241 デルートでの依頼
ついに、つ、ついにラフィーヌの街を出発しました。はー、ここまで長かった! 早速1つ目の街で一行はなんだか依頼を受けるようです。どのようないきさつがそこのはあるのか・・・・・・
今回からクラスの大半が一緒に行動するので、その描き分けが本当に大変です。こんなに苦労するとは思わなかった。でも始めてしまった物は最後までキッチリと頑張ります!
3週間が過ぎて、迷宮を目指して各パーティーがラフィーヌを出発する日が近づいてきた。タクミたちは伯爵邸の離れのリビングに集まって、迷宮があるセイレーン王国までのルートを相談している。
「今のところ魔王はまだ動きを見せていない。俺たちは魔王が潜んでいる場所を避けて、やや遠回りになるがアルシュバイン王国を抜けるルートで迷宮を目指そうと思うが、みんなの意見を聞きたい」
タクミの端末には魔王が身を潜めている王都から見て南西の森の辺りを表示している。圭子に文字通りボコボコにされた魔王は、自らの魂が封印された鎧の修復と魔力の回復が完了するまで身動きが取れない様子だった。おそらく魔力が戻ったならば、転移で別の場所に移動するつもりなのだろう。
「魔王が転移した先で、もし暴れだして被害が出た場合はどうするの?」
美智香は魔王によって引き起こされた王都の被害をその目にしているので、再びあの悲劇が起きないかと心配している。
「残念ながらヤツが次に現れる場所の見当が付かない以上は、未然に食い止める手段がない。俺たちは力を持っているが万能ではないからな。不本意だが被害はどこかしらに出る可能性はある。しかし俺たちの目的は魔王城を探し出すことだ」
タクミとしても魔王による被害は出ない方が良いと承知している。それでも敢えて魔王に止めを刺さなかったのは、自分たちの目的を優先した結果だった。他のパーティーには明かしていないこの理由を知ったら、『正義感の強い比佐斗あたりは目を剥いて抗議するだろう』とタクミ自身苦笑している。
「確かにタクミが言う通り、魔王の出現場所がわからない以上は私達に手の出しようがない」
美智香も不本意そうだが、納得するしかなかった。
魔王に『転移』という移動手段がある以上、こちらが追いつける可能性は万に一つもない。美智香自身はすでにこの転移魔法の解析を終えているのだが、彼女は全く使用するつもりはなかった。なぜならこの術式自体が非常に脆い均衡の上に成り立っており、成功率は約96パーセントという代物だ。つまり、100回行えば4回は失敗してどこか訳のわからない場所に転移してしまう。それがこの世界のどこかならばまだ救いはあるが、次元の狭間などといった抜け出しようのない場所に放り出される危険が伴うのだった。
「そのルートならミハイル君にまた会えるわね」
圭子はかつて訪ねたアルシュバイン王国で出会った、日本人として生きていた前世の記憶を持つ幼い王子のことを思い出した。その横で岬が真っ赤な顔をして身悶えしている。例の絵本のモデルになった自らの黒歴史を思い返しているのだった。
「王様とお妃様も面白い方々でしたから,お会いするのが楽しみです」
春名も王宮に招かれて色々な話を聞いた元トレジャーハンターの仲良し夫妻を思い出していた。彼女が食欲から離れた意見を述べるのは久しぶりの出来事だ。
「皆さんはお隣の国で大活躍したとは聞いていましたが、国王陛下ともお知り合いなのですか?」
ルノリアは王都の公園で吟遊詩人の弾き語りによってタクミたちの冒険譚を知っている。だが、隣国の王室と懇意にしているという情報はさすがに理解の範疇を超えていた。
「ミハイル王子の病気を私が治療した」
空がドヤ顔で胸を張っている。
最近食事の量を意識的に増やしていて、その結果ペッタンコだった空の胸に僅かに膨らみの欠片のような物ができつつあった。彼女にとっては何よりも嬉しいらしくて、その事実に気が付いた空は真っ先にタクミの所に駆け寄って胸をはだけるという、まるで露出狂のような振る舞いに及んだ。もちろん『ルノリアの教育上好ましくありません!』と岬からお小言をいただいたのだが・・・・・・
