68 天罰が下るとき
お待たせしました。いよいよ始まる伯爵のおしおき。彼の運命は・・・・・・
女性陣の宣伝活動によって昼前から教会には多くの人が集まってきた。街中で宣伝された『楽しい催しがある』と聞きつけた人たちが家族や友人同士で三々五々やって来る。
子供たちへの宣伝が一番効果を発揮したようで、最も多いのが親子連れの姿だ。子供の話を聞いて近所同士が誘い合ってやって来ている。
娯楽の少ないこの世界で、今日はいったいどのような楽しい事があるのかと、特に子供たちは待ちきれない様子で目を輝かせる。
「だいぶ集まってきたようですから、そろそろ始めましょう」
春名の言葉で女子全員が所定の位置に散る。彼女たちはタクミが伯爵を連れてくるまでの間、観衆を繋ぎ止めるためのショーを計画していた。
塔の土台部分は地面よりも一段高くなっており、ここを舞台にアニメ歌謡ショーを行うつもりだ。もちろん発案は春名で、他の女子も全員が賛成した。
言い出しっぺの春名がアニメの主人公の魔法少女のコスプレで舞台に登場する。
「皆さーん! 今日は集まってくれてありがとうございま-す!」
春名はノリノリでMCを始める。見たことも無い煌びやかな衣装に目を奪われる観客たち、だが春名の声に一斉に大きな歓声が沸く。
春名はこの世界に来る前に、一度でいいからコスプレのイベントに参加したいと圭子や美智香と散々練習していた。本当はビッ○サイトでやる予定だったものが、この世界に来てしまって出来なくなった。しかしそのグッズの数々はそのまま彼女の収納に入っていた。
そこには当然マイク等の機材や音響装置、果てはプロジェクションマッピングの機材など、その量は普通にアイドルが野外でコンサートを開く規模に達している。
歓声が止むのを待って春名はMCを再開する。
「今日は皆さんに素敵な歌を紹介します! 歌って踊って賑やかにいきましょう!」
多少セリフが古臭いのは、この世界に合わせるためだ。決して春名は昭和のアイドルを目指しているわけではない。
「では最初の歌を聞いてください!」
アニメのオープニングの曲が流れて春名が歌いだす。スピーカーから流れる聞いたことも無い楽器が奏でる音に観客は口を空けて驚いている。
だが子供たちは驚きよりも春名の歌に正直に反応した。特に彼女のバックに投射されているアニメのオープニング映像に立ち上がって見入っている。
そして1曲終わると臨時のライブ会場はものすごい歓声と大きな拍手に包まれる。
「皆さーん! ありがとうー!」
春名に続いて今度は圭子が登場して別の曲を歌いだす。会場はすでにステージと一体化したような大盛り上がりを見せている。
一方その頃、タクミは単独で伯爵邸に突入を開始していた。
パワードスーツを展開して門番をバールの一撃で気絶させる。突然現れた見たことも無い鎧を着込んだ暴漢に襲われたもう片方の門番は必死で助けを呼ぶが、同じように一撃で殴り倒された。
「狼藉者だ! 捕らえろ!」
門番の声を聞きつけて館内から飛び出してきた兵士たち、だがタクミは片っ端からデーザーガンで意識を奪っていく。なす術も無く地面に倒れこんでいく兵士たち。
敷地に踏み込むタクミに向けて離れた所に陣地を構築して矢を放つ者もいるが、そんな貧相な武器でパワードスーツのシールドを破れるはずも無く、タクミは構わずに前に進んでいく。
「何だこいつは! 化け物か!」
矢を次々に跳ね返すタクミを見て指揮官は青褪める。侵入者を止める手立てが無いのだ。
どうしてよいのかわからずに右往左往する兵士たちは、タクミの手によって簡単に無力化されていった。外に出て来た者で立っている兵士はもう一人も残っていない。
誰も止める者がいなくなって、タクミは館内に侵入を開始する。乱暴にドアを蹴飛ばして中を見渡すと、数人の兵士が槍を構えているが、彼らは外に出たはずの仲間が手も足も出ずにやられたのを目撃しており、すでに戦意を失いかけていた。
