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73 最前線

お待たせしました。タクミたちはいよいよ戦場に踏み込みます。彼らの行く手には・・・・・・

 フォッセンの街で3泊して準備を整えたタクミたちは北門を出ていよいよ戦場の中に突入する。


 とはいっても、門を出てしばらくは森と草原しかない単調な風景が続いて、一体どこで戦いが行われているのかまったく気配がつかめない。


 一般に戦場というとテレビのニュースで報道されるような、市街地を舞台に敵と味方が銃を撃ち合う場面を想像しがちだが、この世界は何もない野原に城壁に囲まれた街が点在しているので、戦略的に価値がある場所が限られてくる。


 価値の高い場所というのは、当然街自体や街道が分岐する場所、川に架かる橋や資源を産出する箇所などが挙げられる。


 本来戦略の要衝を守る側は周囲に偵察や索敵のための部隊を配置するのがセオリーだが、少数の兵力を分散させて配置するのは兵力の運用上好ましくない上に魔物に襲われるリスクも発生する。


 したがって要衝を守る側は兵力をその周囲に集中的に置いて、その周辺の1キロくらいの範囲を見張りの兵士に巡回させる事が基本とされている。


 もちろんこのやり方には大きな穴があるが、通信手段が限られている以上はすぐに戻ってこれる範囲を索敵するしか手段が無かった。


 時には見晴らしの良い高台に見張りを置くことなども行われるが、平地の多いこの国ではそれに見合った地形が少ない事も索敵を困難にしている理由だった。


 これらの事が原因で準備が不十分なままで戦端が開かれることが多く、特に守りを固める側の兵士は長時間の緊張を強いられる。


 


 そして現在ポーテタール川に架かる橋を守っている部隊がある。彼らはシェンブルグの街から徴兵されてこの地に派兵されている部隊800人と、フォンブラン子爵の手勢200人からなる混成部隊だった。


 当然、この隊の実権はシェンブルグの兵たちが握っていそうなものだが、実態はまったく違っている。シェンブルグ側の兵士の殆どが徴兵されて満足に訓練を受けていない一般兵に対して、子爵の手勢は果たして軍と呼べるのか怪しい程にガラの悪い傭兵上がりやゴロツキの中で腕が立つ連中の集まりだった。


 現在のフォンブラン子爵は後継者争いのゴタゴタに乗じて、その中心地のタンネを牛耳っていたマフィアのボスが子爵家を乗っ取ってフォンブランの家名を名乗っているまったく貴族としての正統性が無い新興の家柄だった。


 そしてその遣り方は残忍非道で、暴力の理論を前面に押し出して支配する恐怖を、周囲の貴族領にも撒き散らしている。


 したがっていくら数が多いシェンブルグの兵士たちも、その恐ろしさに言い成りになるしかなかった。彼らは伯爵から撤退命令を受けているにも拘らず、いまだにこの場所にとどまっているのは恐怖で縛られて身動きが出来ないためだ。


 


