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32 路地裏の出来事

もうしばらくラフィーヌの街のお話が続きます。

 タクミは岬と二人で出掛けるつもりだったが、昼食の時に圭子にバラされた結果『私も行く!』という声が相次いで結局全員で街に出掛けることになった。


 まずは冒険者ギルドに立ち寄って、ギルドマスターに腕のいい職人を紹介してもらう。


 彼が紹介した鍛冶屋はギルドから100メートルほど北に向かった所にある。


 石造りのどこにでもあるような建物で、唯一ドアに剣と槍の飾りが付いている事でかろうじて鍛冶屋だとわかる。


 まったく商売っ気のないその様子に若干の不安を覚えつつ思い切ってドアノブを握って中に入ると、とたんに酒臭い匂いが全員の鼻腔を包んだ。


 木造りのカウンターには昼間から酒に酔っているずんぐりとした男が座っている。


「なんでぇ お前ら何しにきやがった?!」


 男はタクミ達を一瞥すると、手にしたコップの酒をあおる。


「剣の握りを調整してもらいたい」


 タクミがやや不安を覚えつつもその男に用件を伝える。後ろにいる女子達は圭子以外は完全に腰が引けていた。


「そんなことは他所でやってもらえ!」


 全くやる気がない、この男が本当にこの店の店主だろうか?


