人間から、変なところで肝が据わっていると言われることがあったが、確かにそうなのかもしれない。


「にしても、いつまで降るんだ?」


 つい半年前のことを思いだすような雨だったが、相変らずじゃんじゃんぶりで、一向に止む気配がない。


「どっかで傘でも買うか……」


 だがここから近くのコンビニまで走ったとしても、ものの十秒もしないうちにびしょぬれだろう。だからといって家までのタクシーなども論外だ。

 克真は何度目かのため息をつきながら、体の前で腕を組む。

 それからいったいどうしたものかと、ぼんやりと雨の向こうでじんわりと輝く繁華街の明かりを眺めていると、自分をじっと見つめる、ピンクの傘をさした少女の姿に気がついた。

 セーラー服姿の彼女は、克真から数メートル離れた先で、激しい雨の中立ったまま、傘を持たないもう一方の肩にトートバッグをかけて立っていた。バッグの中になにが入っているのかはわからないが、ずいぶんとふくらんでいる。ずっしりと重そうだ。


(あいつ、どっかで見たことあるような……)


 スカート丈が短いが、彼女が着ている制服は克真が通う高校のものだったし、背中の真ん中に届くくらいのきれいに染めた明るい茶色の髪や、ぱっちりとした大きな目の、人懐っこい雰囲気には見覚えがあった。


『アズ、おはよ!』

『アズーッ! 今日帰りにカラオケ行こうよ!』


 その瞬間、克真の脳裏に、彼女のキラキラした眩しいくらいの笑顔が記憶から蘇る。

 彼女はいつも人に名前を呼ばれていた。男女問わず、教師まで、とにかく人に好かれるたちなのだろう、彼女の周りにはいつもたくさんの人がいた。


(ああ、そうだ。確か隣のクラスの、北見きたみアズサだ。でもあいつは……)


 首の後ろがぞくりと粟立つ。

 あれは見ないほうがいいと、頭の隅っこの冷静な部分が克真を諭す。


(よし、俺はなにも気づいてない!)


 そーっと目線を外そうとしたところで、


「やっぱりそうだっ! あんた、坂田だよねーっ!」


 そこで唐突に自分の名前が呼ばれ、克真は仰天した。


 北見アズサはいわゆるギャル寄りのスクールカースト上位者だった。容姿に恵まれており、コミュニケーション能力が高く、いつも窓際の後ろに似たような派手な仲間とつるんでいた。

 だが克真は二年B組で、彼女はA組だ。普通なら隣のクラスの教室の隅っこでぼーっとしている克真と話すことなどないだろう。だがアズサには誰にでも話しかけるような人懐っこさがあって、克真も数回だが会話をした記憶はある。

 だがしかし自分が立っているのは天神六丁目だ。建物の中だ。

 これがなにを意味するのか、当然克真はわかっている。

 そして自分とアズサの間の距離はいくら視界が悪いと言えども三メートル程度だ。離しかけられた以上、もうごまかせる距離ではない。


「――ああ」


 それ以上考えるのをやめ、仕方なくうなずいた。


「やっぱり!」


 克真のいい加減にも聞こえるあいづちに、アズサは嬉しそうにその場でぴょんと跳ねると、はしゃいだような笑顔を浮かべ、克真のもとに駆け寄ってくる。そしてさしていた傘を下ろすと克真の隣に立ち肩を並べた。


「なんでこんなところに立ってるの? もしかして雨宿り?」

「あー……」


 克真は果たして彼女になんと答えていいものか、迷いながらもうなずいた。


「まぁ、そんなとこ」

「やっぱりそうなんだー! 傘持ってないみたいだもんねっ」


 少女はうんうんとうなずきながら、それからニコニコと笑って近づいた。


「うーん、なんだかよそよそしいな……えっと……あたしたち、話したことあったよね?」

「ああ、一応」

「一応って……冷たいの~そういうところだよ」

「そういうところってなんだよ」

「だから~都会の男子は冷たいっていうこと~」


 どうやら彼女は克真が一年前、東京から引っ越してきたということを覚えているようだ。ぷうっと頬を膨らませ、それから傘をゆっくりと閉じてしまった。


「ん?」


 思わず克真の眉根が寄る。

 この動作が自分の勘違いでなければ、彼女はここで過ごすつもりにも思える。


(なんてこった……)


「あのさ……なんで傘畳むわけ」


 確認のために尋ねると、


「なんでって、ちょっと話してみたいなと思って」


 少女はアハハと笑ったあと、それから克真の着ているパーカーに顔を近づけた。


「なんか食べさせてよ」

「は?」

「なんかあんたいい匂いするもん」


 同時に、ふわんとシャンプーのような香りが漂ってきて、克真は落ち着かない気分になる。


(近いよ!)


 残念ながら克真は生まれてこの方一度だって彼女がいたことがない。女子の接近には慣れてないから、こういう状況になると途端にヘッポコになってしまう。


「てか、べっ、別になんもつけてねーよ」


 慌てて離れようとしたが、さらにパーカーの腕にアズサがしがみついてきた。当然、彼女の胸を押し付けられたわけではないのだが、女子の柔らかい体の感触がパーカーを通して伝わってくるので、否が応でも意識してしまい、みるみるうちに顔に熱が集まってくる。


「だーっ、離せって!」


 とはいえ、相手は女の子なので力任せに振りほどくこともできない。結果腕をふにゃふにゃと振り回すことしかできず、アズサはそんな克真がおかしいのか、子猫がじゃれるかのような雰囲気で、さらに体を押し付けてきた。


「やだ、なんかいい匂いするもん」


 スンスン、と鼻を鳴らし、それからアズサは上目遣いで克真を見上げる。


「あたし、おなか空いちゃった」

「ぐっ……」


 そのおねだりする目に、克真は思わずうめき声をあげていた。


「だっ、だめだ」

「なにがー?」

「とにかく俺はダメなの!」

「なんでよー」


 そして克真が首から下げている鍵を、パーカーの上からピンポイントで指で押す。


「これ、あるじゃん」


 アズサはニヤニヤと笑っている。だがこれで、彼女が克真がどこでなにをしているのかわかっていて、とぼけていることがはっきりした。


(いやでも認めるわけにはいかん!)


 克真としては、アズサのペースに巻き込まれるわけにはいかない。ただでさえ面倒に巻き込まれやすい環境にいるのだから、自分の身は自分で守らなければならない。

 だから克真も気づかないふりをして首を振った。


「コンビニでメシ買って帰ればいいだろ、ほら、向こうにあるって!」


 その瞬間、アズサは拗ねたように唇を尖らせ、はぁ、と大きなため息をついたかと思ったら、腰に手を当て元気よく叫ぶ。



「幽霊がコンビニでごはん買えるわけないじゃん!」



「――お前」


 克真はそれを聞いて絶句してしまった。だがアズサは微笑んで「大丈夫。ちゃーんとわかってるよ。あたしが幽霊だってこと」と、なんてことないと言わんばかりに肩をすくめる。


「ね。ここ、噂のよろず食堂なんでしょ?聞いてるよー? お腹を空かせたあやかしとか、お化けとかにごはんを食べさせてくれる唯一の場所だって」


 そしてアズサは肩にかけていたトートバッグの紐をずらして、バッグの中を覗き込んだ。


「ね、お前だって、お腹空いたよね」

『にゃーん』


 アズサが肩に抱えていたトートバッグの中から、なんと一匹の黒猫がひょっこりと顔を出した。


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