89 救出作戦開始
再びタクミたちはダンジョンに入っていきます。彼らの行く手には・・・・・・
翌日の早朝、ダンジョンでのクラスメイトの捜索に出発するタクミたち。昨日のうちに必要な物品を急いで買い集めて、装備を整えてから伯爵邸を出て行く。
伯爵は何度も一緒に付いていくと言って聞かなかったが、執事のひと睨みで借りてきた猫のように大人しくなった。やはりこの街の最高権力者はあの執事に違いないと圭子は断言していた。
ようやく夜が明けた時間なので、寝坊助の春名は馬車に連れ込まれてもまだ寝たままだ。だらしなく口を空けて夢の世界にいる。いっその事置いていこうかという意見も出た。だがその場合後から一人で追いかけてくる可能性が高いので、戦闘力の無い春名にとってそれは危険だろうという結論に至り眠ったままの彼女を連れてきている。いつでも面倒をかける令嬢だ。
捜索対象の勇者である本郷 比佐斗を中心としたパーティーは5人で、おそらく彼らは28階層から30階層の間に居ると思われる。ただ、心配なのは彼らが所持している食料が今日までの分しか残っていないという点だ。
通常は食料の在庫を考えて帰り道の分を含めて余裕を持って行動しないと、命取りになりかねない。彼らは何度もダンジョンにアタックしているので、その辺の事情はよくわかっているはずだ。
それがまだ何の音沙汰も無いという事は、あるいは最悪の事態も考えておかなくてはならない。とにかく考えられる全ての事態を想定しなければ彼らの救出は覚束ない。
だからこそこの事態に当たってギルドマスターはタクミたちに白羽の矢を立てた。タクミたちしかこの事態に対処できる者は居ないと彼なりに判断した結果だ。
「今からダンジョンに潜ってどんなに急いでも36階層まで行くには丸1日は掛かるな」
タクミは当然のように近道をして36階層から上の階を目指す方針を選択している。前回同様のペースで進んだとしての彼なりの計算だ。
「でもそれでは時間が掛かり過ぎない? 春名も体力が上がっているし、美智香のマッピングがあるから最短距離を進めばもっと早く到着出来そうだけど」
確かに理屈の上では圭子の主張も一理ある。
「いや、慌てて進むと思わぬ落とし穴に嵌まる危険がある。自分たちの安全が第一で、早く着いたらラッキーくらいに考えていてほしい」
タクミは救助に向かうことを急ぐあまり自分たちが無理をして危険な目に会わないように、くれぐれも安全に留意しながら進む方針を徹底する。特に36階層から上部は未知の領域なので、細心の注意を怠らないようにしなければならない。
「確かにタクミの言う通りかもしれないわね。焦りは禁物ってことね」
タクミと結ばれてからの圭子はこのように素直にタクミの意見に従う事が多い。彼女の心の中では大きな変化が起きているようだが、圭子自身はその事にまだ気が付いていない。
馬車の中ではこのような打ち合わせをしながら、目的地のダンジョン入り口が近付いて来る。馬車が停止するなりドアを開いて素早く降り立つ一行・・・・・・違った、車内に眠ったままの春名を置き去りにしたままだった。再び岬が中に乗って春名を軽々と抱え上げてくる。いい加減に目を覚まさないものか。
「みんな、待っていたわよ!」
先日会ったばかりの恵がタクミたちの姿を見て駆けつける。彼女たちのパーティーもまた王宮側が組織した捜索隊に加わっていた。近くに居るメンバーとも久しぶりに挨拶を交わす。
「タクミ、俺たちを忘れちゃ困るぜ!」
彼女たちの後ろからは例の体育会系パーティーも姿を見せる。彼らは特に誰からも依頼をされている訳ではないが、たまたまダンジョンにアタックするつもりだったので一緒に捜索にも加わろうという漢気を見せている。
「俺たちは24階層まで降りた経験があるから、そこまでならあいつらを捜しながら進めるからな」
リーダーの林 勇造が胸を張る。下手な女子よりも立派な筋肉で盛り上がったその胸板は当然空の興味の対象と思いきや、空曰く『惜しいけどちょっとストライクゾーンよりも高めに外れている』らしい。
2つのパーティーはタクミたちも捜索に加わると聞いてこの場で彼らを待っていたのだ。タクミたちを含めて3つのパーティーと数人の騎士たちで協力して、勇者たちが居そうなエリアまで何とか進もうというのが今回の彼らの方針だった。
「すまないが俺たちはみんなとは一緒に行動出来ない」
タクミはこの際仕方ないと自分たちがダンジョンの攻略者であると明かして、一気に36階層まで降りてから上の階層を目指すつもりで居ると話す。
当然のように他のパーティーのメンバーは驚いているが、攻略者が500年振りに現れたのは耳にしていたので、それが自分たちのクラスメートだったのかとある意味納得していた。
「それじゃあ、タクミ君たちは下から私たちは上から探していくという事でいいわね」
