表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
238/309

238 食いしん坊ですが、何か?

お待たせいたしました、圭子さんとアルネの対戦の後日談です。タイトルには大した意味はありませんから気にしないでください。『どこかで聞いたような響きがする』などという突込みには一切応じませんから!(白目)

「途轍もないレベルの一騎打ちだったよ!」


 離れのリビングに戻ってきたラフィーヌ伯爵の声が弾んでいる。第一線を退いたとは言っても、まだまだ彼の中では荒ぶる魂がこうして時々呼び起こされるのだろう。伯爵の目から見ても圭子とアルネの闘い振りはとても言葉に表せないほどのものだった。それはまるで神話の出来事のような体が打ち震えるほどの感動を与えている。


 意識を失ったアルネは無理でも、伯爵はぜひ圭子から何でもいいから話を聞きたくて、こうしてわざわざ離れまで付いて来たのだった。もう一つの理由としては何とかミスターの目を盗んで書類仕事をサボりたいというのもあった。まったく、夏休みの宿題をしないで遊び惚けている子供と一緒だ。




「圭子が強いのは前から重々承知の上だったけど、あのアルネさんをあそこまで圧倒するなんて・・・・・・ 今でも目の前で起こったことが信じられないよ」


「だから言っただろう! 相手はあの圭子なんだ! 俺から見ればこの結果は妥当だよ!」


 伯爵からやや離れたソファーにひと纏まりで座っている勇者パーティー、その中で比佐斗と利治は今見たばかりの一戦を振り返って話し込んでいた。自分たちから見て圧倒的な戦闘力を誇るアルネの攻撃の全てを事も無く撥ね返した圭子の恐ろしさに、比佐斗は考え込んでいる。それに対して模擬戦で圭子に子ども扱いされて彼女の怖さを骨身に染みて心得ている利治は、ある意味納得の結果だという表情だ。




「あー、スカッとした!」


 そこに晴れ晴れとした表情の圭子が戻ってきた。すでにパワードスーツは脱ぎ捨てて岬の収納に収められており、普段から愛用している冒険者風の衣装に改めている。


「おう、圭子! なんだあの格好と技は?」


 リビングに入ってきた圭子の姿を見かけた途端に勇造が声を掛ける。彼も圭子の闘い振りに興味津々だった。


「ああ、あれはね、私の職業だからね!」


「職業?」


 勇造の頭の上に『???』が大量に浮かぶ。あまりにザックリし過ぎの説明に勇造だけでなく事情を知らないクラスメートの理解がまったく追いつかない。


「そう、私の職業は『世紀末覇者』だからね! あの格好はむしろ当然でしょう!」


「世紀末覇者だと!」


 今や圭子は『世紀末救世主』じゃなかったと落ち込んだこともすっかり忘れて、ラオ○スタイルがすっかり気に入っている。あの強さと尊大な態度が本当にしっくり彼女の体に馴染んでいるのだった。だが『世紀末覇者』という言葉を知っていても、それが職業になっているという彼女の話しに周囲はまったく付いていけなかった。


「この世界には星の数ほどたくさんの職業がある」


 あまりに説明不足の圭子の話を空が引き継いだ。圭子のカボチャ頭で説明をすると説明する側も聞く側もストレスが溜まるため、彼女が代わって話の続きを正確に伝えようというわけだ。


「村人、パン屋、鍛冶師、剣士、騎士 etc 色々な職業が有るけど、その中で特殊な職業が存在する。『勇者』や『聖女』はその代表的な例で、これらは『ファイナルジョブ』と称される」


 それはここまで話して周囲を見回す。どうやらここまでの話は全員が理解できているようだった。


「ファイナルジョブは最初から与えられているものと、特定の職業を突き詰めたり、何らかの偶然で手に入れるものに分けられる。『世紀末覇者』は圭子が拳の道を突き詰めた結果得られたもの」


 空の話でようやく勇造をはじめとして他の面々も圭子のあの姿に納得がいった。というよりも似合い過ぎていてまるで本物の拳王がそこに居るような錯覚を覚えるほどだ。


「私は最初から『聖女』だけど、『エイリアン』のメンバーはすでにファイナルジョブを持っている。タクミは『反逆者』、タレちゃんは『覚醒者』、紀ちゃんとルノリアは『マルチタレント』、春名は・・・・・・」


