296 氷原の構造物
お待たせしました、1週間ぶりの投稿の296話です。本当は水曜日に投稿しようと頑張っていましたが、仕事の忙しさに間に合わずに週末までずれ込みました。もうすぐ300話の節目を迎えるというのにこの体たらく。本当に申し訳ありません。
しばらくは大変申し訳ありませんが週末に1話ずつの投稿ペースにしたいと思います。余裕がある時には週の中頃にも臨時で投稿させていただきます。
お話の方はタイトルにあるように何やら発見する展開です。果たして辿り着けるのでしょうか・・・・・・
精霊族の街を飛び立った飛行艇はすでに北緯70度を越えて北に向かって飛行している。街が大体北緯50度近辺で、氷に閉ざされたかつての精霊族の本拠地が北緯56度だった。
地球で言えばすでに北極圏に入っているこの場所では冬が近い時期で昼間の時間が極端に短くなっている。おそらくまもなく一日中太陽が昇らない寒さに閉ざされる季節が始まりを迎えるのだろう。
「まもなく日が暮れそうだな。どこかに着陸できる場所があるといいんだが」
「雪と氷しかない大地が続いているから適当な場所がなかなか見つからない」
操縦桿を握るタクミの要請に応えようと空がモニターを食い入るように見つめているが、地上に降り立てる場所は見当たらない。空がこれだけ真剣に見るのはガチホモ本だけではなかった。
飛行艇は平らな地面には垂直着陸できるし穏やかな湖面があれば着水できるのだが、雪上と氷上は少々具合が悪かった。なぜなら垂直に着陸しようとすると下向きに噴射するジェットエンジンからの高温の排気で雪や氷を広範囲に溶かしてしまうし、普通の飛行機のように着陸しようにも決して雪上は整備されて真っ平らというわけではないからだ。最後の手段がない訳でもないが、全てを手動で操縦しなければならないので安全面を考慮するとなるべくなら避けたい。
そろそろ完全に日も暮れようかという時間に空が声を上げる。
「凍っていない湖面を発見した! 西に40マイル!」
「助かったな。西に向かうから誘導してくれ」
「了解した」
ほっとした表情のタクミ、副操縦席に座る美智香も同様の表情をしている。このままでは何も見えない真っ暗な大地に降り立つこともできず、一晩中付近を旋回する羽目に陥るところだった。
沈み掛ける夕日に向かって突っ込んでいくようにして飛行艇は湖水に無事に着陸をする。
「どうやらここは塩湖らしい。塩分濃度が高いせいで低温でも凍らずにいる」
岸辺付近には雪の白とは違う塩が結晶になって積もっている部分が広がっている。これだけの塩があればこの世界では巨万の富を得られるだろう。
「せっかくですからお塩をここで調達していきましょう」
食事担当の岬は岸辺にある塩の塊を次々と収納にしまいこんでいる。塩1キロで金貨1枚なので出費も馬鹿にならないのだ。さすがはしっかり者のメイドである。
その横では春名が指先に塩を一つまみ取って味見をしている。
「やっぱりしょっぱいですー! なんだか雪のように美味しそうに見えたのにー!」
「バカ春名は何をしているのよ! その辺に雪がいっぱいあるから口をすすいで来なさい!」
「ふえーー」
当然春名は顔をしかめて声を上げている。塩なんだからしょっぱいのは当たり前だろう。圭子に言われた通りに手ですくった白い塊を口に放り込む。
「ぶへーーー! これも塩でしたーーー!」
一見すると見分けがつかない雪と間違えて、大量の塩を口に放り込んだ模様だ。いくら食いしん坊でもこれには大ダメージを受けている。
「バカ春名は何をしているのよ! 手で触って冷たいのが雪でしょうが!」
「塩なのに冷たかったんですよー!」
「春名ちゃん、もういいからこの水で口をゆすいでください」
岬が手渡したコップの水で口をゆすいで春名はようやく生き返ったような表情になる。それとともに圭子に苦情を申し立てている。
「まったく圭子ちゃんのせいで余計に酷い目に遭いました。どこの世界に雪と塩を間違えて口に放り込むおバカさんが居るんですか!」
「いや、ここに居るし!」
「私は圭子ちゃんと違っておバカさんではありません! 圭子ちゃんにハメられたんです!」
「誰がバカだって!」
毎度お馴染み不毛な遣り取りが開始されようとしているのを見かねた美智香が止めに入る。
「2人とも止める。それよりも早くシェルターに入って温まるのが先!」
