257 開演
昨日に引き続いての投稿です。なぜ週末に間隔をつめて投稿できるかといえば・・・・・・ 実は足を怪我しまして、しばらくは仕事に行けなくなりました! というか、やっと何とか歩けるようになった状態で、あと2,3日はこの分だと休まないといけないみたいです。具体的にどのような怪我かはいずれ小説のネタに使うつもりなので今のところは秘密ですが、相当間抜けな状況で怪我をしたとだけお伝えしておきます。
ともあれ、隣国の王都サンセーロでのイベントがいよいよ開演します。春名さんが張り切ってくれたこのイベント編は今回でおしまいで、次回は後日談とまったく別な話が飛び込んでくる予定です。どうぞお楽しみに!
いつものように宣伝です! 2月から投稿を開始しました【魔法学院の訳あり新入生~底辺クラスから最強を目指す!】が現在44話まで投稿を終えています。ちょっと特別な力を持った異世界人の子孫を巡る学園物で、笑いどころ満載のコミカルな物語です。興味がある方は下記のURLにアクセスしてください。
URL https://ncode.syosetu.com/n4271eo/
Nコード N4271EO
新タイトル 魔法学院の訳あり新入生~底辺クラスから最強を目指す!
「ただ今からアニソンフェスティバルを開演いたします。会場内が暗くなりますのでご注意ください」
空が闘技場全体を光を遮るシールドで覆うと会場内は一気に暗くなった。フィールドとスタンドを埋め尽くす観衆は『何が起こるんだろう?』という表情でちょっと不安そうにしている。何しろこのような本格的なコンサートなど全くの未体験の人たちばっかりなのだ。
そこに突如ステージを照らす証明が点る。いや、それはこの世界では見たことがないような圧倒的な光量で、真っ暗な空間からステージ全体が浮かび上がるような錯覚を観客全員が抱いている。
そして光に浮かび上がったステージには、フリフリの衣装をまとった5人がセンターを務める春名を中心にしてVの形で並んでいる。右から紀絵、圭子、春名、美智香、ルノリアの順番だ。これは小柄なルノリアが居る端を前に出す隊形で、遠近感を利用してバランスを取る配置だった。
決して太目な春名のタプンタプンなボディーを誤魔化そうという意図ではないと思う。彼女も意を決してダイエットに励んだはずだから、たぶんそれはないだろう・・・・・・ たぶん・・・・・・
「皆さーん! 今日はこんなに大勢集まってくれてありがとうございまーす! この国で初めてのアニソンイベントで私たちも気合が入っていますよー! ノリノリで最後まで突っ走りますから、ついてきてくださいねー!」
会場からワンテンポ遅れて『ウオーー!』という歓声と拍手が鳴り響く。観客の目はステージ上の春名たち5人にすでに釘付けだった。
そしてステージの下の最前列にこのメンバーたちもスタンバイを終えている。
「準備は良いか? 1曲目の頭から全開で行くぞ!」
「ルノリア様の晴れのデビューだからな、目いっぱい行くぜ!」
すでにその両手にはサイリュームが握り締められている。そう、彼らはオタク魂全開でルノリアのためにステージを盛り上げようと、血の滲むようなオタ芸の練習を重ねてきた例のヤツらだ。
「それでは1曲目は『魔法少女マダカマギカ』です!」
春名のMCに続いて前奏が鳴り響く。この辺は空の腕の見せ所だ。それと同時にステージ背後の大型モニターにアニメのオープニング映像が開始される。巨大画面に映し出されたその映像に観客は目を丸くしている。
「絵が動いているぞ!」
「お母さん、きれいな人が映ってるよ!」
この世界で2番目に日本のアニメーションが披露された瞬間だった。もちろん1回目はバンジー伯爵の晴れ舞台の前座のアニメ歌謡ショーだった。
そして5人の歌が始まる。
「かわした約束♪♪・・・・・・」
最前列でオタク共がサイリュームを手に髪を振り乱しながら踊りだす。
小節ごとに色が変化する照明。鳴り響くギターやピアノ、ドラム、ベース、キーボードやシンセサイザーといった初めて耳にする楽器が調和したメロディーを奏でる。
その光景は観客たちにとっては圧倒的だった。
光と音と映像の洪水に観客は口をポカンと開いたままで、一心不乱にステージを見つめる。
圭子の鍛錬さながらの猛特訓で鍛え上げられた5人のダンスが子供たちの目を引き付ける。曲が進むにつれて、フィールドの前に固まっている親子連れの中から、我慢できずに立ち上がる子供の姿が見られる。母親は暗い会場で子供がどこかに行かないように必死で背中を掴まえる。
