97 手掛かり
お待たせいたしました。今回は次の冒険に向かうまでの閑話といった感じのお話です。力を抜いてお読みください。
「お姉ちゃん、これ今まで食べた事が無い! すごーく美味しいよ!」
アミーは目をまん丸にして手にしたマドレーヌを夢中で食べ始めている。岬の手作りの一品だ。
アミーだけで無く女子たちも久しぶりの本格的な地球の味にそれぞれが舌鼓を打つ。
中でも春名は自分の手元に3つも確保して誰にも渡してなるものかという表情で食べまくる。彼女は周囲から『そんなに食べると太るよ!』という忠告に対して自信満々で言い切っていた。
「私の脂肪は全部胸に付きますから問題ありません!」
そう言いつつも、後になって『あんなに食べるんじゃなかった!』と後悔するのは毎度のお約束だ。毎回甘い物を目にすると、その吹けば飛ぶような意志が何処かへ消え去ってしまいつい食べ過ぎて後から後悔するという負のスパイラルに完全に嵌まり込んでいる。
岬がお菓子を作ったのは森の住民たちがお礼にと手渡した良質な蜂蜜が手に入ったからだ。彼女は小麦粉とバターの代わりのオークの油脂と伯爵邸に有った正体がよく分からない卵を使ってマドレーヌを作ったのだ。
その手際の鮮やかさとオーブンから立ち上る甘い香りに、厨房内では出来上がりを待つ前に大騒ぎが巻き起こっていた。何しろこの世界では誰も見た事も無い組み合わせで作り上げられた焼き菓子だ。料理人たちはそのレシピを熱心に学んで自らも作ってみようと試みた。
その結果岬が焼いた分と料理人たちが焼いた分で50個以上のマドレーヌが最終的に出来上がったのだった。岬の教え方が良くて料理人たちが作った物も十分に合格点を付けられる出来栄えで、早速伯爵の家族をはじめとして屋敷の者たちに配られて大好評を得ている。
岬は春名に取られる前に確保した分を丁寧に木の皮で包んで先程あげた分とは別にアミーに手渡す。彼女たちは明日の早朝に森に向けて出発するのでお土産に持たせたのだ。
「お姉ちゃん、どうもありがとう」
アミーは嬉しそうに受け取りとびっきりの笑顔を見せる。優しく頭を撫でる岬の表情はまるで母親のような穏やかさをしていた。もうすっかり彼女の例の問題は影を潜めているようだ。
その横では確保したマドレーヌをペロリと食べ終わった春名が羨ましそうな顔をしている。この令嬢はいい年をしてどうにかならないものだろうか?
部屋の中ではシロの側にいたファフニールがいつの間にか岬の膝の上に飛び移っている。シロは肉類しか興味を示さないのだが、生まれたばかりで何にでも好奇心いっぱいのファフニールは彼女の手から一口マドレーヌをもらう。
「ピー!」
どうやら気に入った様子で翼をばたつかせてお代わりをねだり続け、ついには小さな体で丸々1個食べてしまった。ドラゴンは人間が口にする物なら何でも食べるらしい。
こうして楽しい語らいのひと時はあっという間に過ぎて翌朝になる。
「お姉ちゃん、また来るから待っていてねー!」
父親が操縦する馬車の御者台から手を振るアミー、森での別れの時は寂しさでベッドに潜り込んだまま出てこなかったのが今はまったく別人のようだ。
馬車で街に来る事が出来ると分かって、これからもやって来るつもりなのだろう。子供はこうして様々な経験を積み重ねて成長するものだ。この次に会う時は更に多くの事を吸収して一回りも二回りも成長しているだろう。
手を振りながら再会を約束して、森の住民たちの無事な道中を祈る一同だった。
先頭の馬車が動き出すと後続の馬も歩みを開始する。一歩一歩遠ざかる馬車は角を折れて見えなくなった。
「行っちゃたね」
圭子がポツリとつぶやく。思いがけない再会にはしゃいでしまった分だけその心に寂しさが募る。彼女は顔には出さないが、もしこの場に一人しか居なければ大声で泣き出しているところだった。本当の妹のように可愛がっていた猫人族の少女は圭子自身が思うよりもすっと彼女の心に大切な出会いをもたらしたらしい。
「大丈夫、きっとまた会えるから」
空の小さな手がやや落ちかけている圭子の肩に添えられる。
「空、今度いつ会えるか教えて!」
