34 斜め上 いく荒くれ者
今回はタクミ達はあまり活躍しません。たまにはこういう事もありますよね。
「あそこのでっかいおうちだよ」
ギルドで落ち合ってからアミーの案内で彼女が捕まっていた場所に徒歩でやってきた一行。
「間違いない?」
圭子の言葉に力強く頷くアミー、どうやら間違いはなさそうだ。
「ここは、この街で一番の大商人オルシスの館だな。以前から悪い噂が絶えなくて俺も何とか尻尾を捕まえたかったが、これでようやくこいつらを叩き潰す口実が出来るわけだ」
伯爵はにんまりしている。ちなみに彼は冒険者時代の装備を身につけており、その手入れの行き届いた豪華な装備はひと目で優秀な冒険者だった事が窺える。その彼をもってしても、この地のダンジョンを攻略出来なかったそうで、この件が終わったらタクミ達からゆっくりとダンジョンの話を聞く約束を取り付けていた。貴族になった今でも、ダンジョンの話を聞くと冒険者時代の血が騒ぐらしい。
入り口は立派な門があって伯爵邸よりも豪華な造りだ。
「常々俺の家よりもデカイ事が気に入らなかったんだよな」
伯爵は門に向かって文句を言っている。
そして一行が門の正面までやってきたときに彼らを呼び止めるように声が掛かった。
「お前達何者だ、ここはオルシス様のお屋敷だ。約束が無い者は立ち去れ」
「うるせー!」
伯爵が鞘のままの剣で人相の悪い門番を殴りつけた。いきなりの事に唖然とする一同。伯爵はさらに反対側に立っていた門番を殴り倒す。
「圭子よりも手が早いな」
ようやくその光景から立ち直ったタクミが、そっと圭子に話しかける。
「いくらなんでも私はもう少し節度を持ち合わせているわ」
確かに彼女は昨日タクミのゴーサインまで待つ事が出来た。という事は現在この中でもっとも危険な存在は伯爵かもしれない。
『一体どこの暴れ○坊将軍だ!』という突っ込みのひとつも入れたいぐらいだ。
誰に断ることも無く伯爵を先頭に開いた門から中に入り込む。
「何者だー!」
騒ぎを聞きつけて近くの小屋から大勢のゴロツキ共が出てきた。だが彼らは伯爵の迫力に押されて一向に掛かってこない。ならばと伯爵は自ら踏み出してゴロツキを成敗し始める。
「圭子、いいのか? 全部伯爵が持っていくぞ!」
その姿を見ているだけの圭子にタクミが話しかけるが、彼女は首を振った。
「きっとストレスが溜まっているのよ。心行くまで発散させてあげましょう」
その圭子の目はなんと慈愛に満ちていることか! 彼女にはわかっていた『伯爵は自分と同類の人間だと』・・・・・・そしてそんな人間が暴れる機会を失ったらどうなるのか?
ゴロツキどもを次々に倒していく伯爵は笑っていた。彼はここ何年も感じたことの無い爽快な気分で笑っていた。貴族になって得た物と同時に失った物があった。それをたったひと時でも取り戻した嬉しさに笑っていた。
8人を倒したところで、今度は冒険者が現れる。彼らは正式な契約で館の警備に当たっている者達だ。その冒険者達に踏み込もうとする伯爵をさすがにトーマスが止めた。
伯爵を制して彼が前に出る。
「君達、私の顔は覚えているね」
トーマスの言葉に冒険者の一人がつぶやく。
「ギルドマスター・・・・・・」
自分の顔を知っている冒険者がいて心からよかったと胸を撫で下ろすトーマスだった。
「君達に命じる。ここに倒れている者達を逃げないように見張ること。それから館から誰も出さないようにしてくれ」
トーマスの言葉に頷く冒険者達、この場は彼らに任せておけば問題ない。
「あっちの建物!」
アミーが本館の脇にある小さな建物を指差す。
全員がその建物に踏み込むと、一階はガランとしていて何も無いところだった。
「そこの床を開けるの!」
彼女は必死で逃げ出したにもかかわらず、その建物の造りをよく覚えていた。
タクミが床に仕掛けがないか探すと、唯一置いてあるタンスに僅かにズラした跡がある。彼がズレている方向にタンスを動かすと、そこには地下に入っていく階段が出現した。
「安っぽい仕掛けだな」
呆れた口調でタクミがつぶやく。
そんな事はどうでもいいとばかりに、圭子が階段を駆け下りていった。階段の下からは『グァー!』という声が響いてくる。どうやら圭子が見張りを殴り飛ばしたのだろう。
タクミを先頭に階段を降りていくと案の定人相の悪い男が倒れていた。
狭い通路の両脇は地下牢になっていて、そこに家族単位で30人程の獣人が閉じ込められている。全員で手分けして助けに来たことを伝えるとともにアミーの両親を探す。
二人は最も奥の地下水が染み出る劣悪な牢に閉じ込められていた。さらにアミーを逃がしたことで見せしめのために暴力を振るわれたようで、力なく床に寝て声をかけても起き上がる様子がない。
