40 大地の風
キリのよい40話に到達です。一行の前に現れたのは果たして・・・・・・
待ち構えている圭子の前に二人の男が現れた。
飛び掛ろうとした圭子だが様子が違うことに気がついて、寸前で押し留まる。
「待ってくれ! 俺たちは怪しい者ではない。れっきとした冒険者だ」
ギルドカードを提示しながら、両手を挙げて敵意がないことを示す。
「冒険者がここで何しているわけ?」
彼らへの疑いを完全には解いていない圭子が尋ねる。
「魔物に襲われて仲間が怪我をして動けない。馬車に乗せて街まで運んでほしい、もちろん報酬は出す」
頼み込むように頭を下げる男、もう一人も同じように頭を下げている。
「ちょっと待って、おーいタクミ! こっちに来て!」
圭子は後方で警戒に当たっていたタクミを呼んで事情を説明した。
「あいにく、馬車は荷物と人でいっぱいだから乗せることは出来ない。だが、回復魔法を使える者がいるから、治療は出来るかもしれない」
圭子から話を聞いたタクミの答えだ。万一のことがあるので、一緒には連れて行けないという判断だった。
タクミ達も冒険者であって自分達の依頼を最優先に遂行することが当たり前で、他の事は無視しても構わない。
だが同じ冒険者としてここで彼らを見捨てるのは忍びないので、妥協案として導き出した答えだった。
「ありがたい、怪我人はこの先にいる。動けないから来てもらえるか?」
男は指で森の奥を指し示した。
タクミは馬車に戻って空を連れて男達と一緒にその場所に向かう。
森に50メートル程分け入った所に二人の男に見守られて、怪我人が寝かされていた。
「クリス、回復魔法が使える人を連れてきたぞ!」
寝かされている男は顔を上げようとするが、症状が重いのかわずかに顔をこちらに向けただけだった。
彼を見守っていた二人は期待に目を輝かせる。
「怪我をしたのはいつ?」
空が男に聞くと『おとといだ』という答えが返ってきた。
2日間動けない怪我人を守りながらこの場で助けを探していたということになる。
彼らは仲間を決して見捨てない仲のよいパーティーなのだろう。
「怪我の状態を調べるから少し待って」
空がクリスの体全体をスキャンしていく。
「わかった、右足の骨折と膝の靭帯損傷、あとはあちこち打撲と切り傷が少し」
彼女は正確に怪我の状態を把握した。
「治りそうか?」
心配そうに助けを呼びに来た男が尋ねる。どうやら彼がこのパーティーのリーダーらしい。
「少し時間がかかるけど大丈夫」
空が自信を持って答えると周囲にホッとした空気が流れる。
クリスに手をかざして魔力を流し始めると、彼の表情が落ち着きを見せる。
上半身の服をはだけさせているのは単に空の趣味だ。
右足の骨折が回復したことを確認してから、他の箇所の治療に移る。小さな傷は彼女が軽く手をかざすだけで消えていく。
その様子を見守りながら男達は驚愕していた。彼らも冒険者なので回復魔法を見たことはあるが、ここまで見事に怪我を治せる魔法は初めてだ。
さすが腐っていても聖女様の力恐るべし。
すっかり怪我が癒えたクリスはしきりに空に礼を言っているが、彼女から『水分を取って体力を回復させろ』といわれて今は水と消化のよさそうな物を口にしている。
「助かった、君たちに感謝する。俺達はCランクのパーティー『大地の風』、俺はリーダーのボールドだ」
タクミと空に手を伸ばして握手を求める。
「礼は必要ない、俺達もCランクの『エイリアン』、俺がタクミで彼女は空だ」
手を握り返してタクミが答える。
「そうか、同じランクだったのか。今回のことは街に戻ったらぜひ礼をさせてくれ。君達がいなかったら身動きが取れなかった」
笑顔でタクミに話しかける。彼はあと少しでリーダーとして非情な決断を下さなければならなかっただけに、喜びもひとしおだ。
「俺たちはこれから猫人族を村まで送っていく。街には長居しないからどうしてもというのなら今回は貸し一つという事でどうだろう」
ボールドはタクミの提案を喜んで受け入れた。
「君達が困っているときは俺たちが喜んで手を貸す。何かあったら必ず声をかけてくれ」
両者が肩を叩き合って合意した頃にはクリスはもう立ち上がるまでに回復していた。
このあと怪我をした経緯について聞いたところ、街道周辺では見たことがない大蛇に襲われたらしい。彼らは馬車で移動中だったが、馬車を放り出して逃げ出したそうだ。
大蛇は馬車を破壊して2頭の馬を一飲みにしてから森の中に消えていった。その時大蛇の尻尾に跳ね飛ばされたクリスが怪我を負ったらしい。
「君達も気をつけてくれ、あれはとてもではないが俺達のレベルで手を出せる魔物ではない」
ボールドは自分の経験を元にタクミに警告をするが、彼はタクミ達がダンジョンで大蛇を瞬殺したことなど知らない。
「ああ、気をつける」
