5 とんでもない事実
部屋に沈黙が流れる。
なぜか春名だけが期待でワクワクした目を向けているが、一体一人で何を考えているのだろう。
「実は俺と春名は地球人ではない」
「ふ-ん」(圭子)
「なんだ」(美智香)
「それだけ」(春名)
「すごいです」(岬)
タクミにとっては衝撃の告白のつもりだったのに、全員がきわめて薄いリアクションだった。新たにメンバーになった岬だけが僅かにタクミの予想の斜め下の反応をしたに過ぎなかった。
そして空はタクミの後ろに回りこんで、彼の全身をくまなくチェックしている。
「空、お前何やっているんだ?」
彼女の行動を不審に思ったタクミが尋ねた。自分の体の何を調べているのか見当が付かない。
「触手はどこ?」
「そんなものは付いていない!」
タクミの言葉に空は心から残念な表情をする。
「触手プレイができない・・・・・・」
彼女の言葉でタクミの全身の力が抜けた。空の腐女子振りを改めて見せ付けられた気分だ。
「タクミ君が私との大事な話だって言うから、てっきり婚約発表かと思ったのにがっかりです」
春名は春名でとんでもない思い違いをしている。少しは周囲の空気を読んでほしいものだ。
「俺がいつお前と婚約をしたんだ?」
タクミは春名のことが嫌いではないのだが、もし彼女と結婚でもしようものならあの恐ろしい彼女の父親を『お父さん』と呼ばなければならない事に腰が引けるのだ。
「だって6歳のときに約束したでしょう」
春名が頬を膨らませる。
「それはもう時効だ」
タクミの言葉にガックリとうな垂れる春名だったが、これはいつものことなので誰も気にしない。
「ところでなんでお前たちはそんなに反応が薄かったんだ?」
タクミが不思議に思ったことを聞いてみる。
「だって、春名と一緒にいれば言葉の端々にそんなのしょっちゅう漏れている事だし。それに私も同類だから」
ここで圭子が爆弾を放り込んだ。
「私はおじいちゃんの代の時に地球に移住してきたんだ。元々は白鳥座方面の星にいたらしいけど詳しいことは聞いていない」
今度はタクミが呆然としている。まさか地球に自分達以外に異星人がいるとは思っていなかったのだ。
「私は家族でいて座方面から地球に赴任中」
今度は美智香が大砲をぶっ放す。
これでパーティーで4人目の異星人が登場した。
「皆さんすごいです。それに比べると私なんか平凡です。ただの月世界人ですから」
岬がマグナムを弾倉が空になるまで撃ち込んだ。
「「「「ええーーーーーー!!!!」」」」
さすがにこれは全員気がついていなかった。
「盲点だった」(圭子)
「まさかもう一人いたとは!」(美智香)
「タレちゃんもお仲間だったんですね」(春名)
「ウサギがお餅をついてるの?」(空)
「・・・・・・」(タクミ)
こうなると全員の注目は俄然空に集まる。
「私は生粋の地球人」
みながほっと息を吐く。ようやくまともな地球人がいたのだ。本人の性格はまともとは言い難いが。
「でも、3000年後の未来から来ている」
「・・・・・・」(一同)
純粋な地球人の彼女がこの中で最もぶっ飛んでいた。
ようやく気を取り直したタクミが、ポケットからMCS端末を取り出す。
「みんなこれを知っているか?」
全員が頷いた。
圭子を除く4人がそれぞれの端末を取り出す。
彼女は移住者なので祖父は端末を持っているが、彼女個人の物はない。
「この世界に原始的なPNIシステムが存在することに気がついているか?」
圭子と春名を除く3人が頷いた。
端末を持っていない圭子はともかく、春名が気がついていないというのは少々問題ではないだろうか。
「俺は本星からなぜこの星にPNIシステムが存在するのか調査をしろと命じられた。協力してもらえないだろうか」
春名は何のことかわかっていないが、他の4人は頷いた。
「私たちの歴史ではこの時代以降にPNIが急激に発展した。私は元々その原因の調査をしている」
空が本来の目的を明かす。彼女の時代には地球もPNIネットワークに加盟しているそうだ。
美智香と岬はまだ本星と連絡が取れていないためすぐに判断ができないと言ったが、許可が下りれば協力することに問題はない。
「私は暴れられればそれでいい」
圭子はすでに本星と切り離された存在なので、好き勝手にできるらしい。
「8週間後には超光速通信ユニットが転送されてくるから、その後は本星と簡単に連絡が取れるだろう」
タクミの言葉で美智香と岬の表情が明るくなった、彼女達も連絡が取れない不安を抱えていたのだ。
その後は夕食をとってすでに皆ベッドに身を横たえている。
春名のベッドだけが空っぽになっているのは、彼女は明かりを消した途端にタクミの隣に潜り込んだためだ。
地球では彼女とタクミはワンルームマンションの隣同士で、毎晩春名はタクミの部屋にやって来ては彼を抱き枕にして熟睡するのが習慣になっている。
どうやら他の皆は眠りについたようだが、圭子だけはまだ寝付いていなかった。
昨日から今日にかけての出来事は彼女にとって考えることが多すぎて、頭が冴えて眠れなかった。
(そうじゃないかとは思っていたけど、やっぱりタクミと春名も異星人だったんだ)
ひとつ寝返りをうつ。
(てっきり春名とタクミはもう付き合っていると思ってたけど、あの様子だとそうでもないみたいだよね)
一人でとりとめのない思案にふける。
(なんでだろう? 昨日城に突入するあいつの後ろ姿が格好良く見えちゃったんだけど・・・・・・)
自分の頭の中で、昨日の出来事を再現する圭子。
(なんか今日はずっとあいつの姿ばっかり目で追っていたような気がする・・・・・・あいつが視界に入っていると安心するような)
彼女自身はまだ何も気がついていないのかもしれない。
(今もああやって自然にあいつの横で寝ている春名のことがなんだか羨ましい。どうしてだろう?)