それでも彼らは抵抗の素振りを見せるが、タクミが引き金を引くだけで床に倒れこんでいく。
散発的な抵抗はあったものの、大した手間も掛けずにタクミは2階に上がる。わずかな人数の兵士が彼の行く手を阻もうとするが、まったく歩く速度を緩めずにタクミは前進する。後に残るのは意識を失って倒れる兵士たちだった。
廊下の突き当たりのドアをタクミが蹴破ると、そこにはお目当ての人物が怯えた様子で立っている。
「お前がデルンシュバイク伯爵だな」
無機質な声でタクミが問いかける。突然の乱入者にどう対処してよいのか判断できない伯爵は立ち尽くしたままだ。
「返事をしないと命をもらうぞ」
再び無機質な声が響く。もちろんタクミは命まで取るつもりは無いが、脅し文句としては大変に効果があった。
「そうだ・・・・・・お前は何者だ」
弱々しい声で返事をする伯爵、ここまでタクミが来る間に武器のひとつでも手に取るくらいの気概はないのかとタクミは呆れている。街の人の話ではかなりの武闘派と聞いていただけに拍子抜けだ。
「王子の拉致を企てた事で保護者が怒っている。俺はその保護者の依頼でお前に罰を与えに来た者だ」
タクミの話を聞いて伯爵の表情が引き攣る。彼は王子の拉致が成功すればそれを盾に国王に鉱山の権利を要求し、もし失敗しても戦乱の拡大を恐れた国王は自分には手出ししてこないだろうと高を括っていた。
「おとなしく俺について来い、拒絶は死を意味する」
タクミの命令に従わないと命が危機に晒される事を理解した伯爵は渋々うなずく。
「教会に向かえ、指示通りにしていれば命は保障する」
抵抗する術のない伯爵は指示通りに館を出て教会に向かって歩き出す。タクミはその後ろでデーザーガンを突きつけて付いていく。
教会までの道で伯爵邸の異変を聞きつけた街の警備兵が伯爵を取り返そうと押し寄せてくるが、彼らもまた館にいた兵士たちと全く同じ運命を辿る。タクミはほぼ街中の全兵士を無力化して教会にやって来る。
その頃教会では・・・・・・
熱気に満ちた観衆がステージと一緒になって声を上げて春名たちを盛り上げていた。
タクミはステージの邪魔にならないように、塔の裏手に回って裏口から伯爵を中に連れ込む。
「階段を登れ」
タクミの無機質な命令に促されて伯爵は階段を登り、塔の最上階に到着する。
そこには岬と紀絵が待ち構えていてすでに準備を終えていた。
「ご主人様、いつでも決行出来ます」
タクミの姿を見てにっこりと微笑む岬、彼女の手には長く伸びるゴムが装着されたジャケットのようなものが用意されている。
「これを着ろ。お前にとってこれが命綱だから、しっかり金具は留めろよ」
岬が伯爵に手渡した物は強化ゴムが付いた肩から膝までを覆うハーネスだった。
一体これで何をするのかわからずに、言われた通りに体に装着する伯爵。だが心の中に湧き上がる嫌な予感に彼は冷や汗を流している。
ハーネスの装着具合を点検したタクミは紀絵にうなずく。彼女は下で待っている空に準備完了の合図を出す。
空は音響機器の担当をしており、ステージの進行に合わせて機器の操作をしていた。彼女は上から送られてきた合図に打ち合わせ通り、今までと全く違う雰囲気の曲を流す。
「皆さーん! お待たせいたしました。今から本日のメインイベントでーす!! 戦争を早く終わらせるためにこの街の領主のデルンシュバイク伯爵が神に願いを聞き届けてもらうために、塔の上から飛び降りまーす!」
春名の突然の前フリに観衆にどよめきが広がる。
口々に『この高い塔から飛び降りて大丈夫なのか』と不安の声が広がる。
「皆さーん! 塔の上をご注目ください。すでに伯爵は準備を終えています。もし神様にその祈りが届けばきっと伯爵は無事に地上へと降り立つ事が出来るでしょう」
