215 情報交換
新年初投稿になります。昨年は皆様に大変お世話になりました。今年一年どうぞ改めてよろしくお願いします。
タクミたち一行を乗せた馬車とルノリアが乗る馬車は宿屋『食い倒れ亭』に向かう。街の手前まではルノリアはタクミたちの馬車に同乗していたのだが、街中で春名を走らせるわけにも行かず彼女を回収していた。座席がなくなったルノリアは涙を呑んで自分の馬車に戻っていたのだ。彼女の中ではタクミの隣が自分の指定席と思い込んでいる節があったようで、可愛らしい小さな頬を膨らませながら戻っていった。代わってその席に座ったのは天然で頬が膨らみ始めている汗だくでまだ息が整っていない春名だった。
「馬車の中が急に狭くなった気がする」
小柄でほっそりとしたルノリアと最近肉付きがよろしい春名とでは馬車の中を占有する体積がずいぶん違う。だがその空の正直な感想に春名はプンスカしている。真実を突きつけられてもまだ目を逸らして認めようとしない彼女の悪い癖だ。
2台の馬車を裏手に停めてから一行は宿屋の中に入っていく。ルノリアはこのような冒険者向けの宿屋に足を踏み入れたのは、父親の病を治療するために初めてタクミたちに面会を求めた時以来2度目の経験だった。あの時は必死な気持ちでタクミたちの元に赴いており周囲を見渡す余裕もなかったが、今はどのような客層が集まっているのか観察している。
「タクミ様、冒険者向けの宿屋というのはどこもこのような雰囲気なのでしょうか?」
タクミのコートの裾を握り締めて離さないルノリアはその冒険者たちが醸し出す荒々しい雰囲気に完全に飲まれており、その幼い表情は硬いままだった。この旅で何度か街の宿屋に宿泊したが、何れも貴族が宿泊する用意がある格式の高い場所だった。
「そうだな、この街は冒険者の中でも腕に覚えのある連中が集まっているから、どこも大体こんな感じだな」
そんな腕に覚えのある冒険者たちの頂点に立つ男のセリフとは思えないくらいに優しい口調で、硬い表情のルノリアを安心させるように彼女の頭にポンポンと手を乗せてタクミが答える。自分たちが居れば心配する必要がないと言い聞かせるような態度だ。
タクミが子供に甘くなるのは地球に赴任する前の惑星で縫いぐるみを抱えたまま息絶えていたあの少女の姿が脳裏に焼きついているからだった。その子へのせめてもの罪滅ぼしがしたいという心の片隅にある意識が、時には無情に人の命を奪い去る彼をこのような優しげな行動に駆り立てているのだろう。
「奥の方に席が空いているからルノリアたちは掛けて待っていてくれ」
彼女とメイドたちを席に着かせてからタクミは案内に出て来たホール係に声を掛ける。
「俺たちはAランクの冒険者『エイリアン』だ。ここに宿泊している『青き肉の壁』のリーダーからメッセージを受け取った。彼らを呼び出してもらえるか?」
ギルドのカードとメッセージの書かれた紙を提示して係りに彼らの呼び出しを求めるタクミ、その内容が本物だと判断した係りは『少々お待ちください』と言い残して階段を登っていく。
タクミたちも空いている席に着いて適当に飲み物を注文する。昼食は街に入る前に済ませているのでそれで十分だった。春名だけは目を輝かせて食事メニューを眺めていたが、彼女をここで放し飼いにするわけにはいかないので、圭子が彼女の口を塞いでいる間に岬が飲み物だけを注文した。
「圭子ちゃんもタレちゃんも酷いです! この宿屋は大盛り自慢で楽しみにしていたのに!」
昼食を3人前以上食べてさらにここで大盛りの定食にあり付こうとしていたその食欲はとどまる所を知らないようだ。まだ今ならちょっと『ポッチャリ』で済む程度だが、この調子が続くといずれは『デップリ』という表現がしっくり来る体型が待っている。引き返すなら今しかないのに本人の危機感の無さは相変わらずだ。
しばらく待っていると注文した飲み物が届く前に階段を降りてくるドヤドヤとした靴音が響いてきた。大柄な男たちが多いのでその足音もデカイ。
「よう、タクミ! しばらくぶりだったな!」
右手を上げて笑顔で挨拶する勇造だが、タクミたちの視線はその横にピッタリとくっ付いている小柄な女性の姿に釘付けになっている。
「紗枝ちゃん?」