圭子はこの年になるまで武術一辺倒の生活を送ってきた。もちろん恋などしたことがない。
だから彼女は自分の中に湧き上った初めての感情に戸惑っている。
(なんか調子狂っちゃうな・・・・・・ダメダメ! 私は武術に生きると決めたんだ!)
翌朝、タクミが目を覚ますと、美智香がテーブルで何か作業をしている。ステータスウィンドウと端末を接続して何かを打ち込んでいる様子だ。
「美智香、ずいぶん早いな! 朝から何を熱心にやっているんだ?」
美智香は声は聞こえているが、手を止めることはない。
「おはよう、今集中したいから声をかけないでほしい」
素気無い答えが返ってきたので、タクミは顔を洗いに行った。
そうこうするうちに春名以外のメンバーが起きだす。春名は人一倍熟睡するくせに朝が苦手だ。
「タクミおはよう! 着替えるから下で待っていて」
圭子の声がなぜか優しい。普段なら『この野郎ー、出て行きやがれ!』くらいが当たり前なのにどうしたことか。そう不審に思いながらタクミは階段を下りて食堂でメンバーが降りてくるのを待った。
「おまたせ!」
圭子が春名を脇に抱えながら降りてくる。彼女はまだ目を覚ましていないようだ。
そのあとに岬と空が続いてくるが、美智香の姿がない。
「美智香さんは手が離せないので、先に食べていてほしいそうです」
そう岬が告げるので一同は朝食をとり始める。
春名はまだ起きていないが、岬が口の前に食べ物を近付けるとパクリと食べる。その様子が面白くて女子たち3人掛りで彼女に朝食を食べさせた。
ここまで世話を焼かせるとは『令嬢』という職業は侮れない。
すべての朝食を食べさせてもらった頃にようやく目を覚ました春名は『私の朝ご飯はどこに行ったのでしょう?」と不思議な顔をしている。
『お前のほうがよっぽど不思議だろう!』と突っ込みたかったタクミだが、周囲が『ハルハルは可愛いな!」と盛り上がっていたので控えておいた。
5人が食事を終えた頃にようやく美智香が姿を現す。
「やっと終わった」
そう言って席に着くと配膳されてきた朝食を食べ始める。
「うまくいったのか?」
タクミが聞くと『お前は誰に聞いているんだ!』という顔をして美智香が答える。
「完璧」
彼女がそう言っているからには満足のいく出来なのだろう。一体何をプログラムしていたのかはわからなかったが。
「今日から冒険者として活動するんでしょう」
圭子が尋ねると女子は乗り気になっているようで全員が賛成した。
「じゃあ準備ができたらみんなでギルドに行こう!」
圭子の掛け声で女子一同が『おおー!』とこぶしを突き上げる。『なんだろこの結束は?』と不思議に思うタクミだった。
『着替えるから呼びに来るまで待っていろ』と言われていたので、タクミは一人で食堂に取り残されている。
「お待たせー!」
圭子を先頭に降りてくる4人、空はまだ部屋でモタモタしているが着替えは終わっているので大丈夫だそうだ。
「やっぱり私も令嬢らしくドレスを着たほうがいいのでは?」
春名がバカな事を言っているが、ここは聞き流しておこう。
圭子と春名は城で支給された服を着て、美智香はコスプレ用に常に収納にしまっておいた魔法使いのローブととんがり帽子を身に着けている。そして岬もなぜか春名がコスプレ用に持っていたメイド服を着ている。
タクミが部屋に戻ると空が座って待っていた。彼女は白い普通のワンピース姿ですっかり着替えを終えている。
「空は下に降りないのか?」
不思議に思ってタクミが聞く。
「筋肉鑑賞」
どうやらここでタクミの生着替えを見ているつもりだったらしい。とことん腐った聖女だ。
「このままの格好で出掛けるから着替えないぞ」
タクミがそう言うと『チッ』と言って彼女は出て行った。それを見送りながら装備を確認してタクミが下に降りる。
「さあ、ギルドに行ってみよう!」
「おおー!」
再び圭子の掛け声とともに出発する一同だった。