232 会合
魔族の待ち伏せを食ったクラスメートたちのお話の続きです。難敵を撃退できるのか、はたまた魔族の人質になってしまうのか・・・・・・
森の中の少しだけ開けた場所で対峙する魔族5人と恵に率いられた『ストロベリージャム』の5人、人数の上では互角だが何しろ魔族というのは普通の人間には手に負えない存在だ。かつてSランクの冒険者として鳴らしたラフィーヌ伯爵でさえも一度に相手にできるのは1,2体に過ぎなかった。
その原因は魔族がその豊富な魔力によって展開する障壁にある。魔法も物理攻撃も撥ね返すこの障壁は美智香が解析するまでは魔族の独占的な技術だった。そう、美智香が解析するまでは・・・・・・
「障壁展開!」
美智香からすでに障壁魔法を伝授されている恵と支援魔法が得意な池園マミが素早く全員に魔法障壁を張った。これで守りに関しては魔族たちと五分に持っていける。ラフィーヌのダンジョン攻略の前に念のために美智香はその魔法を全く惜しげもなく彼女たちに教えていた。曰く『作ったのは魔族たちで、私は解析しただけだから、他人に教えても惜しくもなんともない』だそうだ。
「なんだと! 貴様らは人間の分際でなぜ我々の魔法を使用できるのだ!」
魔族の指揮官から驚きの声が上がった。自分たちは攻撃を受けずに相手を一方的に攻めて生け捕りにする予定だったのが、そのプランに早くも狂いが生じていた。
「そんな無駄な話をしている場合ではないわ! 蘭、1発お見舞いして!」
すでに術式をスタンバイしている藤山蘭が指揮官に向かって魔法を飛ばす。
「雷撃! 威力10倍で!」
どこかのカレー屋さんで味を激辛にするが如くに、威力を増した稲妻が魔族の指揮官に向かって飛んでいく。彼女たちはダンジョンの最下層で手に入れた『必要な魔力を10分の1にする指輪』を装備している。これは指輪自体が大気に漂う魔素を集めて、術式に送り込んでくれる大変に便利なアイテムだった。蘭の魔法は桁違いの威力をもって指揮官の展開する障壁を打ち破ってその体に届いていく。
「グオーーーーー!!」
大容量の電流に直撃された指揮官は体中から燻った黒い煙を上げながらバッタリと倒れた。地面に倒れてしばらく痙攣を起こしているように見えたが、数秒後には全く動かなくなっている。蘭の魔法は魔族の障壁が耐えられる限界を大幅に超えていた。
「なんだと! 隊長が一撃で遣られただと・・・・・・」
その光景を目にした他の魔族は口をポカンと開いて身動きが取れない様子だった。まさか人間の魔法をたった1発受けただけで障壁が破壊されるなど、想定外もいいところだ。
「不味いぞ! 散開して接近戦を挑め! 奴らのうち魔法使いは剣で仕留めるのだ! あんな威力の高い魔法などそうそう連発できるはずがない!」
ようやく立ち直った魔族の中で指揮官に次ぐ者が指示を出して、彼らは一斉に腰の剣を引き抜いて女子3人を先に始末しようと襲い掛かる。
「させるか!」
「俺たちを忘れるなよ!」
良助と春夫が剣を構えて4人の魔族を食い止めようと突進すると、さらにその後ろから恵の声が飛んだ。
「2人とも伏せて! 双雷撃、威力30倍!」
その声で咄嗟に地面に伏せた2人の頭上を恵の両手から発せられた2本の稲妻がバリバリと音を立てて大気をイオン化させながら進む。そして剣を振りかぶって襲い掛かろうとした魔族2人を文字通りに黒焦げにした。
絶対防御の障壁と魔力の残量を気にせずに放てる強力な攻撃魔法の前に魔族たちは為す術がないように見えたが、地面に伏せている2人だけでも人質に取って連れ帰れば、目的は達すると考えを切り替える。
迫る魔族との距離は約15メートル、男子2人はようやく立ち上がりかけているところだ。
「もう一度伏せて! 雷撃、威力5倍! 剣を目掛けて射出!」
