304 最終戦前夜 その2
ずいぶん間が開いてすみませんでした。今年初の投稿になります。今年もどうぞよろしくお願いします。
岬が恥らって真っ赤な顔をしたままでタクミの元を去ると、今度はそれとは入れ違いに美智香が現れる。
「タクミ、今時間は大丈夫?」
「ああ、パワードスーツの点検は終わっている」
いつものように素っ気ない口調の美智香だが、その表情は何か決心したような思いに満ちている。喜怒哀楽を表情に出さない美智香にしては本当に珍しい。
「今のうちにタクミに打ち明けたいことがある」
「俺に打ち明けたいこと?」
タクミの頭の上にいくつものクエスチョンマークが浮かび上がっている。この世界にやって来て長い間寝食を共にしてきた間柄だが、美智香から何かを打ち明けようというのは全く初めての事態だ。自分のことをあまり話したがらない美智香だったが、そこに如何なる心境の変化があったのかとタクミは興味を惹かれている。
「以前私は家族と地球に赴任している惑星調査員だと話した」
「ああ、それは良く覚えているぞ。あの時は数々の衝撃の告白が皆の口から飛び出して、一体どうなっているんだと俺が一番面食らったからな」
タクミは冒険者パーティー『エイリアン』が発足する直前の話し合いの場面を思い返している。タクミと春名が宇宙人だとカミングアウトしたのに、それを聞いた全員が『それで?』とか『ああやっぱりね』といったリアクションを返してきたあの日の出来事を懐かしむように思い出しているのだった。
「あの時は『家族でいて座方面から赴任している』と言ってそれ以上詳しい話をしなかった。だからその続きを話しておきたい」
「続きがあるのか?」
タクミの問い掛けに美智香はコクリと頷く。果たして美智香の口から何が語られようとしているのかタクミは発言を控えて待っている。
「私の母星はベネルディス星系と言えばわかるかもしれない」
「ベネルディス星系・・・・・・? ロッテルタのやり方に異議を唱えて平和的な星系間の結び付きを強めていこうと提唱している惑星だったな」
タクミは惑星調査員訓練校で学んだ知識を手繰って、ある意味では自分の母星に敵対する星系の名称を思い出す。多少時間が掛かったのはそのようなロッテルタと対立する星系がざっと数えて2ダースでは足りなかったからだ。銀河に数ある星系の中で明確にロッテルタのやり方に異議を唱えるいくつかの星系のうちの1つが美智香の出身であるベネルディス星系だった。
「私たちベネルディス人はロッテルタが地球の領有権を握るかどうかを巡る攻防が、銀河の最終的な支配権の行方を左右すると考えていた。だからこそロッテルタに地球の領有権を握らせない工作を行う必要があった」
「なるほど、確かに美智香の指摘どおり地球の豊富な資源を握る陣営は圧倒的に優位に立つな」
タクミは美智香が母星から地球に送り込まれていた理由をなんとなく把握した表情だ。それは自らの立場に置き換えればすぐに理解できる。ロッテルタ政府は侵略して支配する価値があるかどうかという調査のために方々の惑星に調査員を派遣している。美智香の家族が地球に送り込まれた理由もロッテルタと同様か、若しくはロッテルタの調査の妨害をすることだろうと容易に見当がつくのだ。
「私の最終的な使命はロッテルタの惑星調査員を殺害することだった」
「なるほどな、俺は美智香に命を狙われていたのか」
「さすがはタクミ、私に命を狙われていたと聞いても全く動揺していない」
「それはそうだろう。惑星調査員同士が赴任先の星でかち合うのは良くあることだし、当然そこではライバルを蹴落とそうとして激烈な暗闘があるのは周知の事実だ」
「タクミが飲み込みが良くて助かる。したがって私がタクミの身分を承知で近付いたのも、タクミとついでにロッテルタの王族である春名を殺害するのが目的だった」
ケロリとして恐ろしい事実を口にする美智香、だがその瞳には後悔や懺悔の気持ちは一切宿ってはいない。ただ自分に与えられた使命を全うしようとする1人の惑星調査員の目をしている。冷酷なまでに非情でその上過酷な訓練を受けた者だけが持ち得る暗殺者の暗鬱な瞳だ。友人として接していた春名すらも殺害の対象になっていたという事実にはさすがのタクミもドン引きしている。
