268 魔王の復活
お待たせいたしました、268話の投稿です。前回久しぶりに登場した修平を巡るお話になりました。彼と魔王の間にどのようないきさつがあるのか、それはお話の中身でどうぞご覧ください。
背中に刻まれた奴隷の紋章が消し去られた翌朝、修平はこのところ感じた記憶がないくらいにスッキリとした体調を感じながら目を覚ました。
「ははは、あれだけの目に遭ってまだ生きているぜ」
小さな呟きを口にしながらベッドから起き上がる。思えばこの小屋に運ばれてからは殆どこのベッドに寝かされていた。あの苦しみの日々を思い出すと修平の目には無性に目の前のベッドが憎らしく映ってくる。
「このヤローが!」
彼は思わずベッドを蹴ったが僅かにその位置がズレただけで、相変わらずベッドは狭い部屋の大半を占めて鎮座している。長く寝ていた影響で足腰もずいぶん弱っているのだった。そのまま壁に手を付きながらヨタヨタと歩いて水が汲んである場所に向かう。
一口水を口に含んでからその顔をバシャバシャと乱暴に洗うと、久しぶりに味わう爽快な心地が身を包む。そのまま何気なく壁に掛けてあるヒビが入った鏡に目を向けて彼は・・・・・・
「なんてこった・・・・・・」
殆ど食事を口にできなかったせいで痩せ衰えているのは一目でわかった。だがそれよりも修平を驚かせたのは自分の髪の毛だ。何度も死に掛けては無理やり引き戻されるという耐え難い苦痛に晒された結果、髪の色がすっかり抜けて真っ白になっていた。おまけに瞳も黒目の部分が赤く光っている。
「どこの厨2野郎だ?!」
まさかここまで自分の相貌が変わっているとは思っても見なかった修平、その口からは呆れた様な呟きが漏れる。
「まあ仕方がねーな。それよりも腹が減ったぞ」
小屋の内部を見渡しても食料らしきものは見当たらなかった。修平は覚束ない足取りでドアを開いて外に出る。すっかり日が昇っている時間で、まだギリギリで朝日と呼べる光を浴びた修平は思わず声を上げた。
「太陽なんて久しぶりだな。それにしても眩しくてかなわないぞ! 目が赤くなったせいなのか?」
小屋の外部は森を切り開いてあるので、そこいらに草むらが茂るだけの平坦な場所だった。覚束ない足取りでも何とか歩いていける。修平は小屋の隣に2周りほど大きな建物を発見していた。食料を求めてその建物に向かって一歩一歩弱った足を進めていく。
「おや、なんだこれは?」
修平の目は森の中や建物の周りを漂う半透明な物体を見つけている。それらは修平の姿を見て徐々に集まる気配を見せる。知らないうちに『死霊の王』になった修平の目には死者の魂が映っていた。そして王の姿を発見した行くあてのない魂は修平の周囲に集まりだしている。
「えーい、うっとおしい! どこかに行きやがれ!」
修平が一声吼えると、その浮かばれない魂は何処ともなく姿を消していった。建物の周囲は元の静寂を取り戻している。
「一体なんだったんだ? あれは?」
訳がわからないという表情で彼は建物の入り口に辿り着いて力の限りドアを引いた。当然腕力も弱っているので、普通に開けられるドアが今の彼にはやけに重たく感じるのだった。
「おお修平殿! 気が付かれましたか!」
「えっ、本当に修平さんなのか? なんだかずいぶん雰囲気が変わっているけど・・・・・・」
ちょうどドアの一番近くに居たアドラーと文也の声が響く。文也の方は修平のあまりの変わりようにアドラーに言われるまで誰だかわからなかったようだ。他の4人も修平の変化に驚きの声を上げている。
「よう、地獄の底から戻ってきたぜ! それよりもなんか食い物をくれ! 腹が減ってどうしようもねえんだ!」
「ではこちらの席にお座りください。今食事を用意しましょう」
アドラーが配下の者に目配せすると彼らは奥のキッチンから朝食の残りを持ってくる。パンやスープ、肉を煮込んだものなど、残り物とはいっても結構豪華なメニューがテーブルには並んだ。
「美味そうだな。早速食うぜ!」
殆ど飢餓状態と言っても差し支えなかった修平は貪るようにその食事を口にしている。
「おい、もっと寄越すんだ!」
ペロリと1人前を食べ終えた彼は追加を要求している。まるでどこかの食いしん坊令嬢のようだ。2人前を食べ終えてようやく落ち着いた表情になった修平に文也がおずおずとした態度で口を開く。
