31 ラフィーヌでの日常
今回は昼間のお話です。夜の話がお好きな方はあと2話ほどお待ちください。
ブックマークありがとうございました。
翌朝、昨日同様に寝不足顔で食堂に現れたタクミ達3人に先に来ていた4人の視線が飛ぶ。
岬はとても幸せそうな表情で朝食をとっているが、対照的に紀絵の方はうつむき加減で恥ずかしそうにしている。
このあと恐らく追及の手が及んでくる事に耐え切れるか自信がないのだ。
彼女は朝食もあまり進んでいない様子に、勘違いをした圭子がタクミを睨み付けてくる。
昨夜は半ば岬に唆されたかのように二人を相手に色々やらかしてしまったタクミは、ますます肩身が狭くなった事を感じながら黙って朝食を口にするしかなかった。
そして朝食が終わって圭子が何かを切り出そうとして瞬間、タクミはテーブルに額をこすりつけた。
「すまん、昨夜の件については俺がいないところで話をしてくれ。そうしてもらえないと俺の精神が持たない」
タクミは自分が逃げていることは自覚しているが、赤裸々に告白される自分が行った行為を平静に聞いていられるほど図太い神経を持ち合わせていなかった。
「ふ-ん・・・・・・まあいいわ。それでタクミはどうするの?」
何とかこの場を抜け出す許可が出たことに安堵しながら、タクミは圭子に答える。
「まだ買取の話がまとまっていないから、今日もギルドに行くことになっている」
これは決して言い訳ではなく、昨日ギルドマスターからなるべく早く来て欲しいと要請されていた。
何とか昨日のような修羅場に身を置くことを回避したタクミは、部屋に戻るなり装備を整えてギルドに向かう。
もう9時近いこともあり、早朝の喧騒が去ったギルド内は人影がまばらだ。
「タクミじゃないか! お前達もダンジョンに来ていたのか!!」
後ろを振り返ると体育会系パーティーの林勇造が立っていた。彼の他にも4人のパーティーメンバーがいる。
彼らは王都周辺でEランクになるまでホーンラビットやゴブリンを討伐しながら実力をつけて、この街に1週間前にやってきていた。
その頃にはタクミ達はダンジョンに入っていたので入れ違いで今まで会うことがなかった。
「元気そうだな、王都で会って以来か」
元気と体力が有り余っている事が取り柄のパーティーに当たり前の挨拶をしたタクミ、もう少し気の利いた事を言えば良かったと少し後悔する。
「ここに来たばかりか? 俺達は8階層までもぐって帰ってきたから、そこまでなら案内出来るぞ」
この世界の普通の冒険者は他人を出し抜くことしか考えていないと言われているが、勇造は日本にいる時から『器がでかい男』として知られていただけに言うことが違う。
『なぜこいつが女性にモテないのか?』タクミは不思議でしょうがないが、男の彼から見ても本当にいいやつだ。
「いや、実は俺達は2週間前にここに来て、もう少し深い所まで行ったから大丈夫だ」
さすがに『攻略しました』とは言えないので言葉を濁した。
「そうかすごいな! そういえば聞いたか? 500年ぶりにこのダンジョンを攻略したパーティーが現れたそうだぜ。どんなやつらだろうな?!」
最強の男を目指している勇造はそのパーティーに興味が尽きないようだが『まさか目の前にいますよ』とは言えないので適当に誤魔化す。
それにしても攻略者と認定されたのが昨日のことで、もう話が広まっていることにタクミは危うい気持ちを抱いた。
勇造達はドロップ品の買取で来たそうで、恐らく今回の買取でDランクに昇格して無制限にダンジョンにもぐる事が出来るCランクまであと一歩になるらしい。
見かけは脳筋集団だがなかなか堅実にやっているようだ。
買取が目的でやって来たことはタクミも同様だが、買取品の中身が大幅に違う。
彼らが買い取りカウンターに消えていくのを見届けてから、タクミはカウンター嬢にギルドマスターへの取次ぎを依頼した。
「待っていたよ」
案内されたギルドマスターの部屋でトーマスがタクミをにこやかに出迎える。
「だいぶ攻略者が出たことが広まっているようだが」
先ほどの勇造との会話で気になった事をタクミは質問した。
「ああ、パーティー名は伏せているが、ギルドは攻略者が出たことは公表せざるを得ないからな」
そんなこと当然だろうと言った表情でトーマスは答える。
「そうか、出来ればパーティーと個人の名前は今後も伏せておいてくれ」
タクミはこの世界の歴史に名を残すことよりも、なるべく平穏な生活を送ることを選んだ。もっと言えばタクミ達の目的のためには余り有名にならないほうが都合がよかった。
「そうか、君がそう言うのならこの件は伏せておくよ」
