77 確保
お待たせしました、前回圭子の一騎打ちの続きからです。戦闘狂の本領が発揮されます。
約10メートルの距離を挟んで睨み合う圭子とアルナス、お互い腕に覚えがあるだけに迂闊に踏み込むような真似はしない。
「ほう、嬢ちゃん近くで見ると思った以上にやるようだな。Aランクというのも満更嘘じゃないな」
表情を変えずに圭子に向かって話すアルナス、だが先程までのつまらなさそうな様子は消えて目の前の相手を油断為らない敵と見定めている。
「褒めてもらっても嬉しくないわね。負けた後の泣き言なら聞いてやってもいいけど」
圭子も全く負けていない、むしろ気の強さでは勝っている。何しろ戦いが無いと生きていけない暴力女子だ。
睨み合ったまま動かない二人、アルナスは剣を正眼に構え、圭子は左半身の構えだ。
ジリジリと互いに間合いを詰めてその距離が少しずつ縮まる。まず先に仕掛けたのは圭子の方だ。
足元に落ちている剣を左足で引っ掛けてそのままアルナスに向けて蹴り放つ。相手がそれを避ける隙に接近戦に持ち込もうという魂胆だ。
「ちっ!」
アルナスの口から先手を取られた事に対する悔しさが漏れる。飛んできた剣を撥ね付けている間に圭子が目の前に迫っているのだ。剣を引き戻そうとしても圭子の動きが早くてとても間に合いそうも無いので、アルナスは彼女の動きを食い止めるために振り上げた剣をそのまま振り下ろすしかなかった。
だが、そんな単純な剣の軌道は圭子に読まれている。彼女は振り下ろされる剣に真っ向から自分の拳をぶつける。オリハルコン製の大地の篭手が普通の金属に切れる訳が無い。
「ガキン!」
鋭い音を立ててぶつかり合う拳と剣、両者の勢いはほぼ互角だが次の動作に移るのは圭子の方が遥かに早い。
彼女は左の拳でアルナスの剣の勢いを殺してから、間髪入れずに右の拳を放つ。剣を止めるための左に比べるとこの拳は相手を仕留めるための本気の拳だ。
唸りを上げてアルナスの心臓目掛けて突き進むその拳をアルナスは体を捻って何とか右腕でガードする。
「ガシャ-ン!」
再び金属がぶつかり合う音が響き渡る。アルナスは金属鎧で覆われた右手でガードしたつもりだったが、圭子の拳はそんなに甘いものではない。ぶつかった瞬間に鎧を軋ませながら腕にめり込んでいく。
「グワッ!」
アルナスはその拳を受けて驚愕している。鎧の防御力など全く無視して右手に伝わった衝撃で腕が痺れて使い物にならなくなっている。さらに大きく凹んだ鎧が腕を圧迫して血流を阻害し、ダメージの回復を遅らせていた。
あの一撃がもし圭子の狙い通りに心臓に入っていたら、おそらく一撃で致命傷になっていたことだろう。アルナスの額に一筋の冷たい汗が流れる。
「チッ! 一発で決めてやろうと思っていたのにかわされたか」
対する圭子は余裕の表情でダメージを与えた事に一先ずは満足して再び距離をとる。
「まさかここまでの化け物とはとんだ想定外だな。その若さでどうすればそこまで強くなれるのか聞きたいぜ」
役に立たなくなった右手はダラリと垂れ下げたままで、左手一本で剣を持ち替えたアルナスの口から本音が零れる。
「毎日の鍛錬に決まっているでしょう! そりゃー!」
圭子としては何を当然の事を聞いているんだという態度だが、今はチャンスなので自ら踏み込んでいく。右の拳をフェイントに使って、彼女が狙っているのは防具を付けていない頭だった。左手一本で振られる勢いの無い剣を跳ね飛ばすと、右足を振り上げてハイキックを放つ。
アルナスは満足な攻撃が出来なくなって防御を固めることに意識を向けていた。特に先程の事もあって左右の拳を警戒していたところにまさかのハイキックが飛んでくる。とっさに首を後ろに下げて必死に避けようとするが、僅かな所で避け切れずに圭子の爪先が鼻を直撃する。
「ブワー!」
折れた鼻から吹き出る血に蹲って、剣を放り捨てて降参の意思表示をするアルナス。対する圭子はまだファイティングポーズを取ったままだ。
