43 猫人族の村
ようやく村に到着です。前回の投稿ではたくさんのアクセスありがとうございました。またブックマークに登録していただいたことに感謝いたします。
馬車に乗って街道を進むタクミ達、モンテンサの街を出発してからベルミシェ、ダノンズの二つの街も何事もなく抜けて、現在は街道から外れて森の中の細い道を進んでいる。
猫人族の村まであと2日で到着の予定だ。
街道と違って森の中は迷いやすいので、先頭の馬車の手綱は猫人族の男性が握っている。
圭子はその隣で魔物に対して警戒をしていた。
「止めて!」
圭子の言葉で全ての馬車が停止する。息を殺して前方を見ていると藪の中から母子の狐に似た動物が出てきた。
「あれは魔物じゃないよ」
御者の男性の言葉で一気に緊張が緩む。
それにしてもここは小動物が多く、木の実や流れる川に住む魚などが豊富で豊かな森だ。
村人が食べる事には困らないと言っていたのも頷ける。
森に入ると1ヶ月以上離れていた我が家が近づいたことが嬉しくて、村人達の表情が生き生きとしてきた。
彼らはやはり森とともに生きてきた種族だとよくわかる。街で様々な物に触れて目を輝かせていたが、それでも森に対する愛着にははるかに及ばない。
少し開けた所で馬車を停めて小休止をすると村人たちは何処ともなく森に散ってゆく。そしてしばらくすると手にウサギや鳥、木の実などを抱えて戻ってくる。
目印の乏しい森にもかかわらず、彼らは場所を正確に把握して迷うことはない。
アミーも馬車の中でシロの隣に座って森の様々な話を岬や春名に語っていた。小さな彼女だが森の大切さを両親から言い聞かされており、そこで暮らす術をしっかりと身に着けている。
「お姉ちゃん達も森で暮らせばいいのに」
無邪気な言葉がその可愛らしい口から発せられる。それは同時に仲良くなったお姉さん達と離れたくないという気持ちの表れでもあった。
森を進むにつれてゴブリンなどの下級の魔物が出てくるが圭子が一人で簡単に蹴散らした。この森にはそれほど強力な魔物は出ないそうだ。
森の中で2泊野営をしていよいよ村が近づいてきた。
しかし、近づくにつれてオークが出現するようになってくる。村人にとってはこの森にいる最大の敵がオークで、彼らには対抗する術がなく姿を見かけたら逃げ出すしかなかった。
しかしそのオークも何頭いようが圭子の手で次々にねじ伏せられる。
「もう一息よ!」
圭子の声で再び馬車は進みだし、もう村の入り口に差し掛かるという所で思わぬ事態が発生した。
村人達が根こそぎ攫われて住む者がいなくなっている間に、村はいつの間にか住み着いたオークの集落になっていた。
「おうちがなくなっちゃう!」
アミーの悲しそうな声が馬車の中に響く。彼女は両親からオークの怖さをいやといううほど教え込まれており、村を占領しているその姿を見て泣きそうな顔をしていた。
それはアミーだけではなく村人全員に言える事でもあった。ようやく戻ってきた村なのにこのままでは村を捨てなければならない。
オーク達に見つからないように馬車を後退させて、全員が集まって相談をする。
村人達の多くはオークを恐れて『このまま村を捨てるべき』という意見だったが、圭子は胸をドンと叩いた。
「私達に任せなさい!」
村人達は彼女が頼もしい存在だと知っている。ここに来る途中でも何頭ものオークを簡単に倒してきた。
だが集落が出来ているとなると話が違う。50頭近くのオークに加えて、その上位種までいるかもしれないのだ。
だがアミーだけは圭子の事を信じた。
「お姉ちゃんならきっとオークをやっつけてくれる!」
大人達に向かって声を大にして小さな体でそう主張するアミー、圭子はその頭を撫でた。
「ここは今までのように村の人達は馬車の中に入って安全な所で見ていてほしい」
タクミのこの言葉が決め手となって、村人達は馬車の中に不安そうな顔をしながら入っていく。
「お姉ちゃん、頑張ってね!」
アミーも最後に馬車に乗り込みながら圭子にお願いと激励の混ざった言葉を投げかけた。
