259 春名、魔法少女を目指す!
お待たせいたしました、259話の投稿です。タイトル通りに春名が念願の魔法少女になるために、またまたヤル気を出しています。へタレで根性なしの彼女が果たしてどこまで頑張れるのでしょうか?
後半はまったく別の話題になります。どのようなお話かはどうぞ中身をご覧ください!
「ハルハル! ペースが落ちているわよ! しっかり走って!」
圭子の檄が轟いている。ここは城の中の騎士たちの演習場、その広い場所を借り切って『エイリアン』のメンバーたちが訓練に励んでいる。
新たな職業が追加されて大幅に増強された体力を自分なりに把握しておかないと、ちょっと加減を間違えるだけで大惨事を引き起こしかねないからだ。
空が展開したシールド内では、岬と美智香が木刀で打ち合っている。今までなら美智香の身体強化レベルが3倍程度で何とか訓練になっていたのだが、限界の5倍にまで強化しても岬に圧倒されている。
「タレちゃんの剣をまともに受けるのは、もう無理!」
「すみません、もっと弱めに振ります」
美智香にしては珍しく音を上げている。そのくらい岬が強くなり過ぎていた。申し訳なさそうに大幅に加減しながら木刀を振るっている。
シールドの外では紀絵とルノリアが組み手を行っている。2人とも上昇した体力に合わせて、今までよりも素早い動きを長い時間繰り出すのが可能となっていた。
「ルノリアちゃん、そこはもっと大きく踏み込まないと届きませんよ!」
「はい、もう一度お願いします!」
紀絵のアドバイスにしたがって、ルノリアは動きを加速させていく。だが紀絵も同様に更に素早く避けていくので、ルノリアの攻撃は空を切るばかりだった。
そして圭子の檄に尻を叩かれるようにして外周を走っているのは春名だった。愛用の着ぐるみを脱ぎ去って、ジャージに着替えた姿でかなり速いペースで走らされているのだった。おまけに今日からタクミを背中におぶっている。上昇した体力に合わせて圭子が課した負荷だった。このくらいしないと、1万を超える体力の持ち主には効果がないのだ。
ファフニールはタクミの背中にチョコンと乗っかって『ピー!』と時々声を上げて応援している。シロは春名の後ろをついて走っていて、ペースが落ちると吠えて知らせる役だ。
「ひー! もう嫌ですーー!」
「春名、諦めろ! もし俺を背負っても効果が現れなかったら、次は冷蔵庫かベッドを抱えることになるぞ!」
背中のタクミから無情のセリフを吐かれた春名、ついこの間まではタクミにお姫様抱っこをしてもらう立場だったのに、なんという変わるようだろうか!
そのまま春名のダイエットトレーニングは午前中いっぱい続くのだった。
一転して午後は生き生きとした表情の春名が演習場に立っている。ジャージは脱ぎ捨てて、ピンクの魔法少女のステージ衣装に身を包んで、手には小道具のマジカルステッキを握っている。お腹の辺りが少々タプンタプンのパツンパツンなのは目を瞑ってほしい。
「さあ、美智香ちゃん! いよいよ私の魔法少女デビューがやって来ました! 魔法の使い方をしっかり教えてください!」
「いいけど、ちゃんとできるかどうかは全く保障できない」
「絶対に大丈夫です! 何しろ魔法少女は私の夢なんですから!」
「夢と現実にはギャップが付き物! そんなに期待しない方が良い」
「美智香ちゃんは私を信用していませんね! ちゃんと魔法少女になって見せますから、ドーンと任せてください!」
「信用はしている。常に逆の方向に!」
どうやら美智香は春名に『魔法が使える可能性がある』と口走ってしまったのを後悔している模様だ。常に何かを仕出かす春名がまともに魔法を使えるとは到底思えなかった。でも『口にしてしまったものは仕方がない』と思い直して、手取り足取り指導を開始する。
「まずは体の中にある魔力を感じ取るところからスタートする」
「なるほど、魔力を感じ取るんですか・・・・・・ 全然わかりません!」
「諦めるの早っ! もう少し自分の体の中に意識を集中する!」
「今はお腹がいっぱいです!」
「腹具合ではなくて、血のように循環する魔力を感じるの!」
美智香にとっては最低最悪の生徒だった。『これは相当に手が掛かる』と彼女も覚悟を決めるしかない。
「なんだか眠くなってきました」
「もう練習を止めにしても良いんだけど」
「待ってください! ちゃんと遣ります!」