「負けだ、お前にはとても敵わない。俺も命は惜しいからここを去る」
放り投げた剣を拾って鞘に収めてからアルナスは外に出ようとする。だがここで圭子はある事を忘れていた。そう、外には出てくるやつらを待ち構えている美智香がいたのだ。
そしてその直後外から『助けてー!』という悲鳴が聞こえてくる。圭子が様子を見に行くとアルナスは美智香が放った氷弾を剣で必死に防いでいるところだった。そのままにしておいても面白かったのだが、どうやらアルナスはそれほど悪い人間でもなさそうなので圭子は美智香を止める。
「せっかくこれから魔法のレベルを上げてもっと踊らせてやる予定だったのに」
止められた方の美智香は不服そうだったが、圭子が事情を説明して何とか納得した。おかげでアルナスは命拾いだ。
「もう悪いやつらに力を貸すんじゃないよ!」
圭子の言葉に見送られてすごすごと姿をくらます一人の元冒険者だった。
圭子が1階で対決している間に、タクミは2階の掃討を済ませている。残りは子爵の身柄の確保だ。
部屋を回ってその姿を探すがどこにも見当たらない。おかしいと思い念の為に赤外線と電磁波と低周波の音波を組み合わせた透視装置を稼動してその姿を探すと、物置のような部屋の奥の壁の中に人の姿が浮き上がった。
「ここか、手間を掛けさせるなよ」
タクミは無造作に石壁に手を掛けて簡単に崩していく。パワードスーツの出力を上げればユンボよりも馬力が出るのだから簡単なお仕事だ。
案の定そこには怯えて隠れていた子爵がいる。彼は壁を崩して現れた銀色の怪物に腰を抜かして失禁までしている。
「情けない姿だが、悪党の最後などこんなもんだな」
タクミは一人で納得して子爵を引き摺り出してから圭子たちと合流する。
「タクミ、無事に捕まえたんだ。じゃあこれでここもお終いだね」
圭子はお楽しみが終了して残念そうだが、かなり暴れることが出来て満足している。どちらかと言うと『今日はこの辺にしてやろう!』という態度だ。
一方の美智香は圭子のように体力は無いので、帰って休みたいという顔をしている。それはそうだろう、昼から夕方近くまで戦闘の連続だったのだから。
「よし、撤収しよう!」
タクミの声で子爵を引き立てながら、南門に向かう3人。門の外では兵士たちが気が気では無い様子で彼らの帰還を待っていた。
「待たせてすまない、子爵はこの通り確保した。やつらの拠点は全て潰したから安心してくれ」
タクミの言葉に『これで自分の町に帰れる!』と湧き上がるシェンブルグの兵士たち。だがタクミは彼らに新たな指示を出す。
「今からしばらくの間、この街の治安を守ってくれ。ゲーラ川の部隊が戻ってきたら一緒に撤収だ」
確かに彼らがいなくなるとこの街の治安を守る者が居なくなる。子爵一味は壊滅したので犯罪者たちは大幅に減ったとはいえ何が起きるかわからない。その為にももうしばらくは彼らの力がこの街には必要だった。
情報によると現在ゲーラ川で戦っているのは、シェンブルグの兵士たちと先代の子爵の時代から仕えていた騎士たちだそうだ。タクミたちに拘束されている今の子爵は邪魔な騎士たちを使い潰すつもりで最前線に送っていたので、彼らには子爵に対する不満が募っており、いまさら義理立てする可能性は少ない。
彼らを撤収させてから相手側の兵力も戦場から引き離せば、この紛争は終わったも同然になる。どうやらこれでマルコルヌスの火山に向かう道がようやくタクミたちに開けてきたようだった。
読んでいただきありがとうございました。次回はゲーラ川の戦場が舞台となります。もっとももう本格的な戦闘は無いだろうと思います。その次あたりからいよいよ火山に向けて出発できそうです。
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