そして1曲目が終わると場内はシーンと静まり返る。そして1拍置いてから大歓声が会場を包んだ。
「ウオー! 凄いぞ、なんてきれいな曲だ!」
「聞いたこと無い曲だが、なんだか体が沸き立ってくるぞ!」
「お母さん、私も一緒に踊りたいの!」
どうやら掴みはオーケーの模様だ。
「皆さーん! もっと立ち上がってノリノリで行きますよーー! 遠慮なんかしないで一緒に踊りましょう!」
春名のMCに続いて2曲目が始まると、全員が立ち上がって一緒になって手を振ったり、ジャンプしたり会場の中が熱気でムンムン状態だ。
3曲目と4曲目は紗枝と恵たちの出番だった。結構曲に合わせるダンスが激しいので、息を整えないと肝心の声が乱れてしまう。
順番がやって来た紗枝たちは程好く暖まった会場の雰囲気に乗せられて、緊張も忘れて大熱演を繰り広げた。鳴り止まない拍手のあとは、圭子と美智香が2人で出てきて、その次はタプンタプンの令嬢がソロで歌う。
その舞台裏では岬が青い顔をして控え室の椅子に座っている。
「もうすぐ出番が来るけどそんな調子で大丈夫か?」
「・・・・・・」
心配してタクミが声を掛けるが岬の反応は芳しくなかった。タクミは決心した表情で空から託された紙袋を岬に手渡す。岬の手は無意識にその袋を開いて、中から小さな物体を取り出す。それは偶々春名の収納に入っていたウイスキーボンボンだった。
練習の時に青い顔をして『イヤイヤ』をしていた岬の口に圭子が無理やりこれを押し込んだところ、酔った勢いに任せて岬は1曲歌い切れた。ただしあまり大量に摂取すると彼女の眼が据わって危険な状態になるので、2,3個口にするのが望ましかった。
「岬、調子はどうだ?」
「はあ? ご主人しゃま、なんれすか?」
タクミは空から詳しい話を聞いていなかったので、紙袋ごと岬にウイスキーボンボンを手渡してしまった。そして岬は緊張を解そうと無意識に6個も口にしていた。元々お酒など口にした経験が無い品行方正な岬は、どう見てもアルコールに弱いようだ。すでに呂律が怪しくなっている。
そしてステージ上は大詰めが近付いていた。
「皆さーーん! 次はこの王都で大人気のあの人が登場しますよーー! そうです! 絵本やマンガでお馴染みの『プリンセス・カグヤ』が掛け付けてくれましたー! 皆さん、大きな声で呼んでくださいねー! せーの!」
「「「「「「「「カグヤーー!!」」」」」」」
突如ステージが暗転する。そして1本のスポットライトに十二一重姿の岬が静々とステージの中央に向かって歩いていく。
「も、もしかして本物のカグヤなのか?」
「あの美しい顔と衣装は本物だろう!」
「わーい! お姫様が出てきたよー!」
大人から子供まで大喜びをしている。全員がステージ上の岬に熱い眼差しを送る。約5万人の目が集中すると、それは物理的な重圧を帯びるはずだが、岬は平然とした表情で一礼する。そして穏やかな音色の前奏が流れてくる。
岬はアニメソングは全く知らなかった。彼女のレパートリーはズバリ『天城越え』一択だった。これは彼女の両親が月に住んでいながらも演歌ファンで、その影響で岬は幼い頃から口ずさんでいた。
「隠し切れないー♪♪・・・・・・」
アニソンフェスティバルに『なぜ演歌が?』という突っ込みは無用だった。幻想的なスポットライトに浮かび上がる十二一重姿の岬と曲が絶妙にマッチしている。そして岬は『子供の頃から口ずさんでいた』だけあって、絶妙なコブシの回し加減とビブラートを効かせた歌声が観客を魅了している。
「恨んでもー♪♪・・・・・・」
サビの部分はしっかりと感情を込めて聞かせるのに徹している。時々足元がふらつく様子を見せるのは、たぶんウイスキーボンボンによる酔いのせいだろう。
「ブラボーー!」
「本物のカグヤ様が降臨された!」
「お姫様に会えたよー!」
「私も大人になったらお姫様になりたい!」
この国では『お姫様』はドレスをまとった洋風な姿という認識が一般的だったが、この日を境に『お姫様』とは、十二一重をまとった『プリンセス・カグヤ』を表すものだという考えが人々の間で常識となった。そのくらいの特大のカルチャーショックを与える大トリを飾る岬のステージだった。
「タレちゃん、凄いですよ! まだ拍手が鳴り止みません! これはもう一度皆さんにご挨拶するべきです!」
