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263 再び海路へ

先週末は突発的な忙しさのために投稿が間に合わずに一回お休みをいただきました。待っていらした読者の皆さん、本当にすみませんでした。その分今週末には土曜日曜にそれぞれ1話ずつ投稿しようと準備を進めています。何とか埋め合わせできるように頑張ります!


今回のお話は港町に到着した一行が海に乗り出すお話になります。大した事件もなくてまったりした内容ですが、どうかお楽しみください。



 魔法少女たちが苦難に満ちた貧乏生活を送りながらもロズワースの迷宮を目指してセイレーン王国に入った頃、アルシュバイン王国を北上していたタクミたちはついに港町のフォンデールに到着していた。


 道中は平穏無事で、出来事と言えばタクミたちがミュヘンブルクに到着したと聞きつけた例のバンジー伯爵が椅子から転がり落ちて気を失ったとか、フォッセンの街で戦乱終結後に執り行われた一人娘の婚礼がどれだけ華やかだったかという自慢話をノイマン子爵から聞かされたくらいのものだった。





「皆さん! いよいよ海が近付いて来ましたよ!」


 紀絵が普段の彼女には似合わないくらいの大きな声を上げる。窓から馬車の中に入っている空気に潮の香りが混ざっているのだった。実は紀絵は海が待ちきれなくて、ここ何日かずっと馬車に乗りながらソワソワし通しだった。その理由はもちろん漁師の血が騒いでいるという点に尽きる。釣りバカが釣行の日を心待ちに日常を過ごすよりももっと大騒ぎ状態の紀絵だった。



「紀ちゃん、そんなに慌てなくても海は逃げないよ!」


「圭子さん、何を言っているんですか! 海は逃げなくてもいい潮はいつやって来るのかわからないんですからね! 流れを見極めて良い潮の日に海に乗り出してこその本物の漁師なんですよ!」



「いやいや、漁師じゃないでしょう」


「海と戦う者はみんな漁師です!」


 圭子の突っ込みは全く通用しないらしい。だが待ってほしい! 確か紀絵はサンセーロのイベントで『プロとして恥ずかしくないステージを!』と主張した美智香に『プロじゃないし!』と突っ込んでいたはずだ。間違いない、256話にそう書いてある。ちょっと立場が入れ替わっただけで、態度がコロコロ変わるのがこのパーティーの女子の特徴だ。もちろん紀絵も釣りが絡むとこの調子だった。




 フォンデールの街はアルシュバイン王国唯一の港町だ。この国は海に面している地域が少なくて、この街以外は小さな漁村がいくつか点在しているだけだった。したがってこの街の港を出る船は、セイレーン王国や遠く西の果てにあるアルストラ王国を目指して出発するのだった。特にアルストラ王国の魔女狩りが収束したのと、この国の戦乱が収まったのが相まって以前と同様の活気を取り戻している。



 港を出入りする船が増えると、当然乗組員や乗客、貨物を受け取る商人の行き来も増える。となると当たり前の話だが宿屋が不足するのだ。街で何軒かの宿屋に声を掛けてみたのだが、どこも満室という話で断られてしまった。何しろ馬車5台のキャラバンだ。30人近くの人間を一度に受け入れられる宿などこの街にはなかった。



 宿屋探しが行き詰って圭子はうんざりした表情をしている。フォンデールが近付くにつれて街中の空き部屋がある宿屋を探しに難くなっていたのだが、ここに来て一気にその厳しい現実に直面した格好だった。



「私に任せるがいい! 海に面した場所に馬車を向けてほしい」


 空が自信たっぷりに胸を張っている。なにやら宿屋問題を解決する方法があるらしい。彼女の言葉を信じて5台の馬車は港に面した場所にやって来た。



「空、この辺りでいいの?」


「適当な場所を探してくるから、しばらく待っていて。タクミは一緒に来てほしい」


 御者台の圭子にそう答えてから、空はタクミを伴って商船ギルドに向かった。セイレーン王国の商船ギルドには以前顔を出したが、この国のギルドは初めてだった。だが冒険者ギルドと同様に商船ギルドも国を跨いだ独立した存在として活動をしているので、以前空が帆船『ガチホモ丸』の船長として登録した資格が有効だった。どちらかというとここは海運が発達したセイレーン王国の商船ギルドの支部といった格好だ。



