244 本調査開始
変異種のゴブリンが現れる場所、その原因を探るためにタクミたちは本格的な調査に入ります。ゴブリンを倒しながら先に進むと、そこには・・・・・・
翌日の早朝、本格的な山の探索を開始するためにタクミたちはベースキャンプを発って、なだらかな勾配を登っていく。昨日の討伐である程度の数を駆除していたので周囲には例の変異種のゴブリンが現れる気配はなかった。
「どうやらこの辺りから傾斜がきつくなっているな。予定通りにここから班ごとの行動に移るとするか」
タクミの提案に一同が頷いて、ABCそれぞれの班に分かれる。A班はこのまま山頂を目指し、B班は左回りにC班は右回りに麓を回って山の裏手で再び合流する計画だった。もし途中で何かを発見した場合は、その地点に目印を残したまま引き返すか、もしくは安全を確認したらそのまま通り過ぎて合流地点を目指す予定になっている。
「勇造、圭子、くれぐれも無茶をするなよ」
「おう、任してくれ!」
「それは保障できないかな」
A班の勇造は脳筋の割には慎重な一面がある男だ。彼をリーダーとして指名した上に美智香まで同行するので、間違いはないだろう。
問題は圭子が率いるC班だった。リーダーを決める時に『私以外の誰が居るのよ!』と圭子が立候補したおかげで、彼女が紀絵と勇者を率いるという誰もが『これは地雷だろう!』と思うパーティーが出来上がっている。だがその圭子はすでにパワードスーツを着込んだ『世紀末覇者』モードで自信満々の表情をしている。
紀絵のパワードスーツはタクミの収納に収まっており、彼女は『風神雷神の篭手』を付けて腰のホルダーには『ボウガンのような物』を装着している。拳王がお出ましになった以上、2体もパワードスーツを投入するのは戦力過剰だろうということで、紀絵は軽装ないでたちで探索に臨む。それでも彼女のこの装備ならば、1人でラフィーヌのダンジョンを攻略できるくらい強力な威力を発揮するのだった。
勇者はローランド王国に伝わる伝説の鎧に腰にはエクスカリバーというお約束の格好をしている。今回の班の振り分けについて比佐斗は、紀絵はともかくとしてあのアルネを簡単に吹き飛ばした圭子に同行することにかなりビビッていた。だが彼は知らない。まだ比佐斗の実力だと、圭子だけでなく紀絵にすら子ども扱いされる程度だということを・・・・・・
「よーし、このまま一気に山頂を目指すぞ!」
「ちょっと待ってほしい!」
意気揚々と宣言する勇造に美智香が待ったを掛けた。彼女の行動に怪訝な表情をする勇造。他の『蒼き稲妻(仮)』のメンバーは紗枝以外が勇造と同様の表情をしている。
「登山をするわけではない。斜面を大きくジグザグに登って探査する範囲を可能な限り広げた方が良い」
山頂を目指すと聞いていた彼らはその脳筋頭で『頂上に一気に登ってやろう!』と考えていたが、美智香の指摘にようやく本来の『探索をする』という目的を思い出した。紗枝だけは辛うじて『周辺を見て回った方が良いんじゃないの?』と考えていただけに、美智香の意見に当たり前のように同意している。
「お、おう! わかったぜ! それなら斜めに大きく斜面を迂回しながら登っていこう!」
紗枝にはようやくタクミがこの班に美智香を加えた理由が理解できた。彼女の魔法に関する能力もさることながら、論理的に考えて最も効率のよい方法を導き出す彼女の考え方がこのパーティーには欠けているのだった。本来なら美智香は圭子の監視役として彼女と一緒に行動させるのが望ましいのだが、こうした理由でタクミは敢えて勇造たちのパーティーと一緒に行動させているのだ。
A班は斜面を斜めに進みだす。美智香はコンパスを手に方向を指示している。彼女が実質的なリーダー役になっているのだった。一口に斜めに進むといっても、斜面には窪みや逆に土が盛り上がっている箇所がたくさん在るので、登山道を登っていくように簡単に進めるわけではない。
「斜面の窪みや洞窟になっている場所に注意してほしい。もしかしたら魔力溜まりに為っているかもしれない」
魔力溜まりは変異種を発生させたり、時にはダンジョンの卵を生み出す厄介な存在だ。目に付いた窪みは片っ端から美智香が溜まっている魔力の量を観察して回るが、今の所は全く異常な箇所は発見できなかった。
「異常が生じている箇所が近付くと魔物が増える傾向がある。その点にも注意して進んでほしい」
美智香の忠告に勇造が頷いている。だが、斜面を上に進んでも現れるのは変異種のゴブリンばかりで他の魔物は一切姿を見せなかった。