観衆は塔の上を見上げて、そこに伯爵の姿を発見する。そして彼らの間には『神様のご加護があれば大丈夫だろう』という無責任な声が広がっていく。
それに対して今から自分がここから飛び降りると言われた伯爵は真っ青になって震えだす。何しろ地上までは30メートル近くあるのだ、そんな所から飛び降りて無事で済む訳がない。
「観念しろ、自分で飛び降りなければ突き落とされるだけだ」
相変わらず無機質なタクミの脅迫めいた言葉が響く。いや、実際に脅迫している。
タクミは恐怖でその場にしゃがみこもうとする伯爵を無理やり引きすり起こして、背中についているゴムを掴んで手摺の上に立たせる。
伯爵は何とか抵抗を試みるが、パワードスーツに身を包んだタクミのまるで重機のような力に逆らえる訳も無く、されるがままになっている。
今や不安定な手摺の上に立つ伯爵は、タクミが背中を支えないと落ちても不思議ではない。
「皆さーん! 伯爵の願いが神に届きますように皆さんも一緒に祈ってくださーい!」
ステージでは春名が観衆を思いっ切り煽る。その声に観衆は喝采を送る。実は彼らは戦争を始めた伯爵の事を小指の先ほども信頼していなかった。手摺に立たされた彼の哀れな姿を見て全員が『ザマーみろ!』と心の底から思っている。
「た、助けてくれ! お前たちの言うことは何でも聞く。頼むから降ろしてくれ!」
伯爵は泣きながら懇願するが、タクミは全く聞く耳を持たない。傍にいる岬や紀絵も同様だ。もっとも彼女たちは伯爵が死ぬことはないと知っているせいもあるが。
「さあ皆さーん! いよいよでーす!! 思いっきりいっちゃいますよー!!! 5・4・3・2・1
それっ」
その瞬間タクミに背中を押された伯爵は宙を飛んだ。
「ギャーg&#J※アーーーーー」
訳のわからぬ悲鳴を上げつつ落下する伯爵、そしてその体が地面に達するわずか手前でゴムに引っ張られて再び上昇する。
「助けd;%#※ギャーーーーー!!」
最初はどうなる事かと固唾を呑んでいた観衆は、その姿が余りにも滑稽で次第に笑い出す。そしてその笑いが会場全体に広がり、爆笑の渦となった。
「どこかの芸人さんも真っ青のナイスリアクション!」
下からその姿を見ていた圭子の率直な感想だ。彼女はお笑いにも精通しており、その目は非常に厳しいが、伯爵のバンジージャンプは十分に合格に値した。
やがてゴムの動きが止まり、伯爵の体がゆっくりと下に降ろされる。伯爵は体中の様々な所から色々な物を撒き散らしながら蹲って泣き喚いている。
観衆たちはその姿を哀れなものを見る目で見ているだけだった。
「みんなー、悪いんだけどちょっと下がってねー♪ そんな目で見ちゃだめよー! うっふん」
変な声がしたと思ったら、人の波を掻き分けて数人の男たちが伯爵の元に駆け寄る。
だがよく見ると彼らの姿が何か変だ。全員が逞しいムキムキの体に原色のドレスをまとっているし、その仕草が妙にクネクネしている。さらにその口から出る言葉がいわゆる『オネー言葉』というやつだ。
「あらー! こんなに泣いちゃって可哀そう! 私たちが慰めてあげるわよー!」
そのムキムキな体に不似合いな言葉に加えて、ばっちりと化粧まで決めている見るに耐えない集団が伯爵を取り囲み、熱い抱擁と情熱的な口付けを雨のように降らせる。
彼ら(彼女ら?)は、春名と空がギルドに依頼をしに行った時に、偶然そこに居合わせたAランクの冒険者パーティー『乙女の祈り』の面々で、熱心な空のアプローチによって急遽このイベントに参加したのだった。
哀れな事に、ただでさえ消えかかっている伯爵のライフは彼らの熱い介抱で完全にゼロとなった。
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