「修平さん、もう体は大丈夫なのか?」
「ああ、何度も死に掛けたが大丈夫みたいだな。もっともあれだけ弱っていたから今すぐには満足に動けないけどな」
「そうか、良かったよ! 俺たちがあの鉱山から助け出した甲斐があるっていうもんだ!」
「ああ、お前たちには世話になったな。もっともここに運ばれてから地獄の続きがあるとは思っていなかったぜ」
ニヤリと笑みを作る修平だが、その表情を見た途端に文也の背筋が凍りついた。元々は粗暴な性格であっても基本的に明るい修平だったのだが、今の彼には悪魔が宿っているような人を不安に陥れる何かが存在している。
「そ、それで、修平さんはこれからどうするんだ?」
「決まっているだろう! 俺をこんな目に遭わせたこの国とあの剣崎の野郎に復讐するんだ! いいか、お前たちも手を貸せ!」
修平の意思を聞いてニンマリとしているのがアドラーだった。復讐したいという彼の話はアドラーにとっては思う壺だ。
「修平殿、我々も力を貸しますぞ! それよりも修平殿ご自身はより強大な力をお求めではないですかな?」
「力か・・・・・・ そうだな、俺は力がないばかりに剣崎たちにいいようにして遣られたからな! どんな力を使ってもいいから、絶対にやつらに復讐してやるぜ!」
「そうですか、良いお覚悟です! 今はひとまず体の回復を優先して、元気になられたら力を得る方法をお教えいたしましょう」
「ほう、いいだろう! しばらくは回復に専念しようとするか! 忘れるなよ、その方法とやらを教えるんだぞ!」
「それはもう、お約束いたします」
そこからしばらくは修平の体力の回復と黒アザミの粉の影響を取り除く期間が続くのだった。
1週間後・・・・・・
修平は見違えるような回復振りを見せている。こうなると元々が短慮で気が短い彼は心の底から湧き上がる復讐の衝動を抑え切れなくなっていた。
「おい、だいぶ元気になったぞ! 早く力を得る方法を教えろ!」
「わかりました、間もなくランデスベル様がこちらに参ります。そのお話はランデスベル様からお聞きください」
「そうか、もし大した力じゃなかたったら承知しねーぞ!」
そのまま修平は目を閉じてランデスベルの到着を待ち続けた。どうも明るい陽の光が苦手になってしまったのだ。
1時間程経って、ドアをノックする音が響いた。ランデスベルが数人の配下を率いてやって来ていた。彼らを全員収容するにはこの建物は手狭だったので、少し離れた場所に寝泊りしていたのだった。
「待ちかねたぜ! さあ俺に力を寄越せ!」
「そう急ぐ必要はなかろう。まずは私の説明を良く聞くのだ」
ランデスベルはそう言ってからマジックバッグに収納していた黒金の鎧を厳かな態度で取り出す。黒光りする光を放つその鎧はまともな神経の者が見るとおぞましいほどの瘴気を漂わせている。
「おいおい、あれは一体なんだ? 気味が悪いぞ!」
「嫌な予感しかしないのは気のせいか?」
文也たち5人は顔を見合わせながらひそひそと話している。彼らの目にもその鎧は極めて危険な物に映っていた。
「この鎧は古の魔王様の魂を封じた鎧だ。これを身に着ければ魔王様の力が手に入る」
「ほう、魔王の力か! 中々興味があるな。その力を得れば俺はやつらに復讐できるんだな?」
「当然だ! 魔王様のお力は絶大だ!」
「よしわかった! 身に着けてやろうじゃないか!」
文也たち5人が『止めた方が良いんじゃないか』という視線を送っているが、そんな物は今の修平を引き止めるのには何の役にも立たなかった。躊躇わずに修平はその鎧と兜を身に着けていく。
「わっはっはっはっは! ついに我はこの身に相応しき新たな体を手に入れたぞ!」
「テメーは一体何者だ?! 人の体に勝手に入り込みやがって! この野郎が、さっさと出て行け!」
ドルナント廃太子の体を乗っ取った時は一瞬の抵抗すら許さなかった魔王の魂が、修平の自我を相手にしてかなり梃子摺っている。魔王ですら気を抜くと逆に修平の自我に飲み込まれそうになっているのだ。この世界の人間と異世界『日本』の人間の根本的な差とでも言うのだろうか、ともかく修平の自我は魔王にすら十分に抵抗できるほどに強固だった。
