42 恋物語
モンテンサの街の続きです。
空は弱りきっている病人に軽く回復魔法をかけた。
起き上がることが出来ないと薬を飲むことも出来ないので、最低限の体力を回復させたかったのだ。
回復魔法によって意識を取り戻した病人の体を娘に支えてもらってから、空は収納から違う薬を取り出す。
それをコップに移して、ゆっくりと飲ませるように娘に指示をする。
メルローゼがコップを受け取って母親の口に当てると、弱った体に薬が流れ込んでいく。
その効果は劇的だった。病で弱った体力こそ戻らないものの、すぐに顔色がよくなって苦しそうだった表情が穏やかになる。
「お母さん、大丈夫?」
まだ心配した口調でメルローゼが問いかけると母親はしっかりとした様子で答える。
「なんだかすごく具合が良くなって全然苦しくないわ」
それを聞いたメルローゼの目から涙が零れ落ちた。
「お母さん、良かった・・・・・・」
もうそれ以上は声にならない、二人で抱き合って涙にくれる。
空が飲ませたのは1200年後の抗ウイルス剤で、体内のウイルスを除去するとともに免疫力を劇的に高める効果がある。ほとんどの病気はこの薬を飲めば1時間ほどで治ってしまう優れものだった。
さらに空は高性能空気清浄機を取り出して室内の滅菌を終える。
「明日もう一度様子を見に来る」
空はそれだけ言い残して部屋を出ようとした。
「お待ちください、何かお礼をさせてください!」
慌てて娘が空を引き止めようとするが、彼女は振り返らずに外に出た。
外ではタクミが待っている。
「どうだった?」
まったく家の中で何が行われていたのかわからないタクミは、完全に仲間ハズレ状態だ。
「母親は結核を患っていた、もう少し遅かったら間に合わなかったかもしれない」
手当てが無事に終わったことを伝えるとともに、伝染の危険があるのでタクミを中に入れなかったことも空は説明した。
「結核か・・・・・・それならなんとかなるな」
この世界では不治の病でも、二人にとっては風邪と同じレベルの病気に過ぎない。
そのまま二人は宿に戻っていった。
翌日、タクミはギルドに向かうので、圭子を護衛にして空はメルローゼの家に向かう。
宿を出て広場を抜ける時に、アミーにアメを手渡してくれた老人が昨日と同じようにベンチに腰掛けているのを圭子が発見した。
「昨日はありがとうございました」
老人が足早に立ち去ったので、満足にお礼が言えなかった事もあって圭子は改めて頭を下げる。
「おや、昨日のお嬢さんか。あの可愛らしいお子さんは今日は一緒ではないのかい?」
病人の所に行くのでアミーは宿で岬が面倒を見ている。というよりも女子のおもちゃになっている。
「はい、今日はちょっと病気の人のお見舞いに行くので、あの子はお留守番です」
圭子は簡単に事情を説明した。隣にいる空もアミーがアメをもらった話を聞いているので、老人が誰なのかわかっている。
「そうかね・・・・・・丁度いい! ワシもその辺を散歩しようと思っていたところじゃ、良かったらお付き合い願えるかね?」
紳士的な物腰でナンパをしてくるこの老人、なかなか只者ではない。
「すぐそこですが、どうぞ」
圭子は特に何も考えずに承知した。空も別に構わないといった表情だ。
3人が目的の家に着くと、メルローゼがドアの外で待っていた。昨日お礼をしそびれたことを気にして彼女を待ち受けていたのだ。
「昨日は本当にありがとうございました」
空を発見した途端に駆け寄って深々と頭を下げる。
空と圭子は『いやいやそんなにしなくても・・・・・・』といった反応だったが、老人は目を見張ってメルローゼを見ている。
「失礼だがお嬢さん。名前を教えてもらえないかな?」
老人はメルローゼに話しかける。彼女はこの老人もてっきり空の知り合いだと思って、素直に返事をした。
「はい、私はメルローゼと申します」
その瞬間老人は彼女の手をとって懇願する。
「お嬢さん、あなたの母親は私の古い知り合いかもしれない。どうか一目でいいから会わせてもらえないか」
なんだか彼がこの場の中心になって、圭子と空は置いてきぼりになっている。
「はい、構いませんが・・・・・・皆さん狭いですが中にどうぞ」
ドアを開けて全員が中に入ると、昨日まで起き上がれないほど弱っていた母親がリビングの椅子に腰掛けていた。