「それで今はどうなっているんだ?」
「タクミが地球を離れてこの世界に召喚された時点で最初の指令は解除されて新たな指令が下った。ベネルディス政府はこの惑星に秘匿されているPNIシステムの存在を重く見て、装置を入手次第タクミと春名を殺害しろという指令を下した」
「ずいぶん物騒な話だな」
「これが銀河の覇権を巡る各惑星政府の裏側での駆け引きの一端。でも結局はタクミがロッテルタに反旗を翻した時点でこの指令も無効になった」
「まだわからないぞ。俺が反乱したフリをしているだけで、本当はロッテルタに忠誠を誓っているかもしれないんだからな」
「それはない。人の目は誤魔化せてもステータスは誤魔化せない。もしタクミが実はまだ心の中でロッテルタに忠誠を誓っているとしたら、それは私の見る目がなかったと思って諦めるしかない」
「そうか、信用してもらえるんだな。俺は自分の体験や空の話を聞いて、やはりロッテルタの横暴は誰かが止めるべきだと思っている。たとえ故郷の人々から『裏切り者』と呼ばれても、俺は自分が信じた道を進むだけだ」
タクミの言葉に美智香は大きく頷く。どうやら魔王城を前にして反逆を決意した気持ちに変化がないか美智香は確かめたかったようだ。そしてタクミの今の気持ちを聞いて美智香の表情がほんの僅かに笑顔になっている。それは長く一緒に居る者にしか気が付かない程の僅かな変化だ。
だがタクミには理解できる。今までこの世界での旅で美智香の心の中には様々な葛藤があったのだと。それは他人には絶対に口にできない大きな使命を1人で抱え込んで、人知れず苦悩していたのだろうと容易に想像がつく話だった。
「やはりタクミは私が見込んだだけのことはある。明日が銀河の運命を左右する重大な日、その前にもう一度タクミの気持ちを確かめておきたかった」
「安心してくれ、俺も銀河にこれ以上征服者は必要ないと考えている。支配と被支配の歴史はもうおしまいにしたい」
「良かった、これで心置きなく戦える」
「ああ、美智香の力には俺も期待している」
どうやら話したかったことを全て話し終えて心の中のモヤモヤが吹き飛んだかのような表情で美智香は立ち上がろうとして、再び腰を下ろす。タクミはまだ何かあるんだろうかという表情に変わる。
「そ、その・・・・・・ 全て終わって銀河に本当の平和が訪れたら・・・・・・」
「平和が訪れたら?」
「もう1つだけタクミに聞いてほしいことがある」
「今は話せないのか?」
「全部終わってからがいい」
「そうか、その時にちゃんと話ができるように俺も忘れないようにしておく」
「タクミ、感謝する。それじゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
ポーカーフェイスの美智香にしては珍しくはにかんだ顔を残して去っていく後姿をタクミはしばらく見つめ続けるのだった。その小さな肩に銀河の運命を左右するような重大な使命を抱えて、それと同時に仲間に対する個人的な感情との間で揺れ動く気持ちを隠したままここまでやって来た1人の少女、その思いを無にしないように銀河に新たな秩序を生み出すことこそ、美智香に報いる最大の恩返しだとタクミは感じている。
美智香が去ってしばらくすると、シェルターの影から白いモコモコした物体がこちらの様子を伺っているのがタクミの視界に入ってくる。本人は隠れているつもりのようだが、着ぐるみ姿でモコモコと横に膨らんでいるシルエットがシェルターの陰からから大きくはみ出ているのだった。
「春名、何か用事があるのか?」
「えー! こっそりと隠れていたつもりだったのにタクミ君は何でそんなに勘が鋭いんですか?!」
勘も何もあれだけ物陰からはみ出ていたら誰でも気が付くだろう! と言うツッコミをグッと飲み込んでタクミは春名に手招きをすると、モコモコした物体は足早にタクミの隣にやって来てチョコンと腰掛ける。
「タクミ君、いよいよ魔王城までやって来ましたね」
「そうだな、ここまでの道のりは長かったけど、振り返ってみるとなんだかあっという間にやって来た感じだな」