「さすがは聖女様です! 私の父上といい、色々な所で人助けをしていられるのですね!」
ルノリアの空に対する尊敬度がマックスになっている。何しろ彼女の父親の不治の病を完治したのだから、空自身の性格に多少の問題があろうともルノリアにとっては大恩人だった。
「えーと、アルシュバイン王国からセイレーン王国まではもしかして海を行くんですか?」
紀絵の目が光る。アルシュバイン王国の王都から西に2週間馬車で進むと、バイスデルの港町がある。そこから海路で10日でセイレーン王国の王都に到着する。つまり彼女がもうひとつの本領を発揮する海がそこには存在するのだった。紀絵の中に潜む漁師魂が疼き出すのを抑えきれないのだろう。この食い付きぶりからすると、どこかで大漁旗を準備してきそうな勢いだ。
「そのつもりなんだが、問題はケルベロスをどうやって運ぶかなんだ。空、もっと大きな船は用意できないか?」
「ふふふ、私に不可能はない! ただし豪華客船レベルの船しかないから、この世界の文明からすると場違い感が大きい」
この前タクミたちが乗船した『帆船・ガチホモ丸』でさえ、この世界の常識からすると進歩的なデザインだった。そこに未来の豪華客船が登場すると、大変な騒動を引き起こしそうだがこの際止むを得ない。それにしても空の収納に入っている品々に興味は尽きない。この分だといずれはファンタジーの最終局面に付き物の飛空挺も登場するのではなかろうか?
「仕方ないがそれで行こう。いまさら隠しても色々と手遅れだろう」
タクミの意見に一同は頷いた。船酔いの酷い圭子と水が苦手な岬も『豪華客船の旅だったら大丈夫だろう』と同意している。
「それじゃあ、出発するよ!」
待ち合わせ場所の街の東門から5台の馬車が動き出す。ケルベロスが引く『エイリアン』のメンバーが乗り込む馬車を先頭に『ストロベリージャム』『蒼き稲妻(仮)』『勇者パーティー』『オタクども』の5つのパーティーがラフィーヌを後にした。オタクたちが一番後ろに置かれているのは、ルノリアへの接近を防止するためだ。
前日に全員が伯爵邸に集まって、旅の準備やルートの確認を終えている。とはいってもタクミたちと紗枝以外は全く長旅の経験がなくて、この世界の地理がどうなっているのかも殆ど知識がなかった。彼らは王都とラフィ-ヌの街の周辺でしかこれまで活動していなかったので、止むを得ないだろう。逆を言えばまだ1年足らずの間にタクミたちがあまりにもこの世界を駆け巡り過ぎたのだ。
街道を東に向かう一行、ひとまずはデルートの街を抜けて街道の分岐点のモンテンサを目指す。そこから北上して、国境を抜けてアルシュバイン王国に入る予定だ。いつものペースでケルベロスが馬車を引っ張ると後続の馬車馬たちにはオーバーペースなので、圭子は盛んに『もっとゆっくり!』と声を掛けている。馬車馬は2頭で引いているのだが、ケルベロスはそれよりもはるかにパワーがある。さすがは霊獣だ。
4日後にデルートの街に到着して冒険者ギルドに立ち寄るとタクミたちに声が掛かる。
「よお! 久しぶりじゃないか!」
そこに偶然居合わせたのは『大地の嵐』一行だ。
そのまま飲食コーナーに入って、しばらくこの近辺の情報を聞き込んでから互いの近況を話す。何でも彼らはついこの間Bランクに昇格したそうだ。タクミたちのように飛び抜けて秀でるものはないが、友情とチームワークで堅実に依頼をこなしているらしい。
「それで、ものは相談なんだが・・・・・・」
リーダーのボールドが切り出す。それは彼らがこの街にやって来た目的だった。
「俺たちはギルドの依頼でこの街の南にある山の異変の調査に来たんだ。ここ最近魔物が急に増えだして、やたら手強くなっている原因を調査に行ったんだが、麓の辺りでもうすでに手に負えなくて尻尾を巻いて退散したわけだ。どうだ、お前たちがこの依頼を受けてみないか?」
「どうしたものかな・・・・・・」