冒険者にとっては最大の名誉を彼は受け取る気はないらしいと判断したトーマスは、それ以上この件に関しては何も言わなかった。
「さて、買取の話だが」
結局この支部で買取り出来る限度までドロップアイテムを買うことで合意したが、問題はその選定に時間がかかるとの事だった。
ただ、彼の個人的な意向としては、金角銀角の角とヒュドラの鱗は絶対に買いたいと言っていた。これらは強力な武器や防具の材料になるので、確実に高値で売れること間違いなしの逸品だからだ。
しばらくはドロップ品の話が続いたが、一段落した頃にタクミが別の話題を切り出した。
「勇者達もここに来ているのか?」
紀絵が所属していたパーティーがダンジョンにいた事を考えればそれは誰でも気がつくことだが、改めて確認するに越したことはない。
「ああ、城から勇者様とその他のパーティーが5組来ている。そのうち1組は君達によって大怪我をして療養中だが、残りは順調に攻略を進めているそうだ」
言われてみればバカ5人を圭子がボコボコにしていたような気もするが、どうでもいい事なので無視をする。
勇者が来ている事はタクミにとって実に都合がいい展開だった。ダンジョンの攻略者が出た同じ時期に勇者がそこにいたならば、何も知らない人はどう思うか・・・・・・
これを他の街で匂わせるだけで、自分達への関心を彼らに向けられる・・・・・・そう考えているタクミの顔は完全に善良な高校生から逸脱していた。
「では期限は1週間でいいかね?」
買い取り品選定の期限のことだ。タクミは頷いた。
「その間は街の外での依頼でも受けながら過ごすとする」
ダンジョンにもぐるのはしばらく遠慮したいので、タクミは出来るだけ街の外に行くことを望んでいた。
宿に泊まっているとタクミ個人が毎日が大変になるだけでなく、紀絵が加わったことによる新たな戦闘形態の確認もしたかった。
「そうか、街の外にも魔物はいるので、君たちが活躍してくれると助かるよ」
そう言われて握手をすると、タクミは部屋を辞した。
タクミが宿に戻ると中庭から気合の入った声が聞こえてくる。恐らく圭子が鍛錬をしているのであろうと様子を見に行く。
圭子はいつものように型を中心に体を動かしていたのだが、その横で見慣れない人物が剣を振っている。
それも身長と同じぐらいの大剣を軽々と素振りするその人物は岬だった。
「ご主人様お帰りなさいませ」
彼女はタクミの姿を見つけると素振りの手を止めて駆け寄ってくる。
「岬、一体どういう風の吹き回しだ?」
メイドが大剣の素振りをしているあまりに不釣合いなその光景にタクミの口から疑問が飛び出る。
「あれ、タクミ知らなかったの? タレちゃんは剣道部員よ!」
圭子の言葉はタクミにとって初耳だった。家庭的な彼女にそんな一面があったとは。
「でもずっと補欠でしたから」
謙遜してうつむく岬。だが補欠だろうがレギュラーだろうが、あんな大剣を軽々振り回せるわけがない。
「その剣は一体どこから持ってきたんだ?」
どこかで見たような剣だがタクミは思い出せなかった。
「これはダンジョンのドロップ品です」
言われてみれば、牛頭の魔物が持っていたような気がする。
「ちょっと持たせてくれ」
面白半分で岬の剣を受け取ろうとするタクミだが、圭子が真剣な表情で注意する。
「タクミ気をつけないと怪我するよ!」
『刃物は気をつけないとな』と思いながらその剣を受け取った瞬間・・・・・・タクミは地面に落とした。
『ガシーン』
大きな音が響く。
「だから気をつけろって言ったじゃない!」
幸い誰も怪我はなかったが、どうやら圭子も持ってみて落としたようだ。
人並み以上に力があるタクミでさえも持ちきれなかった大剣・・・・・・その重さは150キロほどあった。
それを軽々と降っている岬に戦慄を覚えるタクミだった。
「ご主人様、お願いがあります。この剣の握りが私には大きいのでどこかで直せないでしょうか」
確かに3メートル近い大型の魔物が手にしていただけあって、柄の握りの部分も彼女の手には太かった。
「それじゃあ昼食のあとに街に行ってみるか」
タクミの言葉にぱっと花が咲いたように喜ぶ岬。
「よろしくお願いいたします、ご主人様」
そう言って一礼する。メイドとしてはその礼儀は譲れないのだろう。
だが彼女は気がついていない。今朝から人前でのタクミの呼び方が『ご主人様』になっていた。もうそれだけ遠慮がなくなってきたのだろうか。
そのやり取りを横で見ていた圭子は『ケッ!』という表情をしていた。
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