「食いしん坊ですが、何か?」


 さすがの空も『ファイナルジョブにしてはあんまりだろう!』という理由で言い淀んだが、春名はあっけらかんとカミングアウトした。何が悲しくて『食いしん坊』がファイナルジョブという間抜けな結果になるのか、今でも空は理解に苦しんでいる。聞いている他のパーティーの面々には春名が着ぐるみ姿になっている理由がなんとなく理解できた様子だ。全員揃って生温かい視線を彼女に送っている。


「あと美智香はまだ・・・・・・」


「魔王の古代魔法の解析を終えたらもらえた。『深遠なる術者』が私のファイナルジョブ」


 ついに美智香も魔法を極めることでファイナルジョブを得た。大魔法師や大賢者をはるかに見下ろす高みに彼女は登り詰めたのだった。それにしても『深遠なる術者』とはなんとも廚2魂をくすぐるネーミングだ。


「美智香ちゃん裏切り者です! そこでものは相談ですが、私の『食いしん坊』と交換しましょう!」


 春名は以前も岬の戦闘コスチュームが羨ましくて交換を申し出たことがあった。あの時は相手にもされずに却下されたが、今回は更に不利な取引を申し出ている。


「太りたくないから断る!」


「あ゛あ゛! 私のどこが太っているんですか! 着ぐるみのせいでそう見えるだけです!」


 言葉にこそ出さないが、全員の目が『ウソだ!』と物語っている。相変わらず春名は認めたくないようだが、いい加減真実を直視したほうが良いのではないだろうか?




「なるほど、ファイナルジョブなんてものがあるのか! その何とかの迷宮ってやつに行けば俺も手に入れられるかな?」


「努力と運が必要」


 空の言葉に勇造は大きく頷いている。こうなったらなんとしてでもその『ファイナルジョブ』を手に入れようと、いやが上にも燃え上がるのだった。その暑苦しさはどこかの元テニスプレーヤーのようだ。なんとなく名前まで似ているのはただの偶然だが。








 リビングでは圭子の闘い振りやファイナルジョブに関する話が続いているが、こちらは圭子に敗れて意識を失ったアルネが担ぎ込まれた離れの寝室、目を覚まさない彼女の傍には岬が様子を見るために着いている。


 圭子が1発だけ放ったあの一撃は、直撃こそしなかったもののその拳から生み出された衝撃波でアルネを後方に大きく吹き飛ばしていた。その衝撃は空が最高強度で展開したシールドを大きく揺るがす程で、いくらパワードスーツを着用していたアルネでも全てのダメージを吸収できなかった。それほどジョンの手によって魔改造された新たなパワードスーツの威力は絶大だった。


 岬は時折心配そうな表情でアルネの顔を見る。彼女をこの部屋に寝かせた当初は顔色が悪かったが、徐々に回復しているようで少しずつ元に戻りつつある。





 そのまま容態を見守りつつ待っていると、30分くらいしてからアルネが薄っすらと目を開いた。


「大丈夫ですか? どこか痛む箇所はありませんか?」


 岬が声を掛けるとその声が届いたらしくて、まだ意識がはっきりしないながらもアルネは首を横に振った。


「ここはどこだ?」


「あなたは圭子さんに吹き飛ばされて気を失ったんですよ。ここは離れの寝室です。もう少し落ち着くまで体を休めてください」


「そうか、私は負けたんだな」


 岬の話が伝わったらしくて、アルネは自らの記憶を辿ってここに運ばれた経緯を思い出しているかのようだった。そしてあの闘いを振り返って、完敗した事実に思い当たった彼女は再び目を閉じる。その表情は無念ともサバサバしたともつかない何ともいえない物だった。


