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あたしとカレと親友と


 サナとミロが食べるはずだった残りのホットケーキは、当然のごとくアズサの腹におさまった。


「あー、美味しかったぁ~!」


 アズサは克真お手製のミルクティーを優雅に飲みながら、カウンター席で足を組む。


「あたしタチの……」

「ホットケーキ……」


 アズサがカウンターに座ってから、そそくさと逃げるように四人掛けのテーブルに自発的に移動した双子たちは、恨めし気な眼差しでアズサの背中を見つめている。一方彼女たちの視線に気づいているのかいないのか、アズサはケロッとした表情だ。


(北見って肝が太いよな。豪胆っていうか……彷徨える魂なんじゃなかったのかよ。今のところはかなさのかけらもねぇぞ)


 克真は妙なところで感心しながら、アズサをカウンターの内側から見下ろした。


「さっそくだけど、とりあえず話を聞いていいか」


 それを聞いて、アズサはピンク色の唇を突き出し不満そうに目を細めた。


「あたしとしては聞いてから断るってのはやめてほしいんだよね。一応、あんたを信用して、話しづらいこと話すわけだし」

「や、だからさ。聞いてみないと俺になんとかできる問題かわかんねぇだろ。俺が気になってるのはそこだけだ」


 信用を裏切るつもりはない。

 克真が憮然とした表情で言い放った。


「そっか……一応前向きってとっていいのね」


 勘のいいアズサは克真が言いたいことを理解したようだ。


「ああ」


 克真が真剣にうなずくと、アズサもきりっとまじめな表情になり、両手を膝の上に乗せ、カウンター越しに克真を見つめ返してきた。


「実はね、あたしね、付き合ってたカレがいて」

「……おう」


 どうやら北見アズサには彼氏がいたらしい。それを聞いて克真はなんだかもやっとしたものを感じる。


(ん……?)


 今のはなんだと思いながら、胸のあたりを手のひらで押さえたが、アズサはそのまま話を続けた。


「まぁ、あたしが死んだあの日、ちょっと喧嘩してて」

「――なるほど」


 聞けば死者の未練としては、よくある話だろう。

 ちょっとしたタイミングとボタンの掛け違いで、人は簡単にすれ違ってしまう。アズサもきっとそうだったのだろう。大事な彼氏とケンカをして、明日仲直りをすればいいと思っていたところ、不慮の事故でそのまま亡くなってしまった。

 大好きだった彼に、言いたいことも言えないその心残りが、アズサをここに縛り付けている……。


「その、彼氏に謝りたいってことだろ。んで、それが心残りの原因ってことだな」


 腕組みをした克真は、うんうんとすべてを理解した風にうなずいたのだが。


「いやいや全然違う」


 アズサは真顔で、プルプルと顔を横に振った。


「え?」

「いやだから。彼氏のことはぶっちゃけどうでもいい」

「いいのかよ!?」


 まさか『彼氏はどうでもいい』と言われるとは思わなかった克真は、思わずカウンターに手をついで、体を乗り出していた。

 するとアズサは少し困ったように視線をさまよわせる。


「まぁ……百パーセントどうでもいってわけじゃなくて、大事なもの円グラフの、十パーセントくらいしか重要じゃない」

「十パーセントって……」


(まがりなりにも付き合っていたはずなのに、一割くらいしか重要じゃないと言われるのは、ちょっとばかり彼氏が可愛そうじゃないか……? 俺が彼氏なら絶対立ち直れないわ……)


 別に克真自身がアズサにそう言われたわけではないのだが、微妙にショックを受けていた。


 そもそも、一般的な十代の男女にとって、恋愛感情というものは自分の世界を左右するレベルで大事なものではないのだろうか。克真はまるで蚊帳の外だが、教室では誰と誰が付き合った、告った、振られた、どうのこうのと、いつも恋愛トークが繰り広げられているのだ。なのにアズサの場合は、彼氏の存在は大事なもの円グラフの一割くらいしか占めてないというのは、あまりにも切なすぎる。


「いくらなんでも冷たくないか」


 思わず知らない男の肩を持ってしまっていた。


「いやでも……嫌いになったとかじゃなくて……まぁ、あんまりうまくいってなかったのよね。そもそも別れ話の最中だったし」

「あ……そうなのか。なんか悪かった」


 彼氏と別れ話をしていた最中だとは思いもしなかった克真は、イヤなことを話させたのではないかと反省し、素直に頭を下げた。


「や、別に悪くないよ。しょーがないもん」


 アズサは苦々しく笑って、それから頬杖をついた。


「お互い、近いうちに別れるんだろうなって、わかってたわけだし」

「そうか……」


 付き合っている間ですら、お互いがお互いを百パーセント思っていることなど、ないということなのだろう。天秤は常に等しくはない。どちらかに傾くこともあるし、そうなればその天秤を維持することもできなくなるだろう。

