86 ミハイルの活躍
お待たせいたしました。久しぶりのミハイル君の出番です。彼はタクミたちを見送った後何をしていたのでしょう・・・・・・
ミハイル王子は空から手渡された紙の製法が書かれたメモを見て唸っている。
印刷技術を普及するためにはある程度の量の紙を常に生産するための設備を整えなければならない。そのメモは彼が日本にいた頃の製紙方法である木材を砕いてパルプを作りそれを紙にしていく方法が記載されている。
彼の元に集められた職人は40人、彼らは皆木工職人で細かな細工を得意にしている者ばかりだ。ミハイルは彼らに命じてアルファベッドの文字を印刷するための活字を作成させる。
それとは別に集められた30人が製紙のための人員だ。彼らは半数が魔術師で一応この世界では高学歴の者たちだ。
空のメモを頼りにまずは集められた木材の樹皮を剥いでいく。これらは後に木材チップを煮る時に燃料に用いるので別の場所に保管しておく。何事も無駄は出さないようにしなければならない。
次に皮を剥いだ木材を細かく砕いていく。大きさは何通りかにしてどのくらいの大きさが最も効率が良いのか検証していく。全て魔法の力を利用しているのでそれほど大変な作業では無いが大量に作るとなると話は違ってくる事だろう。
次に木材チップを大釜に入れて水を加えて煮ていく。次第に釜の中の水は白く濁ってくる。これが紙の元になる植物繊維だ。煮る時間を変えてどのくらい煮込むのが最も効率的かもきちんと調べておく。こういう地道な検証が後の生産効率に大きく関わってくるので、見つめる王子の目は真剣だ。
「よし、まずは30分でやってみよう!」
王子の声で側にいた職人が柄杓を使って白く濁った液体を別の容器に移す。その傍らでは別の者が液体に混ぜる粉を準備する。これは紙の表面を滑らかにするための添加剤だ。石灰石を細かくした粉とジャガイモから作った澱粉を混ぜていく。これらもどのくらい混ぜれば良いのか見当が付かないため、分量を微妙に変えたものをいくつも作る。
その液体を型枠に少量ずつ流し込み魔法で少しずつ熱を加えていく。水分を飛ばすためなのであまり急激に温度が上がらないように調整するのに魔法使いたちは苦労しているが、何とか思い通りに水気を飛ばすことが出来た。
今度は上から重しを載せてさらに重しに熱を加えながら水分を飛ばしていく。しばらくして試しに重しをどけてみるとそこにはどうやら紙らしき物が出来ている。
「すごい! 本当に出来た!」
王子の道楽に付き合うつもりで集まった職人や魔法使いはそれを見て驚いている。まさか木から紙を作り出すことが出来るなんて誰も思ってもみなかったのだ。
色々と試した結果の中から最も出来栄えの良い紙を選んで、その工程を標準としてこれから本格的に紙を作っていく。これで羊皮紙に比べて安価で大量に作れる目途が立った。紙の質も表面が滑らかで文字が書き易そうだ。版画印刷にもどうやら向いている。
王子は早速その紙を持って国王の所に報告に行く。今までこの世界の誰も見た事が無い新しい紙に彼の心は興奮で沸き立っている。
ちょうど王は執務室に居るという事なので係に取次ぎを頼んで控え室で待つ王子、彼の元に面会の許可が出る。たとえ家族といえども公務中は規則に従わなければならないのだ。
「父上、これをご覧ください」
ミハイル王子は畏まって王に手に持った物を渡す。
「ミハイル、紙に良く似ているがこれは一体何だ?」
その滑らかな手触りに驚きを隠せない王は王子に問いかける。
「父上、それは僕が作った新しい紙ですよ! 木から紙を作ったんです」
「ミハイル! お前は天才か!」
ついこの間まで病弱で何も出来なかった我が子にこのような才能が有った事に国王は父親として感動している。わずか5歳にしてこの偉大な発明をしたミハイル、本当に自慢の息子だ。
