79 北部山岳地帯
ようやく紛争終結の目途がたち、タクミたちは本来の目的の火山を目指します。
「ふ-! 中々侮りがたい山道ですね!」
春名は額に汗を浮かべてかろうじて道と呼べる上り坂を歩いている。ちょっと前までの彼女だったらおそらく10分歩いただけでダウンしていただろう。
実はこの前ステータスを確認していた時に彼女に新たな職業が追加されていた。
『ローカルアイドル』
これがその新たな職業だ。
おそらくシェンブルグの街で散々歌って踊って民衆を楽しませたことが原因でこのような職業が加わったものと思われる。
空が『ローカルアイドル』について検索したところ・・・・・・『歌って踊って元気いっぱい、体力が2倍になる』という結果が導き出された。
春名の場合『令嬢』の効果で体力が半分になっていたが、このおかげで日本に居た頃の体力にようやく戻ったのだった。
だが、実は歌って踊ってのは彼女だけではない。圭子と美智香も同様に『ローカルアイドル』の職業を得ていた。美智香はいい、それほど体力に依存していないからそれほど問題にはならない。
しかし根っからの体力派の圭子までその恐るべき数値の体力がさらに2倍となったのは、とんでもない出来事だった。数値的には素のタクミすら上回っている。
「どうも最近全く疲れないと思ったら、そういう事だったのか」
圭子自身はケロリとしているが、これでは相手がAランクの冒険者であっても敵うはずが無い。タクミにとっては絶対に敵に回してはいけない存在がまたひとつ増えた。ただでさえ彼女には後ろに回りこまれて何度も絞め落とされている。このままでまた同じ事が起きたら今度こそ命の保証が無い。
タクミたちは2週間前にタンネでオットベルン伯爵から『講和を了承する』という返事を受け取り、それから諸々の手続きのためにその領都であるシェルリッヒの街に赴いた。
そこで半ば恐喝まがいに講和の条件として、金鉱の正式な届出とタンネの国王直轄地編入を認めさせていた。その代わりに子爵の身柄を自由にしてよいとの条件を提示してこれを飲ませたのだ。
だがこれによって伯爵もこの戦いを勝利したという面子が立ち、しかも金鉱から得られる収入も先々見込める。彼にとってこれはこれで悪くない条件だった。
紛争の最大の原因だった伯爵と子爵の対立が終結したことで、北部の貴族たちを巻き込んだ争いは終結を迎えた。北部の領民は3年以上続いた戦いが終わった事に大喜びし、それが国王の仲裁の結果もたらされたと聞くと、国王に対する敬意を深めていった。それは貴族たちも同様で、今まで蔑ろにされていた国王の権威がこの先大幅にその影響を国全体に与えていく事に繋がる。
タクミたちは伯爵領の最北の街ノーラで補給を済ませ、馬車をギルドに預けてから徒歩で山岳地帯に踏み込み現在火山を目指して北上中だ。
アルシュバイン王国の地名や人々の言葉などは地球のドイツ語と雰囲気がとてもよく似ている。街の人々もまじめで実直な印象を受けるが、彼らは元々は別の所からこの地に移り住んできたらしい。だがその話は非常に古く、もはや伝説のようになっているので真偽を確かめることは出来ない。空ならば可能だが彼女はわざわざそんな事を知る必要は無いと考えている。
その中にあって『マルコルヌスの火山』という地名は言葉の響きとしてはラテン語に近いような感じを受ける。ギルドで聞いた話では、元々この地に居た先住民があの山をマルコルヌスと呼んでいて、それは『火を噴く山』という意味だったそうだ。
日本でも北海道などにアイヌ語由来の地名が多く残っているようなもので、この世界の民族変遷の歴史はタクミにとっては中々興味深いものがあった。だが今のタクミにとっては火山のどこかに隠されているPMIシステムを一刻も早く手に入れる必要があり、話しもそこそこにギルドを出発した。
女子たちにはそれ以上に『ドラゴンを見る!』という目的があり、必要以上にタクミを急かす事も出発を早めた大きな原因だ。
