299 2人の魔王
予定よりも遅れて申し訳ありませんでした。299話の投稿です。今回はタイトルの通りタクミたちは登場しません。
タクミたちが氷に包まれた転移陣に到着する約3週間前に話は遡る。
「魔王様、ここからようやく魔王城にお戻りになれますな」
「ランデスベル、俺自身は魔王城に行くのは初めてだが、俺の中にいる魔王にとっては慣れ親しんだ場所というわけだな」
「その通りでございます。我々魔族は2千年ぶりに正統な主を城に迎えられます」
「それにしてもこの転移魔法陣で月まで行けるというのは中々信じられない話だな」
「何をおっしゃっているのですか! かつての魔王様はこの陣を利用して何度も我々の地からこの地に転移なさっておりましたぞ」
ランデスベルには『星間転移』という概念は考え付かないらしい。ただ単に『魔法の力で自分たちの世界とこちらを行き来する』という表面上の事象しか理解していなかった。目で見える場所なのだから魔法で行けるのは当たり前と思っているらしい。確かにこの世界の月は地球同様に肉眼で見えるのだ。その間に何十万キロという距離があっても見えるのだから渡れると信じていても仕方がない。
それに対して自身の魂が魔王と融合した本村修平はオチコボレの不良であっても地球の出身だ。月が地球とは別の天体で、その間には途方も無い距離が存在していることくらいは知っている。魔王の知識では何度も往復したのは事実だと理解していても、現代人の常識が不安に感じているのを否定できなかった。
「まあ今更どうこう言っても仕方が無いか。よし、魔王城に行くぞ!」
「幸いに魔力は十分に蓄えられております。このまま転移の術式を発動できますぞ」
「よし、始めるとするか」
修平とランデスベルは揃って魔法陣の中心に立つと、魔王の記憶を頼りにして転移の術式を発動する。修平が口にする呪文とともに六芒星の魔法陣が煌く光に包まれる。
そしてその光が消え去ると魔法陣から2人の姿は消えていた・・・・・・
「ここが魔王城か?」
「魔王様、しっかりなさいませ! ここは魔王城から離れた神殿の地下でございますぞ」
「ああ、そうだったか。どうも魔王の知識が別人の記憶のように感じてしまうな。言われてみれば確かに見覚えがある場所だ」
修平は石造りの魔法陣以外は何も無い部屋を見渡して頭を掻いている。転移陣があるのはランデスベルの言葉通り魔王城から離れた場所にあるユディウスの神殿の地下だった。
「魔王様、ここから魔王城まではこのランデスベルがご案内いたしますぞ」
「わかった、任せよう」
ランデスベルの先導に任せて修平は階段を登っていく。登りきった場所は魔族が信仰するユディウスの神を祭る祭壇の裏手に当たる場所だった。祭壇裏から出てきた2人を見て神に祈りを捧げていた神官や信者がギョッとした表情になる。
「こ、これはランデスベル様ではございませんか! 急にお姿を見せられて驚きましたぞ」
「我如きで驚くのは早いぞ! こちらのお方は新たな器を得られた魔王様に他ならない」
「な、なんですと!」
全員がランデスベルの言葉に目を見開いて驚いている。だが次の瞬間、彼らは揃って戸惑った表情を浮かべるのだった。
「ランデスベル様、魔王様は現在魔王城にいらっしゃいますが・・・・・・」
「そんな偽者の魔王ではないぞ! 古の時代に神にそのお体を滅ぼされた魔王様がこのたび復活されたのだ! 一同の者よ、魔王様に跪くがよいぞ」
新たにこの地に君臨する魔王が居る上に、肉体を復活して戻ってきた魔王が現れたと聞いて困惑した表情を浮かべながらも、その場に居る一同は跪いて臣下の礼をとる。
「魔王様、どうかこのものたちにお言葉を」
「えっ? 俺が何か言うのか?」
「みな魔王様の臣下の者たちでございますぞ」
「そ、そうか。どうもこういうのは苦手だな。まあいいか、お前たち出迎えご苦労だったな。俺様が魔王だ」
「ははーー」
魔王から直々に声を掛けられる機会など滅多に無い者たちは頭を垂れている。腑に落ちない点はあっても、魔公爵ランデスベルがそう言うのだからきっと真実なのだろうという気持ちで頭を下げている。
「これより魔王城に参る! 魔王様の凱旋なれば皆の者は付いて参れ!」