「そうですね、楽しいことや苦しいことがいっぱいありましたけど、いよいよそれももうお仕舞いなんですね」
「できれば良い終わり方をしたいな」
「そうですね、物語はハッピーエンドが一番素晴らしいんです! だからみんなが幸せな未来を掴めるように私も頑張ります!」
「春名は戦闘には向いていないんだからそんなに無理をしなくて良いぞ」
「私だってやればできますよ! 力だって凄いんですからね!」
「そうだな、あれだけたくさん食べていれば力持ちになれるな」
「タクミ君、私のことを馬鹿にしていませんか?」
春名はプーッと頬を膨らませている。食欲の件は年頃の女の子としては触れてほしくないようだ。そんな春名だが幼い頃からその性格を理解しているタクミからすれば拗ねた様子も可愛く映る。
「馬鹿になんかしていないぞ。春名は春名のままでいればいいんだ」
「えへへ、タクミ君はやっぱり優しいです!」
ちょっと持ち上げられるととたんにデレッとした表情に変わる春名、タクミからすると実に扱い易い。と言うか本当に単純な頭のつくりをしている。
「おい、春名! 急に寄りかかってくるな! さすがに着ぐるみ型パワードスーツを支えるほどのパワーは持っていないぞ!」
「あっ、すっかり忘れていました! 危うくタクミ君を押し潰すところでした!」
見掛けはモコモコの着ぐるみだが、本来はパワードスーツなのでそれなりの重量がある。うっかり体を預けてきた春名をギリギリで支えながらタクミは悲鳴を上げているのだった。
「相変わらず春名はウッカリしているな」
「そのおかげで小さな頃からずっとタクミ君のお世話になっています」
「直すつもりはないんだな」
「えっ、何をですか?」
春名からすれば子供の頃からタクミに対しておんぶに抱っこで頼り切っているのが当たり前の接し方だった。それがいまだに続いていることに対する問題意識など彼女には持ちようがなかった。これに関してはすでにタクミは諦めの境地に達しているのは言うまでもない。逆にこの世界にやって来て『令嬢』と言う職業を得たせいで、春名の甘える傾向がより顕著になっているのだった。
「タクミ君、私とタクミ君は本当に小さな頃からずっと一緒でしたね」
急に春名がちょっと俯いて話をしだす。どうやら彼女が今夜一番タクミに伝えておきたい話のようだ。タクミは春名に合わせてちょっとだけ表情を引き締めてその話に耳を傾ける。
「私はタクミ君と一緒にいる時が一番自分らしくいられます」
「そうだな、2人とも全く遠慮しないで素の自分でいられるな」
「はい、だから私はタクミ君と一緒にいられる時間が大好きなんです。もちろんタクミ君も本当に大好きですよ」
「ああ、俺も春名と一緒だ」
タクミは本音でしっかり答えている。エイリアンには他の女子も多数居て、殆どのメンバーが婚約者となっている現在でも、やはり小さな頃からずっと一緒だった春名が一番素のタクミの部分を曝け出せるのだった。
「ですから私がどんな行動をしてもタクミ君は私を信じてください」
「ああ、春名をちゃんと信じるさ」
「本当ですか! さすがは私のタクミ君です! 私たちは銀河中の星が全て無くなるまでずっと一緒ですよ!」
「ずいぶん長い期間だな。いいぞ、俺と春名はずっと一緒だ」
「タクミ君の言葉を聞いて安心できました。それではおやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そう言い残して春名はシェルターに戻っていく。そのモコモコの後姿を見送るタクミの脳裏には『こんなとりとめもない話をなぜわざわざしにきたのだろう?』という疑問だけが残るのだった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は来週末辺りを予定しています。
美智香の隠された事情がようやく明らかとなりました。今回のお話はエンディングに関してとっても重要な伏線が含まれていますので覚えておいてください。
今話のタイトルにあるようにこの物語の最後の戦いが近づいています。あと残り3~4話くらいでこの物語は終わりを迎える予定です。ここからラストスパート頑張っていきますので、皆さんどうぞ応援してください!