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218 魔法学校1

 1週間はあっという間に経って、本日はルノリアの魔法学校見学とタクミたちの訪問が同時に行われる日となった。


 この1週間は昼はルノリアの特訓、夜はルノリアのタクミの部屋への突撃と、何かにつけて彼女にパーティーが振り回される日々が続いた。ただルノリア育成計画自体はその後も順調に進み、彼女の戦闘能力はDランクの冒険者に手が届くまでになっている。魔法の能力だけでいえばすでにCランクを遥かに凌駕している。あと足りないのは経験だけだった。


 夜は枕を持ってタクミの部屋に必ずやって来るルノリア、タクミの横に寝るだけで彼女は安心してすぐに寝入ってしまうので手は掛からないが、問題はルノリアの居る所であれやこれや出来ない女子たちだった。一番我慢が効かない空を筆頭に欲求不満を絵に描いたような表情になっており、仕方が無いので昼食後や夕食前にルノリアの目を盗んで庭の片隅にシェルターを出してそこでムニャムニャするという、まるで家族の目を逃れてラブホを利用するカップルのような状況に陥る羽目となった。『これはこれで新鮮で良い!』と彼女たちは喜んでいるが、果たしてこの人目を忍ぶ密会というものがいつまで続くのだろうか。



 学校見学とはいってもその実情は子供の魔法に関する能力を見てもらって、12歳の時の入学試験の参考にする貴族にだけ認められた推薦入学試験のようなもので、ルノリアはそれに相応しい紺色の膝丈のスカートにお揃いのブレザー姿で馬車に乗り込んでいる。


「それでは行って参ります」


 見送る使用人に緊張の面持ちで彼女が挨拶をすると馬車は動き出す。今日は馬車を警護する騎士が4騎その周囲を固める。これは伯爵家の格を見せるために馬車に付いていているのが目的で、彼らは全員が見栄えを強調した礼装をしている。


 実際の警護担当を務めるタクミたちはいつものように後ろの馬車だ。だが復興途上とはいえこの国の中心の王都、貴族の馬車に何か仕出かそうという愚か者は存在しないので、2台の馬車は何事も無く魔法学校の門を潜っていく。





「はじめまして、副校長のモルデスと申します。ようこそ我々の招きに応じておいでくださいました。あいにく学校長は王宮に呼ばれて不在ですが、皆様には『くれぐれもよろしく』とメッセージを残しております。実は私も学校長も今日を迎えるのを楽しみにしていまして、楽しみのあまりに昨日は良く眠れませんでした」


 副校長は初老の男性で、応接室に通されたタクミたちを前にして快活な笑いをして出迎えた。その言葉通りに歓迎されているのは明らかで、学校中が今日を心から楽しみにしていた様子が伝わってくる。


「歓迎に感謝する。冒険者パーティー『エイリアン』だ。今日我々が用意したプログラムはこの紙に書いてある通りだ」


 タクミが一行を代表して1枚の紙を差し出す。そこに書かれていたのは次の通り。


・聖女による回復魔法の実演と魔法講座『これであなたも30分で回復魔法の上級者!』


・魔法使い美智香の攻撃魔法講座『Aランクの魔物を倒したかったらこう立ち回れ!』


・拳闘士圭子による実演講座『魔法の限界を知る!』


・ルノリアの無詠唱魔法公開と在校生との模擬戦


 どこかの通信教育のキャッチコピーのようなフレーズが並んでいるが、一応彼女たちは魔法学校の生徒に役立つように知恵を絞って講座の内容を検討していた。もっとも圭子だけは『魔法は体術に及ばないことを知れ』というテーマでいつものように全ての魔法を粉砕するだけだ。


 空の講座は座学が中心で希望者50人限定で行う予定となっている。もっとも回復魔法が使える生徒は学校全体でも50人も居ないかもしれない。


 美智香は魔法をどのように有効に活用するべきかを実演する予定で、圭子も同様だった。こちらは校内で最も大きな闘技場で希望者全員が見ることが出来る。


「これはご丁寧にプログラムの準備までしていただけるとは、ぜひこの内容でお願いいたします。それからルノリア嬢は最後に登場ですな。皆さんの教えを受けた天才という触れ込みが校内で持ち切りとなっていますから、期待しておりますぞ」


「はい、頑張ります」


 ルノリアは緊張から小声で言葉少なに答えるだけだった。


「ハードルが上がった」


 その横で空がつぶやく。普通の貴族の子弟が学校見学をするだけでも緊張するのに、彼女は10歳の身にして衆人環視の元で魔法の実演という高いハードルが設定されていた。その上で校内ですでに『天才』という前評判が立っているとはさすがのタクミも見通していなかった。おかげでルノリアは唇が紫色になってブルブルと震えている。それを見た紀絵は『誰もが通る道』と達観した生暖かい目を彼女に送っていた。


「ルノリア、出番は最後なんだから今から緊張していたら身が持たないぞ」


「タクミ様、私はどうしたらいいんでしょうか?!」


 ルノリアは涙を浮かべて隣に腰掛けているタクミに縋り付いた。というよりも完全に体を預けて抱きついた。緊張のあまりに自分を見失ってまるっきり感情のコントロールが効かない状態だったのだ。