これだけ梃子摺る生徒は赤点を逃れるために追試に備えて勉強を看てやった圭子以来だった。なんて損な役回りだと嘆く自分を励ましながら。美智香は春名に魔力循環のやり方を根気強く教えていく。職業が『魔法使い』だったら誰もが自然に身に付けているのだが、あいにく『令嬢』の春名は1から教えなければならなかった。
「美智香ちゃん、こんな地味なやり方ではなくて、もっとこう、ステッキ一振りで魔法が使えるような良い方法はないんですか?」
「魔法の練習は地味な作業の積み重ね。それでできて初めて魔法使いを名乗れる」
「まったく・・・・・・ 使えない先生ですね!」
「安心して良い! 春名が使えない生徒なだけ!」
春名の失礼な言動を美智香は軽く聞き流している。長い付き合いなので、春名がとっても失礼な性格だと美智香は熟知しているのだった。この程度で腹を立てているようでは友達などやっていられない。
こうしてこの日は魔力の流れを感じる練習だけで終わるのだった。
夕食の時は春名の魔法練習の進み具合を皆が興味津々で聞きたがる。
「ハルハルの魔法は上達したの?」
「圭ちゃんに2次関数を教えた時と同じくらい」
「ああ、そりゃーダメだわ!」
この短い会話で圭子は全て理解している。確か丸一日掛かっても覚えられなかったという記憶が圭子の脳裏に蘇っていた。
「そんなに魔法の練習というのは難しいのか?」
「魔法使いの職業を持っていればそれ程でもないけど、1から始めるのは中々大変」
タクミの質問に美智香が答えている。春名本人は食事に夢中でまるっきり聞いていなかった。
「タクミ様、私も魔力の循環を感じ取るまで1月以上掛かりました。最初は誰もが苦労します」
「なるほど、ルノリアはそうやって魔法が使えるようになったんだな」
「はい、その通りです。魔力の循環がわかれば、あとは結構スムーズに魔法の発動に漕ぎ着けられます」
「ルノリアの話は中々興味深い。春名の練習の参考にしよう」
「えっ? 美智香ちゃん、どうしたんですか?」
食事に集中していた春名がようやく自分が話題になっていると気が付いて顔を上げた。
「魔力の循環を感じるまでルノリアは1月以上掛かったらしい。春名も根気強く練習するしかない」
「えーー! 美智香ちゃん、そうなんですか! もっとパパッとお手軽に使えるのがいいんですけど」
「春名、どうやら地道に頑張るしかないようだ。毎日しっかり練習すればいつかは魔法が使えるようになるはずだ」
「魔法少女への道のりは長くて険しいですー!」
人一倍根気がない春名には果てしない道のりに見えるのかもしれない。だがこれを乗り越えてこそ、明るい未来が待っているのだ。こうしてエイリアンメンバーたちの夜は過ぎていった。
ここはセイレーン王国の森の中、周囲を人の目に触れないように張り巡らされた結界の中に、一軒の小さな小屋がある。
「修平殿、痛み止めの黒アザミの粉を持ってきましたぞ」
ベッドがひとつ置いてある部屋にアドラーが入ってくると、そこに寝かされていた修平は薄っすらと目を空けた。
「クソッ! 痛みのせいで全く身動きが取れねー! 早くその粉を寄越せ!」
修平の脱走が判明した時点で彼の背中に刻まれた奴隷の紋章に魔力が流れて、彼の体中が紋章によって引き起こされる絶え間無い激痛に苛まれている。黒アザミの粉はこの世界の麻薬の1種で、痛みを紛らわす作用がある。当然中毒症状が現れるので慎重に使用量を判断しないと、あっという間に麻薬による廃人が出来上がる恐ろしい薬だ。
「フー、何とか痛みが引いていったぜ。それよりもいつまでこうしていないといけないんだ? このままじゃ奴隷にされていた時と何も変わらないぞ!」
「もうしばしお待ちください。我々を指揮するフィルレオーネ様が到着すれば、そのお力で奴隷の紋章を解除してくださいますよ」
「そうか、あとどのくらい待てばいいんだ?」
「先ほど念話がございました。すでにこちらに向かって出発されておりますので、あと1月もすれば全て解決します」
「まだずいぶん先が長いな。俺はそんなに長く待てねーぞ!」
「今しばらくはこの薬で何とか痛みに耐えていただくしか方法がありませんね」
「しょうがねーな、わかったよ」
そう言って修平は再び目を閉じるのだった。
(そう、フィルレオーネ様とご一緒についに魔王様がここにやって来ます。その時こそが我々が待ち望んだ全てが実現するのです!)
