255 王都サンセーロ
活動報告でもお知らせいたしました通り、先週末に予定していた投稿をお休みさせていただきました。楽しみに待っていた方には申し訳ありませんでした。
その間なぜかブックマークだけが着々と増え続け、『これは掲載をしばらく休んだほうがいいのか?』と作者が勘違いする勢いでした。これは本業に追われて執筆の時間が取れない作者への読者の皆様からの激励だと前向きに受け取っております。本当にありがとうございました。
物語は隣国に到着した主人公たちが、いよいよその国の王都に到着します。そこで待っているのは当然あの人です! そしてまた誰かが暴走気味に・・・・・・
この国での話は今回の投稿でおしまいになる予定でしたが、登場人物の暴走によって次かその次まで続くと決定しました。作者も話を早く進めたいのですが、こればかりはどうにもなりません。しばらくはバトル展開は出てきませんが、来週あたりからお話ががらりと変わってくるはずです。たぶん・・・・・・ 全然自信は無いけれど・・・・・・
ともあれブックマーク本当にありがとうございました。作者のやる気は皆様の応援に支えられています。これからもこの小説をどうぞよろしくお願いします。
国境の自由貿易都市を後にしたタクミたちは街道を至極のんびりとしたペースで馬車に揺られながら北上していく。
国王の名代としてこの街に赴任していたクラウディオ王子は美智香から得たアイデアを早速実行に移すそうだ。王子のその決意に満ちた表情は仕事嫌いの国王とは180度違っており、おそらくは早い内に彼の手で様々な政策が実行に移されるだろう。今までの封建的な社会体制から、より近世に近い経済にスムーズに移行できるかは、ひとえに王子の手腕に掛かっていると言えよう。
馬車の中では岬がホッとした表情を浮かべている。彼女は街中に出るたびに多くの人々の視線を引き付けて注目の的だった。その原因はやはりミハイル王子が出版した『プリンセス・カグヤ』というタイトルの子供向け絵本と少年少女向けのマンガだった。
街中で売り出されているその本を面白がって空が購入して岬に見せたところ、彼女はその瞬間瞳からハイライトが消えた。そしてフラフラと立ち上がると自分の部屋に引きこもって翌朝まで食事も取らずに誰にも姿を見せなかった。その彼女の行動から察するに、自らの黒歴史を面と向かって突きつけられたショックで『消えてしまいたい!』と1人で身悶えしていたと推測される。
空のイタズラで精神的なショックを受けた岬をメンバーたちが心配していたが、春名だけはどうも様子が違っていた。
「晩ご飯も食べずに部屋にこもっているなんて、タレちゃんはどこか具合が悪いのでしょうか?」
食欲中心に世界が動いている春名にとっては『食欲がない=具合が悪い』という方程式しか浮かばないようで、しきりに体調を心配しているのだった。日本に居る頃から独自の『春名ワールド』を展開していた彼女だが、この世界に来てそのボケっぷりに歯止めが掛からない困った状況だ。それを聞いてメンバーたちは岬よりも春名の心配を始めたのは云うまでも無い。
だが春名にも言い分があったようだ。早く岬が元気にならないと、旅の途中で食事を作ってもらえないというのが、彼女にとっては大問題だったらしい。
ようやく旅人や商人の荷馬車しか居ない街道に出たので、岬は周囲からの視線を気にせずに済む分だけ精神的な立ち直りを見せている。
「何か顔を隠せる物はないでしょうか?」
それでもまだ彼女は周囲の注目を集めるのが耐え難いらしくて、縋る様な表情で訴えている。魔王ですら一刀両断にする銀河最強種族の覚醒者も一皮剥けば恥ずかしがり屋の17歳だった。
「こんな物ならある」
空はあの本を見せたのが原因で岬が引きこもってしまった事件に多少の責任を感じていた。せめてもの罪滅ぼしに収納から目元を隠す仮面を取り出して岬に手渡す。そして岬はその仮面を手にしたものの、どう反応してよいのか迷った表情で固まっている。
空が取り出したその仮面はどこからどう見ても鞭とかロウソクを持った女王様がボンテージと網タイツを身に纏って登場する時に着ける、その道のマニアならお馴染みの一品だった。派手なラメとけばけばしい鳥の羽の装飾で彩られたその仮面を手にしたままで、岬が固まるのも頷ける。
「さすがは聖女様です! そのような素敵な仮面をお持ちとはとっても驚きました! どこかの舞踏会に出席されたのですか?」