圭子の声がひっくり返っている。その登場は世紀末覇者の豪胆な神経をしても驚きで迎える他無い特大のインパクトをもたらしていた。この場に居ないはずの人間が目の前に現れたのだからそれは無理もない。
「圭子ちゃん、他のみんなも久しぶり」
ひらひらと手を振る紗枝は視線が自分に釘付けとなっている様子に満足そうな笑顔を見せている。まるでドッキリ番組が大成功したかのようなイタズラっぽい笑顔だった。
そのまま勇造たちはタクミたちの隣のテーブルに着く。そこは一組の冒険者が陣取っていたのだが、勇造が一杯おごる代わりに空けてもらったのだった。当然『退かなかったらどうなるか知らないぞ!』という彼の無言のプレッシャーが働いたのはいうまでもない。その視線に怯えるようにそそくさと席を立つ冒険者たち、彼らに代わって勇造たちがそこに座ると、紗枝は勇造の隣に腰掛けてピッタリとくっ付いている。それでもこの二人は『付き合っていない!』と言い張るのだから、彼らの付き合うという基準が一体どうなっているのか問い質したいところだ。
「タクミ様、この方たちとはどのようなご関係ですか?」
いつの間にかタクミの隣に席を移していたルノリアが体格の良いむさ苦しい集団に目を向けながら尋ねた。今は一輪の花が存在してそのむさ苦しさがかなり緩和しているが。
「ああ、こいつらは以前から懇意にしている冒険者仲間の『青き肉の壁』だ。圭子と紀絵が手を貸してここのダンジョンを攻略したんだ。勇造、この子は王都まで護衛の依頼を受けている伯爵令嬢のルノリアだ」
「はじめまして、タクミ様のお知り合いだったのですね。今後ともよろしくお願いします」
子供に似合わない態度で挨拶をするルノリアだが、紗枝に対抗するくらいの勢いでタクミにベッタリと張り付いている様子を見て不審な表情を浮かべる勇造たち。護衛の依頼を受けただけにしては、その態度からありありとタクミに対する好意が溢れた様子が伺える。
「剣崎君、私たちのパーティー名は『青き稲妻(仮)』になったから覚えておいてね。ところでルノリアさんは剣崎君とずいぶん親しいようだけど、唯の依頼者というだけなのかな?」
相手が貴族の令嬢ということで紗枝が慎重に言葉を選びながら尋ねた。2年間ソロの冒険者としてやってきた彼女が学んだ、貴族とは無用なトラブルを起こさないための処世術だ。
「タクミ様は私の将来の婚約者で、すでに裸を見たりキスをした関係です」
あっけらかんと言い放ったルノリアの態度にタクミはテーブルに『ガン』と大きな音を立てて顔面を打ち付けてから頭を抱える。圭子はたまたま口に入れていたオレンジの果汁を勢いよく噴き出して、向かいの席に座ってた美智香と紀絵がオレンジ色に染まった。それを見た岬が慌てて汚れを拭き取ってからクリーンの魔法できれいにするというカオスな世界が一瞬でその場に出現する。
騒ぎが一段落して経緯を知っているタクミのパーティーメンバーは成り行きを面白がって見ているが、彼女の言葉を真に受けた勇造たちの彼を見る目が『こんないたいけな子供にまで手を出しやがった!』と酷いことになっている。
「剣崎君、どういうことか説明してもらえるかしら」
タクミの人格を丸ごと疑ってかかっている冷ややかな紗枝の言葉に対して、彼はその誤解を解くために多大な労力を必要とした。何とか女子たちの援護射撃で誤解は解けたが、今度はルノリアの方が頬を膨らませてムクレている。
「タクミ様は意地悪です!」
プイッと横を見ながらもタクミの左腕の袖から手を離さないルノリアの態度に、ようやく誤解を解いた勇造たちは微笑ましい視線を送るのだった。
「それで、メッセージにあった件を聞かせてもらおうか」
「ああ、すっかり忘れるところだったな。この前調査の依頼でローデルヌの森に向かった時に・・・・・・」
勇造の口からそこで魔王と戦いになった経緯や、偶然紗枝と出会って彼女の協力を得て何とか撃退した話が事細かに伝えられた。特に紗枝と出会った件がくどい程に語られたのは勇造の嬉しい気持ちを代弁しているのだろう。隣に座っている紗枝も心なしかデレーっとした表情をしているのは気のせいだろうか。それにしても何でこの二人はこのような関係にも拘らず頑なに『付き合っていない!』と主張出来るのだろうか?
