95 断言
お待たせいたしました。ダンジョン救出後の話になります。タクミたちにとってはどうやら今回も手軽なお仕事だったようです。
勇者を救出したタクミたちは最短距離を通ってその日の内に恵や勇造たちが待機している15階層まで戻って来た。
「無事だったか!」
行方が危ぶまれていた勇者たちのパーティーがタクミたちの後に続いて姿を見せると、ドッと歓声が沸き起こる。彼らはここで待機してタクミたちに全てを託していただけに、その期待に応えた彼らを手放しで賞賛している。
「お前たちならやってくれると思っていたぜ」
勇造がタクミの肩を叩く。彼は軽く叩いたつもりだったがバシバシといい音が響いている。
恵たちは比佐斗のパーティーに駆け寄ってその無事を喜び合っている。殊に女子たちは抱き合って涙ぐむ者もいた。
その中で一人だけ比佐斗は浮かない表情をしている。彼はこの世界に遣って来て勇者に選ばれた事に対する誇りと自負と責任を人一倍感じていた。それが魔族たちにいいようにされただけでは無く、タクミの圧倒的な戦闘力を見せ付けられて彼なりに思うところがあった。
「剣崎、地上に戻ったら君たちと話がしたい。少しで構わないから時間を取ってもらえないか?」
「少しくらいなら構わない」
タクミは『助けられた礼はもういいから』と断りたい気分だったが、この場の雰囲気を崩すのも良くないかと思い直して承諾する。
そのあとで勇造から魔族がここで見張りをしていた話を聞いて、タクミは下の階層で起こった事件を掻い摘んで話をする。勇造や恵はその危険な状況を聞いてかなり際どいタイミングでの救出劇だった事に対してホッと胸を撫で下ろしていた。
ダンジョンにもぐり始めてからかなり時間が経過しているので全員がこの階層で1泊してから地上に戻ろうという話になり、皆が近くのセーフティーゾーンに入っていく。だがタクミたちは彼らから離れて別の場所に宿泊する事を選んだ。
最も奥に引っ込んだセーフティーゾーンの入り口を厳重なシールドで遮断して、そこにシェルターを出して休息を取るタクミたち。わざわざこんな事をしているのは、クラスメートに彼らの正体を知られたくないため止むを得ない措置だ。
更に言えば春名をはじめとした女子たちは野宿の経験が無いので、セーフティーゾーンで雑魚寝など以ての外と言う意見が大勢を占めたせいだ。彼女たちはたとえこの世界に居ようとも、現代的な生活を心から欲していた。せっかくの整った設備を放棄する理由は全く無いのだ。
翌朝何喰わぬ顔で集合場所に集まるタクミたち、ダンジョンの中でもいつものようにベッドで寝ているので疲労は全く残っていない。それだけでも大きなアドバンテージに違いない。
「さあ、一気に地上まで突っ切るよ!」
圭子の掛け声で出発する一同、先頭を進む圭子とシロが目の前に現れる魔物たちを全て片付けるので後続は歩くだけだ。おまけに10階層まで戻ればそこから一気に地上に出られる転移魔法陣があるそうなので、3時間も掛からないうちに彼らは地上に出た。
ダンジョンの入り口で不安な様子で勇者の行方を案じていた騎士たちは大歓声でその無事な勇者たちの姿を迎える。何しろ王宮の意向でとにかく勇者だけは無事に連れ戻さなくてはならなかった彼らにとっては自らの首が懸かっていただけに喜びもひとしおだった。
「すまないが俺たちの宿舎まで来てもらえるか」
地上に出た所で比佐斗がタクミに申し出たので、女子たちも一緒について宿舎となっているこの街一番の立派な宿に向かう。もっともタクミたちが伯爵に提供してもらっている離れよりはだいぶ落ちる造りではあるが。
その宿に着いてちょうど昼時に差し掛かっていたので食事を取りながら比佐斗が切り出す。
「君たちの力は俺から見ても凄いと思う。だからもう一度城に戻って俺たちと一緒に魔王を倒すために戦ってくれないか」
「何かと思えばいきなり昼食が不味くなるような話だな。断る!」
真剣な表情の比佐斗に対して丁度マカロニのような物を食べている最中だったタクミは彼の方を向く事も無く即断する。
