242 探索開始
デルートの街で依頼を引き受けたタクミたちは、翌日から早速現場に向かいます。彼らの前に立ちはだかる手強い魔物とは・・・・・・
そういえばついにブックマークが500件を突破しました。皆さんの応援が身に染みます。その分読み応えのある小説をこれからも頑張って執筆していきます。(苦悩)
翌日の早朝、門の外で待ち合わせをした18人に及ぶ集団は3台の馬車に分乗して依頼にある山に向かう。
「南西の方向にひとまずは向かってくれ。半時くらい進むとメインの街道から外れて、脇の細い街道に入っていくから、そこまではこのまま街道を進んで大丈夫だ」
先頭を進むエイリアンの馬車の御者台では、案内役のボールドが圭子の横に座って道を指示している。彼は一度この依頼に失敗しているだけに、たとえ案内役とはいえなんとか貢献しようと真剣だった。
「ケル! しばらく道沿いに進んでね! それからもう少しゆっくり! そんなに早く進んだら後ろの馬車が付いてこれないでしょう!」
圭子に注意されて馬車を引くケルベロスはグッと速度を落とす。外を走れる嬉しさについつい速度が上がってしまうのだ。パワー溢れるケルベロスにとっては歩くような速度で街道を進んでいく。
「それで、その魔物っていうのはどんなやつらが出てくるの?」
圭子はボールドに尋ねる。彼らが出会った手強い魔物に興味を示しているのだった。
「俺たちが出会ったのはゴブリンだ」
「へっ? ゴブリンなの?」
拍子抜けしたような圭子の声、だが彼女は迷宮で出現したシールドをまとったあのゴブリンを思い出した。シロの攻撃を簡単に跳ね返したあの個体は確かにボールドたちからすると手強い魔物に違いない。
「そうだ、麓に居た魔物はゴブリンだ。それがとんでもなく強いやつらで、剣で斬り付けても全く刃が通じないんだよ。その上力が強くて5人掛りでようやく1体倒せたが、それだけで俺たちがヘトヘトになったんだよ。あんなゴブリンは見たことがない、おそらく変異種だろうな」
「なるほどね、ちょっと面白そうね。どのくらい強いのかは、現地に行ってからのお楽しみね」
Bランクの冒険者が5人掛りでようやく仕留められるゴブリンの正体を楽しみにしつつ、圭子は馬車を進めていく。隣のボールドは手強い魔物との遭遇を楽しみにする圭子を見て『こいつらの底が知れない!』とただただ呆れるばかりだった。
「もうそろそろ麓が近いぞ! 異変が起きているのは目の前の山だからな!」
ボールドが指差すその先には500メートルくらいの高さの山が姿を現している。見た目はどこにでもある何の変哲も無い山で、頂上への道のりもそれほど急峻という訳でも無さそうだ。ただしその山の奥にいくつもの小高い山頂が続いているので、日本で言えば房総半島の真ん中辺りの地形を想像してもらえればわかり易いかもしれない。
それ程高い山では無いにしても一旦山中に踏み込むと、道なき道が続く見通しが悪い場所の連続なので、それなりに注意が必要になるだろうと思われる。
「一旦停まるよ!」
圭子の声に合わせてケルベロスが停止する。後続の馬車もそれに倣って停止した。馬車のドアが開いてタクミたちがゾロゾロと降りてくる。
「この辺りがベースキャンプには都合良さそうだな」
周辺の地形を見ながらタクミはこの場所にキャンプ地の設営を決定する。まだここならば見通しが利く上に、平坦な場所というのが決め手だった。ここから先は登りになっているし、道というのも怪しい程に人が殆ど通らない場所で、馬車がこれ以上進むのも難しそうだった。
3台の馬車は空がシールドを展開し易いように固まって停車して、馬は付近の木に繋ぐ。狭い馬車の中で我慢をしていたシロとファフニールは外に飛び出て広々した場所を走り回ったり飛び回ったりしている。ケルベロスも馬車から離されて自由に動けるようになって、3つの頭で周囲の臭いをクンクン嗅ぎ回っている。
岬はテーブルを出して早速昼食作りに取り掛かる。その周辺を春名が何とかして摘み食いをしようと狙っているいつもの光景だった。
昼食が終わって、タクミは全員を集めて作戦会議を開く。会議とは言っても意見を出し合うのではなくて、タクミが大まかな作戦を提案して質問や変更点などを随時受け付ける形で話し合いは進んでいく。
