25 ラフィーヌのダンジョン12
ダンジョン編の最後です。
ダンジョン地下に隠されていたPNIシステムの起動を終えて部屋を出ると、先ほど右に曲がった角に左側に進む通路が出現していた。
ドアを開くパスワード入力か、装置の起動に連動していたのであろう。先ほどは確かに右に曲がる通路しかなかったのが、彼らが気づかないうちに新たに出来ていた。
「この先から地上に転送されるかもしれないな」
タクミの言葉に一同が頷く。すでにダンジョンボスを攻略しているので、おそらく危険はないはずだ。
もしこれが罠だったら、タンジョンの構造としては鬼畜過ぎる。
タクミを先頭に通路を進むと、その突き当りは予想通り床に大きな魔法陣が描かれた部屋になっていた。
全員が魔法陣の中に入って淡い光に包まれたと思った時には、彼らは転送されていた。
話は数週間前に遡る。
ここはクラスの生徒達が召喚された王城、城に残った生徒達は昼の訓練を終えて夕食をとっている。
パーティーごとに席が割り当てられて座っているので、訓練の様子や懐かしい地球の話題など和やかな様子で食事をしている。
召喚された当初よりも皆落ち着いて物事を考えることが出来ているようで、ここに残った5つのパーティーはそれなりにまとまりを見せていた。
「タレちゃん、元気にしているかなぁー?」
タメ息混じりに仲がよかった友人の心配をしているのは、岬が最初に所属していたパーティーの鈴村 恵だ。
「大丈夫よ! やっと大好きな人と一緒になれたんだから、私達はあの子のことを応援してあげればいいのよ」
恵の心配に対して楽観的な意見を返したのは、藤山 蘭、彼女も岬の気持ちを知っていて快く送り出した一人だ。
「そうだよね、そのうちいつか会えるよね」
その言葉に力付けられて、恵は食事を再開した。
そんな雰囲気の中で、一人で端の席に座って浮かない表情をしている女子生徒がいる。
彼女は、山内 紀絵。日本にいた頃はクラス内に特に仲のよい生徒がいなくて、目立たない性格とかなりふくよかな体型で口の悪い男子からは『おばさん』と呼ばれていた。
彼女はそのふくよかな外見に似合わず繊細な神経の持ち主で、ストレスがかかるとつい食べる事に逃げ込む癖があって、それが悪循環を生み出してふくよかな体型の理由となっていた。
それがこの世界に来たことによって、毎日のように食べていたスナック菓子が手に入らなくなり、食事は決まった時間に3回で間食もなしという環境で、見る見るうちに痩せてゆき今では見違えるような体付きになっている。
『ああー、こんなことだったら私も江原さんのようにあの時ここを出て行けばよかった・・・・・・』
彼女は今でもあの時に勇気を出せなかったことを悔やんでいた。
食事の手を止めて一人物思いにふける。
目立たなくて仲のよい子がいない彼女にとって唯一の慰めは、タクミの姿を離れたところから見ることだった。口が悪い男子たちと違って彼だけは紀絵にごく普通に接してくれた。たったそれだけのことでも紀絵にとっては心の休まる瞬間だった。
タクミがいるから毎日学校に行くのが楽しみだった。
しかし、彼の側には常に春名がいて仲良さそうにしている。きっとそういう事なんだろうなと頭の中ではわかっていた。それでも自分の考えとは裏腹に、タクミの事をつい目で追ってしまう。
だからタクミが城を出ると言った時に一緒に行きたいと思った。
でもそれが出来なかった。『相手にされなかったらどうしよう』『春名と本当に付き合っている現実を知ったらどうしよう』というネガティブな考えが、彼女の行動を押し止めてしまった。
それゆえの後悔が紀絵を包み込む。彼女の自信のなさが、今のこの状況を生み出していた。
そんな時、食堂に入ってきた城の係りの者が全員に今後の予定を告げる。
「皆さん、ここでの訓練は順調のようですので、来週からラフィーヌのダンジョンでより実践的な訓練を行います。ダンジョンに慣れた城の騎士も同行しますのでそれほど危険はありません。思う存分腕を磨いてください」
彼は用件だけ告げるとそのまま出て行った。
詳しい話は明日から攻略法や魔物の特性などのレクチャーを行う予定になっている。
紀絵はその話を聞いていやな予感がした。具体的に何があるというわけではないが、とにかく胸騒ぎがしてならなかった。
翌週、城を出てラフィーヌを目指す生徒達。この道はすでに2週間前にタクミ達が通った道で、体育会パーティーも先週この道を通ってラフィーヌを目指していた。
3日の予定で馬車の旅は順調に進む。
生徒達には携行食が不評で、それならばと道すがらホーンラビットなどを狩って夕食にしながら少しずつ魔物との戦いに慣れていった。
ラフィーヌに到着して宿で一泊してから、いよいよ彼らもダンジョンに入っていく。
紀絵が所属するパーティーは素行に問題がある男子生徒が5人、手っ取り早く言えば『バカ5人組』だ。
彼らは全員が剣士や槍士であまりにもバランスが悪いので、回復魔法と補助魔法が使える紀絵を無理やりパーティーに加えたのだった。紀絵からしてみれば迷惑この上ない話だが、所属するパーティーが決まっていなかった彼女は逆らう術を持っていなかった。