「何故だ! あれだけの力があればおそらく魔王だって倒せるはずだ。この世界を救おうとは思わないのか!」
なおも諦めずに比佐斗は続けるが、タクミは全く取り合おうともしない。
「ならばその理由を聞かせてくれ!」
しつこく食い下がる比佐斗に対してタクミは呆れたように話をしだす。
「俺たちが城を出る時に事情は全て説明したはずだ。城には暴行未遂の犯人が複数居る。そこに被害者を戻せというのか?」
タクミが言っているのは王太子に乱暴されそうになった春名とバカ5人組に集団で暴行される一歩手前だった紀絵の事を指している。
「それは、今後俺が責任を持って絶対に手出しさせないと約束する。だから・・・・・・」
「お前はバカか!」
タクミは比佐斗にそれ以上の言葉を言わせなかった。
「どこの世界で被害者と加害者を一緒にする所があるんだ! お前の脳ミソは自分の都合しか考えられないのか!」
「しかし魔王を倒すという大義があるはずだ!」
なおも自らの理屈を振り回す比佐斗にタクミは心底呆れる。やれ大義だの、大きな目的だのと余計なお世話だ。比佐斗に対するその場に居る女子の目は時間の経過とともに厳しさを増していく。
「俺たちにとって魔王を倒す事は目的でも大義でもない。目の前に立ち塞がったらきっちりと殺してやるが、そのために今更城に戻る必要は無いし有り得ない事だ」
きっぱりと言い切るタクミに対して比佐斗の主張の根拠は自らの考えに視点を置き過ぎている。
「全く話にもならないな。食事も終わったことだし戻るか」
すでに聞く耳を持たないタクミに対して今まで黙っていた圭子が口を開く。
「まあまあそう焦る事も無いでしょう。そこのポンコツ勇者! 立ってみなさい」
酷い言われようだが反論出来ずに比佐斗が席を立つと、その前に圭子がツカツカと歩み寄って前に立つ。悪戯っぽい笑みを浮かべている圭子に対して比佐斗は何をするつもりかという表情で戸惑っている。
「本当にバカに付ける薬が欲しいくらいよ! あなたのパーティーの女子の顔を見てみなさい。彼女たちがあなたの意見に対してどう思っているのか一目でわかるでしょう」
圭子が言う通り、風子も茜も心から残念なものを見るような目で比佐斗を見ている。
「しかし・・・・・・」
比佐斗が何か言いかけたところで圭子の右腕が僅かに動く。それと同時に勇者の体面も無く彼は床に膝を付く。
圭子は狙い済ました一撃を比佐斗の顎の先に放っていた。顎を支点に彼の脳が大きく揺さぶられて完全に足に来ている。まるで産まれたての子ジカのようにブルブルと両足を震わせて何とか立ち上がろうと虚しい努力をする比佐斗。
その姿を見下ろしながら圭子は告げる。
「この程度のフックが避けられなくて何が『俺が責任持って』よ! バカも大概にしなさい。さあ行くわよ!」
結局圭子は1発比佐斗を殴りたかっただけという事実が判明した。彼女にとってあんなのは正義の振りをした女の敵という訳だった。
「圭子ちゃん、格好いいです! ああ、タクミ君も良かったですよ」
美味しい所を全部持っていった圭子に対してタクミはおまけ扱いの春名の言葉に、心のどこかで遣っていられない思いを感じるタクミ。彼はここで何か言うと余計惨めになるとわかっているので無言を貫いている。
「ふふふ、さすがハルハル! 私の嫁だけの事あって色々よくわかっているじゃない」
圭子はちらりとタクミの方を見るが、タクミは敢えて反応をしない。これは男の意地だ。
「ええっ!! 私はタクミ君のお嫁さんでその上圭子ちゃんのお嫁さんなんですか! 更に圭子ちゃんはタクミ君のお嫁さんで私のお婿さんなんですか! 複雑すぎて理解出来ません!」
「現実とジョークをごちゃ混ぜにするな!」
さすがに春名のボケに溜まりかねたタクミの突込みが入ったのは言うまでも無かった。
読んでいただきありがとうございました。結局勇者は圭子の遊び道具になってしまいました。次回は次の目的地に向けての動きが始まりそうです。感想、評価、ブックマークお待ちしています。次は土曜日の予定です。




