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克真、受難


 克真とまゆこはふたりで学校の屋上に出ていた。周囲を高い金網に取り囲まれてはいるが、屋上は常に解放されている。ちらほらと弁当を食べたり、おしゃべりをしていたりと、生徒の姿が見える。


「こっちでいいか」

「うん」


 まゆこを伴って給水塔の影にふたりで並んだ克真は、さてどう切り出したものかと思いながらも、緊張した様子のまゆこに向き合った。

 素直についてきてくれたのはありがたかったが、彼女は視線を地面に落としたまま、自分の腕をつかむようにして不安そうに立っている。怯えているような気がしないでもない。

 そんな彼女を見ていると、とたんに申し訳なくなってきた。


(なんか悪かったなぁ……隣のクラスの全然話したことない奴に呼び出されるとか、怖がらせてるんじゃないのか?)


 アズサは克真のビジュアルについて『そんなに悪くない』とお世辞を言ってくれたが、目つきが悪いことは自分でも理解している。しかも愛想もなく(愛想よくするというのがどういうことかわからない)、他人から見れば、基本的にあまり態度がよろしくない。そして友達もゼロだ。

 高校生にもなって友達がゼロというのは、かなり異質だ。克真自身はそれで遠巻きにされても仕方ないとは思っているのだが、まゆこのような、高校生らしい部活に入って、ちゃんと友達がいるような女子からしたら、関わり合いたくないに違いない。


(とりあえずさっさと終わらせるか……)


 克真は何度かゴホンゴホンとわざとらしく咳をした後、口を開いた。


「えっと、急に呼び出して悪かった。実はさ、その……北見のことなんだ」

「え……?」


 うつむいていたまゆこが驚いたように顔を上げた。


「アズサのこと?」

「あ……うん」


 克真はうなずいて、手持ち無沙汰の両手をポケットに突っ込む。


「実はさ、俺、あいつと話すことがあって」

「は? どういうこと? だってアズサは――」


 それを聞いてまゆこが怪訝そうな表情になったのを見て、慌てて首を振った。


「ああ、だから……もちろんちょっと前の話なんだ」


 さすがに現在進行形で、アズサの幽体と話していると言えば一気に頭がおかしい人扱いになるに違いない。

 なので【坂田克真と北見アズサは、彼女が事故に会う前に知り合っていた】という設定になっている。アズサとその点は話し合い済みだ。


「あいつ、俺のバイト先にたまたま来てて……ケンカしてたんだろ? で、その時たまたま俺があいつから伝言……っていうか、まぁ、言付ことづけっていうか、受けてたんだ」

「伝、言?」

「ああ、遅くなって悪かった」


 そして克真は凍り付いたように立ち尽くしているまゆこに向かって、アズサからの伝言を告げる。


「“まゆはもう遠慮なんてしなくていい。あたしとまゆの人生は別なんだから、関係ない。だから自分の好きに生きて。幸せになってほしい”ってさ」

「――」


 その瞬間、少したれ目のまゆこの目は、さらに大きく見開かれた。


「ど……どういう、こと」

「聞いたそのままだ」

「だって……そんなはずない」

「そんなはずがどんなはずかは知らないが、あいつはそう言ってたぞ」


 まゆこはアズサが死んだのは自分のせいだと思っているらしい。だがそうではないのだと、アズサは言っていた。

 クッキーを備えながら仏壇の前でしおれて泣く親友の姿に、アズサは心を痛めているのだ。


「う……嘘よっ……! そんなはずないもんっ!」


 だがまゆこはプルプルと首を横に振りながら、克真を涙目でにらみつける。


(あれ、まさかこういう展開は想像してなかったぞ……?)


 克真の予想では、アズサの伝言を聞いたまゆこは、そのことに感謝して一件落着。アズサも成仏の準備に入れて、ハッピーエンドだったはずだ。

 まさかの涙に克真は若干焦りながら、首を振った。


「いやいや、でもな――」


 そんなはずないもなにも、直接聞いたのだから間違いはないのだが――。


「や、やめてよっ……」


 まゆこは唇をかみしめながら、後ずさる。みるみるうちにまゆこの目に涙が溜まって、それがぽろぽろと溢れ、健康そうな頰を伝って落ちた。


「あ……」


(ちょっときれいだな……)


 一瞬、不謹慎ながらそんなことを思った克真だが。


(やべぇ、女子を泣かせてしまった……!)


 思っていた展開とはまるで違う流れに、完全に思考が停止してしまう。一方まゆこは、怒りをあらわにして克真をきつくにらみつける。


「なんのつもりかわからないけど、変なこと言わないでっ、バカッ!」


 そして思い切り両手を突き出すようにして克真を突き飛ばすと、


「さいってーーーっ!」


 と叫び、その場を走り去ったのだった。



「えっ、なにあれ」

「なにか変なことしたんじゃないの」

「わー……」



 ザワザワと、容赦ない言葉が地面にしりもちをついたままの克真に向けられる。


「え……」


 思わず唖然としてまゆこを見送ってしまった克真だが――。



 昼休みの騒動は、あっという間に二年生を中心に広まったらしい。教室に戻り、絶望感に襲われたまま机に突っ伏していると、寝たふりをしている克真に聞こえないようにという配慮のもとなのか、恐ろしく小さな声で、ざわざわと、「坂田が――」とか「日中堂々……おそろしいやつだ」とか、なんとか耳に入ってきて、克真の心臓はキュウキュウと締め付けられる。


(つらぁ……)


 完全に危ない奴扱いだ。

 いや、そもそも一年前に時季外れの転校生としてこの学校に転校してきてからというもの、克真に関してはなぜか噂が独り歩きしており、自分でも収集がつかないのである。


(修羅の国と揶揄やゆされるようなここで、危ない奴だと遠巻きにされるとはな……!)


 克真は、周囲からの奇異の目を一身に集め、また学校での孤独を強めることになったのだった。



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