250 迷宮攻略の目的
お待たせいたしました、ついにこの小説が250話を迎えました。これでお仕舞いではなくてまだまだ続きますからどうぞご安心ください。
今回の話は宇宙船の探索を終えたタクミたちが街に戻ってくる所からスタートします。あまり進展の無い説明回のようになっていますが、ここでデルートの街での依頼が決着して、次の話題に話が移る転換点です。
タクミが宇宙船内部の探索を終えた翌朝、デルートの街に戻る前に全員を集めてタクミから宇宙船に関する事情の説明が行われている。
「俺と紀絵とアルネの3人が入り口から宇宙船の内部に侵入して探索した結果を話す。質問は後から受け付ける」
そう彼が切り出すとお馴染みのイヌの着ぐるみ姿の春名が不機嫌になっている。
「そんな面白そうな物があるんだったら、私も探索に参加したかったです!」
相変わらずこの令嬢は非戦闘員の割には好奇心旺盛で、何事にも鼻を突っ込みたがるのだった。過去にその好奇心が仇となって『食いしん坊レベル』が上昇してしまった苦い経験などすっかり忘れている。精神的に打たれ強いのは春名の長所といえるのかもしれない。だが同じ失敗を繰り返す彼女にとって、本当にそれが長所なのかは疑問の余地が残る。それはこの場に居合わせる全員に共通する認識だろう。
そんな頭の中にきれいなお花が咲いている春名を放置して、タクミの事情説明は開始された。
「俺が持っているある鍵を利用したら、宇宙船の入り口はすんなり開いた」
タクミの発言にある『鍵』とは、ジョンから譲ってもらったパワードスーツを指している。この旅に同行しているメンバーには、すでに岬、タクミ、春名の3人が地球人ではないと明かしているが、自分たちが所持している武装の詳細については、少なくとも他のパーティーが迷宮の攻略を終えるまでは教えないつもりだった。なぜなら色々と明かしてしまうと、迷宮を攻略する楽しみが減るからだ。困難を克服した果てにようやく辿り着いた真実こそが、攻略の最大のご褒美なのだ。
「えー! それだったら最初から私たちも連れて行きなさいよ!」
案の定圭子から不満の声が上がる。紀絵とこっそり付いていったアルネだけが楽しい思いをしたのが我慢ならないといった表情をしている。
「圭子は当初の指示を守らなかったペナルティーだ。勝手に宇宙船に乗り込もうとしただろう」
タクミの発言に併せて横から美智香が『わかっているよね!』という視線を向けてくるので、さすがの世紀末覇者様もそれ以上はクレームを続けられなかった。やはり圭子の隣には制止役の美智香という存在が必要不可欠なのだ。
「それでご主人様、内部はどうなっていたのですか?」
岬が話の続きをタクミに求める。圭子によって脱線し掛かった話のルートを元に戻そうという彼女の配慮だった。わがままな女子に手を焼くタクミにとっては唯一救いの手を差し伸べる岬の存在は心からありがたい。
「まずは空が予想した通りで、変異種のゴブリンを遺伝子改良して培養する施設があった。それらは全て廃棄して2度と外部の環境に影響を与えないようにしておいた」
タクミの言い方はまるで物理的に破壊したかのようだったが、実際はC-45に命じてトイレの水を流すように僅か3分でお手軽に廃棄したのだった。
「過去に外部に放たれたゴブリンはどうする?」
美智香が変異種のゴブリンをこのまま放っておけないと感じて発言する。タクミは最初に『質問は後から受ける』と言ったにも拘らず、そんな話はペロッと無視されている。
「外部に出たゴブリンは俺たちが討伐した数と殆ど同数と判明した。生殖能力もないから、もし数体この付近に残っていても、いずれは消え去るだろう」
タクミの説明に美智香は満足した表情で頷いている。これでこの山の周辺は元の環境を取り戻すのが明らかなのだ。