ランデスベルの言葉でその場に居る魔族たちは道を作って両者を通す。そのまま現れたばかりの魔王の後に従って魔王城までの行進が続く。街中を練り歩くその様子に通りがかりの魔族たちも面白半分に話を聞いて続々集まり、その数が見る見る膨れ上がっていく。
およそ千人の群集を率いて修平はランデスベルを先導にして魔王城の門の前に立っている。
「魔王様の凱旋である! 開門せよ!」
門の正面に立って大声で開門を要求する声に驚いた門番と衛兵が姿を見せると、ランデスベルは再度同じように要求する。
「偉大なる魔王様の凱旋であるぞ! 至急開門せよ!」
「そ、その・・・・・・ ランデスベル様、魔王様は城内にいらっしゃいますが、これは一体どのようなお話でしょうか?」
衛兵の長を務める男がランデスベルに尋ねている。彼らにとって『魔王』とは、現在城内に居る人物以外に考えられなかったのだ。その対応にランデスベルはイラついた表情になっている。
「貴様は古の魔王様のご恩を忘れたのか? あの偉大なお方が新たな器を得て戻ってこられたのだ。すぐに開門して城内に伝えよ!」
「し、しかし、ただいま城内にいらっしゃる魔王様のご許可を得ないとなりません」
「ふん、新たな魔王など構うものか! 門を開かぬのなら力尽くで押し通るぞ!」
「乱暴はお止めくださいませ! ただいま開きますのでお待ちください」
衛兵の隊長は魔公爵に凄まれては抗う術は待ち合わせていなかった。部下に命じて門を開くとともに、この事態を魔王城の内部に伝える伝令を走らせる。
「魔王様、お待たせいたしました。皆の者よ! 正統なる魔王城の主が戻ってまいられた! 凱歌を上げよ!」
「「「「魔王様、バンザーーイ!!」」」
「「「我らが主に祝福を!」」」
「「「魔王様のお慈悲に縋ります!」」」
腑に落ちない点はあっても集団心理で歓喜を上げる群集たちの声に見送られて、修平はランデスベルとともに魔王城に入城する。その後ろ姿はごくありきたりな服装にも拘らず、いざこうして魔王城に入ってみると魔王としての威厳に満ちていた。
「ま、魔王様! 大変でございます!」
こちらは魔王として召喚された須藤達夫が玉座に腰掛けている謁見の間、魔貴族の謁見を受けてヘキヘキした表情の達夫が投げ遣りな態度で返事をしている。そんな所に伝令役の衛兵が駆け込んでくる。
「魔王様、大変でございます! 古の魔王を名乗る者がランデスベル様に連れられて門前に現れました!」
息を切らせて報告する衛兵の言葉を聞きながら達夫の目が一瞬キラリと光る。
「ほう、面白い話だ。そいつをここに通してくれ」
その言葉に謁見の間に詰めている全員が息を呑む。もし姿を現したのが本当に魔王だとしたら、この場に2人の魔王が同時に現れることになる。長い間魔王が不在で寂れていた魔王城がようやく活気を取り戻してきたこの時期に、よもやもう一人魔王が現れるなど全員が全く想定していなかった事態だ。
「ま、魔王様! 大丈夫なのですか?! まさか魔王を名乗る者とこの場で対決などとは・・・・・・」
「安心しろ! 俺は魔王なんていう退屈な生活に飽き飽きしていたんだ。そいつが本当に魔王なら喜んでこの座を明け渡してやるぞ」
「魔王様、そ、それはなんとも・・・・・・」
「魔王様、どうかお考えを改めください!」
周囲が諌める声にも達夫は全く耳を貸さない。そもそも引き篭もりのゲーム廃人寸前の自分には魔王など荷が重過ぎるとわかっているのだった。この座を引き継いでもらえるなら、大喜びで明け渡してやりたい気分だ。
謁見の間が喧騒に包まれているその時に、ランデスベルが先導する修平が姿を現す。修平は玉座に腰掛けている達夫を一瞥して、乱暴な言葉を投げ掛ける。
「なんだテメーは! どこかで見たツラだな」
「そういう君もどこかで見た顔だよ。たぶん同じ学校に通っていたんだろうね」
「ランデスベル、こんな弱そうなヤツが魔王を名乗っていたのか?」
「その通りでございます。我はこの者が魔王で居る限り魔族に未来はないと思い、必死で古の魔王様の復活を願ったのでございます」
「なるほどな、それでテメーはどうするつもりなんだ?」
「魔王の座なんか喜んで明け渡すよ。僕が関心を持っているのは地球に戻る方法だけさ。帰ってゲームの続きがしたいんだよ」
