254 自由貿易都市
254話の投稿です。何とか夕方に間に合いました。
今回のお話は例の鉱山から仲間を救い出したパーティーではなくて、いつも通りにタクミたちの動向に移ります。再び隣国に足を踏み入れた一行はとある人物からの招きを受けます。その人物とは・・・・・・
後半はちょっと小難しい話題でこの小説には珍しい真面目な話題になります。この国はようやく戦乱から立ち直ったばかりなので、ここを抜けるまでは派手なバトルは一切出てきません。(予定)
たぶん次の国から一気の展開になりそうなので、バトル好きな方はあと2話くらいお待ちください。その分盛りだくさんのバトル三昧をお送りいたします。
それからお知らせです! 2月から投稿を開始しました【帝国魔法学院の訳あり新入生~底辺クラスから最強に・・・あれっ、もうなっていた!!】がタイトルを若干変更して現在41話まで投稿を終えています。ちょっと特別な力を持った異世界人の子孫を巡る学園物でかなりコミカルな路線の物語です。興味がある方は下記のURLにアクセスしてください。
URL https://ncode.syosetu.com/n4271eo/
Nコード N4271EO
新タイトル 魔法学院の訳あり新入生~底辺クラスから最強を目指す!
タクミたちはローランド王国の北にある国境の街ダルネスを通過して、いよいよ隣国のアルシュバイン王国に入国した。
以前やって来た時は戦乱の真っ只中で、そんな時期にAランクの冒険者が入国するのを警戒した目で見られた。タクミたちを自らの陣営に強引に招こうとしたメルゲンシュタット侯爵は、岬の手によって一族郎党きれいサッパリ滅んでしまい、現在このメルゲンシュタットの街は国王直轄の自由貿易都市としてかつて無い繁栄を謳歌している。
「ずいぶん賑わっているみたいね」
ケルベロスが引く馬車の御者台から街の様子を見ている圭子の感想だった。マルコルヌスの火山から戻る時には、平和が訪れたこの街に向けて多くの商人が詰め掛けてこようとする様子を目撃して『金が儲かりそうだと感じた商人は本当にたくましいな』と感じたものだが、今回はあの時以上に多くの商人が国境を越えて押し寄せている。
何しろこの街は商工業に関してならば国に納める税金が免除されているのがその原因だった。免税で入ってくる品々に対して国内に流通する際に僅かな金額の税を課することでこの街の財政は成り立っている。僅かな税率であっても、流通する商品の量が膨大なので、国庫に入ってくる税収は相当な額に上っているのだった。それが月を追うごとに右肩上がりで上昇しているので、あの仕事嫌いの国王もウハウハしているだろう。
冒険者ギルドで紹介してもらった宿に行こうとして所で、タクミたちは慌てて2階から降りてきたギルドマスターに呼び止められる。彼は全力で1階のフロアーまで走ってきたので、ゼエゼエと肩で息をしている。
「ハアハア・・・・・・ 間に合って良かったよ! 君たちが姿を現したらこの街の代官様のお屋敷に案内せよと命じられていたんだ。君たちの都合などどうでもいいかから、今すぐに私と一緒に来てくれ!」
タクミたちの都合はどうでも良いと言い切るギルドマスターの態度も大概だが、彼の態度が只事ではないと理解したタクミが尋ねる。
「代官というのはこの国の王子殿下か?」
あの仕事嫌いの国王に『王子を派遣しろ』というアイデアを授けたのはタクミだった。
「その通りだ! 殿下直々の命令だから吹けば飛ぶようなギルドマスターの権限では逆らいようが無いんだ! どうか俺を助けると思って顔を出してくれ!」
縋るような目でタクミを見つめるギルドマスターが居る。彼には入国した際に色々と周辺情報を教えてもらった恩があるし、何よりも王子の赴任を提案したのはタクミ本人だ。これは中々断り辛い。
「どうせだったら、そこに泊めてもらいましょう。宿を紹介してもらったけど、ただで泊めてもらえればラッキーだし!」
宿屋探し担当の圭子は自分の仕事が減るのが大歓迎の様子だ、他の女子もどうやら圭子に同調している。
という訳で、ギルドから使いの者が代官屋敷に走って出て行く。彼が結果を持ち帰るまでは、タクミたちを筆頭にして他のパーティーも飲食コーナーで待機するという成り行きになった。
春名が暴走しないように岬は隣で監視役を務めているのだが、どういうわけだか飲食コーナーの冒険者たちの視線が岬に集中しているのだった。それもチラチラという視線ではなくて、驚いたような表情でまじまじと岬を見ている。
この国の人々は国の名前の響き通りに地球で言えばドイツ人や北欧系の住民のような金髪碧眼の人々が大半だった。その中でタクミたちはアルネを含めて黒髪で黒目だ。その顔付きが物珍しいのは理解できる。だが彼らではなくて、冒険者たちの視線は依然として一点に岬に集中している。その理由が本人にもまったく解せない様子だった。