それから大まかな宇宙船に関する説明を聞いて、最後に比佐斗が手を上げる。タクミの『質問は最後に』というルールを守っているのは、いかにも生真面目な比佐斗らしい態度だった。
「その宇宙船で地球に帰れないのか?」
「残念だが不可能だな。相当な年月が経過しているから、正常に動かせるかどうかも怪しいし、そもそもあの山からどうやって宇宙船を取り出せばいいのか俺には見当がつかない」
実際にはC-45の話から宇宙航行は十分に可能という情報を得てはいたのだが、この宇宙船の性能は1光年を進むのに約1ヶ月掛かるという話だった。つまり光の速さの10倍以上の速度で宇宙を進めるのだが、地球までの何万光年という道のりを転移無しで進むと何千年もの時間が掛かってしまうのだった。
ジョンの話によるとメルカッテがこの惑星にやって来た時は、当時まだ理論しか出来上がっていなかった『宇宙船による超長距離転移』を半ば無理やりに実行した結果らしい。そして偶然にこの惑星の近くにこの宇宙船が何とか無事に転移したのだった。
せっかく宇宙船が目の前にあっても、自分たちが日本に戻る手段として生かせないという残念な状況に、タクミたち以外のパーティーメンバーはテンションが急降下している。
「それではこのままデルートの街まで戻ろうか。各自来た時と同じ隊形で戻るぞ」
なんとなく後ろ髪を惹かれる思いでその場を立ち去る一行。まだこの場に残された宇宙船に勇者や勇造たちは未練が残っている様子だった。
馬車に乗り込んだ一行は来た道を引き返してデルートを目指す。その馬車の中ではタクミの隣に座ったルノリアが真顔でタクミに尋ねている。
「タクミ様、皆さんは最後にはどこか別の世界に戻られるのですか?」
「そうだな、最後には自分たちが生活していた世界に戻るだろうな」
タクミ自身の脳裏には幼少時を過ごしたロッテルタの都市と赴任してしばらくの時間を過ごした日本の街並みが浮かんでいる。タクミはすでにロッテルタへの反逆を誓っているので、今更二度と戻れないだろうというのは承知している。したがってもし彼が戻るとしたら、春名以外のパーティーメンバーと出会った日本しか残されていなかった。
「タクミ様、ルノリアは他の世界であろうとどこまでもタクミ様とご一緒いたします!」
「そうか、ルノリア、ありがとう。そのためには強くなるんだ。誰にも負けないくらいに強くなれ!」
「はい、タクミ様の側に居られるようにルノリアは強くなって見せます!」
飛び切りの笑顔を自分に向けるまだ10歳のルノリアにタクミはいつものように頭をポンポンしながら優しく微笑みかける。『たぶん彼女を守るためだったら神にさえも喧嘩を売るだろうな』と考えながら。
そしてその反対側では朝食をお腹いっぱいに詰め込んだ春名がヨダレを垂らしそうな表情でぐっすりと寝ているのだった。
「えへへへ、タクミ君、もうこれ以上は食べられませんよ」
実に幸せそうな夢を見ているようだ。着ぐるみを着込んで少々場所をとってはいるものの、その無防備であどけない表情は2人が出会った時からまったく変わりなかった。
(春名のことも絶対に守ってやるから今は安心して寝ていろ)
手が掛かる令嬢だが、もう10年以上の長い付き合いだ。他の女子にはない安心感をもたらしてくれる掛け替えのない存在がこうして隣に居てくれる。それだけでタクミは困難に向かって突き進めそうな気がするのだった。
「街が見えてきたよー!」
先頭を引っ張るケルベロスの手綱を握っている圭子の声が響く。時刻は昼過ぎで、車内ではお腹が空いて我慢ができない春名が騒ぎ出している頃に、馬車はデルートの街に戻ってきた。
街に入る手続きを終えて冒険者ギルドに行く前に、あまりに春名がうるさいので昼食を取る事にする。3台の馬車で合計18人も一緒に入れる食事処はこの街にはそれほど無かったので、門番お奨めの一番大きなレストランに向かう。
