93 勇者の決断
お待たせいたしました。ダンジョン救出編の続きです。現状を何とか打開するために勇者たちは決断します。
「何だ、裏で糸を引いていたのはやっぱりお前たちだったのか」
タクミはその姿を見るなりややげんなりとした声で告げる。そこには魔族が5人階段を登るタクミたちを見下ろして立っている。攻撃の一つでもすればいいのに、まさかという気持ちが先立って、ただ白銀のボディーを見ているだけだ。
「貴様らがなぜここに! しかも下から遣って来るとは一体どういう訳だ!」
ようやく我に返った一体がその口を開く。間抜けな表情から抜け切れていないところを見るとそれ程高位の魔族ではなさそうだ。その上このダンジョンの構造にも詳しくは無いらしい。
魔族の話し振りからするとどうやらタクミたちの存在は彼らのネットワークの中で有名人らしい。その口振りはタクミたちの事ををいかにも知っていますという証拠を自白しているも同然だ。手配書でも回っているのだろうか。
確かにパワードスーツを装備したタクミの姿は一度見たら忘れられないだろう。だがタクミの前に立ちはだかってその姿を見た魔族でその後生き残った者は一人もいない。大方エルフの森で出会った魔公爵を名乗る魔族が念話で仲間に伝えたのだろう。
「つくづく間抜けなやつらだな。話している暇があったら魔法でも剣でも攻撃を仕掛けて来い。大方俺たちに手を焼いてどうにもならないのと、おまけに勇者が強力な存在となった時に両方から攻め立てられるのを嫌って、先に勇者を始末しておこうとでも考えたんだろう」
魔族の表情が変わる。どうやらタクミの言葉が図星のようだ。それにしてもわかり易過ぎて尋問をする必要もない。ならばさっさと始末するだけだ。タクミの後方では空がすでにシールドを展開して全員を覆っている。
「貴様ら、絶対に許さんぞ! 一斉にかかれ!」
魔族たちの後ろは魔物たちがひしめき合って逃げる場所を塞いでいる。この上は不利は承知でタクミに掛かっていくしか残された道はない。
「手遅れだ、死ね!」
詠唱を開始した魔族の都合など全く配慮せずにタクミは距離を詰めて殴りかかる。
「グオー!」
「ギャアーーー!!」
「ウギャー!」
魔族たちが魔法を発する前に全てが片付いていた。どうやら本当に下っ端の連中らしい。何の抵抗も見せないうちに地面に横たわって顔面が陥没して眼球が飛び出したり、中には殴られた勢いで首が千切れかけている者も居る。
「こいつら全然大した事ないわね。ザコ過ぎない?」
「確かにな、まだ他に居るかもしれないから注意だけはしておこう」
タクミと圭子は頷き合って次は前方にひしめき合って徐々にこちらに向かいつつある魔物たちへの対処を開始するのだった。
「みんな覚悟を決める時が来たようだ。死ぬのも生きるのも全員一緒だからな!」
セーフティーゾーンで茜の回復を待ちながら篭城していた比佐斗たちは残りの食料がもうじき尽きる事を考えて最後の戦いへの決意を固めていた。
毒を受けた茜の容態はまだ回復が不十分で歩くのがやっとという有様だが、生き残るための最後の決断を下したところだ。
これまで彼らも手を拱いていた訳ではなかった。時には比佐斗一人で、また時には2人組で魔物を突破して助けを呼びに出ようとしたが、襲い掛かってくる魔物の密度があまりに濃くてそのたびに命からがら撤退を余儀なくされていた。
「茜、無理をさせてすまん。ここを突破するまで何とか頑張ってくれ」
比佐斗の言葉に彼女は無言で頷く。自分がここまで大きく足を引っ張っているのを自覚しているので、それに対して自分を責めようともしない彼の言葉は心に浸みた。
「行くぞ!」
比佐斗を先頭に剣を振りかざして魔物に切りかかる。風子は全力で魔法を放って彼を援護していく。芳樹や利治も必死に剣を振るい獅子奮迅の働きを見せる。茜を真ん中に庇いながら徐々に魔物を切り倒して前進するパーティー、その形相はかつてないくらいに生き残るために必死に足掻こうとしている。
次々に押し寄せる魔物の圧力に抗いながら徐々に前進していく彼らだが、それはアリの歩みほどの非常に頼りないものだった。それでも運命を切り開くためにはここで歩みを止める訳にはいかない。