「勇造たちのパーティーには美智香が加わってA班、俺とそこの剣士2人とアルネでB班、圭子と勇者に紀絵でC班とする。空、岬、春名、ルノリアはベースキャンプで待機だ。ボールドもこの場に居てくれ。ここまではいいか?」
タクミの振り分けに異議は出なかった。ただし、居残りを言い渡された春名だけは『私も探索に行きたかったです!』と膨れている。相変わらず非戦闘員の割りにヤル気だけは溢れているのだった。
「まずは最初に全員の能力が魔物に通用するか試し終わるまでは、このまま全員で行動する。その後、A班は頂上を目指して山を登るコースを進んでくれ。B班は左回り、C班は右回りに山の麓を回って裏手を目指す。日没までには必ずこの場所に戻ってくるんだ」
「何か異変の原因を見つけたらどうするの?」
タクミの提案に圭子がまともな質問をする。テストの点数は赤点のオンパレードでも、戦闘が絡むとこうして妙に頭脳が働くのだ。だからなぜ普段からそれができないのか不思議でしょうがない。
「無理に突っ込むな。可能かどうか慎重に判断してから、全員が準備を整えて原因を取り除く。この方針だけは徹底してほしい」
タクミの考えに全員が頷く。依頼は調査だけなので敢えて原因に触れなくても構わないのだが、取り除けるものは取り除いておいた方が良いに決まっている。
「私たちはこの場を守っていれば良いですね」
「その通りだ。ここも決して安全とは言い切れないから、気を引き締めて待機していてほしい。食事の準備等は全て任せる」
「はい、ご主人様! 準備万端整えてお帰りをお待ちしています」
岬は本拠地を守るという重要な役割に気を引き締めると同時に、疲れて帰ってくるタクミのために腕によりを掛けて美味しい物を作ろうと考えている。
「分かれて行動するのは良いが、連絡手段はどうするんだ?」
「残念ながら無いな。何かあったらこのベースキャンプに戻ってきてくれ。低い山だからといって馬鹿にすると方向を見失って遭難するから注意するんだ。通った場所には必ず目印をつけるのを忘れるな。もし道がわからなくなったら頂上を目指すんだ。上から見渡せばキャンプの位置がわかるはずだ」
勇造の質問は実はタクミにとって中々答え難いものだった。本当はタクミたちが持っている端末同士で通信が可能なのだが、敢えてここで他のパーティーメンバーに公開する必要も無いだろうと判断している。端末を持っていないC班にはシロとケルベロスが同行するので、匂いを辿って絶対にこの場所に戻ってこれるはずだ。
「よし、これで大丈夫だな。準備が整い次第に出発する。水と保存食の残りの量をもう一度しっかりチェックしてくれ。それから急激な気温の変化に備えて防寒着と予備の服は有りっ丈収納に突っ込んでおくんだ!」
たとえ500メートル級の低い山でも慎重に準備を促すタクミの指示にしたがって、一行はもう一度収納やマジックバッグの中身を確認する。装備一式を担いでいかなければならない地球の登山家と違って、マジックバッグのような収納機能があれば軽装でも大量の荷物を持ち運べるので、この点だけは地球よりも便利かもしれない。
「タクミ様、皆様、どうかお気を付けて行ってらしてください」
「ルノリア、夜までには戻るから心配しないで待っていてくれ」
ルノリアは健気な様子でタクミたちを見送っている。彼女はまだ森を歩く訓練が不十分なので、居残り組に回されていた。その分『岬に料理を習う!』と張り切っている。岬から教えてもらった『はなよめしゅぎょう』というフレーズが現在彼女のマイブームになっているのだった。
シロと圭子が先頭に立って一行は山を目指して歩き出す。ケルベロスは一番後ろをノシノシと付いていっている。総勢14人と霊獣2体という巨大な戦力なので、今のところはそれほどの緊張感を持たずに全体が進んでいく。
1時間ほど歩いて進むと先程よりもかなり山全体が目の前に迫ってきた。ちょうどその時シロが何かを警戒するように耳をそばだてている。
「全員止まって! シロが何かの気配に勘付いたわ!」
周辺は木々が疎らに生えている比較的見通しの良い場所だった。シロは気配を発する対象の匂いを慎重に嗅ぎ分けるようにして、その位置にゆっくりと近づいていく。