タクミが考え込みながらちらりと圭子の顔を見ると、もうその表情に『絶対にヤル!』と書いてある。
「場所はここから近いのか?」
「ああ、馬車で半日だ。麓までなら案内できるぞ」
往復に1日、調査自体に2日から3日と考えて、5日以内に終えられそうだ。なんだったら他のパーティーから参加者を募っても構わないとタクミは考えを切り替えた。
「圭子、どうするんだ?」
「ふふふ、そこまで言われたら受けないわけに行かないでしょう!」
聞くだけ無駄だったし、そもそも誰も圭子が言うほど熱心に勧誘していない。要は単調な旅路の連続で彼女自身退屈していただけだった。
「おーい、各パーティーのリーダーは集まってくれ」
タクミの呼びかけに応じて彼の所に勇造、恵、比佐斗、あとオタクのなんとかという名前の一人が集まる。4人に事情を説明して各パーティーで参加するかどうかの意思を確認してもらうが、勇造だけはその場で返事を寄越した。
「面白そうな話じゃないか! うちは全員参加するぜ! 馬車に乗っているだけなんて飽き飽きしていたんだ!」
圭子といい勇造といい、しばらく暴れる機会がなかっただけで禁断症状を起こしている。これだから脳筋は困ったものだ。
各パーティーで話し合いの結果、『勇者パーティー』から比佐斗とアルネ、『ストロベリージャム』から剣士の2人が参加することになった。タクミたちが8人全員と勇造たちが6人で合計18人の大所帯で調査に向かうことに決定する。
「すごい数だな! 全員実力者なのか?」
「最低でもラフィーヌのダンジョンは攻略している」
タクミが引き連れるメンバーたちの経歴を聞いてボールドは白目を剥いている。確かにこのところ立て続けにダンジョンが攻略された話は耳にしていたが、まさかその面々がこうして揃ってこの場に居るのが信じられないのだった。
ボールドを先頭にして18人が受け付けカウンターに向かう。彼から『山の調査の件だ』と告げられた受付嬢は、提出されたギルドカードを見て椅子から転がり落ちた。本当にあまりの驚きで仰け反ったせいで、後ろに転がってしまったのだ。気の毒にスカートが捲くれ上がってパンツ丸出しの姿で彼女はしばし動けなかった。武士の情けで男子一同はその光景から目をそらしている。さもないと圭子の鉄拳が飛んできそうな予感がしたのだ。
カウンターの上にはAランクのカードが14枚とBランクのカードが3枚(紗枝、剣士2人)の中にこっそりルノリアのEランクのカードが紛れ込んでいるという、かつて誰も目撃した例がない高ランクの冒険者のお祭り状態だった。ちなみにルノリアは本来ならダンジョン攻略者ということでもっと高位にランクされてもおかしくないのだが、年齢制限に引っ掛かってEランクに留め置かれている。いくら冒険者ギルドが慢性的な人手不足でも、子供を危険な依頼に駆り出す訳には行かないからだ。
「た、大変失礼いたしました。このような高ランクの方々を一度に目撃した経験がありませんで、あまりの驚きで我を見失いました」
ようやく立ち上がった受付嬢が弁解を述べてから依頼の説明と報酬などを話し出す。本来なら18人などという大人数で引き受けると大赤字間違いなしの内容だったが、ここに居るの面々は金には全く困っていなかった。採算度外視で、興味を惹かれた依頼を受けようという者ばかりだ。
「それでは手続きは完了しました。皆さん気をつけて行っていらしてください」
彼女は顔を赤らめながら丁寧に頭を下げる。自らの醜態が今更ながら恥ずかしくなってきたようだ。
(何も見ていません! ホントウデスヨ!)
特に男子全員が心の中で彼女に謝りながらカウンターを離れるのだった。
「それじゃあ、出発は明日の日の出の時間ね。集合場所はさっき潜った門で良いわね!」
圭子がすっかりその場を仕切っている。魔物相手に単調な旅の鬱憤を晴らそうと大張り切りなのだ。彼女の言葉に参加者全員が頷いて、各パーティーごとに思い思いの宿にこの日は散っていくのだった。
次回の投稿はたぶん土曜日の予定です。