空が披露した仮面があまりにアレだったもので、どうリアクションを取ろうかと迷いが生じていた馬車の車内に、ルノリアが突如爆弾を放り込んだ。彼女以外のメンバーが『ルノリアの教育上好ましくない』という理由でその仮面に対して口を噤んでいたのに、当のルノリアが『素敵な仮面』と言い放ってしまったのだ。
貴族たちは時折顔を仮面で隠して無礼講的な雰囲気で集まる催しを開く。いわゆる仮面舞踏会といわれる集まりだ。日頃は格式や家柄等にうるさい貴族たちも、時にはそんな面倒な話は取っ払って自由に出会いを楽しみたいのだ。
当然ルノリアはまだ子供なので、日本で言えば『公然と開かれる浮気の機会』とか『本当に出会える出会い系サイト』のような雰囲気で開催されるこの舞踏会に出た経験はないし、それが意味する本当の理由も知らなかった。だが彼女も貴族の子女としてメイドから『大人になったら出席できるそのような催しがある』とは聞いていた。
そしてルノリアはそんな貴族たちの半ば密会のように開かれる仮面舞踏会と正式な舞踏会との区別すらついていなかった。
「えーと・・・・・・ 出所はともかく、そんなに視線が気になるようだったらその仮面を着けてみたらどうだ?」
出所というのは当たり前だが空が入手した先だ。本人は『ネット通販』といってごまかすだろうが、怪しげな書籍を求めるついでに、どこかのこれまた怪しげな店で入手したに決まっている。これはルノリアと空本人以外の全員が心の中で一致した意見だった。それはそうとタクミの意見に岬はしぶしぶ従う様子で、手にしたままだった仮面を一先ずは顔に付けてみる。
「これはこれで物凄く恥ずかしいです!」
仮面に隠された目の周囲以外が真っ赤に染まっている。この国に入ってから彼女は常に羞恥に塗れてばかりだ。色白だけにその赤くなった顔色が殊更に目立っている。
「タレちゃん、他にも色々グッズがある」
空が収納から怪しげな物を取り出そうとするが、その手は岬によって止められた。どうせ碌な物しか出てこないのは百も承知の上だ。
「これ以上私に何をさせる積もりですか?!」
「似合っているのに・・・・・・」
抗議する岬に対して空が非常に残念という表情をしている。誰か暴走するこの聖女様を止めてほしい。果たして彼女が背負っている未来の地球の希望はどこに行ってしまったのだろう?
このような和やかな遣り取りを繰り広げながら、3週間後に5台の馬車は至極平穏にアルシュバイン王国の王都サンセーロに到着する。
「エイリアンの皆様、ご到着をお待ちしておりました。王宮から皆様が到着次第お連れするようにという触れが出ております。ご案内いたしますのでこちらへどうぞ」
王宮は自由貿易都市からの早馬でタクミたちが王都に向かっていると連絡を受けていたらしい。門番は丁重な扱いでタクミたちをそのまま城に案内する。騎馬の騎士が5台の馬車の前後に10騎ずつ付くという破格の待遇だった。これは国賓を迎えてもてなす時と同等の上にも置かない扱いだった。
「皆さん本当にようこそおいでくださいました! 兄から連絡を受けて今か今かと待っていました!」
エイリアン一行が通された最上級の貴賓室でニコニコ顔のミハイル王子が出迎える。彼は連絡を受けてから夢にまで見るくらいにこの再会を楽しみにしていた。その理由は1つには美智香から学んだ技術を実用化に漕ぎ着けて、その成果で彼の工房では目を見張るような印刷技術の進歩を見せていることだった。
その結果として高価だった本が誰でも手に入る値段で売り出されて、特にその第1弾『プリンセス・カグヤ』はいまや国中の人々に広く知れ渡る大ベストセラーになった。そのおかげでこの国に入ってから岬は常に居た堪れない思いをしている。
そしてもう1つは・・・・・・
「実は来週からあのお話を元にした演劇が封を切るんです! ぜひ皆さんにも見ていただきたいと思っています!」
王子の口から出たその言葉を聞いて、岬は両手で顔を覆ってイヤイヤをしている。耳たぶが真っ赤なので、相当に恥ずかしいのだろう。そして彼女の心はどん底まで落ち込んでいるのだった。銀河最強種族をここまで追い詰めたミハイル王子(5歳)、なんと恐るべしか・・・・・・
「見るだけではつまらないと思います!」
岬を思い遣ってどうしようかと思案している一同の中で、まったく空気を読んでいない春名が突如口を開いた。タクミは『また春名がやらかしたー!』と額に手を置いて天を仰いでいる。
そして当然のようにミハイル王子は春名の提案に『これでもか!』という表情で食らい付いている。彼は秘かに岬がステージに立って挨拶くらいしてもらえないかと、内心で願っていたのだ。