「おーい! 遠くに軍勢が見えてきたよ。数は1000人くらいかな」


 御者台から圭子ののんびりとした声が何も無い草原に響き渡る。見晴らしがいいので遥か彼方に待ち受ける兵士たちの姿がはっきりとわかった。


「じゃあ、準備を始めるとしよう」


 タクミは圭子の隣に移って、双眼鏡で前方を監視する。その視界に3騎の騎兵に率いられる歩兵たちが50人程こちらに押し寄せてくる姿が映る。


「おいでなさったぞ、馬車を止めてくれ!」


「了解」


 短い遣り取りで馬車は停止して、タクミは御者台から降りて接近する兵士たちを観察している。その横で圭子は入念に体のあちこちを伸ばして迎撃体制を整える。


「あれはシェンブルグの兵士のようだな。圭子、死なすなよ! 美智香は馬車の中で待機していて構わない。空はいつものようにシールドの展開を頼む」


 タクミの矢継ぎ早の指示にテキパキと従う女子たち、長い間一緒に行動しているだけあって、その動きはまったく無駄が無い。


「タクミ君はパワードスーツを装着していませんが、どういうつもりなんでしょうか?」


 車窓から覗く春名はタクミの様子を不思議そうに見ている。心配している訳ではないが、彼の意図が不明なためだ。


「パワードスーツではオーバーキルになるからと判断する」


 空は戦力の分析をした上で冷静に自らの意見を述べる。


「パワードスーツ越しでは説得し難いのかもしれないわね」


 美智香の見解だ。確かにあんな白銀のデカイ物を着込んでいては、相手に恐怖感を与えて説得どころではない。


 その横では岬がタクミの活躍を今か今かと待ち兼ねており、さらにその隣では紀絵が圭子に身体強化の魔法を掛けている。


 馬車の中でのんびりした空気が流れているのに対して、外ではタクミたちを包囲する兵士たちに緊張が走っていた。


「お前たちは何者だ!」


 騎乗した隊長らしき者が声を張り上げるが、タクミと圭子は至って普段と変わらない表情をしている。


「俺たちはただの冒険者だ。お前たちこそ撤退の命令を受けているはずなのにここで何をしている?」


 タクミの言葉を聞いて隊長の表情が変わる。部隊の撤退の話は今の所外部の者は知らない情報のはずだった。


「なぜその話を知っているのだ?」


 先程の威圧的な話し方と打って変わって、彼は重要な事を聞き出そうとする態度になってタクミに対している。


「そんな話はどうでもいい。おそらく子爵の手下が怖くてまだ此処に留まっているんだろう。俺たちがやつらを片付けるからサッサと撤退の準備をしろ!」


 隊長の表情が変わる。なぜこの者たちは今進退に窮している自分たちの事情をこれほど正確に把握しているのか訳がわからない。


「この機会を逃すとシェンブルグには戻れないぞ!」


 タクミは語気を強めて警告をする。だが、隊長の方はタクミの言葉を俄かに信じる訳にはいかない。彼の肩には800人の命が懸かっているのだ。自らの判断ひとつでその命を危険に晒す訳にいかない。


「我々はどうすればいい?」


 万一の可能性を考えて隊長はタクミの意見を聞こうとしている。此処までくればしめたものだ。


「応援が必要だと言って、シェンブルグの兵士全員をこっちに引っ張って来い。そのあとは俺たちが全部やつらの面倒を見てやる」


 隊長は決意を固める。どうせ此処に居ても横暴な子爵たちの兵にいいように使い潰されるだけだ。それなら一か八かの賭けに出ても今更失う物は無い。


 すぐに伝令が陣地に飛んで行く。どうやらタクミの意図は上手く伝わったようで、ゾロゾロと何百人もの兵士たちがこちらに向かってくる様子がわかる。後方に控える形の子爵の軍勢は何も動きを見せていないので、まだ何も気がついていないのだろう。


「全員揃ったか?」


 タクミは隊長に確認する。密かに点呼を取って人数は揃っている事が確認出来て隊長はタクミに頷き掛ける。


「では、ゴロツキ共の始末を始めよう!」


 タクミはノイマン伯爵からフォンブラン子爵の軍勢の実情を聞いていた。彼らが今まで各方面で行ってきた悪魔のようなその所業には一切の同情は感じていない。タクミの目には彼らは処理すべき有害な集団にしか映っていなかった。


 タクミは兵士たちの集団から離れてパワードスーツを展開する。遠くの子爵の陣地からは異変を感じてこちらを指差す者の姿が映るが、そんな者は無視して右手のレールガンを起動する。


 砲弾の種類はもちろん榴弾で広範囲を一気に殲滅する。


 タクミの右手が持ち上がり照準を付けてから、電磁加速される『ブーン』という音とともに音速の5倍の速度で砲弾が撃ち出される。それは敵対する者にとっては破滅を意味する恐ろしい音を響かせて陣地に着弾して大爆発をする。


『ドーン』


 その爆発音は1キロ以上離れたこの場所でも鼓膜を突き破る大音響だった。


「なんという恐ろしい魔法!」


 シェンブルグの兵士たちはそれを見て凍り付いている。もしタクミがあの街で家族や恋人の無事な帰還を願う人々の想いをその目にしていなければ、彼らも同じように爆発の中に巻き込まれていたはずだ。


 だがたったの一撃で全滅した陣地を見て、彼らの中で誰かが『これで帰れる!』とつぶやいた。それは波のように兵士たちの間に波紋を広げて、皆が抱き合って故郷に帰れることを喜び合っている。


 その中でただ一人圭子だけはまったく自分の出番が無かったことに憮然とした表情をしていた。 



 

読んでいただきありがとうございました。次回は更に激戦に中に突っ込んで行くタクミたちになりそうです。特に不完全燃焼の圭子は暴れたがっているので、彼女の活躍回になるかもしれません。


たくさんのブックマークありがとうございました。引き続き感想、評価、ブックマークをお待ちしています。

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