そう言うと達夫はさっさと玉座から降りて謁見の間を出て行く。だが出掛けに振り向いて一言だけ残す。
「この城の離れのどこかを僕に使わせてほしいな。あとは君の好きにすればいいさ」
あまりにあっさりとした君主の交代に謁見の間全体がポカンとした様子に包まれている。修平自身も『何なら力尽くでも』と考えていただけに、相当に拍子抜けした気分だ。
「ささ、魔王様! どうぞ玉座にお着きくださいませ」
「ああ、そうだな」
なんだか微妙なムードを破ったのはランデスベルの一言だ。彼はこの瞬間を待ちかねたように破願して修平を玉座に誘う。そして修平はそれに応じるように段を登って玉座に腰を下ろす。
(ついにここに戻ってきたんだな)
それは修平自身の感慨ではない。修平の中に潜む魔王の心の声だ。だが今はそんなのはどちらでも構わなかった。
「魔王様、この場の皆にどうかお言葉を」
「そうだな、魔王らしく決めようか」
修平は玉座から謁見の間に集う全員を見渡す。その顔触れは殆どが魔王の記憶にある魔族の高官たちに間違いなかった。1人1人の顔を見ているうちに、修平の中に途轍もない懐かしいという感情が溢れてくる。
「皆の者よ、我は2千年の長い時を経てついにこの玉座に戻ってきた。長く苦労を掛けたな」
「魔王様、真の魔王様だ!」
「良くぞお戻りになられました! 我ら臣下一同この日を待ち望んでおりましたぞ!」
「おお懐かしや! その語り口こそ我らの魔王様に違いない。2千年間待ち望んでいた魔王様がついに戻られたのだ!」
「ランデスベルよ、そなたの魔王様に対する献身ぶりは見上げたものだ。さすがは魔公爵なり!」
「誠よ! 忠臣とはまさに貴公のような者に相応しい!」
自然に修平の口から漏れたたった一言で、そこに居るのは2千年前に神との戦いに敗れて姿を消した魔王だと誰もが理解した。魔族にとって2千年など長くはあっても、思い返してみればほんの一時の時間経過に過ぎない。真の主を迎えて魔王城は往年の繁栄が蘇ったかのような歓喜に包まれている。同時にランデスベルに対しても賛辞の嵐が飛んでいる。
だがその歓喜は魔王が発した言葉によってピタリと止んだ。
「皆の者よ! 魔王として告げる。この地に恐ろしい敵がやって来るであろう! その者たちは我を3回に渡って打ち負かした強大な力を持つ者たちだ。決して油断はできぬ相手と心に留めよ!」
シーンと静まり返った謁見の間では呼吸すら止まっているかのように誰も物音を立てない。魔王自身を3回も打ち破る相手とは一体どのような者なのか・・・・・・ もしや神が再び降臨したのか? という疑念が広間全体に広がっていく。
「皆に告げるぞ! あやつらは古の神よりもはるかに強き存在なり! 嵐を引き起こし、稲妻を操り、大地を引き裂く者ばかりだ。決して油断しないように迎え撃つ手筈を整えよ!」
「「「「「「はは、しかと承りました」」」」」」
一糸乱れぬ声が上がる。魔族たちはまだ見ぬ強敵に対して武者震いしながら迎え撃つ覚悟を決めるのだった。
その頃、離れの一角でベッドに寝転がりながら達夫は独り言を口にしている。
「あの見覚えがあるヤツが同じ学校の生徒だとしたら、やっぱりクラスの連中がこの世界に召喚されていると考えた方が良さそうだな。魔族たちの報告にも『とんでもない力を持った存在が居る』とか『勇者が現れた』なんて話もあったし、日本人が大勢がこの世界に居るなら誰か日本に戻る手掛かりを掴んでいるヤツが居るかもしれないな」
無気力な引き篭りではあっても達夫の勘はかなりいい線を突いている。タクミたちの正体を知らないので、具体的に彼自身がこれからどうこうしようという訳ではないが、なんだか少しだけ日本に戻れるという希望が見えてきた。
「寝転んでグダグダするのは慣れているからいいか。でもパソコンもゲーム機もないのがなんとも手持ち無沙汰だよな」
こうして達夫は日本に居た頃の懐かしい日々を思い起こすのだった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は今週末の予定ですが、また遅れたらゴメンナサイ。でも区切りの300話になるので、何とか予定通りに投稿したいと思っています。