昼食のピークは超えているので、満員で入れないという残念な状況ではなかったが、数人ごとに離れた席しか用意できなかった。仕方が無いのでタクミたちと勇造たちはパーティーごとに、勇者とアルネに味噌っかすの剣士たちが同席になって食事を済ます。
ちょうど昼の客を捌いて一安心していた厨房は、この思わぬ客の食欲を前にしててんてこ舞いの状況に追い込まれた。春名1人の食事を用意するだけでも大変なのに、勇造たちもかなりの大食いが揃っているのだった。
「味は普通ですがちょっと量が少ないです!」
そう言いながら春名は別の料理を3皿追加している。その向こう側では勇造たちの席に料理をお盆に満載させたウエイトレスが引っ切り無しに訪れるというカオスな光景が展開されているのだった。
冒険者ギルドへ依頼完了の手続きに出向くと、当然のようにギルドマスターの部屋に通される。この案件は支部ではかなり難易度の高い依頼としてランクが高い冒険者だけに依頼を出していた。それがこうして無事に解決を見たというので、ギルドマスターが直々に話を聞きたいという訳だった。
「なんだと! 変異種のゴブリンでオーガ並みの力と皮膚の硬さを持っているのか!」
驚いているギルドマスターにタクミは収納から1体の例のゴブリンを取り出して床に転がす。空が遺伝子を調べた個体だ。
「見ての通りだ、この変異種は周辺を隈なく探して見つけ次第に殲滅した。発生源も破壊しておいたから、今後はもう発生しないだろう。ただし取りこぼしたゴブリンがまだ残っているかもしれないから、当分はあの場所に近付かない方が良いだろうな」
調査依頼だったのが討伐と発生源の根絶までやってもらえたら、ギルドマスターとしてはこんなにありがたい話は無かった。報酬の上乗せを約束して依頼達成の手続きを取るように秘書に連絡をしている。
「それはそうとしてこの支部に30人以上で話し合いが可能な広さの部屋があるか?」
「用意できるがどうするんだね?」
「今5つのパーティーが合同で活動している。夕方から打ち合わせをしたいんだ」
「いいだろう、報酬の一環として無料で貸し出すよ」
タクミの要望をギルドマスターは喜んで引き受けてくれた。一番広い部屋を夜まで貸してくれるそうだ。タクミは礼を言ってから部屋を後にしてカウンターがある1階に降りていく。そこにはどこから見ても目立つ白銀と黄金の鎧を着込んだ2人組みが待っている。勇者とアルネだ。この街の冒険者たちは見慣れない彼らを遠巻きに見ているだけだった。
「夕方からここで打ち合わせを開きたい。メンバーを全員連れて集まってもらえるか?」
「わかった、一休みしたら再びここに来ればいいんだな」
タクミの申し出を比佐斗は了承してパーティーメンバーが待っている宿に一旦戻っていく。味噌っかす剣士にも同様の話を伝えて、彼らも恵たちが待っている宿に帰っていった。勇造たちは例のオタクパーティーと同じ宿なので、彼らに伝言してくれるそうだ。こうして手筈を整えたタクミは女子が待っている飲食コーナーに足を運ぶ。
そこには岬に羽交い絞めにされた春名の姿があった。彼女は食べ物に向かおうとする春名を体を張って止めている最中だった。以前ならば岬が指先だけで春名を止められたのだが、最近春名のレベルが上昇して岬の怪力相手に結構抵抗するのだ。
「春名、もう諦めろ! 宿に向かうぞ!」
タクミの声でガッカリした様子の春名は抵抗を諦めてしぶしぶ馬車に向かう。まだ食べ物を前にしても最低限の理性は残っているようだ。そのうちに我慢できずに別の席の皿に手を伸ばすのではないかと危惧される。
夕方になって、タクミのクラスメートたちが各パーティーごとに三々五々冒険者ギルドに集まってくる。全員をギルドの一番広い部屋に集めて、タクミは今回の依頼で発見した宇宙船に関して朝と同じような説明を始める。