「まずは落ち着け。話がそれからだ」


 タクミは彼女の背中に右手を回して抱き寄せる。その行為に幼いルノリアの体はピクッとするが、逆らうことなくそのままより深く体を預けていった。今の彼女の心の最大の拠り所に取り縋ってその身を預けると不思議と高ぶっていた感情が落ち着いてくる。


「タクミ様は一体どのような魔法を使ったのですか?」


 上目遣いでタクミを見上げるルノリア、タクミの体全体から溢れる安心感に浸って彼女は見失いかけた自分を少しずつ取り戻しているようだった。タクミはルノリアが少しでも落ち着くならと彼女の好きにさせている。


「タクミ様、大好きです」


 調子に乗ったのか今度はルノリアは少しだけ背筋を伸ばして彼の耳元でささやいた。甘え切ったその表情は緊張もどこへやらで、妙にトロンとしている。


「今は魔法学校の中に居る事を思い出そうな」


 頭に手を置いてからポンポンしてタクミは注意を促した。応接室のソファーには先程挨拶を交わしたばかりの副校長が座っているのだった。 


「あっ、すみませんでした。大変に失礼いたしました」


 微笑んでその様子を見ていた副校長に彼女はペコリと頭を下げる。初めて会ったばかりの人に自分の取り乱した様子を見られて顔は真っ赤に染まっていた。


「いやいや、まだ気の弱い普通のお子さんだということがわかって安心しましたよ。天才などともてはやした私が余計な重圧を掛けてしまったようですな。いつもの自分が出せれば今日は結構ですから安心してください」


 副校長が言及していたのは魔法の能力云々ではなくてルノリア自身が持っている性格や考え方に安心したということだった。生徒の中には自分の能力を鼻に掛けて大人の意見に聞く耳を貸さない生徒も少なからず存在するのだ。得てしてそのような生徒は入学時に高い能力を示しても、一定の限界で伸び悩む傾向が強い。その点ルノリアは物分りの良い素直な性格が伝わったのが副校長を安心させる材料だった。彼の長年の経験からすると『この子は伸びる!』と断言出来るのだった。






「聖女様、お時間ですのでご用意をお願いいたします」

 

 応接室に入ってきた係りが空の出番を告げる。小さな空き教室しか用意されていないので、一人でも多くの生徒が受講出来るようにタクミたちはこの場で待機だった。回復魔法が使える紀絵をアシスタントにして、二人連れ立って会場に向かう。


 そこは会場に入れない生徒が廊下に溢れてせめて話だけでも聞いて何かの参考にしようという熱気に満ちていた。


「通路を空けてください」


 係りの声に人が通れる道が辛うじて開ける。シスター服を着る空の姿を一目見た生徒は『聖女様をこの目に出来た!』という感動に打ち震えているが、空の性格を知らないとはおめでたいにも程がある。


「私が本日の講師を務める空だ! 今日は回復魔法の効率よい使い方と人間の体の構造、特に筋肉について細かく解説するからよく聞いて今後の参考にしてほしい」


 その挨拶を隣で聞いている紀絵は『筋肉は単なる空ちゃんの趣味でしょう!』と心の中で突っ込んでいる。


 だが紀絵の予想に反して空の講座は至極真面目なものだった。用意したスライドで人体の構造の解説や骨、臓器、筋肉ごとにどのように魔力を流すと治癒効果が高いかなどが非常にわかり易く説明されていく。生徒たちは今まで知られていなかった細かな人体の構造をこれほど詳細に理解している聖女の知識の深さに感動の目を向けていた。


「以上、回復魔法の効果のある使い方は、損傷や疾病の部位を素早く正確に把握することと、時間に余裕があれば症状をよく聞くこと、それによって効果的な対処法が生まれる」


 実演込みの2時間の講座は空のこの言葉で締めくくられた。会場には拍手が鳴り止まない。その場に参加していた生徒だけでなくて、教員も目から鱗が落ちたような表情で大きな拍手を送っている。


 教壇に立っている空は全く無い胸を精一杯反らして偉そうな態度だが、それに相応しい講義を行ったのだから今日くらいは大目に見てやろう。


 午前中は空の出番があっただけで、その他の面々は午後からの予定だ。昼食をメイドが応接室に運んでくると俄然春名が色めき立つ。


「生徒さんもこれと同じメニューを食べているんですか! 皆さん結構恵まれた食生活ですね! あっ、同じ物をもう2人前お願いします!」


 副校長も交えての昼食だというのに全く遠慮というものを知らない春名、また体重が増えて強制ダイエットが待っているというのに、なぜか彼女は今日に限って強気だった。





 午後になって美智香の順番がやって来る。係りに案内されて彼女が控え室に向かおうとすると何故だか春名がその後を付いていく。実は春名は『1日ダイエットをサボる権利』と引き換えに美智香のアシスタントを務める約束をしていた。