「まあそう言わずに剣だけでも見てもらえないか。岬、出してくれ」


 岬は自分の収納から例の大剣を取り出して、ひょいとカウンターに置いた。


『ドスン』


 木製のカウンターに大きな音を立てて置かれた大剣、見ようによってはこれから解体される特大のマグロのようだ。


 剣を前にして男の目が変わった。隅から隅までじっくりと検分するその姿はどうやら本物の職人らしい。


「お前ら、この剣はそこらで売っている物じゃねえな! ダンジョンのドロップ品、それもかなり深い階層でないと手に入らない品だ」


 声が弾んでいる。一目でダンジョン産の品と見破るその目は曇っていない。


「これを一体誰が使うってんだ?」


 この中で男はタクミだけで、他は非力そうな女子達しかいない。だがこれを収納から取り出したメイドはこの剣を軽々と扱っていた。


「この子だ」


 タクミが岬を指差すとやはりかと頷く男。


「そうか、俺はドワーフのロンベルト。この鍛冶屋の店主だ。嬢ちゃん手を見せてみろ」


 おずおずと岬が開いた手を差し出す。


「ずいぶん華奢な手だな、それでこの剣を振り回すとはおもしれーじゃねーか!」


 彼は怪力メイドが気に入ったようだ。3日で出来ると請け負ってくれた。


「他にはねえのか?」


 店主の言葉に岬が再びおずおずと収納からハルバートを取り出す。


 長さが3メートル以上あって店の天井につっかえている。


「これを私の身長に合わせて欲しいんです」


 岬の身長は153センチしかない。そんな小さな体でハルバートを振るう方が間違っているような気がする。


「嬢ちゃん、剣と違って斧は長さを変えるとバランスが崩れるぞ」


 確かに店主の言う通りだが、岬は折れなかった。


「その辺は力技で何とかしますので2メートルくらいにしてください」


 そこまで言われては頷くしかない店主だった。


 両方合わせて1週間で出来ると約束して店を出た。


「ご主人様、ありがとうございました」


 店を出てから丁寧に頭を下げる岬。


「いや、礼には及ばないから頭を上げてくれ」


 その言葉ににっこりと微笑んで顔を上げる、彼女は実によい表情をしている。


「でもどうして急に武器を持とうと思ったんだ?」


 タクミが確かめるように問いかける。岬は非戦闘員とはいえ、食事の準備や身の回りの細かい事に気を配ってくれるパーテーには欠かせない存在だ。


「はい、ご主人様を守るのはメイドの務めかと思いまして」


 『愛が重たい』と心からタクミは思った。


 これは岬が嫌いとかそういう意味ではなくて、彼女の思いの応えられる男になれるかタクミに自信がなかったせいだ。


 この後は全員で街を見て回り、甘いものを食べたり、ちょっとした小物を選ぶのに付き合ったりしながら過ごして、宿に戻ろうということになった。




 楽しい時間を過ごして会話が弾む。そうやって皆で宿に向かって歩いていると、突然シロが『キャンキャン』吠え出して走り始める。


 ダンジョンでも如何なくその能力を発揮したシロは何かを嗅ぎ付けたようで、圭子を先頭にしてその後を付けていく。


 細い路地に入り込んでしばらく進んだ家と家の間でシロは立ち止まって、皆が到着するのを待っていた。


 一体どうしたのかと圭子がその場を覗き込むと、そこには小さな子供が倒れている。


「大変、助けなきゃ!」


 圭子は慌ててその子を抱え上げたが、子供は彼女が見たことがない姿をしていた。


 どうやら女の子のようだが、頭の上には猫の耳、お尻には可愛らしい尻尾が付いている。


「この子ってもしかしたら獣人?」


 腕に抱えた子供を後から到着したメンバーに見せながら圭子は尋ねる。


「シロちゃんが反応したところを見るとそのようですね。でもなんでこの子はこんなに苦しそうなんでしょうか?」


 春名の言葉通り、子供は額から脂汗を流して苦しんでいる。


「私に任せなさい」


 空が子供の前に出てその体をスキャンした。


「わかった、この子の首に付けられた『隷属の首輪』の魔力で苦痛が体中に広がっている。今首輪を解除するから少し時間がほしい」


 空は真剣な表情で首輪に込められた魔力を解析する。どうやら無理に壊したり外したりすると付けている者の命を奪う術式が込められているようで、空は慎重にならざるを得ない。


「これで大丈夫なはず!」


 ようやく解析を終えて解除の術式を首輪に流し込むと、嘘のように苦しんでいた子供の表情は落ち着きを取り戻した。


「この首輪って奴隷に付ける物でしょう。こんな小さな子供を奴隷にするなんて許せないわね!」


 圭子は憤慨している。彼女は日本で生まれたので、奴隷という存在がある事が信じられなかった。その他の面々も同じような気持ちだ。


 体力を消耗している子供に空が回復魔法をかけると意識を取り戻した。


 岬が収納から果物の果汁を取り出してゆっくりと飲ませてやると、空腹だったのか思いの外たくさん飲んだ。


 さらに甘いお菓子を手渡すと、ニッコリして小さな口で頬張る。


「可愛いですね」


 春名がシロと一緒に子供に近づくと、その表情が一変した。


「犬神様!」


 岬に抱かれている体を起こして地面に降りようとする。


 子供が動けるようになったので岬は地面に下ろすと、子供はシロに向かって跪いて祈った。


「犬神様、どうか私達を助けてください!」


 子供が言っている事が一体どういうことかわからない一同が話を聞きだそうとしている時、路地の向こうから『いたぞー!』と声が聞こえてきた。


 シロが唸り声を上げてそちらの方向を警戒している。


 タクミが振り向くとそこにはどう見ても人相の良くない男が5人ゆっくりとこちらに近づいて来る。


 横に立っている圭子はすでに臨戦態勢で目が釣り上がっていた。余程子供を奴隷にする事が許せないのだろう。


 タクミは彼女に『早まるなよ』と声を掛けるのが精一杯だった。


「おいお前ら、その子供を渡してもらおうか」


 嫌な笑いを浮かべた男の一人が要求してきた。


「この子をどうするつもりだ?」


 タクミは冷静に彼らの目的を聞き出そうとする。ここで彼が冷静に対応しないと、再び野獣を野に放つ結果になるので彼も必死だ。


「決まっているだろう、奴隷は売るもんだ! さっさとしないと力ずくで連れて行く。痛い目に会いたくなければそのガキを寄越しやがれ!」


 初めのうちはなるべく普通のものの言い方をしていた男も最後の方は地が出たのか、相手を脅す口調になっていた。


 岬が再び抱き上げた子供は怯えた表情で男達を見つめている。


「断ると言ったらどうするつもりだ?」


 再びタクミが問いかける。今度はかなり相手を挑発する口調になっていた。


「兄貴、こいつらやる気だぜ! それに後ろにいる女達は中々上玉だからこの場で浚っていっちまおう!」


 ギラ付いた目で後ろにいる春名達を見る男達。


「圭子、こいつら俺達に敵意を見せた。好きにしていいぞ!」


 タクミの言葉で裏路地に野獣が放たれた。


 圭子は一気に男達との距離を詰めると、全く彼らに捕らえられない速さで拳を叩き込んでいく。


 そこには一切の慈悲はなかった、ただひたすらに男達を追い詰めて拳を叩き込む。


 最初に殴られた男は2発まで耐えたが、次の男は1発で意識を失った。残る男達は腰の剣を抜いて彼女に襲いかかろうとするが、全く追いつけない。


 振るわれる剣をもろともせずに、圭子は男達の腹に顔面に拳を入れていく。


 あっという間に全員が地面に横たわっていたが、圭子はまだ怒りが収まらない様子で、倒れた男のわき腹を執拗に蹴っていた。


「そろそろいいだろう」


 タクミが恵子の肩に手を乗せる。


「しょうがないわね、この辺で勘弁してやるか」


 そう言って最後の一蹴りを男にくれてやってから、圭子とタクミは他のメンバーが待っている所に戻った。


「お姉ちゃん強い!」


 子供が目を見張って圭子を見ている。


「そう、ありがとう」


 子供の頭を軽く撫でて圭子は照れながら答える。


「よし、宿に戻るぞ! 詳しい話は後で聞こう」


 タクミの言葉で何事もなかったように宿に戻る一行だった。 

読んでいただいてありがとうございました。

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次回の投稿は木曜日の予定です。

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