「お前はなぜ私と闘おうとしなかったのだ?」


「先程も申した通り、真実を知ったからです。この星に移り住んだ私たちの同胞が滅びてしまったのは、決してあなたのせいではなかったということを理解しました」


「直接手を下したのは私だ」


「だからこそあなたも真実を知ってほしいと私は願っています」


 岬はいつのも穏やかな表情でアルネを見ている。その瞳には2000年前に滅びたガルバスタ人の王家の血を継ぐ者の使命感もアルネに対する恨みもまったく存在していなかった。ただそこには運命に翻弄されながら何とか生き残った同胞に対する敬意と親愛が在るのみだ。


「そうか、何が真実かはわからないが、そこまで言うのならその真実とやらに辿り着いてやろう」


「それが良いでしょう。そこで何を感じるかはあなた自身にお任せします。もう少し体が回復するまでそのまま寝ていてください。用事があったらそこのベルを鳴らしていただければ私が顔を出します」


 岬はそう告げると目を閉じたままのアルネを残して部屋を出て行く。アルネはその気配がなくなると同時に再び暗闇に意識を落とすのだった。





 翌日、伯爵の屋敷から1台の馬車が出発する。


「いってくるよ!」


「タクミ様、しばらくお別れです!」


「気を付けて行ってこいよ! 圭子、ちゃんとルノリアの面倒を見るんだぞ!」


 いつものケルベロスが引く馬車ではなくて、伯爵邸の使用人が御す普通の馬車に圭子、美智香、紀絵、ルノリアの4人が乗り込んでいる。今日から10日間の予定でラフィーヌのダンジョンに潜るのだった。


 これは圭子の発案で、ダンジョンに入った経験が無いルノリアの訓練の一環だった。彼女の師匠役の3人が引率してルノリアをダンジョンで鍛えようという目論見だ。これから向かう予定のロズワースの迷宮の前にこの地でダンジョンを経験させるのと、ルノリア自身のレベルアップが現在の最優先事項だった。


 タクミと別れ別れになるルノリアは寂しそうな表情だが、未体験のダンジョンに実は結構心を弾ませている。自分の力がどの程度通用するのか思いっきり試せる機会なので、知らず知らずの内に相当に気合が入っている。




 門を潜って出発していった馬車を見送ったタクミは春名に向き直る。


「さあ春名、早速庭を走るぞ!」


「えー! せっかく圭子ちゃんが居なくなってのんびりと羽を伸ばそうと思っていたのに!」


 春名は不満そうに頬を膨らませているが、ここで甘やかすと彼女の体重と体脂肪が大変なことになるのがわかりきっているタクミは心を鬼にする。


「取り敢えずは20キロ走ってから筋力トレーニングとパワードスーツの習熟訓練だ」


「もう嫌です! 他の人に代わってもらいたいです!」


 ボヤく春名を裏庭に連れて行き、彼女と一緒に運動を開始するタクミだった。





「ルノリア、ここがダンジョンの入り口だよ!」


「なんだかごく普通の洞窟のような感じですね」


 馬車から降りた圭子がルノリアを案内する。彼女にとっては実に3度目のダンジョンアタックだ。当然最下層まで行って攻略して戻ってくるつもりだ。登山家では在るまいし、よく何度も出掛けようという気になるものだ。


「圭子ちゃん、待っていたわよ!」


 そこにはすでに先客があった。勇造と紗枝が彼女たちの到着を待っていたのだった。ついこの間このダンジョンを攻略した勇造はともかく、紗枝はソロの冒険者として活動したキャリアがあるもののルノリア同様にダンジョンは未経験だった。そこで圭子たちに便乗してロズワースの迷宮の前にダンジョンの攻略法を学ぼうという動機で参加している。当然勇造は紗枝に付き合う形で強制的に参加する羽目に陥ったのだった。


「うちの2人もよろしくね!」


 恵は五十嵐良助と笹川春夫を連れて来ている。彼らは前回の合同パーティーから実力不足を理由に外されていた。『今回こそは!』という意気込みでダンジョンの攻略を目指している。リーダーの恵はただの見送り役だ。


「よーし、それじゃあ行くよ! 今日中に36階層まで突っ切るからしっかり付いて来るんだよ!」


 それが世紀末覇者主催のブートキャンプ開始の合図だった。


 






 

次回はタクミが全員を引き連れて迷宮に向かって出発する展開になりそうです。投稿は水曜日を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