「よーし、一気に全滅させるよ!」
圭子の掛け声とともにタクミ、美智香、岬、紀絵の順番で集落に向かう。
馬車の中には春名と空が待機している、これはいつもの通りだ。
「どのくらいで終わるでしょうか?」
春名はこれから戦いが始まるというのに相変わらずののんびりとした口調で空に話しかける。
「26分とみた!」
空もまるで危機感がない。ダンジョンであの巨大なヒュドラさえ倒した彼らに任せておけば特に問題はないと考えている。
シロはオークの臭いを嗅ぎ付けたのか、尻尾を振ってヨダレを垂らしている。またご馳走にありつくつもりのようだ。
そしてオークの討伐は彼女達の予想通りに進んだ。
圭子の拳が唸りを上げる。
タクミのナイフとバールが次々に突き刺さる。
美智香の魔法が飛び出していく。
そして岬の凶悪ガーデニング用品が焼き尽くし、切り刻む。
紀絵はその後方で魔法による支援をする。
彼らの前にオークの群れは成す統べなく逃げ惑うばかりだった。
予想通りにオークジェネラルが3体いたが2体はタクミと圭子が瞬殺し、最後の1体は岬が手にした大剣で真っ二つになった。
「空ちゃん惜しい! 23分でした!!」
馬車の中からその戦いの様子を窺っていた春名の声が響く。
「少し余裕を見過ぎてしまった」
空は予想が外れて残念そうにしている。別に何も賭けているわけではないのだが。
タクミ達はオークの掃討を終えて馬車に戻ってくる。周辺が安全になったので空がシールドを解いて村人達も外に出る。
彼らはこんな短時間で村に溢れ返っていたオークが全滅したことに驚いているが、アミーだけは圭子の所に駆け寄って『さすがお姉ちゃん! すごいね!!』と大喜びだった。
圭子は可愛い妹に褒められて照れた表情だが、満更でもなさそうだ。
村の中に入ると家はかなり荒されており、片付けた上であちこち修理しないととても住める状態ではなかった。
幸い生活必需品を大量に馬車に積んでいるので、しばらくは馬車で生活しながら村の復興を行うことになった。
タクミ達もこのまま立ち去るのは忍びないので片づけを手伝うとともに、討伐したオークはタクミ達と村人で半々にすることを提案した。
村人達は『自分たちは何もしていない』と固辞したが、春名の『これは犬神様の思し召しです』という言葉で折れてこれを受け取ることになった。
ただ肝心のシロは倒れているオークに噛り付いて、そんな事はどこ吹く風といった様子だ。
とりあえずオークはタクミ達が手分けして収納にしまいこみ、場所を空けてから早速片付けに入る。
ここで岬は大変役立った。彼女は片付け上手な上に怪力の持ち主だ。村の男達が二人がかりで運び出す物を片手でヒョイヒョイ運ぶ。
女子達の中でもかなり小柄にもかかわらず、力仕事に精を出すその姿に村の男達はぜひ嫁に欲しいと思った。
どこの世界でも男性からの彼女の評価は全く変わらない。
対して春名は体力が半分になっているためほとんど何も出来ない。申し訳なさそうに皆が働くのを見ているしかなかった。
その傍らにはシロが寄り添って彼女を慰めるようにその手をペロペロ舐めている。
一日で片付けは終わってあとは家の修繕が残ったが、夕暮れが近いこともあってこの日はここまでになった。
村人がオークを1体解体して村の真ん中で焚き火を囲んでのバーベキュー大会が始まる。
ここまで色々あったものの、ようやく村に戻ったことで村人達の表情は明るい。口々にその喜びを言葉にして近くの者と肩を叩き合う。
そして彼らは代わる代わるタクミ達の所にやってきてはお礼を述べていく。
彼らはこの森とともに生きていく。多少村が荒されてもそんな事に挫けない逞しさを持っている。彼らは何世代もこうしてここで暮らしてきた。そしてそれが彼らの幸せであり、アミーをはじめとする次の世代に受け継がれていくことだ。
村の中心で赤々と燃える火を見つめながら、タクミはそんな事を考えていた。
次回の投稿は日曜日の予定です。たぶん村から出発して新たな展開が始まります。