「なんだかおかしいぞ! こんな感じの森を何度も歩いたが、ゴブリンしか現れないという森は見たことがないな。必ず他の魔物も姿を現すはずだろう?」
立ち止まって勇造が首を捻っている。彼の頭脳ではその理由に全く心当たりがなかったせいだ。
「オーガの住む場所には他種の魔物が住み着かない。あのゴブリンはおそらくはオーガに匹敵する力を持っているはず。他の魔物はゴブリンの手に掛かって死んだか、駆逐されて別の場所に逃げ出したかと考えるのが妥当」
「なるほど、魔物にも弱肉強食が存在する以上は強い物がその土地を独占するのが当たり前か」
勇造は美智香の意見に素直に頷いている。だが美智香はそれ以上に全く他の魔物を見ないというこの事態を異常に感じている。もしゴブリンが他の魔物を駆逐したのなら、やつらは何を餌にしているのかという問題に突き当たっていた。オーガの縄張りでも餌になる小型の魔物や小動物が息を潜めるように生息しているのだ。もし獲物が獲れなくなったらオーガは新しい縄張りを求めて移動していくはずだ。だが、この場所にいるゴブリンは餌が無いにも拘らずこの場に留まり続けている。それは何かを守るように・・・・・・
しばらくは同じように斜面を登りながらの探索が続いていく。時折出現するゴブリンに注意を払えば単調な山登りだ。だが彼らの行く手に斜面が大きく崩れて山肌が剥き出しになって広がる箇所が現れた。下の方に何本もの木が折り重なるように倒れているところを見ると、崩れてからそれ程時間が経過していないのだろう。
「これはちょっと進むのに苦労しそうだな。見たところ何かありそうか?」
勇造は横幅にして40メートルはたっぷりある斜面が崩れて崩落した場所に目を向けている。
「なんだかあそこだけ不自然に平らになっているのはなんだろうな?」
視力がいい大吾がその箇所を指差して首を捻っている。そこは一見すると崩れた斜面と全く見分けがつかない土色をしているのだが、確かに彼が言う通りになぜかそこだけが平らというよりも緩やかなカーブを描く滑らかな曲線で形作られている。
「もう少しわかるように表面の土を退けてみる」
美智香が土魔法で土砂を動かすと、その曲線を描く造形の姿がより顕になってくる。それは自然が作り出した物ではなくて、どこからどう見ても人工的な物体の表面のようだった。地球に在る物で例えると、巨大な飛行船の上部構造がそこに埋まっているかのような見てくれをしている。
「ずいぶんデカイ物が埋まっているみたいだが、あれは一体何だ?!」
勇造の目からしてもその物体と思しき物が果たしてどのくらいの大きさをしているのか見当が付かない。他の面々も全く同じような見解だった。
「なるほど、そういうことなら話が繋がる」
だが美智香だけは全く違う反応をしている。彼女は当然昨夜のうちに空がゴブリンを分析した結果も知っているし、ここに埋まっているであろう物体に良く似た物を目にしたことがある。彼女の頭の中にはほぼ確信めいた考えが浮かんでいるのだった。
「この場は重要な手掛かりとして報告する。ここから上にはたぶん大した手掛かりはないはずだけど、ゴブリンの掃討をしながら念のため頂上を目指す」
美智香の方針に一同は頷いた。彼女は勇造たちに勘付かれないように位置情報を端末に入力してから、頂上に向けて歩き出すのだった。
「せっかくの訓練だから2人で前を歩くのが良いんじゃないか?」
タクミはヘタレ剣士を見てから、アルネに同意を求めるように彼女にチラリと視線を送る。
「いいんじゃないか。あの程度のゴブリンだったらわざわざ私が手を下す程でも無かろう」
アルネは視線で2人に前を歩けと促している。その眼光に逆らえずに良助と春夫はおずおずした態度で2人並んで先頭を歩き出した。タクミとアルネはしめしめという表情だ。これで面倒なゴブリンの始末は彼らに丸投げできる。
周囲を警戒しながらキョロキョロと見渡して歩いている先頭の2人に比べて、タクミとアルネは表面上はピクニックをしているかのような全く無警戒な足取りだった。それでもタクミは奇襲を受けないように、全方位に微弱な赤外線を放って、端末が生物を捉えると警告のアラームが鳴るように設定している。今の所は見通しが良いので半径100メートルの範囲内はこの方式でカバーできるのだった。
「おーい、この先80メートル付近でゴブリンが待ち構えているぞ」
「なんでわかるんだよ!」
全く危機感を感じさせないタクミの声が耳に入ると、良助は警戒するよりも先に彼が魔物の存在を捉えた理由を問い詰める。