「タレちゃん、もしかしてあの絵本の件が関係しているかも」
美智香は日本で生きていた頃の記憶を持つこの国のミハイル王子に本を製作するに当たって様々なアドバイスを贈っていた。あれからずいぶん経過しているので、もしかしたら彼の構想が実現している可能性に思い当たったのだった。
「そ、その話はどうか私の前ではしないでください!」
岬は両手で顔を覆って俯いてしまう。その隙に春名は岬の拘束から抜け出して、着ぐるみ姿で食べ物を求めてフロアーをうろつき始めている。レベルが上がって無駄に素早くなっているので、こうして一瞬も気が抜けないのだった。
タクミと圭子は彼女の確保に向かっているが、着ぐるみ姿のままで春名は逃げ回っている。シンクロ率は低いままなのだが、寝る時もこの格好でなのでいつの間にか彼女なりにその『着ぐるみ型パワードスーツ』を使いこなしているのだった。
「ハルハル、止まりなさい!」
「ふふふ、私の摘み食いを止めたければ力尽くで止めてみなさい!」
モコモコの着ぐるみが狭いテーブルの間をすり抜けて、タクミと圭子の追跡をかわしながら時々その手をテーブルに伸ばしては、その上にある料理を摘み食いしている。本当にこれが令嬢のあるべき姿なのだろうか? 春名のパワードスーツの用途はどうやら摘み食いに特化しているらしい。作られた当時はこんな使用法を絶対に想定していなかったに違いない。岬とアルネのご先祖様には春名は誠心誠意土下座してもらいたいくらいだ。
こんな春名の暴挙を止めていたのが岬だったが、現在彼女は自らの黒歴史を目の前に突きつけられて、全く使い物にならなかった。絵本のモデルになったのは今更ながらに彼女の痛恨の極みだ。
ようやく2人掛りで春名をひっ捕らえてこの騒動が収束を迎えた頃に、ギルドマスターが飲食コーナーに顔を出した。
「皆さん全員をお招きしたいそうです。さあ、ご案内しますから参りましょう!」
ギルドマスター専用の馬車に乗った彼を先頭にして、5台の馬車が後を付いていく。そこはかつて岬が廃墟に変えたあの場所だった。大勢が一瞬に命を落としたあの建物は取り壊されて、新たに白亜の立派な豪邸が造られている。国王の直轄地とした再出発したこの街のシンボルでもあるその建物が代官屋敷だった。
正面玄関に横付けされた馬車から降りた面々は、王子が待っている執務室に案内される。他のパーティーはそれとは別に2階の客間に通されている。
「ようこそお越しくださいました! 皆さんは弟の命を救っていただいただけでなくて、この国の戦乱を解決に導いてくださった恩人です。両親に代わってお礼申し上げます」
満面の笑みでタクミたちを出迎えたのは、この国の第2王子のクラウディオだった。タクミたちが王都に滞在していた当時は直接対面しなかったのだが、当然王子は両親や弟からタクミたちの活躍を聞いている。何よりもクラウディオ自身がタクミたちに大変な恩義を感じているのだった。
「皆さんには本当に感謝しています。第2王子とはいっても名ばかりで燻っていた僕にこうして遣り甲斐のある仕事が与えられたのは皆さんからの助言があったと聞いています。本当にありがとうございました」
クラウディオは年齢が20歳でタクミたちよりも僅かに年上だ。仕事嫌いな父親では無くて温厚な母親似の風貌で、次男坊らしく意欲に溢れた青年だった。
「失礼だが、あの陛下からあなたのようなヤル気のある人物が生まれてきたのが信じられない」
タクミが話し終わらないうちに声を出してクラウディオは大笑いしている。こういう屈託がないところは父親似かもしれない。
「ご指摘の通りなのは全く否定できません。ミハイルはまだ幼いので除くとして、年上の兄弟3人の合言葉は『父上のようになるな!』なんですよ! あそこまでヤル気がないと逆に反面教師として有効ですからね」
さすがは長年あの国王を一番身近で見てきただけのことはある。だが怠け者のフリをしても、実はあの国王はあれで結構思慮深い面もあるのだ。
「なるほど、仲が良いご兄弟のようだ。それで、わざわざお招きいただいたのは挨拶だけのためなのかな?」
「すっかり読まれていましたね。この街は商業の街です。ご覧の通りの賑わいを見せていますが、光のある所には必ず影が付き物なんですよ。不正な商取引や買占めの横行などで、正直な商人が騙されたり物価が上昇したりしています。何か良い対策が無いか皆さんに意見を聞きたかったんですよ」
タクミは戦術や戦略については専門家なのでその知識を十分過ぎる程持ち合わせている。だが経済だの商取引といった問題に関しては全くの専門外、いや素人同然だった。彼はこの場に居合わせる1人1人に視線を向ける。
着ぐるみ姿の春名が何かを口にしようとしたが、そこはスルーしておく。どうせ彼女の口からは『パンが無ければお菓子を食べればいいです!』的な話が出てくるのは間違いなかった。どこのマリーアントワネットだ!
