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222 王都の冒険者ギルド

「さあ着いたぞ、ここが冒険者ギルドだ!」


 タクミの声に膝に座っているルノリアが頷く。女子たちが馬車から降りるのに合わせて彼女も少し残念そうな顔をしながらタクミに手を取られて馬車から降りていった。本音はタクミの膝に座っている時間が思いのほか幸せで、もう少し甘くてウットリとしたひと時を過ごしたかったようだ。


 タクミたちが冒険者ギルドにやって来たのはルノリアの冒険者登録と『エイリアン』へのパーティー登録のためだった。彼女は魔法学校への飛び級での入学を断って、タクミたちとしばらく同行する道を選んでいた。その理由は『魔法学校には12歳までに入ればいいですけど、タクミ様や皆様と一緒に居られるのは今しかありません!』という強い決意に満ちたものだった。手ぐすね引いて待っている魔法学校の副校長はさぞかしガッカリすることだろう。


 以前、美智香からパーティーに同行する決意を問われて答えを保留していたルノリアだったが、ついに彼女は屋敷すら飛び出して例えそれがどんな危険な道であろうとタクミについていく道を選択したのだった。当然父親の伯爵からは『自分がしたいように行動して構わない』と許しを得ているので、タクミたちがルノリアの同行を認めれば彼女の希望を阻むものはなかった。




「ここが冒険者ギルドですか?!」


 ルノリアは人でごった返すフロアーの様子に目を回している。そこは王都の復興のために多くの冒険者が割りの良い仕事を求めて押すな押すなの勢いで集まっていたのだ。一口に冒険者といっても魔物を討伐するだけが仕事ではない。大量に発生した怪我人のために薬草を採取したり、復旧現場での力仕事だってランクが低い冒険者たちの絶好の食い扶持なのだ。中には7,8歳のルノリアよりも小さな子供の姿がある。彼らの殆どが孤児や片親で、手紙を届けたり街中の雑用をしながら逞しく生きているのだった。


 人混みを掻き分けながらようやくカウンターに辿り着くタクミたち、順番を守るのはギルドでの基本中の基本のマナーだ。Aランクといえども守らなければならない。


「しばらくお待ちください」


 カウンター嬢はタクミが提示したカードを見て慌てて席を立って2階に駆け上がっていく。周囲の冒険者は新参者が多くてタクミたちがAランクだとは知らない者ばかりで、『一体何事だ?』という表情をしてその光景を見ている。彼らがもし冒険者たちの間でその名声と同時に『絶対に関わってはならない』『悪魔のように容赦がない』という悪名も高い『エイリアン』が姿を現したと知ったら、たちどころにその周囲から人の姿が消えてなくなってしまうだろう。そのくらい『エイリアン』はこの王都の冒険者たちでも『魔王を撃退した』存在として知らない者が居ない有名かつ恐怖に満ちた噂が付きまとうパーティーだった。


「お待たせいたしました、ギルドマスターの部屋にご案内いたします」


 息を切らせる受付嬢はタクミたち一行を2階に案内した。飲食コーナーで一先ず最初の一口を狙っていた春名はがっかりした様子だ。これから街に出ればいくらでも食べる場所はあるのに、ちょっとくらい我慢ができないのだろうか?





「混雑していて申し訳ないね。魔王を退散させた英雄をカウンターに並ばせてしまったのは私の失態だよ」


 ギルドマスターは冗談交じりの挨拶をしてタクミたち一行にソファーを勧めた。借り物の魔法使いの衣装を着込んでいながらも世紀末覇者のオーラを放つ圭子の隣に、新米冒険者風の装いにも拘らず深淵を覗き込んだ過去を持っていそうな目をした美智香が腰を降ろす。タクミの隣にはピンクのドレスを着て体格の良い大人用のソファーなので、足が床に着かなくてブラブラさせて居るルノリアが座った。ただし足がブラブラしているのは殆ど同じ体格の空も同様だ。


(この小さなお嬢さん方は誰だろうか? パーティーメンバーにしてはずいぶん幼いように見えるが・・・・・・ 姿からいってどこかの貴族のお嬢さんのようだが、はて?)