「なるほど、魔王が王都に近い森に潜伏していたというのか。再び王都を狙っている可能性もあるな・・・・・・ やつにはちょっと聞いておきたい件があるから、しばらく俺たちは王都に滞在した方が良いかも知れないな」
どの道ルノリアを警護して王都に向かうのは確定事項だった。その後の行動に関しては現在まだ未定だが、そのまましばらく王都で魔王の出現を待ち構えるのも悪くない。
「魔王に聞きたい件っていうのは何だ?」
勇造はタクミの発言に興味をそそられている。普通の人間は魔王に出くわさないように願うものだが、彼はわざわざ会って何かを聞きたいらしい。そのタクミが聞き出したい内容が勇造には気になった。
「大した事じゃない。魔王城がどこにあるかヤツなら知っているかも知れないというだけだ。ちょっと用件があって出向かないといけないからな」
「またお前らしいというか、魔族の本拠地に向かおうっていうのか。無事には済まないかも知れないんだぞ!」
さすがに豪胆な勇造が驚いた表情を浮かべている。この前出くわした力を十分取り戻していない魔王ですら散々に手を焼いて撃退したのに、こいつらときたら魔族の軍勢が勢ぞろいして出迎える魔王城に本当に行くつもりかと呆れているのだった。タクミたちの力の強大さは認めるものの、果たして無事に帰ってこれるのかとつい心配になってしまう。
「たぶん大丈夫だろう。武装も強化してあるし魔族の10万や20万なら大した敵ではない。それに気になることがある。本村修平を覚えているか? ヤツもこの世界に召喚されて海賊の親玉になっていた。俺たちが捕まえて今頃は鉱山で奴隷労働で汗を流しているだろう。あいつと野村さんがここに居るということは、当然あの日教室に居なかったもう一人もこの世界に呼ばれている可能性が高い。そして魔族から聞き出した情報によると、今魔王城に居る魔王は別の世界から召喚された者らしい」
王都を狙っているかつての魔王とは別に、現在魔王城の主として君臨している存在がもしかしたら顔も合わせたこともないクラスメートだという可能性を匂わせるタクミ。そしてそのタクミの意図は正確に勇造に伝わっていた。
「えーと・・・・・・ なんという名前だったかは忘れたが、ずっと不登校になっていたヤツだよな。そいつが魔王になっているというのか」
「須藤 達男ね。私は1年生の時同じクラスだったから覚えているわ」
紗枝が横から口を挟むが、その表情は微妙な様子を伝えている。彼女からすると達男は全く話題の接点が無くて、会話すら成立しない別世界のキモオタそのものだった。学年が上がって不登校になった彼の名前は担任の教師が朝のホームルームで出席を取る時にしか聞かなかったので、タクミと勇造はすっかり忘れていた。
「その可能性があるというだけで確定しているわけではない。どっちにしても確かめておくに越した事はないだろう」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるタクミ、それは『こいつの底は一体何処まであるのか?』と勇造にすら思わせるような深淵を伺わせるものだった。だがそれとは別についこの間この街で公表された出来事を勇造は思い出す。
「そうだ! オタク繋がりで思い出したが、あのオタクパーティーと勇者たちがついこの間立て続けにここのダンジョンを攻略したそうだ。こうも攻略者が相次ぐとなんだか価値が下がるような気がするけどな」
「ほう、それはなかなか面白い話だな。勇者たちは兎も角、あの連中も中々遣るもんだな。俺たちは出掛けている間にロズワースの迷宮を攻略してきたぞ」
タクミが遠征の成果を公表すると、勇造は残念な物を見るような目を向ける。今回はどんなド派手な成果を上げたのかと期待していただけに、それを見事に裏切られた格好だった。
「おいおい、あそこは下手をするとCランクの冒険者でも攻略できるダンジョンだろう。それをわざわざお前たちが攻略する意味があるのか?」
勇造の言葉通り各地のダンジョンの難易度は冒険者ギルドによって公表されている。その中でロズワースの迷宮は最もレベルの低いダンジョンとされているのだった。
「表向きはそうだが、隠されていた部分があったらどうする?」
「なんだと!」
タクミは魔王城に向かうにあたって戦力の増強を予てから考えていた。ラフィーヌのダンジョンよりもはるかにレベルが高いあの迷宮は戦力を鍛えるには打って付けの場所だ。そこに勇造たちを招こうという魂胆が見え隠れしている。気心が知れている彼らならば能力次第では魔王城に一緒に向かっても構わないと考えていたのだ。
「出てくる魔物はゴブリンでさえも簡単には倒せない強敵だった。今のお前たちならば何とかなるだろうがな」
「本当なのか! それは面白そうだな!」
勇造の目が輝く。このところ小さな依頼を受ける日々が続いて、彼らの有り余る体力を持て余し気味だった。すぐにでも向かいたそうな勇造だが、さすがに彼ら単独で向かうには荷が勝ち過ぎていると判断したタクミは釘を刺す。
「隠された部分の入り方は俺たちにしかわからない。魔王の件が片付いたら案内するから、恵たちやその二つのパーティーにも声を掛けておいてくれ」
「そうか、それなら仕方が無いな。他のパーティーには俺から声を掛けておくから大丈夫だ」
已む無く勇造は彼の提案を呑む。情報交換を終えたタクミのパーティーは再会の約束をして馬車に乗り込み、首を長くして主が待っている慣れ親しんだ伯爵邸に向かうのだった。
次回の投稿は金曜日の予定です。