「おお! これは文字が書き易くていいぞ! ただ公文書にするにはもう少し厚みと硬さが必要だな」
国王が試しに手にしたペンで文字を書いてみた感想だ。羊皮紙はインクが滲み易くて苦労するのだがこの紙には全くそんな事が無い。
「父上、紙の厚さはいくらでも変えられます。どうでしょうか、この紙を政府が使う公式な物としてお認めいただけませんでしょうか」
ミハイルの言葉に国王は頷く。ついでに作成のための予算もつけてくれた。この予算獲得こそがミハイルの目的だ。先立つ物が無ければ彼の事業は進まない。
「という訳で、皆さんが北部に旅立ってから僕なりに頑張ってきました」
ミハイルは自室にタクミたちを招いて彼らが旅立ってから今までの経緯を話す。広々とした部屋には大人数が座れるだけのソファーが置いてあり、タクミたちは思い思いの場所に腰を下ろしている。シロはフカフカの絨毯の上に丸まって、そのお腹の所でファフニールが寝息を立てている。
「ミハイル君も頑張りましたね!」
春名のお褒めの言葉に照れる王子、彼は見掛けは幼いが前世の分を足せば精神年齢は春名よりも上だ。
「ただ困った事が起きまして、皆さんに相談したいんですが・・・・・・」
「困った事?」
圭子が一体何事かと興味を示す。力技で解決するのならばいつでも力を貸す所存だ。
「はい。実は王宮に羊皮紙を納入している業者から苦情が来まして、どう対処すれば良いのか悩んでいるんです」
確かにその業者にとっては死活問題だが、ミハイルは社会経験が無くてこういったクレームに対してどうすればよいのか全く解決策が見つからなかった。
「紙の製法を公開してその業者にも作らせればいい。ここで独占して作る必要はないし、このままだと製造量の限界がきていずれ行き詰る」
ミハイルに製法を教えた当事者の空が簡単に答えを出す。ミハイルの目的は紙を作る事では無いのだ。
「いいんですか? この製法はこの世界では途方も無い技術で莫大な資産を生み出しますよ」
ミハイルは空があまりにも気前良く公開を認めたので逆に驚いている。彼の言う通りこの技術は限りなく未来を切り開く可能性に満ちているのだ。
「もしこの技術で利益を上げたいのならば、製法を教える代わりに特許料を取ればいい」
空本人には全く物欲が無い。あるのはドロドロとした性欲のみだ。彼女は自分はその特許料は要らないと言い切る。
「ありがとうございます。空さんの許可が得られたのでこの製法は公開します。これで僕は紙作りから離れて本来の目的に時間を振り向けられます」
空に頭を下げるミハイル、彼は心から感謝している。
「じゃあいよいよかぐや姫の漫画を作るんですか?」
王子に漫画本を貸し出している春名が身を乗り出す。彼女もこの世界で出版される初めての漫画に興味津々なのだ。
「はい、もう原画を描き始めていて完成した物から版にしています」
思いのほかミハイルの行動は早い。これが彼の夢なのだから一刻も早く進めたいのだろう。
「楽しみにしていますから頑張ってくださいね。貸してある漫画は出版出来てから返してくれればいいですから」
元々は彼女が布教用に持っていたものだ。かぐや姫とは別に、あの漫画がこの世界に広まれば春名としては本望だった。
「ありがとうございます。あの漫画も絶対に出版しますので、楽しみにしていてください」
王子は小さな体で自信を持って答える。
この半年後、王子の工房から出版されたこの世界初のマンガ『かぐや姫』はこの国を中心に爆発的なヒット作になり、大人も子供も夢中になった。特に主人公の姫が美しいと大人気で、岬は羞恥に悶える事になる。
字が読めなかった者もマンガを読みたさに必死で字を覚えて、この国の識字率は大きく向上する事に繋がっていった。
読んでいただきありがとうございました。次回は本拠地に戻ったお話になります。タクミたち一行は今度は何を仕出かすかどうぞお楽しみに。次回の投稿は月曜日の夜になります。