宇宙船の話を全く聞いていなかったオタクたちは『これで日本に戻って再びゲーム三昧の生活ができる!』と喜んだのも束の間、あの艦が使用できないという事実を聞いてガックリしている。だが転んでもタダでは起きないのがオタク魂だ。日本に戻れないのならゲームと同じような超リアルなこの世界の冒険を楽しもうと完全に考えを切り替えている。
それに『幼女も近くに居ることだし』と彼らが揃ってルノリアに視線を向けた途端にタクミはデーザーガンを取り出している。怪しいと思ったら即殲滅しないと、ルノリアの安全は守れない。
オタクどもを全員気絶させて、大人しくさせてからタクミは話の続きを開始する。
「それから宇宙船の格納庫から大量の武器類を押収してきた。これらは迷宮を攻略後に公開する。この世界にとってはオーバーキルの武器を持って迷宮に挑んでもツマラナイだろうからな」
タクミの意見に恵が声を上げる。彼女の信条は『安全第一』だからタクミの決定に納得がいかない様子を見せているのだった。
「そんな武器があったら迷宮をわざわざ攻略しなくても安全に身を守れるんじゃないの? 今私たちにそれを提供しないのは『つまらなくなる』という理由だけでは承服できないわ!」
この反論もタクミの想定内だった。彼はあらかじめ考えておいた違う角度の論点を述べる。
「恵の意見は頷ける部分もある。だが全員が日本に戻るためには最終的には魔王城を攻略する必要がある。これから攻略してもらう迷宮は魔王城に向かうための選抜試験も兼ねている。日本に戻りたかったらあの迷宮くらいは攻略してもらわないと足手まといになるからな」
「本当に日本に戻れるの?! なぜそう言い切れるの?」
恵はなおも食らい付いてくる。日本に戻ることこそが彼女の最終目標だった。それが目の前にぶら下がっている状況は絶対に彼女にとっては見逃せなかった。
「魔族たちが転移してやって来るのは知っているな。おそらくは魔王城に転移装置が置かれているのだと考えるのが合理的だろう。そして俺たちがこの世界で探しているもっと大規模な転移すら可能にするシステムの最後の残りが魔王城に隠されている。この2つが手に入れば全員が無事に地球に転移できるわけだ」
タクミの話に恵は強い興味を惹かれている。確かに魔族が転移して目の前に姿を現す光景を目撃していた。あのような転移をもっと大規模に可能にするというそのシステムが手に入る可能性を彼女は考える。
「そのシステムは簡単に手に入るわけではないわよね?」
「敵地の中心だ、そんなに楽観はできないが可能性はある」
タクミ自身が魔族の支配地がどのようになっているのか目にしていないので、まだその具体的な攻略法は考えていないが、困難は伴うものの攻略は可能だと考えている。
「わかったわ、剣崎君に従いましょう。迷宮を攻略してから更に魔王城を攻略するだけの力を手に入れろと言う訳ね。日本に戻るためだったら、喜んでその力を手に入れてやるわ。みんな、いいわね?」
恵の言葉に彼女のパーティーメンバーが頷いている。それにつられて勇造たちや勇者までもが決心したような表情をしているのだった。やはり恵こそが真のリーダーだと全員が改めて認識した瞬間だった。
恵に美味しい所を全部持っていかれたタクミは最早ただの号令係りだった。教室でその日の日直が号令をかける程度の重さしか彼の言葉には残っていなかった。
最後までお付き合いくださってありがとうございました。次回の投稿は火曜日あたりを目標にしていますが、多少前後するのはお許しください。たくさんのブックマークをお寄せいただいてありがとうございました。ゴールデンウイークは執筆に殆どの時間を費やしますので、引き続き励ましの意味での、感想、評価、ブックマークをお待ちしています。
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タイトル 帝国魔法学院の訳あり新入生~底辺クラスから最強に・・・あれっ、もうなっていた!!