「新しい船を登録したい。一番喫水が深いバースを教えてほしい」


 バースとは船の停泊地や桟橋を指す。空はガチホモ丸に代わる船の登録をするつもりのようだ。今回の旅は人数が多いので大型の船を準備すると依然話していた。



「フォンデールにようこそお出でくださいました。3番バースが一番喫水が深くて、約7メートルあります」


「ちょっと足りない、仕方がないから沖合いに停泊させるしかない。航行許可を出してほしい、行き先はセイレーン王国のレッタニエ」


「はい、かしこまりました」



 手続きはすぐに完了して空はタクミを伴って3番バースに向かう。まずはこの場所にガチホモ丸を収納から取り出して桟橋に浮かべるのだった。港で仕事をしている他の船舶の関係者が、ガチホモ丸のスタイリッシュな船体を目聡く見つけて興味ありげに近付いてくる。



「その船はどこの国で作られたんだ?」


「答えられない」


 そんな遣り取りが度々行われる中タクミは空を残して他のメンバーを呼びに行った。歩いて7,8分の場所に全員が馬車で待機しているのだ。




「おーい、今から人が乗り込むから場所を空けてくれ」


 戻ってきたタクミの呼びかけで、空を取り囲んでいた男たちはしぶしぶ場所を空けた。自分たちも船の関係者というプライドが彼らにはある。この場で空から色々と聞き出そうとして乗船や荷物の積み下ろしに支障を来たすのは拙いとわかっていた。



「馬車は一括して俺が預かる。馬は船倉の入り口から入って倉庫に繋いでくれ。短時間で別の船に乗り換えるから、水だけ準備しておけばいいそうだ」


 タクミの指示に従って馬は桟橋を一列になって船倉の出入り口に消えていく。先導しているのはシロだった。霊獣の威厳で馬たちを従えて、堂々とした態度でガチホモ丸に乗り込んでいく。殿しんがりをケルベロスが巨体を揺らしながら乗り込んでいった。ファフニールは岬の胸に抱かれて甘えている最中で、シロとは別行動になるらしい。



「付いてきてほしい」


 空船長の誘導に従って今度は人間がタラップを登ってデッキから船室に入っていく。船酔いが酷い圭子はすでに青い顔をしていた。




「全員乗船よし! ガチホモ丸出航!」


 帆が自動で高々と張られて、風をいっぱいに孕んで優雅な船体がゆっくりと動き出す。突然桟橋に現れて慌ただしく出航していったその船体を港の関係者たちは見送るしかできなかった。どこの船だろうかという疑問が晴れないまま遠ざかる船体を見つめている。




 そのままガチホモ丸は1時間ほど沖合い目指して軽快に波を切って進む。頃合も良しと判断した空は操舵室から艦内放送で全員に注意事情を伝え始める。



「これからこの船の隣に大型の客船を横付けする。多少揺れるかもしれないので椅子に座るか、何かに掴まっていてほしい。客船との接舷が終了しだい乗り移ってもらうから、そのつもりでいてほしい」



 空はそれだけ伝えるとデッキに立って収納機能を操作した。



「ズーン!」


 ガチホモ丸から1キロ先に帆船とは比較にならないくらいに近代的な5万トンクラスの豪華客船がその姿を現す。突然巨大なその船が海上に現れたおかげで、海面が波立ってガチホモ丸の小さな船体が木の葉のように波に揉まれている。


 圭子は岬に抱えられるようにしてトイレに向かった。世紀末覇者は船酔いに苦しんだ挙句に、この揺れに耐えられなくなってついに胃袋の限界を迎えたようだ。




 豪華客船の登場による波の影響が収まったのを確認してから、空はガチホモ丸をその巨大な船体に横付けしていく。彼女がリモコンで操作すると、客船の側舷がゆっくりと開いて桟橋のように下に降りてくる。空の隣に待機していたタクミがガチホモ丸の縁から飛び移ってロープを投げると、空は慣れた手付きでウインチに巻きつけてしっかりと双方の船を固定した。



「全員デッキに集まってほしい」


 再び艦内放送で空が指示すると、着ぐるみ姿の春名を先頭にして一同がデッキに集結する。



「すげー船だな! 世界一周できそうだぞ!」


「豪華なクルージングの旅なの?」


 そこに存在するどこからどう見ても超豪華客船に全員が目を見張っている。ガチホモ丸が25メートル級の帆船に対して、200メートルを超える特大の豪華客船なのだ。しかも未来の地球の技術で建造されているので、デザインからして洗練の極みを尽くしている。