目を閉じた修平を見つめるアドラーの瞳が怪しい色を帯びて輝きだすのだった。それは長い年月を費やした末に、ついに歓喜の瞬間を迎えるかのような邪悪な期待に満ちた輝きだった。
日本に居た頃のタクミたちのクラスには40人の生徒が在籍していた。現在この世界にやって来ているのはタクミたち7人、勇造たち6人、勇者たち5人、恵たち5人、オタクたちが5人、修平とバカたちが合計で6人で、ここまでこの物語に登場したクラスメートは34人に上っている。その他に1人不登校でどうしているのかわからない者が1人居るので、残りは5人だった。
そして女子だけで構成されたその5人のパーティーは現在ラフィーヌの街の宿屋の1室で声を潜めて話をしている最中だった。
「はー、ようやく王宮の監視の目がなくなったわね」
「あの背の高い騎士なんかしょっちゅう私に色目を使って、キモイったらなかったわ!」
「これで清々したから、晴れて実力を出しても構わないのかな?」
「どっちにしてもこの街から出て行った方が良いわね」
「やっぱり冒険者に登録するんですか?」
彼女たちは召喚者たちがダンジョンの攻略に汗を流す間も、『つーか、あんなのだりーし!』「てか、なんで魔物なんかと戦わないといけないんだよ!』と言を左右しながら全くヤル気を見せていなかった。
「晴れて自由の身になったんだから、これからは魔法少女としてガンガン遣って行くわよ!」
「おーーっ!」
リーダーを務める相川 愛美の声に残りの4人が右手を上げて応える。彼女たちは、これまで巧妙にその正体を隠していた本物の『魔法少女』5人組だった。春名が聞きつけたら絶対に弟子入りを希望していただろう。
日本に居た頃から『魔を宿すモノ』・・・・・・ それは敵対する魔女や妖怪、悪魔に至るまで幅広く討伐をしていた、邪悪な存在に対する専門家集団だった。
「それにしてもこの世界の魔物は全然歯応えがないわね。もっと強力な魔を宿す存在って無いのかしら?」
「王都に魔王が出たっていう噂を聞いたけど、剣崎君たちが簡単に倒したらしいわね。どうせ大した相手じゃなかったんでしょう」
「魔王か・・・・・・ もし出てきたらじゃんけんで順番を決める?」
「そんなの一番最初に相手する人が独り占めになっちゃうジャン! 平等に話し合いにしようよ!」
「美晴がじゃんけん弱過ぎるんだよ! 戦いの訓練よりもじゃんけんの練習をした方がいいでしょう!」
彼女たちはほとんど他のパーティーと連絡を取っていなかった。したがってタクミたちがどのような方法で魔王を撃退したかも伝聞でしか知らなかった。もし詳しい話を聞いたら、もう少しはタクミたちの力を認めていただろう。
「まあいいっか! それじゃあ正式にギルドに登録して、この街を出発しようか!」
「どっちに向かうの?」
「他のクラスメートにはかち合いたくないから、西か北西の方向がいいんじゃないの?」
「そうすっか!」
5人は旅の支度を整えて宿を出て行くのだった。
それにしても、ただでさえ地球外の生命体がその子孫の圭子を含めて5人も居て、この世界で大騒動を引き起こしているところに、魔法少女がついにそのベールを脱いで動き出した。その他にも未来人やら霊能者が居て、とんでもないクラスがこの世界に召喚されてしまったものだ。
ここからこの世界の真の激動が開始されるかもしれない。
お読みいただいてありがとうございました。最後のパーティーの正体が判明したところで、次回からは3つ巴でお話が展開していきます。(予定)
できれば明日にもこの話の続きを投稿しようと思っています。もしも遅れたらごめんなさい。明日に間に合うように応援してください。ブックマークや感想、評価が嬉しいです。