「というと、もしかして舞台に立っていただけるのですか?」
王子はこの成り行きを大歓迎という表情で見ている。だがその王子にしても春名の次のセリフは予想のはるか斜め上を行くものだった。
「そんな在り来たりのものではダメです! 本と演劇の宣伝イベントです! どこかの大きな会場で何万人も集めて派手なイベントをやりましょう!」
春名は以前シェンブルクの街で例のバンジージャンプを敢行した伯爵の前座でアニメ歌謡ショーを開催した経験がある。あの時の観衆と一緒に盛り上がった空気を楽しかった思い出として覚えていた。どこかで機会があればもう一度やってみたいと秘かに願っていた。それがミハイル王子の話を聞いて一気に彼女の中で現実化したのだった。
春名は空が記録していた例のアニメ歌謡ショーの映像をミハイル王子に見せて彼の感想を待っている。そして王子は日本でのアイドルのコンサートと言っても差し支えない、その見事にショーアップされたステージにしばし呆然としていた。
「・・・・・・ 皆さんが僕から見ても異星人だというお話を今更ながらに実感しました! 本当にこんなステージが実現するなら大歓迎です! 会場は押さえますから、ぜひとも実現してください!」
岬は王子の返答を聞く前に羞恥のあまりに意識をシャットダウンしている。銀河最強種族を失神に追い込んだミハイル王子、凄過ぎるぞ!
その他のメンバーは春名とミハイル王子の暴走っぷりにまったく付いて行けなかった。あれよあれよと言う間に話がまとまって、王都最大の闘技場で野外コンサートが実施される運びとなる。
「圭子ちゃんと美智香ちゃんはボーっとしていないですぐに振り付けの練習を開始しますよ! 紀ちゃんとルノリアにももちろん出演してもらいます! 空ちゃんには機材の準備と当日の演奏や照明を全部任せますから!」
「わかった」
裏方の空はすんなりと納得したが、突然春名から出演者として指名された2人はソファーの上で仰け反っている。岬同様内気な紀絵は『何とかしてくれ!』という目をタクミに向けるが、このような状況の際に彼には何の権限も認められていなかった。力無く首を振るタクミを見て紀絵は止む無く圭子と美智香に目を向けるが、その2人はというと・・・・・・
「うーん、久しぶりの歌と踊りだからかなりビシッと練習しないとダメだね!」
「圭ちゃんが言う通り! やるからには最高の舞台を見せるのがプロの努め!」
2人ともノリノリだった。『プロじゃないし!』という紀絵の呟きは完全に黙殺されている。こうなると流れは誰にも止められない。春名、圭子、美智香の3人は嫌がる紀絵と訳がわからないという表情のルノリアの手を引っ張って、メイドの案内にしたがって舞踏会用のホールを占拠した。その入り口には『関係者以外立ち入り禁止』という張り紙がデカデカと貼り付けられている。今からすぐに振り付けの確認と楽曲の分担を決めるらしい。ナマケ者の春名がこれ程張り切るのは滅多に無い出来事だ。
空も音楽機材の調整で彼女たちに付いていき、貴賓室にはミハイル王子とタクミ、それにいまだに意識をシャットダウンしている岬が取り残された。
「突っ走りだすと俺の力では止められない。王子には迷惑を掛けるがよろしく頼む」
「迷惑だなんてとんでもないです! これはこの国始まって以来の歴史に残る大イベントですよ! 早速王都中に宣伝をします!」
あれ程病に苦しんでいた面影は今は微塵も見せない王子、その顔は大々的に日本の文化をこの国に広めるまたとない機会がやって来たとピカピカに輝いている。そのまま彼はいそいそと貴賓室を出て、どこかに行ってしまった。
「うーん」
ソファーに座った膝に顔を埋めて気を失っていた岬がようやく現実世界に戻ってくる。
「岬、大丈夫か?」
「あれ? ご主人様、私はどうしていたんでしょうか?」
すっかり記憶が飛んでいる岬にタクミは春名を中心にして一大イベントが開催されるという話を伝える。不安そうな岬だったが、タクミの話を何とか自らの心を宥めながら聞いている。
「このイベントが盛況に終われば、人々の注目が春名たちに向くだろう。その分岬への関心が減るから良いんじゃないか?」
「そ、そうですよね! きっと春名ちゃんたちはそこまで考えてそんな凄いイベントを企画してくれたんだと思います。皆さん本当に優しい人たちです」
タクミに励まされながら春名たちに感謝の気持ちを向ける岬だった。
次回の投稿は週末の土曜日か日曜日を予定しています。できればコンサート本番まで話を進めたいと思っています。