「早くドラゴンに会ってみたいですね」
春名が中でも一番楽しみにしているようだ。彼女はゲームに出てくるイメ-ジそのままにしか考えていないので気楽な事この上ない。下手をすると戦いになるかもしれないのに、危機感が全く無かった。
「ハルハル、気楽な事言っているけどもしかしたらドラゴンが襲い掛かって来るかもしれないんだからね」
圭子は一応注意を促すが春名は全く気にした様子が無い。
「大丈夫ですよ! きっと優しいドラゴンさんが待っています」
圭子はこれ以上の忠告を即座に諦めた。『バカには何を言っても無駄だ!』とバカな頭で考える。ちなみにこの二人が仲良くなった切っ掛けはたった二人だけで受けた追試だった。それ以来どちらが点数が高いか毎回低次元で争っている。
春名は一応本星では優秀な成績を収めており本来はバカではないが、現在脳内がほとんど漫画とアニメで占められているため、余計な事を詰め込む余地が非常に少ない。その結果、語学や歴史でいつも追試になっていた。彼女の名誉のために言えば物理や数学は本星で習った知識が生かせるので上位の成績をとっている。
それを見た圭子はいつも『この裏切り者!』と文句を言う。彼女もその気になれば祖父に頼んで銀河連邦標準の知識を得られるのだが全くその気は無かった。だがスポーツテストだけは常に女子でトップの成績をたたき出している。それは軽く流して日本記録に迫るタイムだった。本気を出せば世界記録の更新も可能だが、騒ぎになるのでいつも控えめにしている。彼女の目標はオリンピックに出る事ではなく強くなる事なのだ。
山道を黙々と歩く一行、1500メートル程度の山を3つ越えた所に目的の火山が聳え立つ。
魔物が接近するとシロが必ず知らせてくれるので、圭子がすばやく対応して全く問題にならない。
シロは出会った頃に比べて大きく成長してもう子犬とは呼べないくらいになっている。霊獣だけあってその能力は高く、小型の魔物は一人で向かって簡単に倒してしまう。そのたびに春名に褒めてもらい、尻尾を振ってオヤツをねだるのはいつもの光景だ。特にオークの肉が大好きでオークを見つけると率先して飛び掛る。
この世界で人は魔物の肉を生では食べない。生ではその肉に含まれる魔力が直接体に入り時には中毒を起こす。だがシロは生肉でも平気で食べている。もちろん時々テーブルに前足を掛けて食事中の春名からおかずを貰う事もあるが、基本生肉の方が好きだ。霊獣なので肉に含まれる魔力もそのまま取り込めるのかもしれない。
再びシロが警戒する様子を見せる。出たきたのはオーガだ。手に石斧を持っているところを見ると、武器を作る程度の知能があるのかもしれない。
圭子が踏み込む前にシロが一気に飛びかかると、鋭い牙でオーガの足を切り裂く。そのまま距離をとって再び反対の足を切り裂くシロ、オーガは膝を突いてもう立ち上がることが出来ない。
最後には圭子のハイキックで首を折られて地面に倒れこみ、圭子が止めを刺しに近づいた時にはすでにその息は無かった。
ギルドで話に聞いた通り北部の山岳地帯の魔物はかなり手強い。もっともそれは一般の冒険者にとっての話であって、ラフィーヌのダンジョンの下の階層に比べれば大した事は無かった。
ましてシロが居る限り不意打ちを食らう事も無い。ひとつ問題があるとすれば、山に深く分け入るにつれて道が無くなり藪を切り開かないと進めない事だった。タクミが岬から草刈機を借りて藪を払い道を造っていく。
こうして進むこと5日目にして、ようやくマルコルヌスの火山の麓まで辿り着いた。聳える山は他のどの山よりも高く標高は3000メートル近くありそうだ。
装備を点検してから噴煙を上げる山を登りだすタクミたちだった。
読んでいただきありがとうございました。次回はいよいよ火山での出来事に話が移ります。紛争の話が長引いてようやく本来の冒険に戻るタクミたち一行です。感想、評価、ブックマーク引き続きお待ちしています。次の投稿は月曜日の予定です。




