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29 ハードル

 ギルドマスターの部屋に現在タクミが一人で取り残されている。彼はトーマスとドロップ品の買取についての話し合い中だ。


 女子達は『買い物がしたい』と言って全員で外に出てしまった。


 あまり治安が良くない街なので、タクミが一緒の方が望ましいのだが『圭子と美智香がいれば大丈夫!』という声に押し切られた。


 昨日のうちに売ってよい品はすべてタクミの収納に移してある。その種類は85に及びとても一日で鑑定を終えるのは不可能だった。


 中にはあまりに高価でここのギルドでは買取ができないものもある。特に50カラットのダイアモンド『天使の涙』は『王都の商業ギルド主催のオークションでなければ買い手がつかないだろう』と言われた。


 その他金角銀角の角やヒュドラの牙、スケルトン=ロードの王冠などはかなりの高額が予想される。


 これらの品を目にして部屋に集められた5人の鑑定人は目の色を変えていた。もちろんトーマスも同じように目を輝かせている。


 結局この日は昆虫の殻やキマイラの毒ビンなど安いものは全て買い取ってもらって、高価な物は明日もう一度鑑定をすることになった。


 ダンジョン産の品は品質が良くてどこでも引き合いが多いそうで、かなりの数に上ったがすぐに捌けるそうだ。


 何しろ数が多いのでこれらの品の買取代金だけで金貨2600枚に及んだ。


 高額商品は一度タクミが持ち帰って明日またギルドで交渉を行う事としてこの日は終わる。


 タクミがギルドを出る頃にはすでに夕暮れが近づいており、彼は『随分長く買取の話をしていたんだな』と思いながら帰路についた。


「おーい、戻ったぞ」


 タクミが声をかけながら女子の部屋をノックすると、岬が『お帰りなさいませ、ご主人様』と言ってにこやかに出迎えてくれた。


 朝から精神を苛まれ、ギルドでは買取金額をめぐるタフな交渉を終えて帰ってきたタクミの疲労が一片に吹き飛ぶようなやさしい笑顔。


 岬はそのままタクミの手をとって部屋に招き入れる。


 どうやら今まで紀絵をモデルにしてファッションショーを行っていたようで、彼女は疲れきった表情でベッドに座っていた。


 彼女達はタクミを残してギルドを出た後、紀絵が泊っていた宿に出向いて彼女の荷物を引き払ってから、服や必要品の買い物をしていたらしい。


 紀絵は急にこのパーティーに加わったため、ダンジョンに行くための旅支度で必要最低限の物しか持っていなかった。学用品など結構な荷物を城に残しているのだが、その回収は諦めてもらって今後必要と思われる物を購入したそうだ。


 彼女は城から支給される物で衣食住を賄っていたため現在無一文だが、このパーティで多少の出費に拘る者は誰もいない。何しろダンジョン攻略の多額の報酬が入ってくる。


 紀絵はしきりに申し訳ないと頭を下げていたが『あれも似合う、これもいい』と次々に女子が持ってくる品々を購入していった。


 これらの品は家具屋で購入した大型の洋服ダンスにしまわれて、岬の収納に収められた。紀絵は大きなタンスが消えていくその光景に驚いているが、まだこのぐらいの事で驚くのは早い。


