呼び出し
「説得なぁ……」
克真は昼休み、自分の机で弁当をつつきながらグラウンドを見下ろしていた。
グラウンドにはまだ人気がないが、そのうち食事を終えた活動的な生徒たちが姿を現すだろう。
ちなみに矢島まゆこは陸上部だった。しかもこの春、部長に選ばれたばかりらしい。朝は当然、朝練があり、放課後にはまた練習がある。となると昼休みくらいにしか接触できないのだが、これはこれで克真には難問だった。
なにしろ克真と矢島まゆことはなんの接点もない。男子ならまだしも、女子に話しかけるのはハードルが高い。コミュニケーション能力に致命的な欠陥がある克真には、なかなかの試練だった。
だがやると決めた以上、やるしかないのだ。
(約束したからな……)
脳裏にアズサの真剣な顔が目に浮かぶ。
『あの子ね、自分のせいで、あたしが死んだって思ってるの』
どこか軽いノリながらも、彼女は真剣だった。成仏できないという危機が目の前に迫っているはずの彼女の憂いを晴らしてやりたかった。
(行くならこのタイミングしかないよな)
一度心に決めると、克真は割と開き直れるタイプなのだ。
自分で作った、いりたまごといんげん、鳥そぼろの三色そぼろ弁当をかきこむと、すっと椅子から立ち上がるって、教室を出て隣のクラスへと向かった。
矢島まゆこはアズサと同じA組なのだ。
「さてと……」
教室の後ろのドアから、中を覗き込む。
「矢島はどこだ……?」
ちなみに矢島まゆこの顔は、昨晩アズサに写真を見せてもらって把握している。
『これがまゆだよ。かわいいでしょ』
よろず食堂のカウンターで、差し出されたスマホには、アズサとまゆこが顔を寄せ合って自撮りをした写真が写っていた。ふたりともラフな部屋着姿だ。同じマンションと言っていたから、どちらかの部屋なのかもしれない。
矢島まゆこは黒髪のショートボブカットだった。ぱっちりとした大きな目は少したれ目で、アズサとふたりフローリングの床に座り、顔のあたりにピースをして笑っている。
ふたりは斜めにおろした前髪を、色違いのビーズがついたピンで留めていた。
その様子からも仲のいい雰囲気が伝わってくる。
ちなみにまゆこの肌は健康的な小麦色に焼けていて、ショートパンツから出た足はすらりと長く、引き締まった体をしていた。いかにも陸上部といった体型だ。おまけにシンプルなTシャツの胸が大きく盛り上がっている。この点では圧倒的に、アズサの負けである。
克真個人的には、女子の胸は大きいほうが好みなのだ。
(ほう……これはなかなか……)
内心にやりとしたところで、
『ちょっと、やらしい目で見てない?』
アズサがジト目で克真を見たので、『んなわけねぇだろ!』と、慌ててそれを否定した。強く否定しすぎて、妖しさ満点だった。
(ミロとサナの目が痛かったぜ……)
まぁ、とにかく。克真はアズサの頼みを聞いて、彼女が成仏できるよう手伝いをしなければならないのだ。
「よし、行くか」
ふうっと息を吐いた後、克真は教室へと一歩足を踏み入れた。
まゆこの席は真ん中の列の一番後ろだった。
周囲にはふたり、女子がいたが、克真の目から見てまわりに合わせて笑ってはいるが、どこか無気力に見えなくもない。
(なんつーか……どんよりして無理して笑ってる感じだな)
アズサの写真で見た彼女は、もっと溌剌とした雰囲気だった。あれが彼女の素のような気がする。
気になりながらスタスタと彼女の机に歩み寄り、
「――ちょっといいか」
と、声を掛けた。
それまできゃあきゃあと笑っていたまゆこの集団が、克真という乱入者に驚いたように顔を上げる。
女子三人分の視線にたじろいだが、克真はまゆこだけに目を向ける。
「矢島に話があるんだけど。ちょっといいか」
「えっ、あたし?」
まゆこは驚いたように克真を見上げていたが、左右に座っていた女子が、先に口を挟んできた。
「えーっ、坂田君がなんの用なの」
好奇心で目がキラキラと輝き、ウキウキしているのが伝わってくる。
「いや、ここじゃちょっと」
克真は言葉を濁す。
(なんで俺の名前知ってるんだ? いやその前に、アズサのことをここでは話せないだろ)
死んだはずのアズサに頼まれてここに来たと言えば、間違いなく、頭がおかしいと思われるに違いないし、それ以上に、アズサが死んでまだ四十九日が立っていないというのに、いつもどおり明るい教室に、克真はどこか落ち着かない気分になった。
そんな克真のぶっきらぼうな言葉を聞いて、まゆこの左右に座っていた女子は、なぜか「きゃーっ」と悲鳴を上げた。
「ええっ、気になる~!」
「まさかそういうことっ?」
(なにがまさかなんだ?)
克真は真顔になりながらも、相変わらず固まっているまゆこを見下ろした。
「悪いけど大事な話なんだ」
「ええーっ、大事な話ってー!」
「キャーッ!」
相変わらずまゆこ以外のふたりがはしゃいでいる。
(おいおい、マジで意味がわからんぞ)
このままここにいても話が進まないに違いない。
(仕方ねぇ……)
克真はあごをしゃくるようにして廊下を促した。
「あのさ、ここじゃなんだから、ちょっと出られるか」
すると初めて、まゆこはコクリとうなずいた。
「じゃあついてきて」
克真はきびすを返し、教室の外へと出る。
背後でキャーキャー女子の声が響いたが、聞こえないふりをした。