すでに魔法をスタンバイさせていたマミが立て続けに2発の魔法を繰り出して、それは彼女の思惑通りに振り上げた魔族の剣に命中する。剣を狙ったのは他の2人に比べて威力を弱めた魔法が障壁に撥ね返されるのを防ぐためだった。彼女は元来支援魔法が得意であまり威力が高い攻撃魔法は放てない。その分細やかな魔法の調整が上手いので、わざわざ剣を狙うといった芸当が可能だった。
「グワ--!」
「ギャーー!」
剣に強烈な稲妻が着弾して魔族たちはその剣を本能的に手放そうとするが、すでにその時遅しだった。全身を電流が駆け巡る影響で体が硬直して、バタバタと倒れていく。
「ほら、2人ともいつまでも寝ていないで止めを刺しなさい! 経験値を稼ぐにはもってこいの相手よ!」
マミの意図を悟った恵から男子たちを叱咤する声が飛んだ。彼女は魔族を生かしたまま身動きを取れない状態に追い込んで、止めは男子にさせようと考えていた。
「もう起き上がっても大丈夫か?」
地面に伏せている頭上を何発もの稲妻が耳を劈くような轟音を伴って進んだせいで、生きた心地がしなかった2人は後方に並んでいる女子たちを振り返って確認する。彼らに恵は黙って頷いた。
「何かあるといけないから慎重に行くのよ!」
障壁を張っているから安全が確保されているとはいえ、『何があるかわからないから油断は禁物だ』というアドバイスを送ったのは蘭だった。その声にしたがって2人は慎重に魔族に近づいてその心臓に剣を突き立てる。瀕死のダメージを受けていた魔族は一度大きく体を痙攣させて息絶えるのだった。
「何とか終わったわね」
「かなり警戒したけど、割とあっさり片付いたわ」
「ダメよ! その油断がこの次も通用するとは限らないんだからね!」
これこそが恵が常にパーティーに言い聞かせている至言だった。『絶対に命に危険が及ばないように慎重過ぎるくらいに用心を重ねる』この恵の遣り方のおかげでこれまで何度も危機を未然に防いでいるメンバーは改めてその言葉を自分に言い聞かせている。
ダンジョン攻略で手に入れたアイテムのおかげで今回はこうしてリスクを冒さずに戦いを進められたものの、恵や他のメンバーは自分たちはタクミたちから見れば本当に平凡な能力しか与えられていないとわかっているのだ。そしてその平凡が生き残るためには、絶対に油断をしないことが必須条件だった。今回は相手が突如出現したために少々無茶な戦い方をしたが、本来はもっと慎重に作戦を立てて臨むのがこのパーティーの手法だった。
だがこのイレギュラーな戦いがメンバーにとっては今後のために大いに参考になるはずだ。万全の策を立てて臨める戦いは実際には少ない。遭遇戦や待ち伏せにも対処できるように自分たちを鍛え上げないと、この先に待ち受ける過酷な運命からは逃れられない。
「さあ、ラフィーヌに戻りましょう! マミはこいつらを仕舞ってもらえる? どの道ギルドに報告しないといけないわ」
「死体を仕舞うのは気が進まないけど、仕方がないわね」
こうして思いがけない襲撃に出くわした『ストロベリージャム』はこの場を撤収して、村に戻ってオークの討伐結果を報告してから街を目指すのだった。
帰り道を歩きながら恵はふと考える。
(もしあの魔族たちを相手にして剣崎君たちだったらどのように対処するかしら? たぶん彼か圭子ちゃんか美智香ちゃん、いや紀絵ちゃんでも構わないけど、そのうちの誰か一人が相手をしてあっという間に片付けるはず。ではあの勇造率いる脳筋たちはどうなの? おそらく嬉々として魔族たちに肉弾戦を挑んで正面から打ち砕くでしょうね。うちのパーティーにはそんな無茶な戦いは絶対に無理! 犠牲者を出さないように細心の注意を払いながら、相手を上回るように立ち回らないとダメなのよ。いつまでこの絶え間ない忍耐と緊張が続くのかわからないけど、必ず生きて日本に戻るまでは絶対にみんなを守らなきゃ!)
