4 出発と冒険者ギルド
たくさんのブックマークと評価をいただき、ありがとうございました。
翌朝、準備を整えて城を出て行くタクミ達の姿とそれを見送る数名の男女がいる。
その中の一人で鈴村 恵がタクミの前に進み出た。
「剣崎君、うちのタレちゃんをどうかよろしくお願いします」
そういって深々と頭を下げる。
彼女は、昨日一人だけ城を出ることを希望した女子生徒、江原 岬が所属していたパーティーのリーダーだ。
まるで娘を嫁に出す父親のように、恵は『くれぐれもよろしく』と何度も頭を下げた。
彼女達は仲のよい友達だったが、岬の強い思いに負けた彼女のパーティーは快く送り出すことを決めたのだった。
ちなみに岬のニックネームの『タレちゃん』は、彼女の苗字に由来する。例のあの『タレ』のことだ。岬も友人達との別れを惜しんでいるが、すでにその気持ちは前に向かっている。
名残は尽きないがそういつまでも別れを惜しんではいられない。 見送る者に手を振られて、一行は城門をくぐって外に出た。
ちなみにこのあと体育会系男子のパーティーも出発をしたのだが誰も見送る者はいなかった。
「皆さん、改めて今日からよろしくお願いします」
昨日も挨拶はしたのだが、岬が再び頭を下げる。
「タレちゃん、そんな気を使わなくていいよ! 今日から仲間なんだから気楽にやってね」
圭子が明るい調子で、彼女に語りかける。
岬はやや控えめな性格で大人しいタイプだ。
しかし、休み時間には必ず黒板をきれいに消し、掃除の時間は細かいところまで気がついて丁寧に汚れを取ることで知られていた。
クラスの男子の間では『結婚したいランキング』ベスト3の常連で、ちょっと幼い顔立ちとそれにそぐわないクラス一の巨乳でもある。
「岬の職業はなんだ?」
タクミが問いかけると彼女は名前で呼ばれたことに顔を赤らめながら答える。
「はい、メイドです」
その答えにキョトンとする一同。
「ちなみにメイドって武器とか装備は何を使うの?」
あまり期待しないで圭子が尋ねる。
「ええとー、武器というか・・・・・・ お掃除道具とメイド服です」
『令嬢』に続いてまたもや非戦闘職が登場した。6人のパーティーのうち2人が非戦闘職で、さらに『聖女』の空は回復魔法は使えるのだが戦闘向きではない。
実質3人が戦いながら、残りの3人を守らなくてはならない厳しい状況だ。
「もう一度城に戻ることも考慮すべき」
美智香が冷静な意見を述べるが、春名が口を挟む。
「大丈夫ですよ、なんとかなります!」
脳内お花畑全開だ。一体何の根拠があってここまで楽観的な見通しを立てられるのか、小一時間説教してやりたい。
「とりあえずどこか拠点を決めてから、今後どうするかを話し合おう」
タクミが現実的な案を提示したので皆は賛成して、城下を歩いている人に聞いて宿屋が集まっている地区に向かう。だが王都だけあって宿屋の件数が多いもののどこも中々空き部屋が見つからず、7件目でようやく6人で一部屋が取れた。
美智香だけは男女が一緒に泊ることに難色を示したが、他に空きがないのでは止むを得ない。
部屋に入って荷物を置くと、どのベッドに寝るかという話になる。
「私はタクミ君のとなり!」
春名が早速自分の意見を主張する。さすが令嬢だけあってわがままだ。
彼女以外はどこでもいいという事だったので、タクミが窓側の端でそのとなりが春名。あとは適当ということになった。
「では今後の方針を話し合うぞ」
「おおーー!」
春名のテンションがやけに高い。戦闘力はゼロでもこれから冒険の旅が始まることを誰よりも期待している。
「やっぱりここは定番の冒険者ギルドに登録でしょ!」
圭子がまともな提案をするから驚きだ。この意見に厨二病3人が食いついた。
「やっぱり冒険者ですね!」(春名)
「すぐに出来るのは冒険者」(美智香)
「冒険者ギルド・・・・・・ムキムキの男達!」(空)
一人だけ目指している方向が違う者がいるが、いまさら気にしても仕方がない。
ちなみに岬は部屋の汚れが気になる所をきれいにして回っていた。気にしないようにしていてもどうしても目に付いてしまうのだ。
「ではそうするか、この国は出て行った方がいいと思うがどうだろう?」
タクミの提案に考え込む一同。
この国では『王や貴族が大勢の前で口にした約束事は必ず守る』という不文律があるのだが、果たしてそれがいつまで続くかという保証はない。
「そうね、この国は春名も怖い思いをしたし、あまり長く居ない方がいいでしょう」
またしても圭子がまともな事を口にするが、この意見に春名と美智香が頷いた。
「では冒険者をしながら国境を目指す事でいいな。正確な地理や周辺の情勢がわからないから、動き出すのはもっと情報を集めてからになるだろう」