「お母さん、まだ起き上がったらだめでしょう!」
メルローゼが注意するがその言葉はもはや母親の耳には入っていない。
彼女の視線は空の後から入ってきた老人の顔に釘付けになっている。
「メルロート様・・・・・・」
母親の口から思わずこぼれた言葉に一同は老人の方を振り返った。
「アゼリエ、やはりそなたであったか・・・・・・」
感無量といった表情で母親を見つめる老人。彼女も同じように見つめ返している。
娘のメルローゼを含めた3人は『えっ!』といった表情で二人を見ている。
「アゼリエ・・・・・・どれだけそなたのことを探したことか・・・・・・まさかこれほど近くにいたとは・・・・・・」
老人の声にはすでに涙が混ざっていた。母親も同じように大粒の涙をこぼしている。
メルローゼの母親アゼリエはかつて公爵家に仕えるメイドだった。そして、親子ほど年の離れた公爵と恋に落ちた。
当時の公爵はその地位を先代から受け継いだばかりで、また正妻とも折り合いが悪く非常にその地位が不安定な時期にアゼリエの妊娠が発覚した。
彼女はひたすらメルローテの事を考えて、誰にも告げずに親戚を頼ってこの街を出た。
それから18年の月日が流れ、ようやく再会した二人だった。
「アゼリエ、という事はこの娘が私の・・・・・・」
メルロートは娘と母親を交互に見ながら尋ねる。
「はい、メルローテ様の子供でございます。お父様のお名前をいただいてメルローゼと名付けました」
今度は娘の方がビックリしている。目の前に突然父親を名乗る人物が現れたのだから無理もない。
「メルローゼ、ご挨拶なさい。あなたのお父様ですよ」
母親に促されるままに『はじめまして』と挨拶をするが、その様子はどうもぎこちない。
「メルローゼ、私の娘よ! 今まで放っておいて申し訳なかった。どうかこの情けない父を許してくれ」
心の底から詫びたい気持ちで頭を下げるメルローテ、その姿に娘も自分の父親と認めざるを得ない様子だった。
「とりあえず病人の様子を診させてほしい」
ここで空の空気を読まない発言が飛び出る。ただこの言葉によって全員が母親の病気のことを思い出した。
空は彼女を奥の部屋に連れて行き、改めてその体をスキャンする。
幸いなことに胸にあった病巣はきれいに消えており、もう心配はなかった。
「大丈夫、ちゃんと治っている。あとは体力を回復させれば普通に暮らせる」
空の言葉に彼女は深々と頭を下げる。
「本当にありがとうございました。一時は死を覚悟しましたが、聖女様のおかげでこの通り元気になりました」
空はこの時どこで手に入れたかわからない修道服を着ていた。本人曰く『この方が雰囲気が出る』そうだ。
母親はその格好と彼女の力を目にして、たまたま『聖女様』と呼んだがそれは正解だった。もっとも空の中身は聖女とはかけ離れてドロドロしているが・・・・・・
空と母親が奥の部屋から出ると、昨日までの病気の様子を聞いたメルローテが頭を下げた。
「アゼリエの命を救ってもらい感謝する。私に何かお礼出来る事はないだろうか?」
だが空は素っ気ない態度でその申し出を断る。
「私達は何も受け取らないけど、ここは日当たりが悪くて健康に良くない。出来れば母娘のために環境の良い家を用意してほしい」
それだけ言い残して空は圭子とともに家を出た。
あとに残された3人・・・・・・
メルローテが切り出す。
「私はもう息子に家督を譲って小さな家に僅かな共の者と住んでいる。部屋にはまだ余裕があるからぜひ一緒に暮らしてほしい」
その申し出に顔を見合わせる母娘・・・・・・娘の方が切り出した。
「お母さんのためにぜひよろしくお願いします」
こうして長い間離れて暮らす事を余儀なくされた親子はこの先3人で仲良く暮らすことになった。
メルローゼはひいては王族の血を引く者だが、その事は誰にも知られないようにひっそりとこの街で幸せに暮らすことになる。
「それにしてもあの者達は一体何者であろうか?」
メルローテがつぶやくがそれは3人とも全く知らないことだった。
だが彼らは母親の病を治し親子を引き合わせた不思議な聖女達に、いつかきっと恩返しをすると心に誓うのだった。
次の投稿は金曜日の予定です。




