7 実験と襲撃
圭子は一人で張り切って、ホーンラビットを狩りに出て行った。
しばらくすると遠くから声が聞こえてくる。
「おーい! 運びきれないから取りに来てーー!!」
彼女は端末を持っていないため、付属設備の4次元収納もないのだ。
「待ってろ!」
タクミが圭子の方に向かって歩いていくと、彼女の足元にはホーンラビットが山と積まれていた。
「わずかの時間でこんなに捕まえたのか?」
どう見ても10羽以上はいる。
「そこらじゅうにいるから入れ食いよ!」
それは釣りの時に使う言葉だろうと突っ込みかけて、機嫌を損ねるとまずいので飲み込んだ。
獲物はどれも頚骨を見事に折られており、圭子なりに苦しませずに死なせてやった跡が覗える。タクミが全て収納にしまい込んでから二人で皆の元に向かった。
彼らが戻ると美智香がステータスウィンドウを開いて何やら始めている。
「ムーちゃん!それなに?」
圭子が覗き込むとそのウィンドウは通常の5倍に拡張されていて、美智香のステータスの欄は右端に小さく表示されているだけになっている。
残りはカラフルな色が手前から奥に行くにつれてグラデ-ションのように濃く表示されているのが目立つ。
「これは魔法操作用のタッチパネル」
表情を変えずにそれでもほんの少しだけ自慢げに美智香は言った。
彼女はおとといの訓練で別の演習場で魔法の解説を受けてから、城の図書館に篭って魔法の呪文を全て端末に読み取らせていた。それを元に呪文をプログラムして、各属性ごとに初級から上級までの魔法をこのパネルで一括操作ができるように設定したのだ。
「今朝やっていたのはこれか?」
タクミの言葉に頷く美智香。
「今から試すから少し後ろに下がっていて」
ほかの皆はテーブルがある位置まで下がる。まだこの世界に来て魔法というものを見たことがないので興味津々の様子だ。
「まずは基本のファイアーボール」
オレンジ色の一番手前のパネルに触れると、彼女が上げた左手から炎の塊が草原目掛けて飛び出す。
「おおーー!!」
一同は歓声を上げたが、美智香がそれを手で制する。
「このくらいで驚いてはいけない」
次に少し濃いオレンジのパネルに触れると、ファイアーアローが飛び出した。
この調子で美智香は自分の魔力の残量を確認しながら中級までの魔法を全てテストした。ステータスウィンドウを閉じてテーブルに戻ってくる美智香に盛大な拍手が送られる。
「ショーをやったわけではない」
彼女はそう言いながらも照れている。
「これは照準はどうやってつけているんだ?」
タクミが質問をする。普段銃を使っている彼からすると気になるのだろう。
「私の視線に連動させている。タクミの銃と違って細かい照準を合わせるものではないから、仕組みは簡単」
どうやら専門的な事を聞かれるほうが嬉しいようだ。彼女は理系女子でもありそういう話が好きだ。
「美智香ちゃん、わ、私でも出来るでしょうか?」
春名が恐る恐る自分のステータスウィンドウを美智香に見せる。
「ウィンドウを私のように変えることは可能。でもこの数値では音がでるくらいで、オルガンの代わりにしかならない」
その言葉でがっくりと肩を落とす春名。確かに最大で11という頼りない数値では無理もない。
「それよりここに何か書いてある」
美智香がそう言って指差した所を見る春名。
そこには『ポンコツ令嬢』の記載があった。
「ポ、ポンコツ令嬢・・・・・・」
春名は絶句している。ただでさえ役に立つかどうか微妙な職業の『令嬢』に『ポンコツ』がついてしまったのだ。
どうやらこの世界はその活躍によって職業や称号の格上げがあるが、逆にダメな時は格下げもある厳しい世界のようだ。
「じゃあそろそろ撤収しようか・・・・・・」
タクミがそう言った時に、彼らがいた地面を黒い影が通り過ぎた。上空を見上げた圭子が空を悠々と飛んでいる灰色の物体を見つける。
「なにあれ!」
「気をつけろ! 襲ってくるかもしれないぞ!!」
タクミが警告する。
上空に現れたのはワイバーンだった。好物のホーンラビットを探しに来たところ、もっとおいしい獲物を発見したのだ。
「下がっていろ! 誰かシールド展開できるか?!」
「私が展開する」
空が素早く自分と春名と岬の3人をシールドで包み込んだ。
「圭子、飛んでいるやつを攻撃する手段だないだろう。お前もシールドに入っていろ!」
タクミが指示を出すがそんな事を聞く圭子ではない。
「自分の身ぐらい守れるから早くあいつを地面に引き摺り下ろして! 止めを刺すのは私の仕事!!」
なんとも男らしいセリフを吐く。もう臨戦態勢は完璧だった。
デイザーガンを構えるタクミが初撃を放ったが、相手は3次元を飛行しているため照準が合わない。続けざまに2発、3発と打ち込んでいくが、僅かなところでかわされていく。
「タクミ、あいつは後ろの3人を狙っているよ!」
圭子の野生の勘だ。だがそれは正解だった。
タクミの射撃をかわして彼らの頭上を飛び越えたワイバーンは空がシールドを張っている方に急降下した。
『ガシーン』
音はすごかったが中までは衝撃は及んでいない。空と岬は平気な顔をしているが、ポンコツ令嬢はビビリまくっている。
再び上空を駆け上がったワイバーンは、今度はターゲットをタクミ達に切り替えて再び急降下を試みる。
タクミはデイザーガンよりも射程が長いブラスターガンを取り出して迎撃するが、先程と同じようにわずかのところで外されていく。
「私に任せて!」
ここまで動きを見せなかった美智香が、ここで初めて口を開いた。彼女はずっとワイバーンの動きを見て、その飛行特性を解析していたのだ。
ウィンドウの左上にあってここだけ異彩を放つドクロのマークに手を触れる。
「照射!」
短い言葉で発せられたレーザービームがワイバーンの左の翼を切り裂く。
「突っ込んでくるぞ! 避けろ!!」
タクミはとっさに美智香の体を抱えて左に、圭子は右に避けた。
その間をワイバーンの巨体が『ズザザザザーー』と音を立てて草原を滑走していく。左の翼を切られたため、再上昇することが出来なかったのだ。
「ようやく私の出番!」
素早く圭子がまだ息があって動いているワイバーンのサイドをとる。
「テヤーーー!」
圭子のハイキックがワイバーンが上げようとした首に決まった。
「バキッ!!」
渾身の一撃で声を発する間もなく首を折られて絶命したワイバーン。残心を解いた圭子がタクミの方に振り返ってサムアップをする。下位種とはいえドラゴンの仲間を一撃で倒すという快挙は日頃からの訓練の賜物だろう。
タクミは抱えていた美智香を地面に降ろした。美智香が腕の中でモゾモゾと動いているのにようやく気がついたのだ。
「ありがとう」
恥ずかしさもあって素っ気ないお礼を述べる美智香。
「こっちこそ助かった。さすがだな、美智香」
彼女は顔を赤らめて頷くだけだった。