タクミが意見をまとめたところでそろそろ昼食の時間になった。
「タレちゃん、ご飯食べに行くよ!」
その言葉にハッとして掃除の手を止める岬。つい夢中になって時間が経つのを忘れていた。
昼食をとったあとは冒険者ギルドに行くことにして、一階のホールに降りていく一行。
午後、彼らは冒険者ギルドの前に立っている。石造りの結構立派な建物だ。圭子を先頭に非戦闘員を間に挟んでタクミが最後尾で入っていく。これは移動の時の基本体制としてタクミが決めた。
間に挟まれた者の中で、空の目が妖しく輝いている。ギルドの中にいる冒険者の肉体を鑑賞しているのだろう。
岬はまたもや汚れが目立つ箇所をしきりにチェックしていたが、ここは公共の場であることがわかっているのか自重している。
空いているカウンターがあったので、タクミがそこで声をかける。
「冒険者登録をしたいのだが」
受付の女性は営業スマイルを浮かべて対応してくれる。
手続き自体は簡単に終わって彼らは晴れてFランクの冒険者になったが、今日は登録だけにしてギルドを出て行く。
「冒険者ギルドってもっと荒くれ者のイメージがあったのに、皆さん割と常識的な人ばかりでしたね」
春名がにこやかに話し出す。冒険者になった事がよほど嬉しいようだ。戦闘力はゼロだが。
「ハルハル、どうやらそうでもないから注意しておきなさい!」
圭子が声をひそめて春名に注意を促す。
「気がついていたか、さっきからつけられている。相手は約10人だ」
タクミがさらに具体的な危険を知らせる。
「どうする?」
美智香の短い問いの間にも、追跡者は距離を縮める。
その存在に気がついてからタクミはさりげなく人の居ない方にパーティーを誘導していた。もちろん圭子は彼の意図に気がついており、タクミの指示通りの道を進んでいった。
「私が前に出ようか?」
タクミに問いかける圭子、その拳にはいつの間にかブラスナックルが装着済みだ。だからそんな物で殴ると相手は大怪我ではすみませんよ!
「俺が後ろから援護するから相手が死なない程度にやってくれ、美智香は魔法は使わないでいい」
すでにその手にはデイザーガンが握られている。圭子以外の女子を壁際に寄せて、後ろも警戒しながらやってくる相手を待ち構えるタクミ。
「来たよ!」
圭子が告げるとタクミもそれに応えるように警告を強める。城の兵たちを簡単に無力か出来たので、それほど難しくはないだろうとは思うものの、敵のレベルも分からない内は警戒するに越した事はない。
「こちらからも来たようだ、まわりこんできたやつらが5人だ」
襲撃者達が角を曲がるとそこには彼らを待ち構えているタクミ達がいた。手にショートソードやナイフなど街中で取り回しやすい武器を持っている所を見ると、どうやらこういう荒事に手馴れた連中らしい。
「ヘッヘッヘッ! 悪いな、わざわざこんな人気のない所まで案内してもらって。お前達に恨みは無いが、金目の物と女はもらっていくぜ」
彼らはタクミ達がほぼ丸腰なので、組みやすい相手だと思ったのだろう。余裕の笑みを浮かべて近づいてくる。
『ドサ、ドサドサ』
だが彼らの思惑に反して声を上げる間も無くタクミと対面していた男達が倒れた。タクミは5回銃爪を引いただけだ。
「そりゃー!」
前の方では圭子が襲撃者に襲い掛かっていた。それはまさに小鹿の群れに肉食獣が飛び掛るような一方的な蹂躙劇だった。
彼女の一突きで一人が吹き飛び、一蹴りで二人が意識を刈り取られる。
二人残った連中は逃げ出そうとしたが、右の男はタクミに撃たれて左の男は圭子に後頭部を殴られて昏倒した。
手早く襲撃者を片付けてから、圭子がギルドに走って知らせに行く。この国の街の治安システムがどうなっているのか知らなかったが、取り敢えず場所が分かっている冒険者ギルドにしたのだ。
程なくしてからギルドの職員と警備兵が相次いでやって来た。ギルドの職員に聞いてみた所、男達は素行が悪くてギルドを除名になった者達で手配が行われていたそうだ。
報奨金の対象になると同時に依頼達成扱いにしてくれるそうで、ランクを上げる事になるだろうとも教えてくれた。
警備兵による簡単な取調べが行われてから宿に戻ると、さっそく圭子が口を開く。
「タクミ、そろそろ話してくれてもいいんじゃないかな」
これだけ何度も圭子に目撃されていては、いまさら隠しておけるものではない。タクミは覚悟を決めた。
「これから話す事は俺と春名に関わる重要な事だからよく聞いて欲しい」
一同は誰も口を開くことなく、タクミの次の言葉を待っていた。
読んでいただきありがとうございました。感想、評価、ブックマークをお寄せいただけると幸いです。
第5話の投稿は明日になります。