「それは禁則事項」
一縷の望みを託した圭子だがさすがに無茶な注文だったために素っ気無く断られた。ガックリと余計に肩が落ちていく。
「さあ、俺たちも行動を開始するぞ」
本来ならばもっと早くに次の目的地の『サランドラの地下都市』に向かう予定だったが、勇者の救出やアミーたちとの出会いで出発が遅れていた。遅れを取り返すために今日から行動をするのは昨夜の打ち合わせで決めた事だ。
「そうね、私たちにはやる事があるのよね」
圭子は一つ大きく息を吸ったと思ったら、両手で自分の頬を『バチバチ』と叩く。つい気合が入りすぎて両頬に手の跡がクッキリと残っているが、そんな事を気にする彼女ではない。しっかりと前を見て歩き始めるのだった。そして2,3歩進み始めて・・・・・・
「ところでどこに行くんだっけ?」
先頭を切って歩き出したはいいがどうやらまだ別れのショックから立ち直り切ってはいない模様の圭子。
「冒険者ギルドに行く予定」
美智香が冷静に行き先を教える。
その瞬間、春名の頭の中には『カーナビか!』というフレーズが浮かんで一人でクスクス笑い始める。令嬢が一人笑いをしている光景は日本にいる頃から特に珍しい事では無かったので、全員華麗にスルーの姿勢を崩さない。出会った頃は『どうしたの?』などと一々聞いていたのだが、今ではどうせ聞くのもアホらしくなるような事しか考えていないと皆が知っているからだ。
ギルドに向かう馬車の中でも春名的にはかなりツボだったらしくて笑いが止まらない。痛い子を見るような周囲の視線にも全くめげる事無くギルドに到着する直前でようやくその笑いも治まった。
あのままだったら余りに恥ずかしいので馬車の中に置いていこうと全員が決心していただけに、春名的にはナイスタイミングだ。
「救出の件は助かったよ。これは報酬だ、かなり色を付けておいたぞ。それで今日はどうしたんだ?」
いつものようにギルドマスターの部屋でソファーに腰を下ろすタクミたち。ちなみに報酬の方は王宮からの依頼という事もあって金貨500枚だった。ダンジョン踏破で一万枚以上の金貨を得ている彼らにしては大した事無い金額だが、普通の冒険者から見れば夢のような金額だ。
「以前頼んでおいた地下都市に関する調査の結果を知りたい」
タクミたちは火山に向かう前に残りの目的地についての調査をギルドに依頼していた。その成果を確認に来たのだった。本来ならばもっと早く聞いておきたかったが、こうして落ち着いて話す時間が延び延びになっていた。
「ああ、例の件か。色々手を尽くして候補地は3箇所に絞り込んだが、それ以上は確かめようが無いといったところだ」
彼は報告書の綴りをデスクの引き出しから取り出して、タクミたちの前に置いてから説明を始める。
「まずは地図でいうとこの辺りだ。この一帯はドワーフが住んでいて、地下に彼らの街を作っている。もっともそこは冒険者たちが時々訪れる場所で、今まで特に変わった事は報告されていないから、おそらく違うと思うぞ。それに『サランドラ』という地名も全く関係が無い」
タクミはその話に頷く。もっともエルフの里のように種族の宝として厳重に隠していた例もあるので一概に否定は出来ないとは考えている。
「二つ目はグランドル王国だ。この国には大きな洞窟があって、そこでかなりの数の人間が暮らしているらしい。その規模は約千人で地下都市と言うには程遠いがな。ただ『サランドラ』と音の響きは似ている」
タクミとしてはこれはハズレっぽいとは思いつつも、一応頭の片隅には入れておく。ここから西に向かって国境を越えた所で割りと近いので確かめておいても良いと考えている。
「それで最後の候補なんだが・・・・・・」
ギルドマスターの歯切れがどうも良くない。一同は彼が何を言い出すのかと固唾を呑んで見守るのだった。
読んでいただきありがとうございました。次回からたぶん目的地を決めて旅に出るのではないかと思います。しばらく仕事が忙しいために、投稿間隔が開きます。次の投稿は木曜日を予定しています。
引き続き、感想、評価、ブックマークお待ちしています。




