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諦め切れない僕は、開き直って彼女を利用した

作者: 鈴本耕太郎

 初めて彼女に会ったのは、まだ咲き始めたばかりの桜の下だった。

 コンビニに向かう途中、ヒラヒラと舞う一枚の花びらが目に留まった。何気なく目で追っていたら、その向こうで同じ花を見ていた彼女と目が合った。

 普段の僕ならきっと、反射的に目を逸らしていたはずなのに、どういう訳かそれが出来なかった。

 僅かな距離を挟んで見つめ合う事、数秒。

 僕らは、どちらからともなく笑った。

 ほんのりと赤みを帯びた空が、まるで自分の気持ちを表しているような、そんな気がした事を覚えている。


 それから僕らは、毎日のようにその場所で会った。

 何かを約束した訳ではないけれど、同じ時間にそこに行けば彼女がいて、二人で桜を眺めながら色んな話をした。

 

 やがて桜が散り始めた頃、彼女に会う口実がなくなる事を恐れた僕は、勇気を出して連絡先を聞いた。

 こうして僕らの恋が始まった。


 彼女と過ごす毎日は、全てが新鮮だった。

 何もかもが順調で、このままの幸せが、ずっと続くとばかり思っていた。





********





 時計を見れば、朝の六時を回っていた。

 僕は椅子から立ち上がり、凝り固まった身体をほぐす様に、軽く肩を回した。

 カーテンを開くと朝の光が降り注ぎ、疲れた身体と心を癒してくれる。窓を開けて、ベランダへと出た僕を包み込む、冷えた空気が心地良い。


 だけど……。


 僕は大きく息を吐き出しながら空を見上げる。

 そこにあるのは、僕の気持ちとは正反対の清々しい程の青空で、ちっぽけな自分を思い知らされた気がした。


 人生とはままならないものだ。

 

 時間をかけて、これまで積み重ねて来た事が、ほんの僅かなミスでダメになってしまう事がある。

 あの時、ああしていれば……。

 後になって悔やんだ所で、失ったモノは戻ってこない。


 さらに、その事に早い段階で気付いていたのだから、余計に救えない。

 軽い気持ちで後回しにした事を、いつの間にか忘れてしまって、思い出した時にはすでに手遅れ。それまでつくり上げた全てが、ダメになった。

 リカバリーは不可能で、やり直す為には、一度しっかりと終わらせる必要がある。


 こんな時、どうしたらいいのだろう。

 潔く諦めるべきだろうか。

 それとも、もう一度頑張ってみるべきだろうか。

 

 あの時、彼女は何て言っただろうか。

 大切な言葉だったはずなのに、ふがいない僕は、もうそれを思い出す事ができない。


 たぶんあそこがターニングポイントだったのだろう。

 どうして僕は……。


 今さら悔やんだ所で何も変わらない。

 全てがもう、手遅れ。

 時間は決して巻き戻らないのだから。


 僕は大きく深呼吸をして部屋へと戻った。

 机の上にはフリーズしたままのパソコン。

 一晩かけて書き上げた恋愛小説は、冒頭部のみを残して全てが消えてしまうだろう。

 

 書き直す事を諦めた僕は、何度目かの溜息と共に強制終了を行った。







 途中保存は、こまめにするべきですね。


 でも人生は、途中保存できないんだよなぁ。  



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[一言] 共感です。自分も、同じような目にあったことがあるので…
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