「なんという強き魂であろうか! 我がこの魂を飲み込めば真なる最強の座に登り詰めようぞ!」
「バカヤローが! 負けるのはテメーの方だ!」
ひとつの体を巡って魔王と修平の魂同士の激烈な戦いが繰り広げられている。だが周囲の目から見ると鎧を身に着けままで立ち尽くしているだけの修平の姿にしか見えなかった。
「これはいくら遣り合っても埒が明かぬ! かくなる上はこやつの魂と融合するしかなかろう」
修平のあまりのしぶとさに魔王が先に音を上げた。人間でありながらこれ程の抵抗をする修平とは上手く折り合って遣って行こうという決断だった。
「ふん、ようやく諦めやがったか! 言って置くがこの体は俺の物だからな! 勝手に入り込みやがったテメーには仕方がないから時々貸してやるだけだぞ! その代わりにテメーの力を俺に寄越しやがれ!」
体の優先使用の権利は7対3で修平に分があるように何とか両者の間には折り合いがついたようだ。それにしても魔王を相手に互角以上に遣り合った修平の精神力は大したものだろう。伊達に死の淵を何度も見た訳ではなかった。その上彼は『盗賊王』と『死霊の王』という2つの職業を持っていた。これらも魔王に対して抵抗できた理由として挙げられよう。
「ははっ! こりゃあ予想以上に全身に力が漲ってくるぜ! 今ならあの剣崎たちを簡単に負かせそうだな!」
この時点で修平は『盗賊王』『死霊の王』『魔王』という3つの王の称号が冠された職業を得た。その効果で『トリプルクラウン』という新たな職業までもが付与されている。全てをひっくるめると修平の体力の数値は100万を軽く突破しているのだった。もっともいくら数値が高くとも、実際に使用して練度を高めないと数パーセントしか力を発揮できない。
「なんだかこの鎧は俺の趣味には合わないな。おい、お前ら! この鎧をやるから身に着けてみろ! アドラー! 代わりにこの魔王様に相応しい衣装を用意するんだ!」
修平は兜、右手、左手、胴体、足の部分に鎧を分割して床に放り投げた。すでに魔王の魂はすっかり取り込んでいるので、瘴気は完全に消えている。だが魔王の魂を2千年間に渡って封じ込めてきた鎧は、それ自体が魔法具になっていた。一目見ただけでも怪しさが満載の防具だ。
「こ、これを身に着けるのか?」
「あ゛あ゛! せっかくの俺の好意だぞ、早く着けろ!」
あからさまに躊躇っている文也にちょっと怒り気味で鎧の着用を促す修平、その勢いに押されて5人はそれぞれの部位を各自が選んで身に着けた。
「うわーーー! 何が起きているんだー!」
5人は真っ黒な光に包まれるとそこには・・・・・・
光が消えると魔人となった文也をはじめとする5人が居る。
「なんだこれは! 力が何十倍にもなったようだぞ!」
「この力で暴れまわってやるぜ!」
「俺たちを散々バカにしやがった連中をボコボコにしてやる!」
元々は小悪党程度のしょぼい連中だった5人は鎧の影響でいまや魔族以上の力を持つ存在になった。それは岬や圭子がパワードスーツで変身したり、マギカクラッシュのメンバーが魔力で魔法少女になるのと同様の力が働いていると考えるのが妥当だろう。
「アドラー! ここから一番近い街はどこだ?」
「魔王様、ドレナンの街にございます」
アドラーは修平と融合した魔王のあり方に戸惑いを見せているが、それでも恭しい態度は変わらなかった。一方の修平は記憶を魔王と共有しているので、アドラーやランデスベルがかつての自分の配下の魔族だと理解している。
「よし、まずはこの国に破壊と血の惨劇をもたらすとしよう! 目に付いた人間は皆殺しだ! もの共、ドレナンに進軍せよ!」
修平に率いられた魔族数人と魔人と化した文也たちはドレナン目指して森から出て行くのだった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。魔法少女たち、魔王となった修平、そしてタクミたちが目指しているのは迷宮があるドレナンの街だと明らかになりました。この3者が一度に顔を合わせると、絶対に無事では済まない予感がしてきます。何しろどこにも喧嘩っ早い脳筋が居ますので・・・・・・
次回からはバトル必至の展開をどうぞお楽しみに・・・・・・
投稿は水曜日を予定しています。