表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
231/309

231 ストロベリージャム

何とか間に合いました。魔王を倒してからの後日談になります。後半は全く別のお話になります。タクミたちの話ではなくて、クラスメートのパーティーが今回の主役です。

「さあ、魔王は王都を去ったし、ラフィーヌに戻るわよ!」


 魔王をわざと逃がした翌日にタクミたちは早朝から馬車に乗り込んで、ロスメルド伯爵邸を後にしようというところだった。当然ルノリアもタクミたちに同行するので、馬車に乗り込んで窓から見送りの使用人や兄に手を振っている。


「ルノリア、無理だけはするなよ。なるべく早く帰ってくるんだ」


 妹に比べてまったく影が薄いルノリアの兄、エルナンデスは旅立つ妹を心配して声をかける。まだ幼くて何かあると『お兄様!』と言いながら駆け寄ってきた妹が、いつの間にか成長して自分を残して旅立っていくという事実に彼は複雑な思いで見送っていた。


 元々『魔法の才能に恵まれている』と評価されていたルノリアと比べると、彼は平凡よりも少し上の才能しか持ち合わせていない。だが、妹の能力考査での活躍ぶりに刺激されて、彼は美智香が実演した無詠唱魔法をクラスの誰よりも早くモノにしていた。おそらく彼はルノリアに比べると努力タイプなのだろう。当然そこには妹に置いてきぼりをされたくないという兄としての矜持があったのは間違いなかった。


「お嬢様、お体に気をつけてください」


 総出で見送る屋敷に使用人に見送られて、ルノリアを乗せた馬車はゆっくりと動き出す。人数が増えたので今まで使用していた馬車に代えて、伯爵家が提供した一回り大型の馬車に全員が乗り込んでいる。3列シートで御者台まで含めれば10人が乗り込めるのだ。その分車体が重たくなっているが、引っ張るケルベロスは実にパワフルなので、まったく影響なく今までと全く変わらない速度で馬車は王都の北門に向かっていく。


 圭子がいつものように御者台で馬車を操り、車内は最前列の中央にタクミが座り、その左右を春名とルノリアが確保している。2列目はドアに近い左から岬、美智香、紀絵の順に掛けている。一番後ろのシートは『一人で考え事をしたい』と主張した空が独占中だ。もちろん考え事などするわけではなくて、ルノリアの死角に入った場所でゆっくりと愛読書を鑑賞するのが目的だった。


「ルノリアのステータスに変化はないか?」


 この世界では魔物などを倒して経験値を獲得すると職業レベルが上昇して体力その他の数値もそれに連れて上がる仕組みだが、稀に訓練等でも職業レベルがアップすることもある。


「どうでしょうか? このところ実戦は全然していないので、変化はないですね」


 ステータス画面を確認してタクミに答えるルノリアだったが、その反対側から春名の悲鳴が上がる。


「ひーー! いつの間にかまたステータスが上がっていますーー!!」


 ブルブル震える指で画面を指差す春名、タクミが覗き込むと確かにそこには『流血の令嬢』『食いしん坊レベル6』と言う記載があった。


 他のメンバーのステータスはレベルの上昇とともに数パーセントずつ数値が上昇するのに対して、春名の『令嬢』と言う職業は倍々ゲームで数値が上がる。現在の彼女の体力はタクミの2倍近くで、攻撃力は岬に迫る勢いだ。本来ならば喜ぶべきところだが、性格的に攻撃に全く役に立たない春名にとっては宝の持ち腐れの上に、職業レベルの上昇に伴って『食いしん坊レベル』も上昇するという重大な副作用があった。