「それで構わない。11階層まではどの道一緒に進むから俺たちの後に付いて来てくれ」
その場に居る全員が攻略者であるタクミたちの指示に従う。このダンジョンに限って言えば彼らの経験に適う者は誰も居ないのだ。
3つのパーティーの打ち合わせが済みいざ出発の段になって春名を見ると、彼女はようやく目を覚まして岬が用意した紅茶とサンドイッチで朝食をとっているところだ。
本当ならまだ寝ていたのだがベンチに座っていた彼女の顔にファフニールが飛び付いて、息が出来なくてその苦しさに目を覚ましたらしい。なんとも締まらない話だ。その後彼女は岬が用意したお湯で顔を洗ってから、全員に『おはようございます』と挨拶をしてようやく出発の準備が整った。一人では何も出来ない令嬢の本領を発揮している。
「じゃあ行くわよ!」
圭子の掛け声で全員がダンジョンに入り込んでいく。
そしてタクミたちのメンバー以外はそこでまったく次元の違う彼らの戦い振りを見せ付けられている。
圭子がひと蹴りするだけでオークがすっ飛んでいく。ゴブリンやコボルトなどといった下級の魔物は誰も手を出さなくてもシロが全て始末をする。
ゾンビやスケルトンは空が簡単に調伏する。ちょっと面倒な魔物は美智香がボタン一つで放つ魔法で全て消し去る。タクミですらまったく手を出さないまま彼らは半日で11階層のフィールドダンジョンに到着していた。
「まったく呆れて物が言えないわね」
岬が以前所属していたパーティーのメンバー藤山 欄がため息混じりにつぶやく。
彼女たちも異世界から転移するに当たってそれぞれが特殊な能力を手にしている。一般の冒険者とはかなりかけ離れたレベルにあるはずだが、その彼女たちの目から見てもタクミたちのパーティーの戦い方は異常過ぎる。どんなに低レベルでも魔物の存在には皆一応は気を使うはずだが、タクミたちはそんな物には目もくれずに歩きながら片っ端から倒していく。
いくら何度も通った所を最短距離で進んだにしても、11階層まで半日で来るなんて有り得ない。それも目の前に出てくる魔物を避けるのではなく、ちゃんと倒しながら・・・・・・と言うよりも前に進みながら倒していたと言った方がより正確だ。途中で水分補給のための休憩を何度か取っただけで、後は歩きっ放しだった。
「だいぶ予定よりも早く着いたな」
タクミたち自身もまさか半日でここまで来るとは思っていなかった。前回は体力が無い春名に合わせていた分何度も長めの休憩を挟んでいたので、予想以上に早い時間での到着だ。
「ほら、私の言った通りになったでしょう!」
圭子が鬼の首を獲ったような表情をしている。ひょっとして彼女はこれが言いたいためにあんなに急いだのか、それともこの戦い方がタクミたちにとっては当たり前なのか。
「私も元気いっぱいですよ!」
シロに食事を与えながら春名が微笑んでいる。以前ならば20分歩くだけでバテていたのが今は別人のようだ。職業のランクの恩恵がこれほど大きいと実感できる典型的な例だった。
この場で各パーティーごとに見張りを立てて昼食を取る。救助を待っている勇者たちには失礼な話だが、森の中でちょっとした遠足気分だ。タクミたちはシロが警戒しているので揃って食事を取る。ファフニールは岬の膝の上で一緒に美味しそうにお弁当を食べている。
「この後は別行動だな」
自分の食事を終えた勇造がタクミの所に話し掛けに来る。
「ああ、お前たちもここから先は十分注意して進んでくれ。たぶん俺達の方が先に到着するはずだからそんなに焦る必要は無い」
「そうだな、俺たちも命は惜しいから、あんな馬鹿みたいなペースでは進まんよ。それにしてもお前たち軽装で羨ましいよ。収納持ちが居るっていうのは本当に便利だな」
タクミたちのパーティーは圭子と紀絵以外は全員が収納機能を持っているし、恵のパーティーにも収納魔法の使い手が居る。それに対して勇造のパーティーは肉体派オンリーで全員が大きな荷物を背負っている。いくら体力があってもこの差はかなり大きい。逆に言えば体力のみでこのダンジョンの25階近辺まで進んでいる彼らが並みの者ではないという証明でもある。
「おーい、そろそろ出発するよー!」
圭子の言葉が辺りに響く。この先はいよいよ転移の魔法陣に繋がる場所だ。
全員が魔法陣の前に集まっている。
「先に行っている」
躊躇う事無く左の魔法陣を選んで中に入っていくタクミたちとそれを見送る他のパーティー、一瞬目が合った彼らは無言で頷き合うのだった。
読んでいただいてありがとうございました。次回はタクミたちのダンジョンでの活躍のお話になりそうです。果たしてクラスメートたちは無事なのか、投稿は月曜日の夜を予定していますが最近仕事が忙しいので遅れるかも・・・・・・感想、評価、ブックマークお待ちしています。