 全て片付いてから春名がタクミに近づいてきた。


「タクミ君のためにいい物を買っておきましたから、楽しみにしてください」


 満面の笑みでそう告げる春名だが、タクミはいやな予感しかしない。


 不安な顔で立っているタクミのことは無視して圭子が『そろそろ食事の時間』と言うと全員が賛同して一階に降りていった。


 夕食をとりながらタクミから買取の報告や、女子達から買い物の話などが語られる。


 彼女達は何度か男達から声をかけられたがその度に圭子の鉄拳が飛んだそうで、それほど大きなトラブルはなかったそうだ。





 食事が終わってお茶を飲みながら雑談していたときに紀絵が切り出す。


「あのー・・・・・・皆さん『ダンジョンを攻略した』と言っていたような気がしますが、本当の事なんですか?」


 彼女を除いた全員が顔を見回す。そう言えば紀絵に詳しい事を何も話していなかっなと今更気がつく。


「ダンジョンの一番下まで行ってボスを倒してきたことは事実だ」


 眼を見開いて紀絵は驚いている。


 彼女も5層まで進んで魔物に遭遇している。実際に戦ってはいないが、魔物を倒すのは大変だという事は知っているだけに俄かには信じがたい。


「部屋に戻ったら色々話しておかないといけない事があるから、この話は後にしよう」


 タクミの提案に一同は頷いて部屋に戻ることにした。


 女子部屋に全員が集まっている。


 この部屋のテーブルは小さいので横にどけて、タクミが収納からテーブルセットを用意した。


「紀絵がこのパーティーに入って一緒にいればいずれはわかる事だから、今のうちに話しておいた方がいいと思うが、皆の意見はどうだ?」


 タクミの提案に反対する者はいなかった。


「紀絵、急にこんな事を言って信じてもらえないかもしれないが、空を除く俺達は全員地球人ではない」


 紀絵の頭の上にたくさんの『?????』が浮かぶ。


「これを見てくれ」


 タクミは立ち上がって少し離れた所で端末を操作してパワードスーツを展開した。


 そこに現れた銀色の存在に息を飲む紀絵。


 その姿は地球の知識で言えば宇宙飛行士に最も近いかもしれないが、明らかに地球を上回る文明によって作られた物とわかる。


 タクミがパワードスーツを解除して席に戻る。


 だが紀絵の表情は呆けたままだ。


 無理もない、彼女はこのパーティー唯一の現代に生きる日本人だ。それも科学やSFなどとは程遠いごく普通の家庭で育っていた。


 それが異世界に召喚されただけでも驚いていたのに、クラスメイトと思っていた人達がいきなり宇宙人だと言われれば驚くのも無理はない。


「私はお爺ちゃんが地球に移住してきた3代目だから、もうほとんど地球人だけどね」


 圭子の言葉に彼女は再び眼を見張る。


 その後春名、岬、美智香の順にそれぞれの出身が紹介された。


 その度に彼女は驚いていたが、多少の免疫ができたのか最初に比べれば少しずつ落ち着いた反応になってきた。


「私は純粋な地球人」


 空の言葉でようやく笑顔になる紀絵、やっと自分と同じ立場の者が現れたので安心した表情になる。


「でも3000年後の世界から来ている」


 紀絵は驚きを通り越して最早呆れるしかなかった。仲間と思ったのは一瞬のことで、彼女は自分の考えのはるか彼方にいた。


「驚くのも無理はないが、俺達は生物としては地球人と全く変わりないし、思考もほぼ同じだ。あまり心配しなくていい」


 タクミが優しく語り掛けると紀絵の心の中に安心感が漂う。


 彼の言葉の一つ一つが、その心に染み込んでいった。


 今まで話す機会はほとんどなかったが、ずっとクラスメートと思っていた人達だ。その気持ちは全く変わらない。


 それに自分が危険なところを助けてもらった、その事は心から感謝している。


 そして遠くから見るだけだったけれど、密かに思いを寄せていた人がいる。最初は自分が誰か気づかなくて少し残念だったが、実際に鏡を見て自分でも別人に見えたぐらいだから、それも無理はないと思った。


 今でもタクミに対する気持ちは全く変わっていない。それどころかこんなに近くにいるせいで、その存在を感じただけで胸が苦しくなるくらいに彼のことを好きになっている。


 それにこの星の人達から見れば、自分だって宇宙人ではないか。


 その考えが紀絵を開き直らせた。


「皆さん、秘密を話してくれてありがとうございます。これからもよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる紀絵、彼女に『こちらこそよろしく』と声がかかる。


「もうだいぶ遅くなってきましたから、お風呂に入って寝ましょう」


 春名が声をかけると皆が頷く。だが、春名と岬と空の3人が眼を合わせて大きく頷いていた事にタクミは気が付かなかった。


 風呂から出てタクミは自分の部屋で一人ブドウ色をした果汁で喉を潤している。味もそのままブドウジュースだ。


「ご主人様、開けてください」


 ドアをノックする音と声が彼の耳に届く。タクミがドアを開くとそこには岬と紀絵が立っていた。


「ご主人様失礼します」


 そう言って紀絵の手を引いて部屋に入り込む岬、紀絵は恥ずかしそうに俯いたままで彼女に手を引かれるままにされている。


「ちょっと失礼します」


 岬はそう言うと、部屋に置いてある小さなテーブルを隅に動かしていく。


 そして備え付けのベッドを自分の収納にしまいこんだ。


 一体何をするつもりだとその様子を見ているタクミに構う事無く、今度は収納からキングサイズのベッドを取り出して部屋に据付けた。


 何も言わずにその上に布団やシーツを手早く用意する。


「ご主人様、寝る準備が整いました」


 そう言ってニッコリと微笑む岬、タクミは先程春名が『楽しみにして!』と言っていたのはこれかと気が付いた。


「ご主人様、私達は着替えてまいりますからお待ちください」


 紀絵の手を引いて洗面所に入っていく二人、いきなりハードルの高い状況に置かれて途方にくれる彼の姿があった。



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