「キャン!」
そして一声咆えたと思ったら、木の陰から1体のゴブリンが現れた。ただしその外見は本当にゴブリンと呼んでいいのか判断に迷う姿をしている。
まずその大きさが本来ならばルノリアや空よりも小さいはずなのに、約170センチで日本人の平均身長くらいあった。それから普通はくすんだ緑色の皮膚が紫に近いような色で、その体の表面には黒々とした血管のようなものが浮き出ている。頭にある短い角はオーガ程ではないが20センチ近くに伸びており、その先が鋭く尖っていた。
一行の目の前に姿を現したゴブリンは警戒する様子を見せながらもジリジリと迫り、時々威嚇するような『ギギャ!』という声を出す。通常のゴブリンはこの人数の人間を見かけたら、単体では絶対に逃げ出すはずだった。弱そうな相手には嵩に掛かって攻めてくるが、強そうな敵に対しては尻尾を巻いて逃げ出すのが連中の習性だ。それがどうやらこのゴブリンには通用しないようだった。
「シロ、下がっていなさい! 私が相手をするわ!」
拳王の姿ではなくて冒険者スタイルの圭子が一歩前に出ると、その様子を見たシロはすんなりと後ろに控える。
「見掛けはちょっと違うようだけど、所詮ゴブリンはゴブリンに過ぎないわ! この圭子様に敵意を向けた愚かさを思い知りなさい!」
口調こそ違うが、言っている中身は拳王そのまんまだ。大地の篭手を嵌めた両手をカチカチと打ち付けながら圭子はゴブリンとの距離をゆっくりと詰めに掛かる。
一方のゴブリンは圭子が単独で向かってくる様子を見て、ニヤリとした笑みを浮かべてこちらも一歩ずつ前進を開始する。
両者は睨み合いながら攻撃に移る間合いの探り合いを開始する。その様子を後方からタクミたちが食い入るような目で見つめるのだった。
「ほほう、単調に突っ込んでこないというのは褒めてあげるわ。でもね、慎重に戦うからといって結果が変わるものではないのよ! そっちが来ないらこっちから出向いてあげるわ!」
そう言い残した圭子の姿がゴブリンの視界から消えた。正確には圭子の動きが早過ぎて、ゴブリンの目が全く付いていけなかった。気がついた時には目の前に圭子の姿がある。
一瞬で大きく踏み込んだ圭子はゴブリンの腹、心臓、顎を目掛けての必殺の3連撃を繰り出していた。これまで魔族や数多くの魔物を沈めてきた圭子の攻撃に、このゴブリンも例外なく崩れ落ちる。だが、圭子はまだ残心を解いていない。
それは圭子の目がまだゴブリンの胸が規則正しく上下している様子を見て取ったからだ。いくら世紀末覇者モードでないにしても、今まで圭子のこの攻撃を食らって息が残っていたのは、魔族の上位クラスくらいのものだった。
「これで止めよ!」
圭子はゴブリンの首目掛けて踵を落とす。
「ゴキッ!」
その一撃でこのタフなゴブリンの頚骨が折れて、しばらく痙攣した後に完全に動きを止めた。
「圭子、手応えはどうだった?」
戻ってきた彼女にタクミが声を掛ける。今の戦いが今後の参考になるのだから、実際に見えた圭子の感想はしっかりと聞いておきたかったのだ。
「そうね、なんと言うか・・・・・・ 取り敢えずは硬かったかな?」
圭子の感想がいまひとつ歯切れが悪い。彼女もあの3連撃で完全に仕留めたと思っていたのだが、予想以上にゴブリンの体が頑丈にできていたということらしい。
「なるほどな、ボールドが言っていた『剣の刃が全く通用しない』というのがどうやら正解のようだな」
タクミが『ストロベリージャム』の剣士2人を見ると、彼らはどうやら及び腰になっている様子だった。だが、『蒼き稲妻(仮)』に所属する剣士の片岡賢治は違っている。彼はあの魔王に電撃の魔法を掛けた剣で斬りかかる命知らずだ。
「本当に剣が効かないかどうか次は是非俺に遣らせてくれ」
「いいだろう、任せる」
賢治はその返事を聞いてから、自らの愛剣を見て不敵に笑うのだった。
読んでいただいてありがとうございました。次回の投稿は水曜日か木曜日を予定しています。たぶん木曜日が濃厚な気配が今の進行具合からは漂っています。次の目標はブックマーク千件です!(白目) 今後ともこの小説をどうぞよろしくお願いします。