62 アイデア
ミハイル王子との道中が続きます。
翌朝、すでに健康を取り戻して離宮での療養が必要なくなったミハイル王子を乗せた馬車は王都に引き返す。
タクミたちはその後ろについて、2台の馬車の間には昨日捕らえた賊が首に縄をかけられて連行されている。彼らが昨夜のうちにタクミが暇を見つけて優しく尋問したところ、北部のとある貴族に雇われた者たちで、金で非合法な仕事を請け負う連中だった。
タクミは力なく連行されていく彼らの姿に『そのような裏社会で生きる人間の割に根性のないやつらだ』と哀れみのこもった目で見つめる。彼らはタクミがまったく本気を出す前に率先して話を始めて、最後には泣きながら命乞いまでしていた。
少しは魔族どもの爪の垢でも飲ませてやりたい・・・・・・その情けない姿についこの間遣り合った敵の事を思い出している。
もっとも賊たちから見れば、尋問するタクミはさながら悪魔のように映っていた事だろう。あんな凶悪なバールでそこにあった木を一振りでなぎ倒して、それを彼らの見えるところで何度も素振りしてから尋問を開始したのだ。彼らは一溜まりも無く全てを白状するしか道は残されていなかった。
ちなみにその横では圭子が入念に形の練習をしていたりする。彼女の拳が唸りを上げるたびに、賊たちは首を竦めて怯えていた。
ともかく証言が取れたので賊たちの身柄と処分は騎士たちに任せることにして、タクミたちは王子の招きに応えて一緒に王都を目指している。
馬車の中ではミハイル王子が様々な可能性に頭を巡らせている。自分の夢の実現に向けて何から具体化していけばよいのかあまりに幅が広すぎて手の付け所に悩んでいる。
思えば日本にいた頃も病弱で学校に通っている期間よりも入院している期間の方が長かったような気がする。高校の卒業式を目前に闘病の甲斐なく死を迎えたが、転生して新たなチャンスを掴んだと思った。
だが、そこでも待ち受けていたのは病弱な体・・・・・・自分は結局この運命から逃れられないのかと絶望した事もあった。
しかし今ならわかる。この世界に転生してずっと病に苦しんでいたのは、あの人たちと巡り会うためだったのだ。彼にはそれが神様が与えた試練のようにも思える。その試練を乗り越えた先に自分の運命が必ず開けると今なら心から思える。
「おっといけない」
「殿下、どうかなさいましたか?」
思わず口から漏れた言葉に向かいの席に座るメイドが慌てて声をかける。
ミハイルは苦笑しながら『なんでもない、ちょっと考え事をしていた』と答える。それを聞いて安心したのかメイドは何も言わなかった。王子が考えに浸るのはいつもの事なので彼女もその邪魔をしないようにしている。
自分の思考がいつの間にか脱線していた事に気がついた王子は再び夢の実現に向けたアイデアを練り始めた。
王都までは途中で2泊の道のりで、今はその2泊目の野営に入っている。今夜はタクミたちの夕食に王子を招待しての晩餐の最中だ。昨晩王子に招待されたお礼で、彼のほかに世話係のメイドも同席している。
岬が用意した夕食はどれもこの世界では目にしたことがないメニューばかりで、メイドはその素晴らしい料理の数々にぜひレシピを教えて欲しいと岬と話をしながら盛んにメモを取っている。
タクミたちはここに来てからの食事は基本的にこの世界に合わせているが、時には誰かがリクエストして日本で食べていたメニューになることがある。そして今日は王子のために全て和食が並ぶ。
ホカホカの白いご飯に味噌汁と海老や野菜の天ぷら、玉子焼き、肉じゃが等々・・・・・・懐かしい日本の味に王子は目を輝かせていた。普段食が細くて頭を悩ませている王子がこれほどの食欲を見せることに発奮したメイドは、これらの料理を絶対に再現すると力強く宣言する。
米や味噌はこの世界で手に入らないので空のお取り寄せ機能でタクミたちは入手しているが、王子のために少し分けてあげる事を約束する。
食後、王子はタクミたちが寝泊りしているシェルターに興味を持った。女子たちが『シャワーが使いたい』『ゆっくりベッドで寝たい』とうるさいので、周囲にこの世界の人間がいてももう平気で収納から取り出して使用している。
已む無くタクミは王子一人だけ自分のシェルターに招き入れる。中に入ってすぐに彼は日本の製品とは違う材質や技術が使用されていることに気が付く。
「これはいったいどこで作られたものですか?」
好奇心から王子は質問するが、タクミは教えてよいものか頭を悩ます。
「ああこれは私たちの星で作られたものですよ」
ところが横にいた春名がペロッと事実をぶちまけてしまった。彼女はタクミが王子をシェルターに招待したので全部話をしてもよいと拡大解釈をしていた。
鋭い王子のことだ、もう何か感づいているだろうと思ってタクミが彼を見る。
「星というからには、地球の事ではないですよね」
予想通りに王子はにっこりとして春名にさらに質問をする。すでに彼には春名の方がタクミよりもガードが甘いと見抜かれているので、今更彼女を口止めしてももう遅かった。仮にここで話を誤魔化しても春名の事だ、どこかでボロを出すに決まっている。
「そうですよ! 私たちはたまたま地球に留学していたんですが、突然この世界に召喚されたんです」
あっけらかんと言い放つ春名。その『言ってやったぜ!』みたいな表情を見てタクミは諦めて全て王子に白状する。
「ええ! 本当に宇宙から来たんですか!!」
さすがの王子も地球ではSFの中にしか存在しない異星人を見て平常心ではいられない。『すごいものを見てしまった!』という表情をしている。
「でも日本人だってこの世界の人から見たら異星人だよ!」
そのやり取りをベッドの上に寝転んで黙って聞いていた圭子が横から口を出す。これは紀絵が初めてタクミたちの正体を知った時に彼女を簡単に納得させた一言だ。
「ああそう言えばそうでした」
圭子の言葉は驚いている王子に対して効果覿面だった。さすが元日本人だけあって理解が早くて助かる。
彼女の言葉を聞いて何か考え込んでいるミハイルが改めて口を開く。
「やっとひとついいアイデアが浮かびました! この世界の人たちに宇宙や星の成り立ちを教えたいと思います」
頬を紅潮させてその考えを語りだす王子、もう彼の思考はその事でいっぱいになっている。
「いきなり天文学というのはレベルが高すぎる」
圭子の隣に寝っ転がっている美智香が彼女らしい意見を述べる。その通り自然科学すら満足に発達していないこの世界でいきなり宇宙の成り立ちを教えても荒唐無稽な話として馬鹿にされるのがオチだ。
「ですからそれを子供たちでもわかりやすいように童話の絵本にするんですよ! 日本にちょうどいい物語があるじゃないですか!!」
王子の鼻息が荒い、彼は夢中になってその意義を話し出す。だがタクミたちは揃って岬を見つめる。何しろその話には彼女の祖先が絡んでいる事なのだから。
「よろしいのではないでしょうか」
岬は意を決したように賛成を表明した。現在彼女が抱える問題とこの事はまるっきり別と割り切りが出来ている。
「王子、彼女は月世界からやって来た。その祖先はその物語の実際のモデルらしい」
ミハイルはそのスケールの大きな話に思わず岬の方を見る。そして心の中で絶対彼女をこの物語の主人公にしようと決めていた。
次回は王都に到着するお話になります。投稿は土曜日の予定です。感想、評価、ブックマークお待ちしています。