 第1闘技場に姿を現す美智香と、その後ろに付き従う犬の着ぐるみ、正確にはパワードスーツだが。


 その登場を観客席で見守る生徒たちは歓声を上げて迎える。強力な攻撃魔法は多くの生徒たちにとって憧れで、誰もが自らの魔法を少しでも強化しようと日々苦心している。その最も近道は上位の魔法をその目で見ることだった。目で見たものを模倣してそれを自分の物にしていくことこそが上達の最短距離、だが高位の術者は中々他人に自分の奥義を見せたがらない。それは当たり前だろう、真似されてしまえばそれは奥義でなくなるからだ。


「来場の諸君に告げる! 今日は魔物の効果的な倒し方を実演するからそのつもりで。所々に解説を交える、質問は最後に受け付ける」


 美智香の拡声された声が会場に響くとその中はシーンと静まり返った空間となった。


「この犬の姿をした者を魔物に見立てて魔法を当てるから、よく見ていてほしい」


「美智香ちゃん、アシスタントってやられ役ですか?!」


 美智香の近くで春名が小声でささやく。


「その通り」


「そんな話は聞いていませんよ!」


「ただのアシスタントでダイエットがサボれると思う方が甘い! 嫌なら退場して構わないがどうする?」


「やりますよ! もう、最近どうも碌な目に会っていない気がします」


 春名の抗議は美智香によって一蹴されて、しぶしぶ春名は魔物役を演じる。あの鬼のような形相で迫ってくる圭子のトレーニングをサボれるならば、何でもしようという意気込みだ。


「じゃあ20メートルくらい離れて立っていて」


 春名が移動してスタンバイすると美智香はタッチパネルを展開して初級魔法を放っていく。


「ひーーー! 安全とわかっていても怖いです!」


 春名はシンクロ率3パーセントで満足にパワードスーツを動かせないが、シールドは岬や圭子と同様の物が展開されており、大概の魔法は撥ね返す。だが元々ビビリな性格の春名は飛んでくる魔法が怖くて目を閉じて悲鳴を上げているのだった。


「なあ、呪文を詠唱しないで魔法を放っているよな?!」


「ああ、俺にもそう見える」


「何であんなことが出来るのかしら? それにあの犬の人も何発も魔法が当たっても全然平気みたいだけどどうなっているの?」


 春名の怯えは向こうに遣って、観客席にはざわめきが広がっている。それは美智香の狙い通りで、ルノリアが初めて自分の魔法を目撃したその時に抱いた感想を全員に持ってもらいたかったのだ。


「魔法は詠唱なしでも放てる。大事なのは頭の中に威力と方向をきちんとイメージすること。だからこんなことも出来る。春名、逃げ回って!」


 言われなくてもすでに春名は飛んでくる魔法が怖くて逃げ回っていた。美智香はその逃げる方向を予期して動き回る着ぐるみに次々と魔法を当てている。


「ひいーーー! もう嫌です!」


 美智香に背中を向けて必死に逃げ回る春名の姿を見てパーティー一同は大爆笑だが、観客席の生徒たちはそれ所ではない。こうもあっさりと美智香が無詠唱で魔法を放つ姿は今までの魔法学校の教育を根底から覆す大事件だった。極一部の教員は春名が障壁を展開していると睨んで、その持続時間や強度の素晴らしさに目を見張っている。




「ダイエットよりも疲れました」


 春名がグッタリした姿でタクミたちの元に戻ってくる。それはそうだろう、シンクロ率3パーセントでパワードスーツを30分以上動かし続けたのだから。ただしそのおかげもあって美智香の実演は好評で、生徒からの質問が相次いだ。




「さーて、いよいよ私の番ね!」


 圭子が両手をポキポキと鳴らしながら闘技場に降り立つ。一通り観客席を見渡して、彼女は魔法具を借りて会場全体に呼びかけた。


「腕に自信のあるヤツはそこから降りて来い! 私に好きなだけ魔法を撃たせてあげるよ! 多少の反撃は覚悟しておきなよね!」


 その呼びかけに応じて続々と命知らずの生徒たちが観客席から闘技場のフィールドに詰め掛ける。中には今美智香に見せてもらった無詠唱をすぐに試したいと意気込んでいるものの姿もあった。全員が哀れな犠牲者だ。世紀末覇者の恐ろしさを存分に味わうが良かろう。


「開始!」


 その合図で約100人の生徒から圭子一人に向かって『火』『風』『水』『土』『雷』などありとあらゆる魔法が飛んでくる。


「ふん」


 対する圭子は拳から放った衝撃波で全ての魔法を一撃で吹き飛ばした。ついでに中央部に居た生徒を40人以上吹き飛ばして戦闘不能に陥れている。


「いいか! 魔法は万能じゃないっていう事をその肝に銘じろ」


 圭子に向かって飛んでくる魔法は数が先程の半分になっている。容赦なく叩き潰す圭子にとってはそれが100だろうと1000だろうと一向に構わなかった。何しろ手向かう者には死を与えるのが世紀末覇者たるゆえんだから。


 結局生徒たちは3分も持たなかった。医務担当が出てきて回復魔法を掛けていくことでようやく彼らは起き上がったが、真の強者を目の当たりにした彼らは圭子の教えをその魂に刻んだことだろう。

次回の投稿は水曜日の予定です。

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