 『食いしん坊レベル6』・・・・・・ 食べ物を見ると食欲を全く抑えられなくなる。目の前には絶対に食べ物を置かないことを推奨する。


 ステータス画面の備考欄にご丁寧に記載されていた注釈の内容だ。


「余計なお世話です!」


 春名はその注釈を見て頭を抱えている。全ての冒険者や騎士がステータスを上げるために懸命に努力をしているというのに、彼女に限っては何の努力も無しにひょんな出来事が切っ掛けでステータスが上昇する。おまけに『食いしん坊レベル』まで強制的に引き上げられるので、本人にとっては迷惑以外の何者でもなかった。もしこのような存在がソーシャルゲームの中に居たら、おそらく最強のバグキャラだろうが、春名に限っては体脂肪との果てしない戦いをもたらす災厄に他ならない。


「春名ちゃんはまたやってしまいましたね!」


「おそらく魔王に襲い掛かろうとして、転んで鼻血を出したあの一件が原因」


「圭子さんの目がさらに釣り上がりそう」


 岬、美智香、紀絵の率直な見解だ。3人はこの先待っているであろう春名の暴走した食べっぷりと、その後に訪れる圭子の強制ダイエットを思い浮かべて生温かい視線を彼女に送っている。一番後ろの席で、空だけはこの騒ぎに関係なくひたすら愛読書を貪るようにして鑑賞しているのだった。


 







 話は1月ほど遡って、ここはラフィーヌの冒険者ギルド。


「今日はこの依頼を受けることにします」


 カウンターに依頼の用紙を掲示板から剥がして提出したのは鈴村恵だった。彼女が率いるパーティーもダンジョン攻略後に王宮の保護下から離れて、自立した冒険者として遣っていく道を選択していた。ダンジョン攻略の功績によって現在はBランクになっている。


「はい、オークの出現情報の確認と討伐ですね。皆さんの力ならばそれほど無理なく可能でしょうが、どうか気を付けて行ってきてください」


 受付嬢はにこやかな対応で手続きを済ませる。恵たちのパーティーはBランクとは言っても剣士の男子2名は実力不足と判断されてダンジョン攻略に加わっていなかった。彼らの現在のランクはDなので『Cランク相当』のオーク討伐の依頼が受けられるのだった。


 だがそれはこのパーティー単独ではダンジョンを攻略した合同パーティーよりもはるかに戦力が低いことを意味している。特に前衛がレベルの高い魔物を相手にすると力不足が否めない。彼らは王宮から支給された剣ではなくて、ダンジョンのドロップアイテムのかなり良さげな剣を手にしているのだが、まだそれを十分に使いこなせないでいる。とにかく2人のレベルアップが急務なので、ダンジョンの攻略で大金を手にした今でもこうして小まめに依頼を受けているのだ。


「さあ、今日も私たちの魔法のアシストは最小限にするから2人とも頑張ってよ!」


「ああ、このくらいの魔物は俺たちだけで討伐出来るようにならないとダメだよな。でも危ない時にはアシストしてくれ」


 恵が発破を掛けるのに応えて剣士の一人、五十嵐いがらし 良介りょうすけが覚悟を示す。彼らは同じパーティーのメンバーがダンジョンを攻略したのに奮起して、今までの甘えを捨ててより高いレベルを目指そうと決めていた。


「そうだな、もし今度どこかのダンジョンを攻略する時は最後まで一緒に付いて行けるようにならないとな」


 同様に笹川ささがわ 春夫はるおが声を合わせる。彼はまだ十分には使いこなせないが、新しい剣と必死で覚えた身体強化魔法で以前よりも手応えを感じていた。




 恵たちのパーティーは『ストロベリージャム』という名前でギルドに登録されている。女子3人の『可愛い名前のパーティー名がいい!』という意見に押し切られた結果だった。どこのパーティーでも女子の力が強いようで、男たちは隅っこの方で小さく為らざるを得ないようだ。




 本日の依頼はラフーヌの街から徒歩で3時間ほど東に進んだ小さな村から出されたものだった。早朝に街を出た5人は昼にはまだ余裕がある時間に到着する。


「こんにちは、依頼を受けてギルドから来た『ストロベリージャム』です」


「おお、わざわざすまないね。この先の森で村の者がオークの姿を見掛けたという話をしてな、被害が出ない内に早めに依頼を出したんじゃが、こんなに早く来てもらって助かるわい」