「クオーー! そりゃーー!!」
右の魔物を切った剣を引き戻す間も惜しんで左の魔物に振るう。その次に正面に躍り出て来た魔物に首に突きを入れてまた右に向かう。すでに考える暇はない、体が動くに任せて必死に道を切り開く。
どれくらい時間がたったかも定かではない程剣を振り魔法を放ってきた彼らは、やや広くなった場所に出る。そこはまるで台風の目の中のように魔物の姿が見当たらない。
だがその代わりにその場には20人近い頭から角を生やした青い皮膚の人とは違う存在が待ち構えている。
「まさか、お前たちは魔族か!」
これまでの戦いで大きく消耗して肩で息をしている比佐斗が声を上げる。その見つめる先に立つ一体がニヤニヤと笑いながら話し出す。
「ようやく此処まで辿り着いたか、勇者どもめ! 此処が貴様らの死に場所になるんだ、せいぜい足掻くがいい」
不敵な台詞を吐きながら比佐斗たちを見下した表情で腕を組んだまま立っている。
「このバカげた数の魔物たちはお前が呼び出していたのか!」
問い詰めるように魔族を睨む比佐斗、体力はかなり消耗しているが勇者のプライドに賭けてその眼光は衰えてはいない。
「その通りだ、我らの歓迎は気に入ってもらえたかな。本来ならばもう1人2人使えないようにしておくつもりだったが、貴様たちが中々しぶといので我々が直々に出て来てやったのだ、感謝するがいい」
「そうか、ならばお前たちを倒せばこの魔物たちも消えるという事だな」
比佐斗の言葉に魔族たちはいっせいに笑い出す。それも極めて相手をバカにした笑い方だ。
「我ら魔族の中でもエリート中のエリートだぞ! それを倒すというのか! これは面白い! それに相手は我らだけではないぞ、それ掛かれ!」
その声とともに比佐斗たちの後方で動きを止めていた魔物たちが一斉に襲い掛かってくる。
「風子、芳樹、利治、魔物は任せる。俺1人でこっちの相手をするから、茜を何とか守ってくれ!」
3人は比佐斗の言葉を信じて魔族たちに背を向けて後ろから来た魔物に再び立ち向かう。比佐斗はただ1人で魔族に愛剣を向けて20人近くを相手にする覚悟だ。白い魔力が彼を包み込んでその身体強化のレベルを極限まで引き上げる。
「面白い、嬲り殺しにしてくれる!」
その魔族が手をさっと振り下ろすと他の魔族が一斉に魔法を放つ。
「いかん!」
比佐斗は慌ててすべての魔法を受け止める広範囲の魔法障壁を展開する。後ろで戦っている仲間のためにたとえ1発でも通す訳にはいかない。
「ほう、さすが勇者だけあって中々の魔力のようだな。だがこんなものでは無いぞ!」
今度は大幅にレベルを上げた魔法が一斉に襲い掛かる。殆どが闇属性で1発でも当たれば命取りになりかねない。
「ぐおーー!」
比佐斗は懸命に障壁を張り続けるが魔族の魔法は強力で、まるで魂を削られるような勢いで彼の障壁を蝕んでいく。必死で魔力をつぎ込んで障壁の維持をするが、このままでは攻撃に回せる魔力の余裕が無くなる。
比佐斗の後ろでは3人が必死に魔物の対処をしている。誰か1人でもこの場を破られると一気に均衡が崩れるので、体力や魔力の残りを気にする余裕も無く有りっ丈の力をつぎ込んでいく。
そのまま硬直状態が続き、どのくらい時間が経ったかもわからなくなった頃、魔物たちの後方で派手な爆発音と閃光が飛び交い目に見えて3人に向かってくる魔物の数が減ってくる。
「全部倒しきったのか?」
「こっちにしてみれば都合がいいわ。今のうちに体力と魔力の回復をして!」
3人は順番にポーションを取り出して回復しながら、引き続き魔物を屠っていく。そして爆音と閃光がいよいよ彼らに近づいた時、彼らの目に白銀の巨大なロボットのような物体が魔物を蹴散らしながらこちらに向かって来るのが見えてきた。
読んでいただいてありがとうございました。次回はタクミの無双回になりそうです。反則級の攻撃の数々が見られそうです。ブックマークありがとうございました。引き続き感想、評価、ブックマークをお待ちします。次回の投稿は火曜日の予定です。