51 猫の宅配便
エルフの村から出たタクミたちは、岐路につきます。
エルフの村を出て狼人族の村を抜け、タクミたちは猫人族の村まで戻ってきた。
「お姉ちゃん!」
入り口をくぐる圭子の姿を見つけて、アミーが飛びついてくる。余程嬉しいのだろう、可愛い尻尾がブンブン左右に振られている。
「アミー、いい子にしてた?」
その小さな体を抱き上げて圭子が尋ねると彼女は頷く。その手には白いぬいぐるみがしっかりと抱きしめられていた。
「犬神様と一緒におねえちゃんが無事に帰ってくるようにお祈りしてた」
無邪気な表情で答えるアミーに圭子の表情が思わずほころぶ。『よしよし』と頭を撫でるとピョンと圭子の腕から飛び降りたアミーが手を引っ張って自分の家に案内した。
そうこうするうちに村人がその様子を聞きつけてタクミたちの元に集まってくる。だがよく見るとこの前よりも人数が減っていた。
事情を聞いてみると仕事に出かけているとの事だ。近くの森に木の実でも集めに行っているのかと思いながら、村人たちに一軒の家に案内される。
家の前ではアミーの両親がそろってタクミたちを出迎えてくれた。圭子は一足先に中に入っているそうだ。
リビングに通されてお茶が出される。そのお茶にどこかで飲んだ覚えがあると思って聞いたところ、エルフの森で取れるハーブティーだった。
話を聞いてみると、猫人族は街から乗ってきた馬車を利用して、森の中で流通業を始めたそうだ。
きっかけはタクミたちが彼らに渡したオークだった。20頭以上のオークを彼らだけでは消費できるわけがないので、狼人族の村に馬車に積んで運んだところ、あれもこれも運んでほしいという依頼が殺到して本格的に馬車の運行を始めた。
そのおかげでタクミたちがエルフの村に滞在していた1週間の間に『猫の宅配サービス』が発足した。
毎日1台ずつの馬車がこの村を出発して1週間かけて獣人たちの村を回って帰ってくる。猫人族だけでは手が回らないので他の村からも応援を得て運営しているそうだ。
おかげで村同士の交流や物流が盛んになって、どこの村からも感謝されている。狼人族や虎人族の若者が常に乗り込んで護衛に当たってくれるそうなので、魔物の脅威もない。
そのおかげできわめて原始的ながら、物流が生まれて獣人の森全体が賑わいを見せている。今までは村単位で自給自足をしていたのが、他所の村の産物が手軽に手に入るようになった。
そのおかげで今ここでエルフの森のハーブティーが飲める。アミーの父親ももちろん馬車の運行に参加しており、あさって出発する予定だ。
ゆくゆくは人の街との交易も始めたいと彼らは考えていた。衣服などは森では手に入らないので毛皮などと交換していたが、これからはもっと色々な産物を街に運ぶ事が出来るのだ。
これから先森の様子も変わっていくだろうと、アミーの父親は話していた。
彼の言う通り人との交流が深まれば森のあり方も変わってくるかもしれない。だがこの森の良い所は将来に渡って残してほしいものだとタクミは考えていた。
タクミたちは一晩猫人族の村で過ごした。彼らは恩人を精一杯歓待してくれた。村ごと攫われるという悲劇にあったが、タクミたちの手助けでこの村に戻り、そこから新たな一歩を踏み出そうとしている。
そんな彼らがこれからもこの森とともに幸せに過ごしてほしいと心からタクミは願った。
翌日タクミたちは出発する。村人は総出で彼らを見送った。手を振る人々の中にアミーも混ざっている。この前は泣いて駄々をこねたのだが、今は馬車があれば遠くに出掛けられる事がわかっている。
『大きくなったら自分も馬車に乗って街に行く』と昨夜圭子に話していた。そしていつかお姉ちゃんのような冒険者になるそうだ。
盛大な見送りを受けてタクミたちは猫人族の村を出発した。