「美智香ちゃんの言うとおりです。圭子ちゃんのせいで余計な時間を食ってしまいました」
「バカ春名のせいでとんだ茶番を演じてしまったわ」
「2人とも『争いは同じレベルの人間の間でしか起こらない』という言葉を知っている?」
「私の方が圭子ちゃんよりも頭脳のレベルは高いですよ!」
「私の方が春名よりも戦闘レベルが高いわ!」
「「「「「戦闘レベルかい!」」」」
圭子にとっては『レベル=戦闘』だったので、ついこのような返しをしてしまった。どうやら鋼の神経の持ち主の彼女も周囲から総ツッコミを受けてようやく自分の失態に気がついたようだ。
「ふん、頭なんか付いていれば生きていけるのよ!」
「開き直ってる!」(美智香)
「さあさあタレちゃん、気分が良いので中に入って夕ご飯にしましょう! 何しろ圭子ちゃんは私よりも頭脳のレベルが低いと自分で認めましたからね」
「春名ちゃん、外は暗くなっていますがまだ3時ですからね!」
「それじゃあおやつの時間にしましょう!」
結局食べる方向に話を持っていく春名だった。そのやり取りを見ながら圭子は・・・・・・
「ぐぬぬぬぬ」
どうやら相当悔しそうな様子だが、自分の口から飛び出した言葉は今更取り消せなかった。仕方がなく悔しさを押し殺してシェルターに入っていく。
「タクミ様、相変わらず圭子さんと春名さんは仲が良いですね」
「ルノリアの目には2人は仲が良いと映っているのか?」
「はい、とっても仲良しです! 私もあんな風に言い合えるお友達がほしいです」
「そうか、そうだな。互いに好きなことを言い合えるのは仲がいい証拠だな」
「はい、その通りです。私もタクミ様には言いたいことをちゃんと言っていますよ」
「そうか、それでいいんだ。腹に溜め込まないで口に出す方が楽だしな」
「はい!」
にこやかなルノリアの微笑みにつかの間癒されるタクミだった。外は厳しい寒気に閉ざされているのでシェルターで一晩過ごして、翌日の夜明け前の薄暗い時間から活動を開始する。緯度が高い地方の短い日照時間を無駄には出来ないのだ。
「離水する」
湖面を滑る様に発進する飛行艇は2千メートルの高度まで上昇して水平飛行に移る。本来はもっと高い空から広い範囲を探査したいのだが、地表の天候が悪くて白一色の世界しかモニターに映らないのだ。
止む無く空は唯一頼りになる音響探知システムを作動させて、音波の反射で地表に人工的な構造物がないか探っている。音波の反射を正確に捉えるには高度を上げ過ぎない方がいい。
「エリア07は探査を終了、手掛かりはなし。続いてアリア08に移る。東側に100マイル移動して旋回してほしい」
「了解した」
タクミは空の指示にしたがって機体を東側に移していく。緯度と経度を1度ずつ区切った範囲を順番に上空から探索する骨の折れる作業だ。それでも地上を歩きながら探すよりは何万倍も効率が良いのは間違いなかった。そしてこのエリアの探査を開始して30分が経過した頃・・・・・・
「人工的な構造を発見! 正4角錐と正6面体の構造を組み合わせてある」
その声に美智香も副操縦席のコンソールを操作して空が見ているモニターを映し出して確認している。
「間違いなさそう。自然の形状にしては一辺の長さが不自然なくらいに正確に造形されている」
「よし、着陸地点を探そう」
タクミは付近を旋回しながらどこか着陸に適した箇所がないか探すが、周辺は白一色でどうにも適した場所は見当たらなかった。
「仕方がないな、なければ作り出すしかないだろう」
飛行艇の高度をぐっと下げると、タクミはエンジンの出力を上向き最大にして低速で地上20メートル近辺を飛び回る。超高温になっているエンジンの燃焼ガスを上から叩き付けられた氷は一気に融解して場所によっては沸騰している箇所もある。
「こんなものでいいか。臨時の水面が出来上がったからこのまま着陸を強行する」
幅30メートル、長さ500メートルの臨時の水面に、飛行艇は相変わらず下向きに燃焼ガスを放射しながらゆっくりと舞い降りる。
モタモタしていると再び凍り付いてしまうので、着陸後に全員がすぐに外に出る。シロとケルベロスは寒さにも強いようだが、ファフニールは火龍の子供なので寒さの耐性がなくてガタガタと震えている。
「ファーちゃんはこっちに来てください」
