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やはり俺は不幸な星のもとに生まれてきたらしい


「にしても――なんでああなったんだ」


 まゆこの涙を思いだすと、ドヨーンと気持ちが重くなる。

 学校が終わり、まっすぐ家に帰った克真は、ぼやきながらマンションの鍵を開けて部屋の中に入った。

 常々クラスで浮いている自覚がある克真だが、今日のことでさらに拍車ををかけられた気がする。


(やべぇ……今のところ遠巻きにされてるだけだけど、いじめられたらどうしよう……)


 今のところ、克真の通うK学園はそこそこの進学校のためかそういった雰囲気はまったくないが、考えるだけで憂鬱だった。


「いやいややめよう、恐ろしいことを考えるのは……」


 リビングの窓を開け、空気を入れ替えながら寝室へと向かう。

 克真が住む、祖母から与えられた築二十年の部屋は四階のファミリー向け2LDKだ。古くはあるが分譲マンションなので防音もしっかりしており不満はない。ちなみに部屋は、いつ誰が来てもいいように、常日頃整理整頓を心がけている。


(まぁ、来客なんてばーさんくらいしかいねぇけどな)


 引っ越してきた当初は、克真も年頃の高校生らしくいろいろ夢見たものだが、すべてが儚い夢だった。

 ちなみに唯一、たまーに顔を見せる祖母は、克真の作った料理を見て、味が濃いだのセンスがないだの、色味が悪いだの散々文句を言うが、保存容器に詰められるだけ詰めて帰っていく。彼女は口に合わないものは本当に口にしない女性なので、口で言うほど悪くはないのだろう。


(にしたって、ばーさんのツンデレとか高次元過ぎて理解不能だな……いったい誰得だ? 少なからず俺は得してねぇし……)


 そんなことを考えながら、寝室のクローゼットの前で制服を脱ぎ、スウェット素材のカットソーとデニムに着替える。そしていつものリュックサックに洗濯したてのエプロンを詰め込み、慌ただしくマンションを出た。

 克真の自転車は派手な黄色のママチャリだ。

 当初はかっこいいロードでも欲しいなと思ったが、クラスメイトが自転車を盗まれる話をしているのを聞いて、諦めた。

 この修羅の国では、マンションの駐輪場に自転車を停めていても、タイヤの前と後ろにふたつ、ワイヤーロックをつけていても、ものの五分で盗まれるらしい。そうなると学生に高い自転車は無駄である。


(そういやこないだも、誰かが前輪だけ盗まれたとか、言ってたな……)


 タイヤを一つだけ盗んで一体何に使うのだろう。闇のサーカス団の仕業だろうか。

 怖いメイクをしたピエロが、盗んだタイヤで一輪車に乗る場面を想像して、克真は身震いした。


(さすが修羅の国……俺の想像以上だぜ)



 自宅マンションから天神六丁目まで、自転車で五分だ。正確には天神六丁目という場所がそこにいつもあるわけではないのだが、克真の目には、あやかしのためのビルがだいたいこのあたりにあるとわかるようになっている。

 ひそかに竜胆から譲り受けたよろず食堂の鍵が、文字通り“キー”になっているのではないかと克真は考えていた。


(でもよく見ると、ぼや~っと輪郭がにじんでるんだよな)


 天神六丁目ビルはいつでもそこにあるように、風景に馴染んでいる。ほかの普通の人にどう見えるかはわからないが、建物としてそこにはあるが、誰の注意も引かないような、不思議な気配をビル自体がもっているのだ。

 夕方五時を過ぎてもまだ十分明るい。完全に日が落ちるのは夜の七時半頃だろう。

 克真は自転車をビルの入り口の前に停めて鍵をかける。そして自転車を担ぎ、一歩足を踏み出そうとしたところで――。


「おいっ……!」


 背後から強い口調で声を掛けられた克真は、自転車を担いだまま振り返る。


「は?」


 するとそこには制服を着崩した茶髪の男子が立っており、


(こいつ誰だっけ?)


 そんなことをのんきに思った瞬間、突然顔面に衝撃が走った。


 重い一撃だった。殴られたのだ。ぐらりと視界が傾き、平衡感覚がおかしくなる。担いでいた自転車がガシャンと派手な音を立てて落ち、ついでに眼鏡も落ちた。膝をつきかけた瞬間、倒れる前にさらに痛めつけてやろうといわんばかりに、二発、三発と蹴りが飛んできた。

 それをすべてきっちり受け止めた克真は、当然その場に膝をつく。


「ゲホッ……」


 うめき声をあげながら、克真は蹴られたみぞおちを抱えてうずくまった。


「っ……なんなん、だよっ、お前っ!」


 突然の暴力にさらされた克真は、怒りに包まれた。

 なんとか立ち上がろうとしながら、殴ってきた少年を見上げた。

 ただ単に目つきが悪いと言われがちな瞳が、青みを帯びた白目が、その瞬間、爛々(らんらん)と輝き始める。

 するとそれを見て、殴った少年が一瞬ひるんだように後ずさった。


「……っ、てめぇが悪いんだろがっ!」

「はぁっ!?」


 悪いと言われてもまったく心当たりがない克真は、さらに腹が立った。

 克真も男なので男同士、こぶしで語り合うようなこともあるとはわかっているが、それはお互い主義主張をぶつける延長で起こるもので、平等な立場でないといけない。だが一方的に殴ったり、殴られたりするのは相手を黙らせるためだけのただの野蛮な行為だ。

 絶対に許すわけにはいかない。


「おいてめぇ、説明しろっ!」


 克真は吠えながら、よろよろと立ち上がる。

 すると向こうからピーピーと、笛を吹きながら走ってくる、警察官ふたりの姿が目に入った。このあたりは繁華街なので、やたら警察官が見回りをしているのだ。


「チッ……!」


 少年は舌打ちしてくるりと踵を返すと、そのまま走り去ってしまった。


「あっ、ちょっ、待てクソッ……!」


 克真はうめいたがこの場にいては間違いなく補導されてしまうだろう。

 仕方なく自転車をつかんで、痛みをこらえ、天神六丁目ビルへと駆け込んだのだった。


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