「あちらの船に移ってほしい。船内の動力区画以外は自由に行き来して構わない」


 空のお言葉に甘えてクラスメートたちが次々に豪華客船に乗り込んでいく。彼らは艦内のあちこちを見回ってはその造りの豪華さに歓声を上げている。



「なにここ! 一度に500人くらい入れるレストランじゃないの! しかもステージまで付いているわ」


「映画館にプール付とは恐れ入ったな」


「船室がすげーぞ! でっかいベッドに寝れるな!」


「冷暖房完備なんて久しぶりだよ!」


「清掃用のロボットが・・・・・・ 一体どこの世界なんだ?」


「掃除だけじゃないぞ! 船の中に居るのは全員アンドロイドみたいだ!」


 未来の豪華客船は驚きがいっぱいだった。日本人の他のパーティーメンバーは目撃する驚異の技術に目を丸くしている。空が自信を持って『宿は任せろ!』と主張した理由がわかってきた。


 タクミ、春名、岬の3人は異星人だと正体を明かしているが、どうやら空もそちら側の人間ではないかという疑惑を彼らは深めている。だが3000年後の未来から来たというのはさすがにその想像の彼方にあって、誰もそこまでの考えには辿り着かなかった。



 馬やケルベロスの収容も無事に終わって、空はガチホモ丸を収納にしまいこんでから、操舵室のモニターを見て異常がないかチェックを開始している。その隣には操船助手兼見張り員のタクミが居る。



「船体に異常なし! ただいまから客船『クイーンオブナインテール』出航!」


「空、この船はずいぶん普通のネーミングだな」


 タクミの耳には『ガチホモ丸』よりは相当まともな船名に聞こえていたようだ。



「ふふふ、タクミはとっても良い所に気が付いてくれた。『クイーンオブナインテール』、日本語に訳すとムチの女王様!」


「今度はそっちか!」


「そう、ムチの女王様!」


「これ以上は突っ込まないぞ」


「ムチの女王様」


「だから突っ込まないから」


「タクミはなぜこんな心躍るフレーズに食い付かないか不思議でしょうがない! アブノーマルの世界に早く足を踏み込むべき」


「いや、そんな趣味はないから」


「タクミの本当の性癖はロリコン! だから私のロリロリボディーに夢中のはず」


「空、そのセリフ、自分で言ってて悲しくならないか?」


「はっ! しまった! ル、ルノリアのロリロリボディーに夢中?」


「なぜ疑問形なんだ? それにルノリアには何もしていないぞ」


「最近ベロチューを覚えたと言っていた」


「グッ!」


 なんとしてもタクミを変態の世界に引っ張り込みたい空とノーマルな嗜好に踏みとどまりたい彼の間で壮絶な駆け引きが続く。





 一方その頃、レストランエリアに陣取って絶対に動こうとしない春名の姿がある。



「やっぱりタレちゃんが作ってくれるお料理は至高の味です! 何杯でも入っちゃいますよ!」


「春名ちゃんありがとうございます。この船の厨房は設備が整っていて、腕の奮い甲斐がありました。でもそろそろお腹の(脂肪の)ために終わりにした方が良いと思いますよ」


「タレちゃん、何を言っているんですか! これからがまだまだ本番です! ジャンジャン持ってきてください!」


「ハルハル、いい加減いしないとあとで泣きを見るんだからね! 幸いにもこの施設にはスポーツジムがあるから、死ぬほど負荷を掛けて鍛えるよ!」


「ひー! それは止めてください! そ、そうだ! 私は魔法少女になるための訓練があるんです!」


「春名、それはいつものように短時間しかやらない。どうせ春名の集中力が持たない」


 いつものような和やかな話題がテーブルで交わされている。圭子はガチホモ丸ではゲッソリとしていたのだが、こちらの船に移ってからは船酔いが落ち着いている。船体が大きくて揺れが少ないのと、タクミに頼んで体に掛かる重力を5Gに引き上げているおかげだった。この方が三半規管の働きが制限されるので、揺れに鈍感になるらしい。それにしても5Gの重力に平然と耐えている圭子はどういう体の作りをしているのだろうか?



「そういえば紀絵ちゃんが居ませんね」


「夜に備えて寝ている」


 美智香がエビフライを食べながら答える。岬特製のタルタルソースがたっぷりかかった一品だ。エビは先程ガチホモ丸に乗り込む前の僅かな時間に紀絵が片手間に獲った物を、お裾分けで岬が受け取って調理した。カラリと揚がった新鮮なプリプリのエビがいかにも美味しそうだ。



「タレちゃん、私にもエビフライのお代わりをお願いします!」


「ハルハル、もう5回目だからね」


 いつものように春名の食欲はとどまるところを知らない。相変わらず本物の魔法少女たちが空きっ腹を抱えているのとは対照的に、腹回りがタプンタプンしている。その間にも『ムチの女王様号』は目的地を目指して穏やかな海上を軽快に進むのだった。



 

最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回は海の上での出来事のお話になると思います。海といえば魂が荒ぶるあの人物が活躍しそうです。


投稿は土曜日の夕方を予定しています。

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