パーティーで活動している時、常に彼らからは容赦のない罵声が浴びせられて、その一つ一つが彼女の心を苛んだ。あまりに酷い時は紀絵は『死にたい』と真剣に思ったほど、執拗で陰険な仕打ちが続いた。
それでも魔物を相手にすると命懸けの戦いになるので、その時だけは彼らは紀絵の回復魔法に頼るというなんとも虫のいい話だ。
騎士の先導もあって、彼女のパーティーは順調に5階層まで降りてきた。
だがこの時アクシデントが発生する。
前を行くオタク男子のパーティーの一人が足を負傷してしまった。
止む無く彼らはここで引き返すことにしたのだが、怪我の状態が思いの外重傷で回復魔法では完治しない。彼は両脇から2人の肩を貸りてようやく移動できる状態で、このまま引き返すにしても全体の戦力が手薄になる。
そこで紀絵のパーティーに付いていた騎士が怪我人パーティーの護衛に回って、彼がこのフロアーに戻るまで彼女のパーティーはセーフティーゾーンで休憩という指示が出た。
ここは5階の中でもかなり奥の方にある場所で、一般の冒険者にとっては魔物が強い割にはうま味の少ない場所とされていて人通りはほとんどない。
セーフティーゾーンの奥で膝を抱えて騎士の帰りを待つ紀絵と、その手前で何かを相談しているバカ5人しかこの場所にはいなかった。
「おい、デブ! せっかくだからここでパーティーの親睦を深めようぜ」
バカの一人が紀絵に向かって突然声をかけるが『親睦を深める』とはいったい何をするのか見当が付かない紀絵。
バカの一人は彼女の事を『デブ』と呼んでいたが、この時実際の彼女は70キロ近い体重が20キロ以上落ちていて、デブとは呼べないほどスタイルがよくなっていた。
元々整った顔立ちで色白の彼女は10人中9人が『美人』と答える程の容姿になっていたのだが、当の本人にはまったくその自覚はない。
声を掛けたバカが紀絵に近づき、その顔の前にナイフをチラつかせる。
「えっ!」
魔物に向けられるはずのナイフが、自分に向けられる状況が理解できずに声が出せない紀絵。
「鈍いデブだな、俺たちがお前を奴隷にしてやるって言っているんだよ! まあ鈍いからデブなのか!!」
紀絵を取り囲むようにして5人の男が集まってくる。全員が陰惨な表情で彼女を獲物のように見ていた。一斉に襲い掛かった彼らは紀絵の両手と両足を抱えて、彼女を引きずるように床に寝かせる。
「ヤメ・・・・・・」
彼女の言葉は目の前に突き出されたナイフに対する恐怖によって、最後まで口にすることが出来なかった。
男たちの手が彼女の着衣に伸びていく。
『ヤメて! 誰か助けて!! お願い誰か!! タクミ君・・・・・・」
彼女は最後に心の中にしまっておいた大好きな男の子の事を思い返した。
『今彼はどうしているだろう?』そんな関係ない考えに逃げ込む事しか出来ないほど、彼女は絶望的な状況に追い込まれていた。
「ここはどこだ?」
転送の魔法陣から出てきたタクミ達、その壁には『Ⅴ』の文字が刻んである事をみると、どうやら5階層まで一気に転送されてきたようだ。
「いきなり出口じゃないけど、ここまでくれば出口はすぐそこね」
圭子はこれで一安心といった表情でメンバーを見渡す。女性陣も残りわずかの所まで戻って来た事にヤレヤレといった表情をしていた。
美智香が5階層のマップを広げたときに、シロが突然吠え出してチョコチョコと走り出した。
また犬型の魔物が出たのかと思って、全員がそのあとを付いていく。シロは角を二つ曲がって部屋の前で立ち止まった。
一体何があるのかと覗き込むと・・・・・・そこでは見た事のあるバカ顔が、よってたかって一人の女子に襲い掛かっているところだった。
その光景を見た圭子の体が反射的に動く。
後ろ向きの男二人に対して後頭部にキックを入れて昏倒させると、紀絵の左手を抑えていた男の髪の毛を掴んで引きずり倒してから鳩尾に鉄拳を入れる。
残りの二人に対してはタクミが立ちはだかった。
タクミの威圧によって身動きを止めた二人を押しのけて、収納から取り出した毛布に紀絵をくるみ込んでお姫様抱っこで抱えて外に出す。
「圭子、後は任せる」
男5人にいきなり襲い掛かられたショックで、呆然としている紀絵を外に出して手当てを女子達に任せる。これから圭子が暴れるセーフティーゾーンよりは外の方がよほど安全だ。
幸いタクミ達が駆けつけるのが早くて、犯行は未遂に終わった。岬が脱がされかかったズボンを元に戻して、外れたボタンを留め直す。
「もう大丈夫ですよ」
優しい声で岬が話しかけると、ようやく状況を理解した紀絵が声を上げて泣き出した。
その体を岬が起こして優しく抱きしめる。
タクミは女子の着衣を治す場面を見ているわけにも行かないので、シロとともに魔物の接近を警戒していたが、特に何も来る様子はなかった。
その時セーフティーゾーンの中から圭子の声が響く。
「美智香、こいつらに水ぶっ掛けて!」
圭子の苛烈な制裁を受けたバカが5人意識を失って倒れているが、この程度で許すほど圭子は甘くはない。
美智香の魔法でびしょ濡れになって意識を取り戻した男達の悲鳴が再度響き渡った。
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