「そんなことを言っている場合か! さっさと迎撃の準備をしろ!」
タクミは深く追求されたくないので、彼にゴブリンとの戦いに備えるように命じた。
「なんで俺たちが・・・・・・」
春夫はしぶしぶ剣を構える。この依頼への同行は実は彼らの意思ではなかった。恵からの半ば強制的な命令によって彼らはこの場に立っているのだった。目的は当然彼らの経験値を引き上げて、少しでもレベルを上昇させることに尽きる。
「ほらほら、もうすぐ草むらから姿を現すぞ!」
タクミの言葉通りに変異種のゴブリンがヌッと姿を現す。その紫っぽい体表の色からして嫌悪感を抱かずにはいられない醜悪な姿だ。
「あー、出やがった! このクソッたれ! 俺から行くぞ!」
「俺も続く、体のどこでもいいからダメージを与えてくれ!」
良助、春夫の順にゴブリンに切りかかっていく。その必死な形相はとても相手がゴブリンとは思えなかった。それ程この変異種は2人にとっては手強い敵なのだ。
「アルネ、あの2人の剣技はどうだ?」
「腕力に頼っているな。もっと体全体のバネを効かさないと有効な打ち込みが出来ないだろうな」
必死に戦う2人に様子を見守りつつタクミとアルネは彼らの技量の足りない部分を指摘しあっている。2人とも若干腰が引けているために踏み込みが甘くて腕だけで剣を振るう形になっているのだった。
「基礎がまだ全然足りない。私のように実戦の中で技量を磨けるのは一握りの天才だけだ。その天才様もついこの間無様に敗北する姿を晒したがな」
「圭子のことは気にするな。あの姿になった彼女のレベルが異常なだけだ。それよりも基礎というのはやはり素振りか?」
「確かにあの女の力は異常だ。槍の先を手の平で軽々受け止めて全く無傷というのは私のプライドがズタズタになった。ああ、基礎は素振りで身に着けるしかない」
タクミとアルネは圭子との戦いを振り返りながら目の前の2人の動きの欠点を話している。タクミは剣に関しては素人だしアルネも手にする得物は槍だが、この2人のようにある程度の戦闘レベルに達すると、自ずと他の武器を手にする者の動きもわかってくるのだ。
「おお、そろそろゴブリン相手の戦いも終わりが見えてきたな。あいつらには毎日1万回くらい素振りを遣らせればいいのか?」
「回数よりもより効率の良い動きを教えながら振るった方が良いだろうな。誰かが側に付いて指導した方が近道だろう。あの剣士などはいい筋をしていたぞ」
「大吾のことか。仕方が無いから当面は彼に指導役を務めてもらうか」
大吾は厳密に言えばその技を100パーセント生かすには剣よりも刀の方が向いている。彼は刀の戦いを剣に応用しているのだった。したがって剣が本職とは言い難い面がある。
「ラフィーヌに戻ったら伯爵に見てもらうか」
この世界で剣を握らせたら第一人者の伯爵に任せる他無いとタクミは結論付けるのだった。
何とかゴブリンを倒して2人は肩で息をしている。それ程彼らにとっては手強い敵だった。だがゴブリンは前に進む程次々に出現してくる。良助と春夫は5体倒したところで『もう動けない!』と、堂々のギブアップ宣言をする。
「仕方が無いな、一旦休憩にするか」
タクミが収納から飲み物や食事を取り出して、40分程体を休めた2人も何とか歩く気力を取り戻していた。再び歩き出す4人は良助と春夫の体力を考慮してタクミとアルネが交代でゴブリンにあたる方針に変更する。
「これで終わりだ」
ゴブリンを散々バールで弄んだタクミは眉間にナイフを突き立てる。上半身のあちこちを合計6箇所骨折して抵抗できないゴブリンは為す術無く倒れていった。1分も掛からずに軽がると戦闘を終えたタクミだ。
「ふん!」
だが更にアルネはその上を行く。彼女は試し斬りと同じように槍の刃を一閃しただけでゴブリンの首を斬り落としていた。2人のあまりの戦闘力の高さを見せ付けられて、良助と春夫は思いっきりへこんでいる。彼らは知らないが、片や惑星調査員でもう一方は銀河最強種族の生き残りだから、平凡な学生からすると『インチキだ!』と抗議の声が上がるだろう。
この調子で順調に前に進み、山の裏手側に差し掛かった場所で大きく崖が崩れている場所をタクミが発見する。
「大雨でも降ったのか?」
双眼鏡で覗いて崩れた箇所の確認をするタクミの目には、思いがけない物体が飛び込んでくるのだった。
次回かその次の投稿でこの依頼の件は終わる予定です。予定ですのでまたいつものようにズルズルと延びる可能性も・・・・・・
次回の投稿は水曜日の予定です。