57 秘密
しばらく岬が話の中心になります。
宿で夕食をとって女子たちは全員風呂に行っている。
タクミは一人部屋に取り残されベッドに寝転んだまま、なんとなく今日の出来事を思い出していた。
嬉々とした表情で大勢の兵士を一瞬で殺してしまった岬とその彼女になぜか同調する様子の他の女子、まあ圭子は元々好戦的なのでわからなくはないが。
彼女たちの様子がどうも腑に落ちないタクミはいったいこの世界に来て岬を含む彼女たちに何が起こっているのかを考えている。
翻って自分自身はどうかというと、日本にいる頃と特に変わった事は無いような気がする。個人としても惑星調査員としても、規則から外れた行動はしていないと言える。
では自分以外の彼女たちはどうなのか・・・・・・もちろん春名や岬は民間人なのでタクミのように規則に縛られることは無いが、それでも銀河連邦法や道徳的にどうなのかといった問題が起きてくるはずだ。
いくら女子の感情に鈍感なタクミでも今回の事は個人の倫理観に関わってくる問題だけに、女性だから考え方が違うという事では片付けられない。
「わからない事は考えても無駄か」
そう一言つぶやいてベッドに寝転んだまま目を閉じるタクミ、だがその心の中はモヤモヤしたものが一向に晴れることが無かった。
目を閉じたまま身じろぎしないタクミだが、不意にドアをノックする音で体を起こす。ドアを開けるとそこには岬が立っていた。
風呂から出てきた彼女は普段ならその白い肌がややピンク色に染まっているのだが、今日はなぜかその顔がやや青白くタクミの目に映る。
「お邪魔します」
そう一言口にして岬はベッドに腰を下ろし、何か思いつめた表情をする。おっとりとした性格の彼女がそんな表情をすることは珍しいので、タクミは声をかけずに彼女が何か言い出すのを待った。
「ご主人様、大事なお話があります」
その彼女の言葉に何か容易でないことを感じたタクミは真剣な表情で頷く。
「長い話になるので最後まで聞いてください。私たちの種族と私自身にに関わる事です」
重い口を開く岬、その表情は依然固いままだ。
「私たちの元々いた惑星は遥かな昔に滅びました・・・・・・・・・・・・」
岬の話の内容は大体次の通りだ。
彼女たちの星はおよそ1万年前に滅亡を迎えた。その原因はその惑星の住人たちの精神構造に起因する。
彼らは銀河でも名だたる戦闘民族であったが、強い力を求めるあまりに自らの遺伝子に手を加えすぎた。
その結果強くなり過ぎた代償にその精神構造に大きな問題を抱える結果となった。要は暴れて手がつけられない者たちで惑星中が溢れ返ってしまった。
銀河連邦は慌てて彼らを隔離して、その移動を宇宙船ごと破壊するという手荒な方法で阻止した。その結果外に向かうべき力を持て余した強者たちが惑星の中で争うようになり、その争いの中で滅亡していった。
その時に母星の外にいた者たちは連邦政府の元でそれぞれの惑星で隔離されて、遺伝子検査の結果危険の無い者だけが月に移住をすることになった。
彼らは銀河連邦の監視下に長い年月置かれていたが、移住後千年を過ぎた頃に危険が無いと判断され自由な行き来を認められることとなる。
だが遺伝子検査上は問題なかったとはいえ、長い年月の間にその組み合わせの中から稀に危険な因子を持つ者が現れることがある。
その者は必ず連邦政府に報告されて厳重な拘束を受ける事となっていた。
そして初めて魔族を手にかけた日、岬は暴力の快感に震える自分を知った。彼女の中に眠っていた恐ろしい何かが目を覚ました・・・・・・そんな感覚を感じていた。
そして今ではにこやかに笑いながら人の命を奪う事が出来るようになっている。
「ご主人様が私の事を知ったらどう思われるのか恐ろしくて、今までお話しすることが出来ませんでした」
岬は申し訳なさそうに頭を下げる。彼女はタクミにどう思われるだろうという気持ちと、連邦の係官であるタクミには彼女の存在を政府に通告する義務があって、その事でタクミを悩ませはしないかという恐れで今まで話が出来なかった。