 初老の村長が笑顔で一行を迎える。この村には珍しい冒険者を一目見ようと集まってきた人たちも目を輝かせている。特に子供たちがパーティーを取り囲んでやいのやいのと大騒ぎだ。


「すいません、これからすぐに調査と討伐に向かいますので、歓迎は終わってからにしてください」


 子供たちに色々聞かれてその相手を始めた蘭や春夫の姿を見かねて恵が村長に申し出る。娯楽の少ないこのような村では『冒険者がやって来た!』というのは一大イベントなのだ。


「おお、すまんのう。ついつい皆が物珍しさで夢中になってしまって。これこれ、その辺にしておきなさい」


 村長の注意で村人たちは残念そうにパーティーから離れる。子供たちは『また来てくれるの?』と口々に声を上げる。このまま居なくなるのではないかと不安な表情だ。


「討伐が終わったらまた戻ってくるよ」


 一行は村人に手を振りながら森に向かうのだった。



 結果的にこの森に居たのは群れからはぐれた2体のオークだった。難なく剣士の2人が1体ずつ切り倒して討伐はあっという間に終了した。彼らが手にするダンジョン産の剣は切れ味が全く違うようで、硬いオークの皮膚だけでなくてその頑丈な骨まで一息に絶ち斬っていた。


「やはりオーク程度だったら魔法のアシストは必要がないな」


 討伐を終えて肩の荷が下りたパーティーの表情は明るい。あとは村に戻って討伐の証拠にオークの死体を見せてサインをもらえばこの依頼は達成だ。


 意気揚々と村に戻ろうとする一行、だがその前方で陽炎のように不意に空間が揺らぐような現象が生じる。目の錯覚かと何度も目を擦るが、相変わらず空間が揺らぎ続けて次第にその波が大きくなった。そしてそこから異形の存在が合わせて5体その姿を現す。


「まさか、こんな所に魔族が現れるなんて!」


 恵たちははダンジョンで下っ端とはいえ魔族を実際に目撃している。そして今回目の前に現れたのはあの時よりもはるかに強い力を秘めていそうな連中だった。勇者救出の時に出くわした見張りの連中とは明らかに身にまとう雰囲気が違っているし、感じられる魔力の量が圧倒的に高かった。


 最大限の警戒をしながら5人は魔族と対峙する。たとえ相手が魔族でもこの場で逃げ出すという選択は論外だった。強敵に対して背を向けるというのは『どうぞお好きにしてください』と申し出るに等しい。しかも相手が複数となると全員が助かる可能性が最も高い方法は『結束して敵を打ち破る、もしくは撃退する』だった。恵はリーダーとしてこの危機を全員の力を合わせて絶対に乗り切るつもりでいる。メンバーたちも彼女の無言の覚悟を悟って、誰も逃げ出さずに戦う覚悟を決めているのだった。


「ふふふ、お前たちは魔王様の命によって憎きあやつらに対する人質として魔王城に連れて行く。無駄な抵抗をするな」


 自信満々に恵たちを拉致すると宣言する魔族、『憎きあやつら』というのはおそらくタクミたちのことだろう。正面切っての戦いでは勝ち目がないと悟ったのか、クラスメートを人質にしようという魂胆のようだ。


「みんな、落ち着いて対処して! 最初から全力で行くわよ! 剣士たちは身体強化をして、さあいくわよ!」


 森の中に恵の声が響く。その声は不安や恐怖に全く揺らぐことなく冷静さを保っている。魔族の転移による出現に驚いたものの、すぐに我に返って矢継ぎ早に指示を出す彼女の姿にパーティーメンバーは勇気付けられて、自分の役割を果たそうと身構える。このあたりはダンジョン攻略に同行した圭子の気構えから学んだ賜物だ。


 人気のない森の中で5対5で対峙する恵たちと魔族、今この瞬間にも戦いの火蓋が切って落とされようとされていた。



次回の投稿は土曜日を予定しています。たぶん大丈夫なはずです! たぶん・・・・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