こうして再会を約束してタクミと空は自分の馬車まで戻った。
一行はタクミと空が戻ってくるまで小休止を取っていた。猫人族の村人達は腰を伸ばしたり、日向ぼっこをしたり、目端の利く者は森に入って鳥を捕まえてきたり、思い思いに過ごしていた。
アミーは圭子の膝の上で少し眠そうにあくびをしている。
「どうだった?」
戻ってきたタクミに圭子が様子を尋ねる。一応心配はしていたようだ。
「聖女様の力で自力で街まで帰れるくらいに回復した」
タクミが答えるとその横で空が小さな胸を張ってドヤ顔をしている。
「そう、じゃあもう出発できるね」
圭子が出発の号令をかけると外でくつろいでいた猫人族達は馬車に乗り込む。
念のためタクミは圭子に大蛇の件を伝えておいた。もしこの先出会ったら無理しないで全員で対応することを確認して、最後尾の馬車に戻った。
馬車は遅れを取り戻そうとして、少しペースを上げて進む。
30分ほど進んだ所で圭子は前方に街道を塞ぐように木が倒れているのを発見した。
『まったくいつ倒れたのかしら? あれを退かさないと通れないじゃない!』
面倒だなと思いながら馬車を停めて降りて確認しようとした時に、その倒木が動いていることを発見した。
「木が倒れているんじゃない! もしかして例の大蛇?」
大木ほどの太い胴体が街道をゆっくりと横切っていく。その不気味さはダンジョンで倒した大蛇の比ではなかった。
馬車が停止したことでタクミが前方に駆けつける、圭子が指差す方を見るとちょうど尻尾の先が街道から森に入るところだった。
「間違いないな」
ここで倒しておかないといつまた襲われるかもしれない。仮に自分達は無事でも他の人達に被害が出ることも考えられる。
即座に討伐することに決定して後を追いかける。だが、その必要はなかった。
大蛇はタクミ達の気配を察知して、頭をこちらに向けている。
胴体の太さは1メートル弱、長さは30メートル近くはあるだろうか。
遅れて出てきた美智香がその頭に向けて迫雷撃を放つ。ダンジョンでは10メートル級のブラックアナコンダをこの魔法の一撃で仕留めた。
確かに美智香の魔法は大蛇に命中したが、多少怯ませただけで思ったほどの効果が見られない。
続けざまに10発お見舞いしたが、その前進を止めることは出来なかった。
どうやら電撃を鱗の表面から地面に流しているようで、効き目があまりないのはそのせいだ。
「とんでもない化け物ね」
美智香は呆れたようにつぶやくが大蛇はかなりの速度でこちらに向かっている。
「仕方ないな」
タクミが端末を操作してパワードスーツの展開を完了した。
「どうやって倒すつもりなの?」
圭子がヒュドラの時のようにレールキャノンの一撃で倒すのだろうと考えながら一応タクミに尋ねる。
「決まっているだろう、殴り倒す!」
タクミの口からとんでもない言葉が飛び出した。
彼はそのまま大蛇の前に躍り出ると頭に向けてブラスターガンを放つ。命中した弾丸は小爆発を起こして大蛇の顔から血が流れるが、小さな傷をつけただけだ。
だが大蛇はその衝撃で反射的に首を持ち上げた。タクミは一気に加速してその首元に回り込んで、左足で踏みつける。
パワードスーツの加重を限界まで高めて踏みつけたその一撃で大蛇の首元はグシャと潰れる。
足に力をこめて動きを制限してから、その頭を殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る!!
やがて太い胴体をくねらせてタクミの拘束から抜け出そうとしていた大蛇の動きが小さくなっていく。
「これで終わりだ」
再びパワードスーツの出力最大で放った右のコブシが大蛇の頭を貫いた。
周囲は流れ出した血で池のようになっており、返り血を浴びたタクミも血塗れだ。
「やったーー!」
圭子は大蛇を倒したことに大喜びだが、美智香はそのあまりの無残な光景にさすがに引いていた。
生体反応の消失を確認してタクミは足をどけて大蛇を収納にしまいこむ。
「どうしてヒュドラみたいに一撃で片付けなかったの?」
戻ってきたタクミに圭子が尋ねる。
「決まっているだろう、高く売れそうだからさ」
タクミは以前レールキャノンの試射でオーガを消滅させた時の事を覚えていた。あの時は『これじゃあ売れないじゃない!』と圭子に怒られた。
だからあえて殴り倒した。
「馬鹿じゃないの! そんな理由で危険を冒すんじゃないわよ!!」
再び圭子に怒られた。彼女はタクミを心配して怒ったのだが、タクミには彼女の真意が伝わっていない。
言いつけを守ったのにまた怒られて、その理不尽さに納得がいかないタクミだった。
読んでいただいてありがとうございました。次回の投稿は水曜日の予定です。
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