 残念ながら、生まれてこの方一度も彼女が出来たことがなく、これから先もできる予定がない克真にはあくまでも想像でしかないのだが――。


「で、問題は、あたしの幼馴染のほうなのね」

「幼馴染って……」


 言われて、少し考える。


「あの、クッキータワー作成者の?」

「そう」


 アズサはこっくりとうなずいた。


「で、どう問題なんだよ」

「えっとね。あたしは事故で死んだんだけどね」

「ああ、そうだったな」

「だけど親友は、そうは思ってないの」

「え?」

「自分のせいで、あたしが死んだって思ってるの」

「自分のせいって……事故なのに?」


 首をひねりながら、さらに克真は問いかける。


 北見アズサは通学途中の事故で死んだ。

 いつもの時間、いつもの横断歩道を渡っているときに、前方不注意のトラックに跳ねられほぼ即死だったというのは、学校の噂でも聞いていて、本人もそうだと言っていた。

 そこに疑いの余地はないはずだ。


「もしかしてその現場にいたのか?」


 もしその親友が、自分のせいでアズサが死んだと思うのなら、きっとそういう状況ではないかと思ったのだ。助けられなかったことを悔いて、自分を責めるに違いない。


「ううん、いなかったよ。あの子はあたしと違って優等生だから、遅刻ギリギリじゃないもん」


 アズサはあっけらかんと克真の想像を否定した。


「じゃあいったいなんなんだよ」


 我ながら真実をついたかもしれないと思った克真は、腕を組みため息をつく。


「いやぁ……実はそっちとも前の夜にケンカしてて」

「親友ともか!? どんだけ喧嘩っぱやいんだよ!?」


 思わず叫んでしまったが、アズサはちょっと照れたようにゆるく巻いた髪に指をからませ、えへへと笑う。


「だってさー、しつこいんだもん、あの子」

「しつこいって?」

「だからさ、あたし、彼氏と別れそうだったって言ったでしょ?」

「ああ……」


 そういえばこの話はそんなことから始まったことを思いだし、克真はしっかりとうなずく。


「その彼氏も関係してるってことか」

「そうそう。そうこと。自分の事以外だと勘が鋭いんだね、坂田って」

「なんだそれ」


 膨れる克真に向かって、アズサは「だってねぇ?」と、にんまりと微笑んで肩越しに振り返った。アズサの視線の先には、テーブルに座ってぶーたれているミロとサナがいる。


(どういうことだ? 双子が関係あるのか?)


 意味がわからないが、とりあえず今はこっちのアズサの問題が先だ。


「で、彼氏と親友とお前とで、どういうことでもめてたんだ」


 男がひとり、女がふたり。普通なら三角関係を疑うが、女同士は幼馴染で、そもそもアズサは彼氏と別れる寸前だったというのだからそれはなさそうだ。

 そして案の定、アズサの答えは違っていた。


「彼と別れるのは止めろって、毎日毎日さ……押しかけてきてたの」

「――ふぅん」


(なんで?)


 と思ったが、今の状況ではわからないことが多すぎる。曖昧な返答をするしかない。

 とりあえず整理しようと、克真は口を開いた。


「えーっと、とりあえずお前の幼馴染が、お前が彼氏と別れることに反対で、毎日説得しに来てた。で、お前が事故にあう前日も、そのことで幼馴染とケンカした」

「そうそう」

「で、そんなことがあったものだから、お前が事故にあって死んだのは、自分のせいではないかと幼馴染は思いこんでいて、それがお前が四十九日の準備期間であるにもかかわらず、現世をさまよう執着の原因になっている。こういうことか」

「はい、そーです。このままでは成仏できず、地縛霊になっちゃうかもしれませんっ! そしたらここにいりびたっちゃうかもよ~」


 その瞬間、おとなしく話を聞いていた双子の髪が、またぶわっと逆立つのを克真は見逃さなかった。


(どうやら相性悪いみたいだな……)


「まぁ、いすわるのもわるくはないかもしれないけど」


 アズサは少しふざけた口調でおどけた後、カップに少しだけ残っていたミルクティーを煽るように飲み干し、ため息をついた。


「だからあんたに、まゆのこと、説得してほしいんだよね」

「説得……」

「そ、説得」


 矢島やじままゆこ。

 それが北見アズサの幼馴染の名前だった。



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