春名が着ぐるみの両手でファフニールを抱えるようにすると、モコモコの肌触りが伝わって寒さが和らいでいる。どういう訳だか知らないがパワードスーツに循環する魔力までがファフニールを包んでいる。全く仕組みがわからないままに春名に抱きかかえられるようにしてファフニールは保温されているのだった。
「変ですね。こんな機能はなかったはずですが。まあ春名ちゃんのペットですから、何らかの作用が働いているんでしょう」
岬は不思議そうな表情をしているが、なんとなくそう考えて自分を納得させている。彼女は魔力の働きについてあまり詳しくないので、これ以上は考え付かなかった。もしこの時点で美智香がこの現象を詳しく解析していたら、あるいは・・・・・・ この時美智香は構造物の探査に気が回っていて岬の呟きを聞き逃していた。
「全員装備は大丈夫か? 飛行艇は一旦収納にしまうぞ」
メンバーたちが頷くのを確認してタクミは飛行艇をしまいこむ。このまま放置しているとすぐに周囲の氷に機体が包まれて離陸できなくなるのだ。
「構造物は南西の方向、距離1キロ」
「よし、歩いて向かうぞ。視界が悪いから固まって移動するんだ」
気温マイナス25度、時折突風が吹き荒れる氷雪を踏み締めてタクミたちは構造物に向かって歩いていく。20分程でようやく氷の上に出ている石造りの建物の上部が見えてくる。
「かなり大規模な施設のようだな。どこかに入り口はないか?」
「氷に包まれて入り口は見当たらないわね。こういう時はこうするのよ!」
圭子は分厚い氷が広がる大地に向けて拳を突き下ろす。
「ガゴーーン! ミシミシミシ」
圭子の拳が落とされた場所から放射線状に氷にヒビが入っていく。恐るべき世紀末覇者の力だ。
「ミッちゃん、ヒビに沿って魔法で氷を解かしてよ」
「強引な方法、いかにも圭子らしい」
美智香は炎の魔法で氷を解かしながらヒビを広げていく。その横では岬がアスカロンを構えて今にも一撃氷に放とうとしている。
「タレちゃん待った! タレちゃんが剣を振り下ろすと建物まで壊れる!」
空の声で間一髪思いとどまった岬、確かドレナンの街で魔王と対決した時彼女が止めに放った一撃は巨大なきのこ雲を作り上げて、まるで核兵器が爆発したような惨状をその場に作り出していた。
その間美智香の魔法が地道に氷を解かしていく。構造物の前面にはいくつものクレバスが出来上がっているかのような光景だ。
「ミッちゃん、そのくらいで良いわ。タレちゃん、私が合図したら氷を引き抜いて遠くに放り投げて」
「はい、お安い御用です」
アスカロンを収納にしまいながら『一撃で終わるのに』と不本意そうに岬が圭子に答えている。確かに一撃で全てが終わってしまうだろう。圭子は岬が地上から氷を両手でガッシリと掴むのを見届けると、身軽にクレバスの底に降りていく。
「ちょっと衝撃は伝わるかもしれないけど手を離さないでよ!」
「はい、大丈夫です。しっかり押さえていますよ」
岬の声を確認すると圭子はクレバスの底から氷の塊に向かって軽く拳を振るう。
「そーれっ!」
「ガゴ-ン! ミシミシ」
「タレちゃん、そのまま引き上げて!」
「はい、わかりました」
岬は大した力を込めた様子もなく、何百トンもあるような氷塊を地面から引き抜くと、全く表情を変えずに50メートル先に放り投げる。
「ガシャーーン!」
氷塊が砕ける大音響が響き渡るが、岬は清ました表情をしている。一応彼女の名誉のために申し添えると、今の岬はパワードスーツを着用した戦闘形態だ。ただし未着用でもこの程度の力仕事は難なくこなしてしまうかもしれない。シロとケルベロスは尻尾をお腹に丸め込んで恐れおののいている。野性の勘は正直だ。誰が一番恐ろしいのかを正確に見極めている。
「あと一息だよ! 私の勘が正しければこの辺りに入り口が隠されているからね」
根拠も何もない、ただの圭子の勘に過ぎない。だが確信ありげに圭子はクレバスの底で次々に氷を崩している。
「よし、地面が見えたきたから横穴を空けていくよ! タクミ、梯子くらい持っているでしょう! 全員降りてきなさい!」
こうしてすっかり圭子のペースで大量の氷を排除して建物の入り口を目指していくのだった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は来週末となります。得体のわからない建物の内部に入り込んで、探索する話になると思います。