残る4つの装置のありかについてエルフの長老に色々話を聞いたが、彼が知っているのは『マルコルヌスの火山』だけだった。
火山は隣の国にあって、森に来る途中の分岐した街道を北に進むらしい。そこでタクミたちは一旦ラフィーヌまで戻ってもう少し情報を仕入れてから隣国に向かうことにした。
帰路は順調で何のトラブルもなくラフィーヌに到着する。
ギルドで依頼完了の報告をしている時に、ギルドマスターのトーマスがタクミたちの前に現れた。
「すまないが俺の部屋まで来てくれ」
全員行っても仕方ないので女子たちは飲食コーナーで待つことにして、タクミ一人がギルドマスターに付いていく。
「猫人族の帰還の護衛ご苦労だった」
伯爵の指名依頼だったので、無事に完了したことにトーマスも一安心している。
「それにしてもかなり時間がかかったようだが、何かあったのか?」
猫人族の村まで往復するのであれば2週間ちょっとですむところ、タクミたちが3週間過ぎても戻らないので彼はヤキモキしていたのだ。
「ああ、村がオークの集落になりかけていたり、エルフの森に行ったりしていた」
タクミは装置の事は触れずに行き先のみを告げる。
「エルフの森だと! いったい何があったんだ?」
あまりに予想外の答えが返ってきたことにトーマスの声は大きくなる。と同時にこいつらの事だからそのぐらいの事は仕出かしてもおかしくはないかと、半分諦めた気持ちになった。
「街道を進んでいる所で魔族に襲われた。やつらの狙いがエルフの村だったからついでに片付けてきた」
その辺の通りを掃除でもしてきたかのように軽く告げるタクミの言葉にトーマスは耳を疑う。
「もう一度言ってくれ。今魔族と聞こえたような気がしたんだが・・・・・・」
信じられないことを聞いてしまったトーマスは『どうか聞き違いであってくれ』と願いながらタクミの目を見る。
「魔族を片付けてきたと言った」
『アチャー』といった表情で額に手を当てるトーマス、どうやら聞き違いではなかった。
「お前な! 魔族といったら1体出ただけでも騎士と魔法使いが100人掛りで何とか倒す相手だぞ! それを一体どうやって?」
トーマスは驚きの言葉を発したが、言い終わってから気が付いた。目の前にいるのはドラゴンゾンビやヒュドラを倒してダンジョンを攻略した怪物だったことを。
こいつらなら相手が魔族でも簡単に倒すことが出来ると納得するしかない。
「特にどうって事はなかった。いつも通りにやっただけだ」
タクミの言葉を聞いて『やはり化け物だ』という感想しか浮かばない。
「で、何体出たんだ?」
もう聞くのも嫌だが、一応仕事として聞かなければならない。
「街道では5体、エルフの森では12体だな。最後のやつは魔公爵とか言っていた」
「魔公爵だと!」
トーマスはタクミが口にした魔族の数もさることながら『魔公爵』というフレーズに唖然とした。
それは人間と魔族が数百年前に争っていた頃の伝説の存在、魔王に次ぐ強大な力を誇って数万の軍勢を簡単に蹴散らしたとんでもない相手だった。
『それをこいつらときたら・・・・・・その辺のゴブリンと同じような感覚で討伐しちまう・・・・・・こいつらと話をしていると、俺の感覚がおかしくなりそうだ』
トーマスは自分の神経が持ちますようにと神に祈った。それもかなり真剣に。
「とりあえず死体は回収している、見るか?」
タクミの言葉に頷くしかないトーマスだが、これ以上の責任を一人で負うには荷が重過ぎる。
「もちろん確認はするが、事が事だけに伯爵にも同席してもらう。日にちを連絡するから改めて来てくれ」
この際伯爵にも責任を分担してもらおうというトーマス、これが今彼に出来る精一杯の抵抗だった。
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