「そんな話は知らなかった。一体そのまま放って置くとどうなるんだ?」
彼女らの種族の隔離は連邦の上層部のみが把握している事と、ここ数百年彼女のような危険因子を持つ者が現れなかった事で、タクミの知るところではなかった。
彼は岬に生じている現象の行き着く先が一体どうなるのかその知識がない。
「このままでいくと、恐らく手の付けられない怪物に成り果てます」
岬は自分のことにも拘らず、きわめて事務的に今後の見通しを述べる。彼女の種族にはその恐ろしい秘密が伝承として語り継がれていた。
「心配するな、俺が何とかする」
タクミはまったく自信がなかったが、岬を安心させるために自身ありげに胸を張る。彼の頭脳は連邦に知られる前にこの問題を解決する方法をフル回転でサーチしていた。
だが、その言葉にも岬は悲しそうに首を振る。
「ご主人様、我々の伝承では一旦この因子が発動すると逃れる術は無いと言われております。ですからどうかお願いがございます」
岬は思いつめた表情でタクミの顔を正面から見据える。その瞳には薄っすらと涙を滲ませていた。
「今はまだこうしてお話が出来ますが、いずれ言葉も通じない怪物に成り果てるでしょう。ですからどうかその前にご主人様の手で私の命を絶ってください」
彼女は自らの命をタクミに委ねようとしている。だがタクミにはその決断が出来るわけなど無い。何も言葉を発しないまま、岬を見つめるタクミ。対する岬も無言で彼をまっすぐに見つめ返す。
「どうか、お願いします。私はご主人様の手にかかって死んでゆけるのなら、笑ってその時を迎えられます。そして最後のその瞬間まで、ご主人様への想いと感謝の気持ちを持ち続けることが出来ます」
必死の様子で頼み込む岬、だがタクミはその願いを叶えることに素直に頷くことは無かった。
「岬の気持ちはわかった。残された時間がどのくらいあるのかはわからないが、ギリギリまで解決の方法を探そう」
岬はタクミに自分の願いが聞き入れられなかったことに少し残念そうな表情をしているが、タクミは自分を見捨てるのではなく何とか一緒に生きていく道を探そうと言ってくれている事に心の中で感謝している。
そして、やはりタクミのことを愛して本当によかったと思える自分がいることに気がついた。
自分に対するタクミの気持ちにこたえるために、一日でも長く自らの体内に蠢く暴力と流血を求める欲求を押さえ込むことが自らの務めと自分に言い聞かせる。
「他の女子はこの事を知っているのか?」
タクミは彼女たちの様子がおかしい事に気が付いていたが、もしこの話を彼女たちが先に聞いていたのならば話が通じる。
「はい、一昨日皆さんにはお話いたしました。皆さんは私がご主人様に直接話した方がいいと言ってくれて、それを内緒にするためにあのような言動をとられていました」
やはりそうだった。普段あまり暴力的なことが苦手な春名までが、岬の話を隠すためにあのような言動をしていた。
「それならば早速明日、全員に協力を仰ごう。空もいるし、何かいい知恵が浮かぶかもしれない」
タクミはそれだけ告げると、岬を守るように抱きかかえてベッドに横たえる。彼女はタクミにされるままに横になってタクミを迎えた。
「ご主人様、もうひとつお願いがございます。こんな私のことをもしほんの少しでも好意を持ってくださっていましたら、どうか抱いてくださいませ」
その言葉にタクミは無言で頷く。ここで『いいのか?』などという無粋な言葉を発しないだけ彼は成長しているようだ。
いつまで正気を保てるかもわからない岬の必死の願いに、一人の男として最後まで彼女を守りきる決意を胸にタクミは頷いたのだった。
たとえそれが銀河連邦の規則に違反しても、彼女を守るために自らの命すら賭けることを決意した強い光がその瞳には宿っていた。
その晩、静かに二人は結ばれた。
もしかしてラスボス? といった岬の秘密が明らかになりました。果たして彼女の運命は・・・・・・
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