 ギルドマスターの目はルノリアと空に向けられている。空はルノリアと同じ年頃に見られてさぞかし不本意だろうが、今日はその彼女から借りたオレンジのワンピース姿なのでまったく聖女には見えなかった。




「まずはここに居るルノリアの冒険者登録と俺たちのパーティーへの登録をしたい」


 ルノリアの頭をポンポンしながらタクミが申し出るとギルドマスターの表情が変わった。


「なんと、そのお嬢さんがAランクのパーティーに加わるというのですか!」


「その通りだ」


 一般的にはAランクのパーティーに新規にメンバーが加わるとしたら、実績を積んだ同じランクの者か将来有望なB~Cランク程度の若者に限られる話だった。ところがタクミはまったく何の実績もない貴族の令嬢をパーティーに加えると言うのだから、ギルドマスターが驚くのも無理はなかった。


「実力ならそこいらの駆け出しの冒険者が束になっても敵わないわよ! 私と美智香とタレちゃんが英才教育を施しているからね!」


 魔法使い姿の圭子が自信満々でルノリアの実力を保障した。それにしてもどうにもその姿は違和感があり過ぎる。いまだに彼女の魔力は一桁しかなくて、その辺で遊んでいる5歳の子供よりも少ないお粗末な魔力しか持っていない典型的な脳筋女子だ。その上暴力指数380という、一歩間違うとどこかのサイコパスのような存在だ。


 圭子の言葉にルノリアが誇らしそうな表情をする。師匠からちょっとは認められている実感を得て頬を赤らめているいるのだった。


「そういうことだから手続きを頼む」


 有無を言わせぬタクミの態度にギルドマスターは従う外なかった。Aランク様のご機嫌を損ねるわけには行かないのだ。職員が呼ばれて登録用の用紙にルノリア自身が記入を行う。この世界では冒険者登録に年齢の制限がなくて、何歳でも自己責任で冒険者になることが可能だった。その代わりにランクの上昇が年齢である程度制限されており、魔物の討伐といった危険な依頼は13歳以上からしか受けられないようになっている。もっともすでにルノリアは何体もの魔物を魔法で倒しているので、例外扱いとなるのは間違いなかった。




「なんと、ロスメルド伯爵家のご令嬢ですか!」


 必要事項を書き込んだルノリアから手渡された書類を見てギルドマスターの目が飛び出し掛けている。伯爵令嬢の僅か10歳の女の子がわざわざ冒険者という危険な職業を志願することが理解できなかったのだ。


「ああ、その件は内密にしてくれ」


 タクミはルノリアの身分については緘口令を敷いた。もちろんギルドには冒険者の個人情報に関する守秘義務が存在するが、彼女に関してはそれ以上の秘密の厳守を求めた。さもないと貴族の令嬢が家から離れて冒険者になっている話が広まると無用なトラブルを引き起こしやすくなる。例えば身代金目的の誘拐や敵対する貴族からの横槍など考えるとキリがない。当然タクミはそのような危険に対しては容赦なく対応するつもりだが、避けられるトラブルは未然に防ぐに越したことはなかった。


 こうした理由もあってギルドマスターの計らいで彼女の冒険者としての登録名は単に『ルノリア』だけとしておくことに決まる。無事に手続きが終了してAランクパーティーの一員として冒険者『ルノリア』が誕生し、新たなカードが彼女に手渡された。


「これで私も冒険者の仲間入りです!」


 ルノリアは『E』と記載されたカードを手にしてその小さな胸を躍らせている。女子たちも代わる代わるそのカードを見て微笑ましげに『良かったね!』と声を掛けている。ルノリアが今日着用しているフリフリのドレスにはポケットが付いていなかったので、登録カードは一旦タクミが預かることになった。





「さて、別件だが」


 ここで新たにタクミが別の話題を切り出した。その真剣そうな表情にギルドマスターは緊張の色を隠せない。タクミがどのような難題を切り出すのかと身構えている様子が手に取るように傍から見ても理解できる。


「ローデルヌの森で魔王が潜伏していた情報は入っているな」


 調査依頼のついでに勇造たちのパーティーが何とか撃退したあの件をタクミは持ち出す。調査依頼自体はラフィーヌの支部から出されたものだが、その結果については王都にも報告が来ているはずだ。


「ああ、報告を聞いた時には私も背筋が凍ったよ。まさかあの魔王が王都のすぐ側に潜伏しているとは思わなかったからな。再び姿を消した魔王に関しては全く手掛かりは掴めていないのが現状だよ」


 ギルドマスターもやはりあの件に関して相当な危機感を持っていた。前回の襲来で半壊した王都の復興がようやく軌道に乗った現在、再び魔王の襲来などといった災厄を迎えれば、今度こそこの王都は灰燼に帰しかねないのだ。


「そうだろうな。俺たちはあのポンコツ魔王が再びこの王都を狙っていると考えてここに滞在している。ヤツがノコノコ姿を現すのを待ち構えているわけだ。俺たちが居る限りそんな心配はするな。そこでこの件に関してすまないがギルドマスターから至急国王に直接報告してほしい」