5人の命がズッシリとその肩に圧し掛かる重さを感じながら、恵は無理やりに顔を上げて前に進んでいく。その表情は相変わらず使命感と強い決心に溢れている。
ラフィーヌに戻ってギルドに依頼完了の報告と魔族の襲撃の件を伝えた恵たちはカウンター嬢からメッセージがあると告げられた。
「碧き稲妻(仮)のリーダーが至急お会いしたいそうです。今週はいつもの宿に滞在しているそうです」
「わかりました、ありがとうございます」
手続きを終えてメッセージを受け取った恵たちは下町に近い場所にある『食い倒れ亭』に向かう。そこが勇造たちの定宿だと以前から知らされており、過去に2,3回訪れたことがあった。
「よう、待っていたぜ!」
勇造や紗枝をはじめとする『碧き稲妻(仮)』のメンバーがドヤドヤと階段を下りて恵たちを出迎えた。
この二つのパーティーはダンジョン攻略以降、時には共同で訓練や依頼の受領をする間柄で頻繁に交流している。こうしてギルドのメッセージを連絡にしばしば活用しているので、特に変わった出来事が無い時でもお互いの宿を訪ねることがあった。
「あなたたちはいつもの通りに平常営業ね。こっちは大変な目に会って戻ってきたところよ」
恵の挨拶代わりのセリフに勇造が『おや?』という表情をする。ダンジョン攻略者が『大変なこと』というのは、街に暮らすごく普通の人々にとっての『大変なこと』と大きく意味が違っている。レベルの高い魔物に出くわした程度は『大変なこと』には当て嵌まらないのだった。
「何があったんだ?」
「依頼が完了して森から戻る途中で魔族の待ち伏せに会ったのよ。何とか討伐したけど、あんな出来事が度々あると命がいくつあっても足りないわ」
恵は勇造たちにことの経緯を教えた。勇造は腕を組んだまま黙ってその話を聞いてから、おもむろに口を開いた。
「そうか、人質を取ろうとしたってわけか。ヤツラもタクミたちに遣られて相当頭にきているんだろうな。さて、そんな『ストロベリージャム』の皆さんに朗報だ! タクミたちが新たなダンジョンに招待してくれるそうだ。これで魔族の襲撃に会っても鼻歌交じりに撃退できるようになれるぞ!」
藪から棒に勇造の口から飛び出た下手くそな勧誘のセリフに恵は大量の『????』を浮かべている。
「本当に勇造は将来営業関係の仕事だけには絶対に就職しないでね! 一体何のことだか誰もわかっていないでしょう!」
紗枝の言葉通り、恵を筆頭に彼女のパーティーメンバー全員がキツネに摘まれたような表情を浮かべている。紗枝が言う通りで、むしろ勇造の話だけで全てを理解できたら、その人はよほどの付き抜けた天才かコミュニケーションの達人だろう。
仕方がないので紗枝が改めて恵たちに詳しい説明を開始する。
「ロズワースの迷宮ですって?! あそこはCランクの冒険者でも攻略できる難易度が低いダンジョンじゃなかったの?」
「俺もそう教えられたけど、どうもそれだけではないらしい」
「ややこしくなるから、勇造は黙っていて!」
「はい、すいません」
口を挟んだ勇造は紗枝から怒られて大きな体を小さく丸めている。まるで飼い犬が主人から叱られたような気の毒な姿だ。シッポがあれば足の間に丸め込まれているだろう。
『碧き稲妻(仮)』の他のメンバーたちは紗枝が加入して以降、割と見慣れた風景なので特段なんとも思っていないが、蘭とマミは腹を抱えてゲラゲラ笑い、良助と春夫は必死に笑いを噛み殺している。もしここで声にして笑ってしまうと、合同訓練の時に容赦の無い勇造の鉄拳が飛んでくるのだ。
「それで、あのダンジョンには何があるの?」
「普通には出入りできない広大な隠しエリアがあるそうよ。それもラフィーヌのダンジョンが子供の遊びに感じるようなとんでもない難易度らしいの」
恵の質問に答えた紗枝だが、彼女は今までダンジョンに潜った経験が無いので、あくまでもタクミたちから聞いた話を正確に伝えた。その話を聞いて恵は考え込む。さすがに自分の一存で決めるには話のスケールが大き過ぎた。その上『難易度が高い=命を危険に晒すリスクが高い』ということなので、メンバーとしっかりした話し合いを持つ必要を感じている。
「すぐに返事をしないといけないのかしら?」
「剣崎君たちは今王都に行っているから、彼らが戻ってくるまで猶予はあるわ」
「ほら、この前話しただろう! 俺たちが先日遣り合った魔王をぶっ飛ばすためにタクミたちは王都で待ち構えているんだ」
またまた話を混ぜ返す勇造だったが、紗枝のひと睨みで長い間風雨に晒されたお地蔵さんのようになった。あまりにその様子が気の毒なので、蘭とマミは手持ちのお菓子をお供え物として勇造に差し出している。
そんな遣り取りをしている時に『食い倒れ亭』のドアが開き、カランカランとドアベルの音が2つのパーティーが貸し切り状態で占領しているホールに響いた。
「なんだ、君たちも来ていたのか!」
その場に姿を現したのは本郷比佐斗と彼に率いられたパーティーメンバーに、初めて見る黄金の鎧に身を包んだ美女の姿だった。
次回の投稿は水曜日を予定しています。