すぐに手当ての必要を感じたタクミだが、それよりも岬のほうが先に動いた。牢の鍵に手をかけると、それを簡単に引きちぎって中に入り込む。
「空ちゃん、早く来てください!」
岬の呼びかけに空が急いで牢の中に入って、怪我がひどい父親から様子を見る。
アミーもいつの間にか中に入って『お父さん、お母さん』と心配そうに呼びかけているが、二人は僅かに眼を開いただけだった。
「紀絵ちゃんも来てください!」
彼女が回復魔法を使えることを聞いていたので岬が呼び込む。
まず空が父親の体をスキャンして、右腕、肋骨、鼻骨の骨折と腹腔内に出血が見られるので、内蔵の損傷がありそうだと見立てる。
それに合わせて紀絵は父親の胸に手を当てて魔力を流し込んだ。骨折箇所がつながると、父親は呼吸が楽になったようで、規則正しく胸が上下する。
紀絵はすべての魔力を注ぎ込む勢いで、骨折箇所を治していった。内臓に関しては空に任せるしかないが、それでも父親の容態はかなり安定した。
「お父さん」
アミーの呼びかけに今度はしっかりと眼を開けて、その姿を見て驚いていた。
「心配しなくて大丈夫ですよ、アミーちゃんと一緒に皆さんを助けに来ました」
アミーが捕まって連れ戻されたのではないかと心配しないように岬が話しかける。意味がわかったようで父親は小さく頷いた。
「のりちゃんありがとう。交代しよう」
母親の手当てが終わった空が父親の腹部に手をかざすと、次第に顔色が良くなってくる。5分ほどで両親とも体を起こせるようになっていた。
「ありがとうございまず。なんとお礼を言えばよいのでしょうか」
二人はアミーを抱きかかえて涙にむせぶ。
「もう少しだけ待ってくださいね、今から悪いやつをやっつけてきますから!」
岬がタクミに頷くと、彼は圭子を伴って階段を上る。
『ここからは親玉の確保だ』と勇んで本館に向かったところ、すでに中ではおっさん二人が大暴れをしていた。
「俺達出る幕無いんじゃないか?」
「外で見張りでもしていようか」
伯爵とギルドマスターは地下に獣人が監禁されている事を確認してすぐに本館に突入したらしい。
館内は呻き声を上げて倒れているゴロツキどもが大勢居る。よくもまあこの短時間にきれいに叩きのめしたものだと感心しながら、とりあえず二人は2階に上がった。
2階の廊下にも10人以上の男達が倒れている。そして東側の突き当りの部屋に伯爵とギルドマスターはいた。部屋の中にも何人か倒れていて、伯爵は剣を太った男の首元に突きつけている。
「オルシス、お前確か奴隷商人の資格は持っていなかったよな! 離れの地下に監禁されていた獣人は一体なんだ? 申し開きがあれば聞いてやるぞ」
『リアル暴れん○将軍』がそこに居た。
懸命に言い訳をするオルシスだが、領主直々に証拠を押さえているので何を言っても無駄だった。
「トーマス、すまないが冒険者を兵の詰め所まで使いにやって、警備兵を有りっ丈連れてきてもらえるか」
どうやら本格的なガサ入れを行うらしい。
「伯爵、保護した獣人はどうしましょうか?」
トーマスが質問したところ、伯爵はしばらく考えてから
「俺の館の離れに収容する。その方が事情を聞きやすい」
と答える。
その答えを聞いてトーマスはギルドの馬車を有りっ丈ここに持ってくるように指示を出すつもりらしい。
おっさん達二人が頑張っているのでもうここでやる事は無く、タクミと圭子は外に出ることにした。
丁度そこに岬が囚われていた獣人の村人を引き連れて外に出てくる。
彼らの首に巻かれていた隷属の首輪はすでに空が全て解除しており、弱っていた者も皆回復を終えている。
春名と美智香は冒険者達とともに、倒れているゴロツキの見張りをしていた。
その春名の元にアミーが駆け寄る。
「犬神様、私のお願いを聞いてくれてありがとうございました」
跪くアミーに尻尾を振って『キャンキャン』と声を出すシロ。
その声を聞きつけた獣人がシロの前に集まってきた。
「犬神様だ!」「本物の犬神様だぞ!」「犬神様のおかげで助かりました!」
彼ら全員がシロの前で跪いて口々にお礼を述べていた。
「シロちゃん、今回はお手柄でしたね」
春名はシロを抱きかかえて、優しくアミーに手渡す。
彼女は大喜びでそっとシロを抱きかかえた。まだ小さいアミーには少し重たかったかもしれないが、獣人にとって犬神を抱きかかえる事は大変な名誉だ。
彼女の両親は大喜びをしていた。
馬車に乗って伯爵低に向かう彼らを見送って、タクミ達は宿に引き返すのだった。
今回大暴れのオジサン達は後から話に関ってきます。(たぶん)覚えておいてください。
次回の投稿は日曜日の予定です。ブックマークありがとうございました。