「わ、わかった。報告しておこう」


 ギルドマスターの額から一筋の汗が流れる。普段ならば一介のギルドマスターが国王に謁見する機会など滅多にない出来事だが『魔王に関する件についてはどのような些細なことでもすぐに王宮に報告するように』という命を受けているので、話はスムーズに進むはずだ。ましてやタクミたちが魔王の討伐に出向いてくれるという前向きな話なので国王も喜んでくれるだろう。だがそれでもギルドマスターにとって『国王に拝謁する』という行為は相当ハードルが高いものだった。彼はこの重大な任務が終わるまでしばらく胃痛に悩まされるだろう。


「それからもし魔王が姿を現したら、手向かいしないで建物の中や教会などに避難するように手筈を整えておいてくれ。出来れば鐘を鳴らして危険を知らせる合図を決めておくのがいいだろう。当然騎士や警備隊も住民と同様に避難しろ。無駄な命を散らせることはないからな。俺たちは伯爵邸に居るから国王との話し合いの結果を連絡してくれ」


「わかった、王宮には至急伝える。ロスメルド家に連絡すればいいんだな」


「その通りだ」


 魔王に関する話し合いは一先ず一段落する。避難計画と連絡手段を確保しておけばもし魔王が再び姿を現しても被害を最小限に食い止めることが出来るだろう。これで一先ずはタクミの申し出が終わったと判断した空がここで口を開く。


「魔王の被害を受けて怪我をした人たちが収容されている所に案内してほしい」


 突然の申し出にギルドマスターの目が点になっている。いつもの修道服姿でないから空が何者か理解できないのだった。


「えーと、こちらのお嬢さんはどなたでしょうか?」


「こんな子供のような姿だが聖女だ」


 タクミから『子供のような姿』と評された空は頬を膨らませて抗議する。


「私は子供ではない! すでにタクミと、むぐぐぐぐ・・・・・・」


 ルノリアに聞かせられない発言をしそうになっていると察知した岬が空の口を右手で塞いだ。怪力で鼻と口を塞がれた空は息が出来なくて苦しそうに手足をバタバタしている。ワンピースの裾が捲くれ上がって、細い足とちょっとエロいパンツが丸見えだった。どうやら空はパンツで『自分は大人だ!』と主張するつもりのようだ。


「怪我人たちは数が多いので3箇所に分けて収容されておりますが、聖女様はどうするおつもりでしょうか?」


 ようやく手を放した岬のおかげで呼吸が出来るようになってワンピースの裾を直している空に向かってギルドマスターが答えた。


「聖女がすることは決まっている! 私の力で怪我人を癒す!」


「おおーー! なんと聖女様のお力をお借りできるとは! 早速職員を案内につけます!」


 さすが腐っても聖女だ。怪我人の治癒をして回るらしい。その崇高な行為に感動したギルドマスターが両手を合わせて空に祈りを捧げている。確かに彼女の能力は尊いものだが、その人間性は果たして祈りの対象として良いものかという疑問をタクミは抱いている。



「では話が終わったから、ここからは別行動だな」


 ルノリアの表情がパッと輝く。お待ちかねの街へのお出掛けの時間がやって来たものだから、タクミの腕をとって離れようとしない。


 一行は1階に降りて圭子と美智香は裏に繋いであるケルベロスの所に向かう。空、紀絵、春名の3人はギルドが用意した馬車に乗り込んで治療院に向かうらしい。食べ歩きが後回しになって不本意そうな春名も仕方なさそうに馬車に乗り込んでいった。


 タクミとルノリアは腕を組んだまま徒歩でギルドを後にする。ルノリアは今までは手を繋いでもらうのが当たり前の姿だったのが、昨夜大人のキスを交わしたせいで自分から積極的にタクミの腕を取って両手で抱き付いている。彼女の中では今日1日すっかり恋人気分だ。ただし『恋人という言葉は知っていても恋人とはどうするものか?』ということを殆ど理解していないので、取り敢えずはタクミにベッタリとくっ付いているのだった。そのペッタンこの胸やスベスベしたお腹まで恥ずかしげもなくタクミにギューーっと押し付けている羞恥心が全くないルノリアだった。


「タクミ様、とっても楽しみです!」


 ハートのマークを全身から漂わせているルノリアを連れてタクミは彼女の歩幅に合わせて街中の人の流れに溶け込んでいくのだった。


 


 




 


いつもお読みいただいてありがとうございます。このところ仕事が忙しくなって中々執筆の時間が満足に取れません。これまで何とか1週間に3話の投稿ペースを維持してきましたが、来週から2話にさせていただきます。投稿間隔が開いて申し訳ありませんが、なにとぞご理解いただき、今後ともこの小説をよろしくお願いいたします。次回の投稿は土曜日の予定です。

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