圭子は彼方を向いて全く目を合わせようとはしない。彼女に経済を語らせるなど、チンパンジーにコンピュータプログラムを教えるよりも難易度が高い。
空は全く興味が無い表情でソファーに掛けている。どうせ頭の中はエロい妄想でいっぱいになっているはずだ。
岬はまだ先程のショック顔を引いて当分使い物にならない様子だった。紀絵は海に出ないと本領を発揮しないし、ルノリアは論外だろう。
従ってこのような話題は美智香に振るのが一番という結論が出された。
「美智香、何かいい案はないか?」
クラス一の才女で特に理数系に強い彼女は自信ありげな表情をしている。経済も詰る所は数字の世界、つまりは数学の集合体と考えれば彼女の頭脳に任せるのが手っ取り早い。
「経済にはできるだけ政治が関与しない方が望ましい。政治は経済が発展する環境を作るのと、その環境が健全に働くように監視するのが仕事」
美智香の説明はかなり抽象的でわかり難いものだった。タクミにも彼女が何を言いたいのか全くわからない。圭子に至っては口をポカンと般若心経でも聞いているかのような表情だった。
「その手段として、公正な契約を保障するためには商業ギルドの承認がある契約書以外は無効にする」
商業ギルドは当然売買契約のノウハウを長年蓄積している。そこが公正な取引と認めない限りは契約を無効にするというものだ。
「なるほど、商業ギルドを活用するんですか。いくらかの手数料が入るようにすれば、彼らは喜んでやってくれそうですね」
クラウディオはこの街を治めるにあたって多少は商取引の仕組みを勉強しているようだった。美智香の話を聞いてすぐにそのアイデアは浮かんでいる。取引に関する苦情の申し立ても、商業ギルドを通せばスムーズな解決が図れる。
「次に公正な競争を保つために独占的な商売を禁止する。当然違反には罰則規定を設けて売り上げの2倍くらいの金額を徴収する」
日本やアメリカに『独占禁止法』があるように、この街にも独占的な商売をして不法に利益を上げるのを禁止する提案だった。当然これには例外規定が多く発生するのを美智香は追加で補足している。たとえばたった1つの工房でしかできない高い技術の製品は、不法な独占には当て嵌まらないからだ。かえってそんな工房の技術を保護した方が全体の利益に貢献する。
「最後に働く人たちの最低賃金を設定する」
この世界の労働者は様々な条件で働いている。成人したばかりの多くの若者たちは丁稚奉公同然の小遣い銭程度の給料で毎日休み無く働いている例もあるのだった。このような最低限度の暮らししかできない層に正当な賃金を支払うことによって中産階級を生み出すのが狙いだった。一見雇用主には不利な規定のように思われるが、回りまわって将来の自分たちの利益に繋がっていくのだ。
「全部素晴らしい提案ばかりです! 特にこの最低賃金というのは庶民たちが大喜びしそうですね」
「業種によって細かに設定する方法と、全業種一まとめに設定する方法がある。それは考え方次第」
幸いこの街は現在景気が良いので、雇用主の懐は潤っている。その一部を従業員に還元させるシステムを作り出そうというこの世界では初の試みだった。
「ルールに従って自由に競争して、その競争が社会を発展させていく。でも脱落する者のための一定のセーフティーネットも必要」
美智香が言っているのは失業したり倒産したりして、弱者に陥った人々を救うシステムだった。ここまで整えれば、一つの社会システムとしてはかなり上質な物が出来上がりそうだった。
「わかりました、ミハイルがあなたを絶賛していた理由が私にもようやく理解できました。もしこれが実現したら、本当に住み易い街になりますね!」
「その通り、住み易い街にはもっと大勢の人が集まって繁栄する。これからは街同士も競争する時代」
近隣にこのような街が出来上がったら、旧態依然の街からは人々が流出する。その結果、周辺の街もこの社会システムを取り入れて、新たな経済の枠組みを作らないと没落する一方になる。ひとつの街で始まったこの取り組みはそう遠くない将来には国全体に広がっていくだろう。
その時にアルシュバイン王国がどのように発展しているか、近代化を目指すミハイル王子の手助けのつもりでこのような提案を行った美智香だった。
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