春名に後押しされて。というかされるがままに岬は再びステージにその姿を現して一礼する。その後ろには出演者一同も顔を揃えて、客席に手を振りながら観声に応えている。
そして幕が閉じて、本日のステージはすべてが終了した。
「皆さん! とんでもない評判を呼んでいますよ! もう明日の公演のために並ぶ人たちも出る有様で、今から整理券を配ってきます!」
何から何まで手回しが良いミハイル王子(5歳)は興奮しながら控え室に入ってきて、ひとしきり捲し立てたあとで部屋を出て行った。
「あー、本当に楽しかった! これで明日がますます楽しみね!」
「本物のプロはタレちゃんだった!」
岬に美味しい所を全部掻っ攫われて、美智香はちょっと無念があるようだ。だがこのサンセーロの街は元から『プリンセス。カグヤ』が大人気の、岬にとってはホームグランド状態だから仕方が無いだろう。
「緊張したけど何とか失敗しなくてよかった!」
「紀絵さんのダンスはとっても上手でしたよ! 体のキレがある人はやっぱり違いますね!」
ルノリアは紀絵を褒めている。今回の振り付けはかなり体術の要素を取り入れた圭子考案の過激な動きだった。それでも普段の鍛錬が生かせる分だけ、紀絵やルノリアにはこなし易いものだった。
「さあさあ、順調に初日が終わりましたからまずは打ち上げですよ! パーッと食べまくりましょう!」
「ハルハル、そうやって油断するから衣装が入らなくなるんだからね!」
圭子の指摘に若干春名がトーンダウンしている。もう少し引き締めないとタプンタプン具合がステージで目立ってしまう。
岬は女子たち総出で十二一重を剥ぎ取られて、一番下に着込んでいた半袖の体操着と短パン姿で椅子にボケーーとした表情で座っている。薄着なのでこれでもかという程胸が自己主張している。
その胸を『ぐぬぬぬ』という顔をして見ている空、これから体内のアルコールを外に排出する魔法を掛けるのだった。これは毒を外に出す魔法と同じで、聖女様の得意な魔法だ。
「それっ!」
空の声とともに岬が魔力に包まれると、あっという間にアルコールが汗に混ざって体外に出て行く。それとともにボーーーっとしていた表情がいつもの岬に戻っていく。
「あれ? 私は一体何をしていたんでしょう?」
「タレちゃん、ウイスキーボンボンの食べ過ぎで酔っ払っていたんだよ! 明日は気をつけてね!」
全く記憶が無いままに王都の住民をその幻想的な衣装と歌声で虜にしたとは知らずに、岬はしきりに首を捻っている。今日のステージが無事に終わったと聞いてもまだキツネに摘まれた表情だ。
「そ、そうですか! 終わったお話は気にしない方が良いですよね! さあ、お城に戻ってからお菓子でも焼きましょうか!」
「タレちゃん、それは無理! ステージの様子は全部記録映像に収めてあるから、これから戻ったら反省会を開く」
岬の思惑は空の一言ですべて吹き飛んだ。記憶が無いのをいいことに『自分の中ではなかったことにしよう!』と考えていたのに、これから映像を目にしなければならない。ステージに立つ自分を想像しただけでも、すでに彼女は鳥肌を立てている。
「圭子ちゃん、もう1つだけウイスキーボンボンをいただけますか?」
「それはないわね! ちゃんと自分の姿を見ておかないと、明日もステージがあるんだから」
再び酔った勢いを借りようとした岬だったが、敢え無く圭子によって却下された。岬の顔に絶望が宿る。ここまでの恥ずかしがり屋は本当に珍しいだろう。
こうして無事に初日を終えた一行は馬車に乗り込んで城に戻っていくのだった。
そしてここでも自分たちの情熱を燃やしたステージを振り返っている連中が居る。
「なあ、俺たちの愛はルノリア様に伝わったかなぁ?」
「あれだけ全力のオタ芸を見せたら、ルノリア様も気付いてくれているに違いない!」
「精根使い果たした気分だけど、まだあと2日あるからな。全力でルノリア様を応援するぞ!」
オタクたちは全く気がついていない。ルノリアはこの世界の人間で『オタ芸』という存在すら知らなかった。そして彼らの思いは届く当ても無く、いつものように虚空の彼方を彷徨うのだった。
次回の投稿は火曜日辺りを予定しています。たくさんのブックマークをありがとうございました。引き続き応援していただけるととっても嬉しいです。足が痛い作者にお見舞いのコメントなどをお寄せいただいたら、多分飛び上がって走り出すと思います。